第54話:一次選考の合否
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の撮影の七日目。
今日は第一回目の選考結果が発表される大事な日だ。
朝一にちょっとだけトラブルはあったけど、オレは無事に選考会に挑むことができた。
「……えーと、それでは、これから第一回目の選考の結果を発表していきます!」
いよいよ選考が発表される時間がきた。
参加者は全員リゾートホテルの中庭に集合。
男女に別れて整列して、総合プロデューサーの声に耳を傾けている。
「まず、一人目の合格者は……」
合格者の名前が、総合プロデューサーから順々に発表されていく。
第一回目では百名中、六十人だけが残る。
つまり四割の40人がリタイアとなるのだ。
「それでは次の合格者は……」
総合プロデューサーはテンポよく、だが時にはもったぶって、合格者の名前を発表していく。番組的な演出も色々あるのだろう。
「……以上の30名が、女性部門の通過者となります」
まず先に発表されたのは女性アイドルの通過者。五十人の中で三十人が通過となった。
(よかった……チーちゃんは合格できていた……)
チーちゃんこと大空チセは無事に通過となっていた。
内心で、彼女のことは一番心配していた。
何しろ弱小事務所の所属で、彼女の後ろ盾は女性陣の中で最弱なのだ。
(チーちゃん、ダンス頑張っていたからな、本当によかった……)
だが本来のアイドル実力を発揮して、大空チセは通過していたのだ。
そんなチーちゃんは、どうしているかな?
「……やった……通過できた!」
遠目で見た感じ、チーちゃんも満面の笑みで喜んでいる。
発表前は本人もかなり緊張していたから、本当に嬉しい通過なのだろう。
(あと、アヤッチとエリカさんも通過か。二人はさすがだな……)
大手エンペラーに所属する二人は、真っ先に名前が呼ばれていた。
実力と後ろ盾が共に強力な二人だから、一時選考程度では落ちる要素がないのだろう。
二人はどんな反応しているかな?
「……通過、嬉しい」
「……アヤネさんとチセさんと、第二ラウンドができて、私も嬉しく思いますわ」
アヤッチとエリカさんも表情には出していないが、何やら喜んでいる様子。
落ちる要素がないとはいえ、二人ともない内心ではドキドキしていたのだろう。
(とりあえず、オレに関係がある女子三人は全員合格か。よかったな……ん? でも、あれは……?)
安堵の息をついている時、女性陣の異変に気がつく。
何やらザワザワしている。あと、すすり泣きも聞こえてきたのだ。
(あれは……不合格の人たち……か)
ざわつき、声を殺してすすり泣きしていたのは、一次選考で落選した二十人の女性アイドル。
彼女たちがあそこまで落胆するのも無理はない。
たった一週間の参加だけで、強制的に番組から卒業となるからだ。
(これが弱肉強食……芸能界の世界……か)
彼女たち決して素人ではなく、二十人は全国から集められたダイヤ原石。
もしかしたら才能だけなら、チーちゃんたちにも負けてはいないかもしれない。
だが芸能界は才能だけは成功できない。
こうしたサバイバル・オーディションのような場で、“短い期間で実力を発揮する表現力”や、“人の目にとまる運”も大事な要素なのだ。
彼女たちは弱者ではなく“何かが少しだけ足りなかった”だけで、今回はリタイアとなってしまったのだ。
(皆さんの今後の“アイドル道”に幸があらんことを、心より願っています……)
そんな不運な二十人にむかって、オレは心の中で言葉を送る。
できれば今回の落選で心を折らずに、またアイドルのオーディションへ参加して欲しいものだ。
「では次は、男性の合格者を発表していきます……」
そんな、ざわつきが収まらない中、総合プロデューサーは男性陣の合格者の発表していく。
冷徹で冷淡に見えてしまうが、番組としてはスピーディーに展開していく必要がある。これでも芸能界の厳しさだ。
(いよいよ、男性の番か。オレも心の準備をしておかないとな)
何しろオレも事務所的な後ろ盾の力は、男性陣の中でも最弱。落選する可能性は限りなく高いのだ。
(でも、この一週間……自分でできることはやってきた。だから、どうなっても後悔はない!)
芸能界のサバイバル・オーディション系の番組は、実力だけは合格はできない。色んな要素が見事にマッチしないと、普通の者では合格できないもの。
だからオレは最後まで名前が呼ばれなくてもいいように、心構えをしておく。
「……30人目は……ビンジー芸能所属、市井ライタ!」
だが最後の順番、“市井ライタ”の名前が呼ばれた。
「ん? へっ? はい!」
まさか呼ばれるとは、思っていなかった。
変な声を出してしまい、あわてて元気よく返事をし直す。
(マジか⁉ オレ、通過できたのか⁉)
まさかの通過に驚きと混乱。
だが、ぬか喜びをしてはいけない。
なぜな『市井ライタ』という同姓同名の参加者が、他にもいる可能性もあるからだ。
あっ……いや、でもビンジー芸能に所属している市井ライタは、一人しかいない。
つまり間違いなくオレは合格していたのだ。
(そうか……オレ、一次通過できたのか……本当に良かった……)
ようやく現実だと実感して、全身から力が抜けてきた。
今まで自分でも気がつかないくらいに、緊張していたのだろう。
変な笑いが口から洩れてきそうだ。
(でも、ここで、あまり大喜びする訳にいかない。彼らのために……)
先ほどの女性陣と同じく、男性陣にも20名もの落選者がいた。
彼らは中には、悔し涙を流している者もいる。誰もが本気でアイフェスに挑んでいたのだ。
(皆さんの今後のアイドル道に幸があらんことを、心より願っています……)
そんな二十人にむかって、またオレは心の中で言葉を送る。
(オレができることは少ないけど、その気持ちを背負って、明日から頑張っていきます!)
そして誓う。
本気で悔しがり、悲しむ彼らの分まで、全身全霊で第二週間に挑戦していくことを。
「えーと、それでは……」
そんな後悔と悲しみの感情が収まらない中、総合プロデューサーからさらなる連絡がある。
リタイアした男女40人が、この会場から立ち去る時間がやってきたのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
アイフェスでは毎回の選考発表時、全参加者は自分の手荷物をもって参加。
不合格者はなんのセレモニーもなく、即座にリゾートホテルから立ち去らなければいけない形式なのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
こうして色んな想いが交差する中、不合格者40名は立ち去っていくのであった。
◇
それから少し時間が経つ。
中庭に残ったのは合格者の60人だけになった。
「えーと、明日からはキミたちには……」
総合プロデューサーからは今後のスケジュールは発表される。
今日の撮影は終了済みで、合格者もここで解散となるのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
解散となり、合格者が急にざわつき始める。
「……おお、マジか、合格できたのか⁉」
「……お前も合格したのか⁉ やったな!」
「……でも、次は自信がな……」
互いの合格を、合格者同士で称え合っていた。
雰囲気的に同じ所属事務同士の仲間なのだろう。
総合プロデューサーがいなくなったことで、彼らの緊張も一気に解けて素の顔が出ている。
(なんか青春ドラマみたいで、いいな……)
ビンジー芸能から参加している男子は、今回はオレ一人だけ。
ソロプレイには慣れているとはいえ、なんとなく寂しいものだ。
(とにかく次も頑張っていかないとな……ん?)
そんな時だった。
自分に向けられる“変な視線”に気が付く。
(これは……良くない感じ?)
オレに向けられているのは、他の合格者からの負の視線だ。
「……そういえば、あいつも合格しているぞ?」
「……あの噂のコネ野郎か?」
「……ああ。アイツのイジメのせいで、不合格になった可哀想な奴もいるらしいぞ」
オレに負の視線が向けられているのは、数日前から流れていた悪い噂が原因。
朝一の三人だけはなく、他の参加者にもデマが拡散していたのだ。
(この視線と感情は……慣れているから大丈夫だけど、エスカレートしなければいいな、また)
朝一には真面目な三人がオレに突撃してきた。
だが、この雰囲気では他の人も、オレに突撃してくる危険性もある。
もしも、朝以上に大ごとになったら、次は無かったことにはできないだろう。
(できたら、この雰囲気を少しは改善したいな……でも、いくらオレが無実を叫んでみても、この全員の誤解を解くのは難しいかならな……ん?)
そんな困っている時。
数人の男性がオレのところに駆け寄ってくるのであった。




