第53話:喧嘩バトル
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の撮影が開始して、一週間が経つ。
今日は第一回目の選考結果が発表される大事な日だ。
「おい、お前。ちょっとツラを貸せよ!」
「お前に話がある!」
「逃がさねえからな!」
だがアイフェス参加者の男性三人に、オレは拉致されてしまう。
拉致された先は、リゾートホテルのひと気のないところ。
朝一ということで周囲には誰もいない、絶好の密室的な場所だ。
「えーと、あのー、いったい、どんな御用ですか?」
相手は何故か殺気立っている三人組。
ぜひとも穏便に済ませたいオレは、低い腰で相手の要求を伺う。
社会人時代で学んだように相手の言い分を聞くことが、クレーム処理でも大事なのだ。
「『どんな御用ですか?』じゃねぇよ! お前も心辺りがあるんだろうが⁉」
「汚い手を使って、今回の選考に残ろうとしているんだろうが、お前は⁉」
「お偉いさんのコネを使って、やりたい放題なんだろうが、お前は⁉」
「へっ……?」
だが三人の言い分は、まるで訳の分からない内容。思わず首を傾げてしまう。
要約すると『オレがコネを使い、悪いことして、今回の選考に残ろうとしている』と言ってきたのだ。
「ええ……と、オレがコネを使って? そんな、まさか! だってビンジー芸能に所属しているんだよ、オレは?」
ビンジー芸能は業界でも最底辺の芸能事務所。
特にアイドルに関して、コネの字も見たことがない。
むしろ、きみたち三人の方が大手系事務所の所属だから、逆なら分かるけど。
とにかく……この人たちは何を言っているんだ?
「あのエンペラー系列の社長とも、仲良く話ししていたんだうが⁉」
いや……帝原キョウスケ社長とは仲が良い関係じゃないから。
むしろ事務所的には敵対関係に近くて、個人的には相手から一方的に狙われているし。
「どうせ、親とか親戚が、お偉いさんにコネがあるから」
ウチは普通の一般家庭で、義父も中小企業のサラリーマンな管理職。芸能界に間違ってもコネなんかない人だ。
「ビンジー芸能とやらも、コネを隠すために入ったダミーなんだろう⁉」
あっ、たしかにビンジー芸能の豪徳寺社長の見た目は怪しいな。
けどダミー会社なんて面倒なことはしない、あの人は。
「えーと、やっぱり、何か誤解しているのかな? ほら、オレもパッとしない奴だし?」
要約して、やはり三人は何やら大きな誤解をしている。
どこかで聞いてきた間違った情報を、鵜のみにしているような怒り方だ。
改めて身の潔白を宣言してみる。
「たしかにお前はパッとしないが、逆にそんな奴が、どうして今日の選考を通過できるんだよ⁉」
「ああ、そうだぜ! それこそが『自分にはズルで選考突破した』っていう証拠だろうが⁉」
……ん?
どういうことだ?
このオレが今日の選考を突破する、だって?
そんな事前の話をオレは聞いていない。
公式発表もされていないのに、どうしてこの三人は知っているのだ?
「何を黙っていやがるんだ⁉ ネタは上がっているんだぞ⁉」
「言い逃れはできないからな! オレたちは本気でやってきたのによ!」
「ああ、そうだぜ! 辞退しやがれ!」
いや……この三人の様子は。
誰かに謝った情報を、彼らは吹きこまれている感じだった。
(そういえば、前世でもこんな感じの人たちがいたよな……)
前世の社会人時代の派閥争いに巻き込まれた時に、彼らのように情報操作された上司がいた。
あの時の人たちの目に、この三人も似ていただの。
(印象操作か情報操作を、されている? だから、この人たちは本気で信じて怒っているだな……)
この三人は正義感が強くて、真面目な性格なのだろう。
だから本気でオレを悪人だと思い、拉致という強引な行動をしてきたのだ。
「えーと、何度も言うけど、それはぜんぶ誤解だよ? よかったら証明するために、スタッフの所に一緒に行って、話を聞いてもらおうよ? そうしたら誤解だって分かるからさ?」
こう状況の相手に対して、真っ正面からぶつかるのはマズイ。冷静に対処を試みる。
「スタッフの所に一緒に行く、だぁ⁉」
「どうせ、またコネを使って、オレたちに罪を被せるきだろうが⁉」
「お前のせいで代わりに落ちる予定になって、悲しんでいるヤツもいるんだぞ⁉」
だが説得は逆効果だった。三人は更に興奮して、オレに詰め寄ってくる。
これは危ない状況、ちょっと下がらないと。
「――――おい、お前! 逃げるなよ!」
そんな時、一人が手を伸ばしてきた。
オレが逃げると勘違いして、興奮して手を出してきたのだ。
「えっ?」
ヒョッイ♪
いきなり強引に掴まれそうなったので、オレは条件反射で回避してしまう。
ドン!
そのため相手の手は空を切り、バランスを崩して倒れてしまう。
怪我はしてなさそうだが、かなり痛そうな転び方だ。
「――――なっ⁉ お、おい、大丈夫か⁉」
「テメェ、何をしやがる⁉」
周りからは『オレが何かの柔術で仲間を転ばせ、倒した!』と見えてしまったのだろう。
残った二人は、顔を真っ赤にして激怒していた。
ああ……これはかなりマズイ誤解。説得をしないと。
「えーと、みなさん、落ち着いてください……平和的に話し合いましょう?」
「よくも、やってくれたな!」
「許さねぇぞ!」
だが平和的な話は不可能な状態。興奮した三人は、掴みかかってきたのだ。
「絶対に許さねぇぞ!」
「捕まえろ!」
相手はいきなり飛びかかってくる。
まるでパンチのような拳で、オレを拘束してこようとしてきた。かなり危険な攻撃だ。
(うおっ、マジか、コイツら⁉)
オレは驚愕しながら、相手の拳を回避する。
更にタックルしてきた二人の攻撃も、オレはステップを使い回避していく。
「くっ⁉ すばしっこい奴だぞ、コイツ⁉」
「おい、前後で挟んでいけ!」
全ての攻撃を回避されて、相手は更に興奮状態になる。
オレの退路を断つように、包囲してきた。
「絶対に逃がすなよ!」
「痛い目をみせてやれ!」
もはや説得は難しい状況で、退路はない。
相手の興奮状態を解除しないと、退避しても追ってきそうだ。
(どうしよう……とにかく回避して、打開策を見つけないとな……)
相手は周囲を包囲しながら、連続で攻撃をしかけてきた。危険な全包囲攻撃だ。
ひょい♪ ひょい♪ ひょい♪
だがオレはステップを使い回避。
今のところ一発も当たっていない。
「はぁ、はぁ……こいつ、すばしっこ過ぎるぞ……」
「こっちは三人なのに、どういうことだ……⁉」
「まさか、コイツ……武道の達人なのか……⁉」
何度も攻撃を空振りして、三人は息を切らし焦っていた。
自分たちの攻撃とタックルが当たらず混乱もしている。
(ふう……こういうケンカみたいのは初めてだけど、なぜか一発も当たる気がしないんだよな?)
相手は三人組で体格もいい。
だが三人の今までの攻撃を、オレは全部見切っていた。
お陰ではオレは自分で信じられないくらいに、かなり落ち着いている。
でも、どうしてオレはこんなに冷静に、攻撃を回避できるのだろう?
(あっ……そうか。今までの“自主練”が生きているのかな?)
オレは芸能人になるために、小学二年から色んな自主練を積んできた。
その中にはアクション映画や殺陣の練習もあった。
(あのユキとの殺陣の練習が、今回の回避に役立っているのかな、たぶん?)
妹のユキにおもちゃの剣を振ってもらい、幼い頃からオレは時代劇みたいに回避する練習をしていた。
更にユキは中学生になると、固い木刀に武器変更してきた。
剣戟も鋭くなったそんな妹の連撃を、オレは家でずっと回避してきたのだ。
(あのユキの斬撃か。思い出しただけでも、冷や汗が出てくるな……)
兄が言うのも何だが、妹ユキの攻撃はえげつない。
ユキは『さすがお兄ちゃん! よし! ユキももっと頑張る!』って言いながらも、剣道部も真っ青な攻撃を繰り出してきたのだ。
(あのユキの連続攻撃に比べたら、この三人の今までの攻撃は、可愛い感じだな……)
妹との激戦を生き延びてきたオレにとって、普通のアイドルの攻撃は止まって見えたのだ。
ひょい♪ ひょい♪
そんな回避技術を使い、更にオレは全攻撃を回避していく。
こちらからも反撃のチャンスはあるけど、回避に専念していった。
「……はぁ……はぁ……」
「……く、くそっ……こいつ……」
「……も、もう……だめだ……」
気が付くと、三人の攻撃は止んでいた。
何しろ慣れない喧嘩は、予想以上に体力を消費する。さらに空振りは消耗が倍以上もなる。
そのためスタミナ切れを起こしたのだ。
「……はぁ……はぁ……でも、どうして、奴は一発も、手を出してこないんだ?」
「……あんな達人なら……楽勝で反撃もできただろうが?」
「……噂通りのワルなら……喧嘩なんて屁でもないだろうに、どうして……?」
そして動けなくなった彼らは、ある矛盾に気がつく。
回避に専念していたオレが、一発も反撃していないことに不思議がっていた。
「えっ? だって、そんなの当たり前じゃない? アイドルにとって一番だいじな顔や体を、攻撃できるはずがないじゃない?」
だからオレは答える。
男女を問わずアイドルにとって一番大事なのは顔と身体。身体が資本なのだと。
アイドルオタクなオレにとって、たとえ敵意がある相手でも、反撃なんてできないのだ。
「なっ……なんだって⁉」
「アイドルに一番大事な……?」
答えを聞いて、三人は言葉を失う。
彼らは興奮し過ぎて、自分たちがアイドルであることを忘れていたのだろう。唖然としていた。
「うん、そうだよ。キミたちも立派なアイドルだよ! だって、キミたちはさっき『オレたちは本気でやってきた!』って言っていたよね」
興奮して喧嘩状態になってしまったが、この三人は元々は真面目で熱い性格。
そしてアイドルとして本気だからこそ、今回はここまで興奮していたのだ。
「オレは知っているよ……“その言葉”は本気の人にしか口にできない、ってことを! だからキミたちをアイドルであることを、オレは信じる!」
今回のことで体感した。
彼ら三人は本気でアイドル活動をしていてことを。全力でアイドルに挑んでいる同志だということを。
「こ、こんなことをしたオレたちのことを、アイドルだって……」
「オ、オレたちは、いったい、何をしていたんだ……」
「うっ…………くそっ……」
三人の表情が急に変わる。
混乱と興奮状態から脱却し、我に返っていく。
中には感涙の涙を流している人もいた。
「わ、悪いな……市井ライタ……話も聞かずに、掴みかかっていって……」
「オレたちがどうにかしていたんだ……本当に申し訳ない……」
「そして何よりも、喧嘩腰だったオレたちのことを、アイドルとして見てくれていて、本当にありがとな……」
興奮状態から冷めた三人は、頭を下げて謝罪してきた。上辺だけじゃなくて、心からの謝罪だ。
「うんうん、気にしないでいいよ。誤解は誰にだってあることだし。ところで、どうしてオレのことをコネとかズルだと勘違いしたの?」
三人が冷静になったところで、改めて疑問を聞いてみる。
彼らは何かの謝った情報を信じて、今回の事件を起こしてしまったからだ。
「……実は二日前に、お前の悪い噂を聞いて……」
「……オレは昨日に、お前の選考の違反のことを聞いて……」
「……お前が他の参加者を影でイジメている噂を、オレは聞いて……」
我に返った三人から、今回の誤報の内容を聞いていく。
情報をまとめていくと三人とも、別々のルートから似たような噂を聞いていたのだ。
だが聞いた話は、あくまで噂に過ぎずないもの。あと誰が発信源かは分からない情報だという。
(これは……情報操作と印象操作で、彼らは“プチ洗脳”されていたのか?)
人は与えられる情報を操作されることで、簡単に洗脳されてしまうことがある。
特に今回はサバイバル・オーディションという、ストレスと猜疑心が高くなる特殊な環境。
そのため彼らは“プチ洗脳”状態になってしまったのだ。
(しかも三人の性格が狙われて、しかもオレにヘイトが向けられるように、誰かに仕組まれていた?)
彼らは真面目で熱い性格であることが、発信者によって利用されたのかもしれない。
あと選考日前、精神的にもバランスが崩れる時も狙われてしまった。
結果的に今回はプチ洗脳によって、『市井ライタは悪人である!』というヘイトを向けてしまったのだ。
(いったい誰がこんなことを仕組んだんだ? どうしてオレがターゲットに? いや……今はそれよりもこの三人のメンタルケアーをしないと)
自分たちがしでかしたことによって、今の三人は真っ青な顔になっていた。
このままでは今日は撮影すらできない危うい状況だ。
「なぁ……市井ライタ……オレたちは……」
「スタッフとマネージャーに今回のことを話して……」
「選考から辞退も……」
その証拠に、アイフェスからの脱退を口にしようしていた。真面目で責任感が強いことが、罪の重さを増していたのだ。
「えっ? 因縁をつけた? 喧嘩? なんのことかな?」
だからオレはすぐさま答える。
いったい何のことをキミたちは指して言っているのかと?
「いや、さっきオレたち三人が、お前のことを実際に……」
「へっ? さっき? ああ、なるほど。“さっきのウォーミングアップ運動”のことか!」
そして断言する。
先ほどオレたち四人がしていたのは、撮影前のウォーミングアップ運動だと。
「――――なっ、ウォーミングアップな訳が……⁉」
「えっ、だって、“あんなの”はウォーミングアップだよ! ほら、オレはかすり傷一つないし? だからキミたちが辞退する理由も、懺悔する理由もないよね? 法律的にも?」
被害者や物的証拠がゼロなら、事件がなければ起きていないことになる。つまり彼らが自首も辞退もできないのだ。
「いや……それは、そうだけど、市井ライタお前は……」
「ねぇ、三人とも! そんな暗い顔する暇があったら、オレたちにはもっと頑張らないことがあるんじゃない? アイドルとしてね⁉ それってこうして懺悔することの何十倍も、大変だと思うよ!」
責任感が強い三人が今辞退したら、きっとアイドル業から足を洗ってしまうだろう。
だからオレは絶対に退かない。
どんな屁理屈を重ねても、彼らにはアイフェスに挑戦してもらいたいのだ。
「オレは絶対に諦めないからね! どんな困難があっても、アイドルを愛し続けるんだから!」
オレにとって一番の目標は『アヤッチの命を救うこと』。
そして今はアイフェスに生き残っていくことが、その大事な過程。
だからオレは今世の命と魂を賭けて挑んでいた。
たとえ軽く参加しているように傍から見えていても、オレは全身全霊で挑んでいるのだ。
「……市井ライタ……お前って、いう奴は……⁉」
「……だが、お前が言うように、オレたちアイドルはこんな暗い顔をしていちゃダメだな……」
「……そうだな……こんなオレたちのことを応援している人がいるからな!」
三人の瞳に、再び熱い火が戻る。
なんとかオレの説得が通じてくれたのだ。
「うん、やっぱりアイドルには明るい顔が似合うね! これでベストな状態で、今日の選考に挑めそうだね!」
たとえ相手がライバルでも、アイドルが再起してくれたのは嬉しい。自分のことのように喜んでしまう。
「こんあ時に、その笑顔ができるなんて……」
「まったく、変な奴だな、お前は……」
「ああ、でも、こんな熱くて変な奴は、初めてだぜ……」
「えっ? そうかな? ごめんね、変な奴で! あっはっはっ……」
よく分からないけど、なぜか三人に褒められてしまう。恥ずかしいから、笑ってごまかすことにした。
「ん? あっ、こんな時間だ! みんな、集合場所に行かないと⁉」
気がついたら、けっこうな時間が経っていた。
そろそろ移動しないと、今日の撮影に遅刻をしてしまうのだ。
「よし……それじゃ四人で、競争しようよ!」
走ったら集合時間にはギリギリ間に合うはず。
オレは先頭になって駆け出す。
「おい、待て、市井……ライタ⁉」
「よし、オレたちも追いかけようぜ! ライタのことを!」
「ああ、だな! 喧嘩は負けて、足の速さでも負けたら、シャレにならんからな!」
誤解が生んだトラブルを、なんとか解くことに成功。
“雨降って地固まる”以上の状態になっていた。
「あっはっはっ……みんな、凄く速いね⁉ でも楽しいね、なんか、こういうの!」
こうして新たなアイドル同志と一緒に、オレは第一回目の選考に挑むのであった。
◇
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◇
――――だが、この時の市井ライタは知らなかった。
「くっくっくっ……本当に面白い解決の方法をするんだね、ライっちは……」
春木田マシロが不敵な笑みを浮かべながら、一部始終を動画撮影していたことを。




