第56話:歌のレッスン選考
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》は第二週目に突入する。
朝一のリゾートホテルの中庭に、一次選考を突破した男女六十人のアイドルが集合。
総合プロデューサーから参加者に対して説明がある。
「えーと、それでは第二週のレッスン……歌のレッスンを始めたいと思います……」
第二週の強化トレーニングは、前世の歴史のとおり歌だった。
つまり第二週の選考を突破するためには、歌の選考をクリアしなければいけないのだ。
「えーと、それでは今回も男女で……」
参加者は六十人の大所帯。また男女に別れてレッスンとなる。
「えーと、それでは男性陣は、こちらに移動を……」
リゾートホテル本館にある広い個室に、オレたち男性陣は移動していく。
特に何の音響機材もない場所だ。
(なるほど。たしか最初は発声練習やボイストレーニングを行うから、何も機材がないのか?)
メジャーデビュー前の新人アイドルは、歌の基礎的な技術が高くない。
そのため最初はボイストレーニングからスタート。これは例年のアイフェスと同じ流れだった。
(ボイストレーニング……か。女性陣は大丈夫かな? いや、でも今は自分のことに集中しないとな……)
朝一のエリカさんの『歌苦手』というカミングアウトは気になる。
だがオレの方がアイドルとして総合力は、彼女よりも低い。
他人の心配よりも、まずはわが身の安全の確保。
オレは集中力を高めて、ボイストレーニングに挑むことにした。
◇
「えーと、それでは、まずは……」
総合プロデューサーの挨拶から、ボイストレーニングが開始となる。
プロの歌トレーナーが、参加者数人単位でレッスンしていく形式だ。
オレは順番待ちをしながら、他の参加者の歌の評価を確認していく。
(ふむふむ……なるほど。歌のレベルはこんな感じか……)
何組かの歌を聞き終えて、ある程度のレベルは判別できた。
参加者はダンスと同じように、大きく2段階のレベルに分けられる感じだ。
――――◇――――
《今回参加している中位グループの平均値》
ダンス技術:D+
New! 歌唱技術:D+
表現力:D
ビジュアル:B-
アピール力:C-
天性のスター度:D+
☆総合力:C
◇
《今回の中で上位グループなアイドルの平均値》
ダンス技術:C+
New! 歌唱技術:C
表現力:C-
ビジュアル:B-
アピール力:B-
天性のスター度:C+
☆総合力:B-
――――◇――――
オレ目線では、こんな感じの評価になる。
前回のダンスの時では判断できなかった“歌唱技術”の情報を、今回は得られたことができた。
ちなみに前回のダンスグループにもいた“下位グループの人たち”は、第一回目の選考ですでに落選している。
(さすが上位グループの人たちは、歌の基礎もできているな……)
上位グループの数人の人たちはビジュアル良いだけはなく、ちゃんと歌の基礎も身についていた。
彼らは総合力も高く、おそらくは最終選考までは残っていくだろう。
(うーん、それに比べて中位の人たちは……)
一方で中位グループの人たちは、歌の基礎ができていない。
たしかに“カラオケ”は上手いのかもしれないが、アイドルとしてのボイストレーニングを積んできていないのだ。
このままでは彼は最終選考までは残る可能性は低いだろう。
(あっ……次はあの三人組だ!)
先日“撮影前のウォーミングアップ運動”をした熱血三人が、歌のレッスンをスタートした。
(あの三人の歌はどんな感じなのかな?)
仲良くなった相手だが、この場でライバル同士。オレはこっそりと観察をしていく。
――――◇――――
《熱血三人組の平均値》
ダンス技術:C+
歌唱技術:C+
表現力:C-
ビジュアル:C+
アピール力:Cプラス
天性のスター度:C+
☆総合力:C+
――――◇――――
オレ目線では、こんな感じの評価になる。
(なるほど。三人ともなかなか平均的で、総合力も高いな……)
中位グループよりは全ての能力において、彼ら三人は上をいっていた。
またビジュアルこそは上位グループには劣るが、上位にも歌の技術は負けていない。かなり技術力が高い。
(難点といえば“表現力”や“アピール”が弱いところかな? それさえ改善できれば、最終選考までワンチャン残れそうだな)
きっと地道な歌とダンスの基礎レッスンを、三人とも積んできたのだろう。華やかさは弱いが、アイドルとして十分に才能があるように思える。
(やっぱり一次選考に残った人たちは、みんな凄いな……ん? あれ? やっぱり、今日はマシロ君はこないのか?)
今日の春木田マシロは所要により欠席、という噂があった。
噂通り彼は姿を現してこないのだ。
(アイフェスの収録を欠席か……)
本来ならアイフェスでは参加者は、毎回の収録を欠席できない契約。
だが彼は主催のエンペラー・エンターテインメントの所属で、最初からVIP扱い。たぶん彼だけ歌は別撮りになるのだろう。
(マシロ君の歌を聞けなかったのは残念だけど……これで他の参加者の歌のデータは、だいたい取れたかな?)
男性陣三十人のうちの三分の二以上のデータは入手できた。
頭の中でデータを整理しながら、“自分が取るべき行動”をオレは模索していく。
なぜなら今回の参加者の中で、オレは最底辺な能力のアイドル。
普通に戦ってもサバイバル・オーディションに勝ち目はないからだ。
(たしか……今回の第二次選考で残るのは『男子は三十人中、たしか十五人』なはず……)
だがオレにしかない武器もある。
それは“前世のアイフェスの歴史を知っている”こと。
(それならこの中で十四位か十五位を目指しいこう!)
つまり逆算して、合格ラインを割り出すことが可能。
自分の歌の立ち位置を調整していくことで、第二次選考に残る可能性を1%でも高めることが出来るのだ。
「……えーと、それでは、次のグループは……」
そんなことを考えていると、最終グループにいたオレの出番となる。
歌トレーナーの前に進んで、オレもボイストレーニングを開始していく。
(いよいよ自分の番か……たしか、この時代の流行りの歌と声は……)
更にオレは今後の流行る歴史も知っている。
つまり総合プロデューサーが求めるモノを、先取りできるのだ。
(あと、今回の参加者に足りない声は、たぶん……)
この時代の男性アイドルは、グループが主流。
グループ内には同じ声質のメンバーでは、歌もメリハリのない歌となってしまう。
そのため歌も色んな声質と特徴がある者が、グループ内には必要とされていた。
(ということは、第二次選考に残りそうな主役系の声を……彼ら主役を“サポート”できる声質と歌い方を、オレが意識していけばいいのか⁉)
だからオレは自分の声質と歌と、サポート特化して調整して歌っていく。
幼い頃から歌も自主練してきたから、ある程度の調整はできるのだ。
(ふう……なんとか終わったぞ。反応はどうかな?)
無事に自分の歌レッスンが終わる。
ボイストレーナーとスタッフの会話を、オレはこっそり盗み見てみる。
彼らは『最後のあの子の声は……使えそうですね……』みたいな会話をしていた。
(あの感じなのかなら、作戦は上手くいったようだな)
今回の“サポート特化の作戦”は上手くいきそうなスタッフ反応。
今週の歌のレッスンでは“サポート特化”を続けていけば、実力が劣るオレでもなんとか十五位を目指せるかもしれない。
「……えーと、少し早いですが、歌のレッスン休憩に入ります」
男子の歌の午前レッスンの時間が終了となる。
ホテル本館の昼食会場に、男子組は休憩に向かっていくのであった。
◇
だが昼食会場とは別の部屋に、オレは走っていく。
(今から急げば、たぶんギリギリ間に合うぞ!)
オレが向かっていたのは、女性陣が歌のレッスンを受けている会場。
女性陣のレッスン部屋の場所と、彼女たちの午前のスケジュール内容は、こっそりスタッフの会話から読唇術入手していた。
(三人とも、どんな感じだろう⁉)
どうしても知り合いの三人の歌の評価が気になって、オレは別行動をしていたのだ。
(あ、あそこだ!)
ギリギリのタイミングで、会場の裏口に到着。ホテルのスタッフが出入りする場所。
ここなら隠密モードで、こっそりと中を見学できそうだ。
(ん? あれは……あの感じだと、ちょうど三人の番だな)
知り合いの三人、鈴原アヤネと大空チセ、加賀美エリカが整列し始める。ナイスタイミングだ。
(しかも、これから三人の歌レッスンっぽいな? これは運がいいな……)
アイフェスでは歌トレーナーからの個人レッスンもある。
つまり彼女たち三人の個人の歌語を、オレは聞くことができるのだ。
(あっ……最初はエリカさんか。ん? でも、エリカさん、いつもと雰囲気が違うぞ⁉)
いつもの彼女は《美女王》の二つ名あるように、常に自信に満ちたオーラを発していた。
「…………」
だが今の彼女はオーラが消失。いつもの女王様口調もなく無言で、どこか自信なさげなのだ。
(『歌に自信がない』って言っていたけど、あそこまで別人みたいになっちゃうものなのか⁉)
まるで借りてきた猫のように大人しい加賀美エリカの様子。見間違いかと、自分の目をこすってみる。
でも、何度見直しても、あそこにいる“自信なさげな少女”は、加賀美エリカで間違いない。
(あっ……エリカさんが歌い出すぞ……ん? この雰囲気は?)
彼女が歌おうとした時、急にレッスン場がざわつき始める。
「……ねぇ、さっきから変だと思っていたんだけど、加賀美エリカ様の歌って……?
「……ええ、やっぱり、アンタも気が付いてた? 彼女だけ、なんか変だったよね?」
「……もしかして加賀美エリカって……?」
エリカさんがソロ歌で歌い出す前に、他の女性参加者たちが違和感を口にし出したのだ。




