第52話:ランチ会と一週目
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の初日のランチタイム。
オタク系アイドルであるオレは、何故か三人の美少女、加賀美エリカと大空チセ、鈴原アヤネと相席することになった。
「あら? どうして貴女たちまで、この席にいるのですか⁉」
「私はライタ君と同じ事務所だから……です」
「三人で、偶然」
アヤッチが言っているように、三人がオレと相席しているのは偶然。テーブルに着席したのは三人とも、同じタイミングだったのだ。
「ちょっと、貴女たち! わたくしと市井ライタのテーブルが狭くなるので、あっちの広い方に移動してくださいませんか?」
「それを言うならエリカさんも、同じ系列の事務所の人たちは、あちらにいますよ?」
しかも何故か席を奪い合っているような雰囲気になっていた。
特にエリカさんとチーちゃんの間には、バイバチな火花が炸裂しているように見える。
エリカさんが強い性格なのは知っていたけど、チーちゃんがここまで退かない姿は初めて見た。
チーちゃんからはいつもの控えめな感じではなく、『今日は女として絶対に退く訳にいかないです!』みたいなパワーを感じる。
「わたしは、この席がいい」
残るアヤッチはマイペースな感じ。
戦いには参加していないけど、ちゃっかりオレの隣をキープしていた。
「アヤネさん⁉ そこをわたくしに譲りなさい!」
「ライライの近く、なんとなく落ち着くから、いや」
「なんですって、やはり貴女も⁉」
「鈴原アヤネさん……アナタには絶対に負ける訳にいかないです……」
傍から見ていると三つどもえな戦いの状況。とてもじゃないけど、ゆっくり食事はできないピリピリ空気だ。
「あのー、三人とも、争いは止めませんか? この席の場所が良いなら……そうだ! みんなで一緒に食べませんか? せっかくの料理がもったいないので?」
なぜ三人が相席戦争をしているかは不明。
だが今は大事なランチビュッフェの時間。争っていたら食事の時間がなくなってしまうのだ。
「あ、貴方が、そう言うのなら仕方がないですわね! 少し狭いですけど、ここで一緒に食べてあげますわ!」
「ラ、ライタ君……分かりました。一緒に食べてくれて嬉しいです……」
「ライライ、わかった」
なんとか女性陣の争いを止めること成功。三人で一緒に食べることになった。
(ふう……三人とも落ち着て、良かったな……ん? あれ?)
ざわ……ざわ……
だが一息ついた時、周囲がざわついてことに気が付く。
「……おい、見ろよ、あそこのテーブル⁉」
「……あの加賀美エリカ様と《超新星》の子と一緒にランチ会している男がいるぞ⁉」
「……しかも残りの子もけっこう可愛いぞ⁉」
「……あの男は何者なんだ⁉」
騒いでいるのは参加してアイドルたち。
ハーレム状態でランチ会をしているオレのことを、誰もが噂しているのだ。
(うっ……かなり目立つな。でも、この三人に囲まれていたら、仕方がないか……)
アヤッチたち三人は今回の参加女性陣の中でも、トップクラスに可愛いルックス。
しかも先ほどのダンスレッスンで、アイドルとしての実力も認知されていた。
「……やつは、さっきエンペラーグループの帝原社長と話をして奴だぞ⁉」
「……あんなオタクみたいな見た目なの、奴はいったい何者なんだ⁉」
「……もしかしたら、超大金持ちの息子とかなの⁉」
そのためオレはカースト上位の女子三人をはべらせているように、周囲からは見えるのだろう。参加者たちは遠巻きに、根も葉もない噂をしている。
(いやいや、オレはそんな大物じゃないですよ! ふう……でも、言い訳できないな、これじゃ……)
今日は偶然三人が相席をしてきた状況。
だからオレは周囲を気にしないで食事をすることにした。
よし、気持ちを切り替えて、皆で楽しく会話をしながらランチ会をしていこう!
「「「…………」」」
だが女性陣は無言で、料理を口にしていた。
何やら互いに無言で牽制していて、誰も言い出せない雰囲気。
はっきりいって、真ん中にいるオレはかなり気まずい空気だ。
「……あっ! そういえば、三人ともダンスレッスン、凄かったよね!」
この無言の空気には耐えられない。オレは強引に話題をふってみる。
「えっ⁉ ラ、ライタ君、私のダンスを見てくれていたんですか⁉」
「えーと……うん、そうだよ! 偶然通りかかって、一瞬だけ中が見えたんだ!」
本当は隠密モードで、じっくりと観察していた。だが変質者だと誤解されないように上手く説明しておく。
まぁ……『偶然通りかかって、中が見えた』のは本当のことだからね。
それに三人にダンスの感想を伝えたかった気持ちも本当だから。
「それにしても……チーちゃんはオーディションの時よりも、ダンスが凄く上達していたね! もしかして基礎練習を頑張ってきたのかな? すごく良くなっていたね!」
「あ、ありがとうございます……ライタ君に追いつけるように頑張ってきました」
チーちゃんは何故か顔を赤くしている。
もしかしたら部屋の空調が暑いのかな?
でも、レディに顔色のことを指摘するのは、失礼にあたるかもしれない。あまり深く追求してないでおこう。
「あと、エリカさんもダンスのキレも凄くて、アイドル的に可愛いかったです!」
「えっ――――こ、この私が、か、“可愛い”⁉ “綺麗”はいつも言われるけど、“可愛い”なんて褒められたのは、これが初めてですわ……」
エリカさんも何故か顔を赤くしている。
もしかしたら辛い料理を食べちゃったのかな?
でも、顔色のことを指摘するのは、失礼にあたるかもしれない。あまり深く追求してないでおこう。
「あっ……あと、もちろん、アヤッチも凄くキラキラしていたよ!」
「キラキラしていた……一番嬉しい褒め言葉……だ」
相変わらず無表情だけど、アヤッチはもじもじしていた。なんとなく、凄く嬉しそうな表情に見える。
「とにかく三人ともダンスは凄く良かったよ! 本当に! それにしても改めて思うけど、アイドルって本当に素敵だよね!」
三人とも何故か顔を赤くしているけど、オレは言葉を続けていく。
どうしても先ほどの感動を、本人に伝えたかったのだ。
(ふう……全てを言い伝えて、ようやくスッキリしたぞ! これで三人も仲良くしてくれたらいいな)
先ほどまで三人とも無言で、気まずい雰囲気だった。
だがオレがダンス話をしたことで、多少は場の雰囲気が変わった気がする。
次はどんな話をしようかな?
「あ、あの……ライタ君は、“どんな子”が好みなんですか?」
そんな時、チーちゃんが小さな声で質問をしてきた。
内容は“どんな子”もについて。
つまり“好みのアイドルの子”に関してだ。
「えっ? オレの好み? そうだね……上手く説明できないけど『一生懸命に前を向いて、キラキラしている子』が好きかな?」
これはオレ的な“アイドル萌えポイント”。
スタイルや顔、歌、ダンスの高さではなく、内面的な心の輝きを重要視しているのだ。
あれ?
チーちゃんはいきなりこんな質問をして、どうしたのだろう?
「『一生懸命に前を向いて、キラキラしている子』⁉……私、ライタ君の一番になるために、これからも頑張ります!」
「『一生懸命に前を向いて、キラキラしている子』⁉……し、仕方がないですわ。この私の新たな魅力に気がつかせてあげますわ!」
「『一生懸命に前を向いて、キラキラしている子』?……なるほど。ライライの言葉、なぜか胸がドキドキする」
だがオレの答えに反応したの、チーちゃんだけはなかった。
三人ともオレの言葉を強く受けて止め、何か自分に誓っているのだ。
「ライタ君のために……私、絶対に負けません!」
「それはこちらの言葉ですわ! 今回のサバイバルで白黒をつけてあげますわ!」
「負けない」
そして三人は互いに宣戦布告をしていた。
オレを中心にして、何かを奪い合っているような感じだ。
「えーと……みなさん? どうしましたか?」
――――こうして当人の知らないまま、三人の美少女によるサバイバルレースも今、幕を開けたのであった。
◇
それからのアイフェスの撮影は、なんとか順調に進んでいく。
「おはようございます! 今日も一日によろしくお願いいたします!」
アイフェスは夏休みの四週間を使う長期の撮影期間となる。
だが撮影やレッスンは、毎日行われる訳ではない。
週に三、四回くらい、全員がリゾートホテルに集まり、撮影をしていくスケジュールだった。
「今日もお疲れ様でした。お先に失礼します!」
そのため一日のレッスンと撮影が終われば、オレたち出演者は帰宅となる。
番組の演出上はリゾートホテルに、参加は四週間の宿泊しているように見える。
だが実際には日帰りで毎回参加しているのだ。
「ふう……今日もダンスレッスンか? やっぱり初週はダンスがメインなんだな」
アイフェスの一週目はダンスレッスンがメインとなる。
これも例年通りなので、オレ的には問題ないスケジュールだ。
「うん……今日も感じにアピールできたぞ」
そんなダンスレッスンの中、オレは“実は深い事情があってアイドルを目指す市井ライタ”を演じていく。
そのために常に男性陣のダンスのレベルを観察。
自分のダンスレベルを微調整していき、『あまり目立ちすぎず、でもスタッフの印象には残る男』を演じていった。
(面倒だけど……『出る杭は打たれる』かもしれないからね……)
今回は何が起きるか分からないサバイバル・オーディションなのだ。
(特にあの二人に関しては、用心に越したことはないからな……)
危険な一人目である春木田マシロは、今のところオレにアクションは起こしてこない。
彼は時おりオレのことを見てくるけど、遠くから観察している雰囲気だった。
でも、だからといって油断はできない。
あの危険な男は、何かのタイミングを測っている可能性もあるからだ。
あと二人目の危険人物の帝原社長も、初日以外はオレに接触してこない。
忙しい彼は他の現場にも行っているのだろう。
(でも油断はできないな。撮影した映像は関係者なら、リアルタイムでも確認できるからな……)
帝原キョウスケは何を考えているか予想もつかない。彼に関しても注意しすぎることはないのだ。
(それにしても、アイフェスの第一回目の放送か……)
アイフェスは撮影に遅れること数日後に、ネットで一般視聴者に向けて配信されていく。
ちょうど昨日、第一回目の放送がされていた。
一回目の放送部分は『百名のアイドルが集められて、ダンスレッスンの初日と二日目』だ。
(内容はちょっとだけ、確認したけど、相変わらず尺が短く感じたな……)
アイフェス番組の放送は一回あたり45分しかない。
オレたちが二日間で約十時間以上も撮影しているのに、使われるのは十分の一以下なのだ。
(まぁ、番組の構成と内容は、ある程度の予想はしていたけど……)
アイフェスの一回目でクローズアップされていたのは、男女共に主人公的な数人だけ。
イキリ担当で“当て馬”の人も、ほんの少しか放送されていなかった。
何しろ45分という短い時間では、百名もの参加者を全員クローズアップするのは不可能だからだ。
(そんな中でも、オレはほとんど映っていなかったな。まぁ、予想はしていたけど……)
オレが映っていたのは、ダンスレッスンのシーンの数秒だけ。しかも主役的な人の背景として映っただけ。
視聴者は誰も気が付いていたいモブ扱いだ。
(それでも母さんとユキは、見逃していなかったけどな……)
今回も家族はオレの出番にがぶりついて見ていた。
妹のユキはいつものように『やっぱり、お兄ちゃんのダンスが一番よね!』って兄バカな感じ。
義母も『そうね、ライタが一番上手かったわよ。小さい頃からずっと練習していたらね』と親バカぶりを発揮していた。
ちゃんと見てくれていることは、内心ではともて有りがたい。
でもスロー再生や一時停止をフル活用して、何回も家で見られるのは、ちょっと恥ずかしい気分だ。
(オレはまったく目立たなかったけど……エリカさんとアヤッチは、女性陣の中でもクローズアップされていたな……)
二人ともアイフェスの主催である《エンペラー・エンターテインメント》の本家に所属している。
そのため女性陣の主役的な扱いを受けていたのだ。
(チーちゃんは……ほんの少しだけ紹介されていたな……)
一方でチーちゃんの出番は極小だった。
彼女は誰が見ても才能があるアイドルの少女。カメラマンも無意識的に撮影はしていた感じだ。
だが外様な弱小事務所の所属のために、編集の時点で小さくなったのだろう。
おそらく選考が進んで、彼女が残っていったら、いつかはクローズアップされるはずだ。
(予想通りはオレの出番はほぼ皆無だった。まぁオレは少しでもアヤッチと仲良くなれたら、今回は御の字。でも“今の三人の状況”だと、それもちょっとな……)
初日以降、ランチタイムにオレはアヤッチとランチ会をしていた。
だがチーちゃんとエリカさんも一緒にいるために、個人的な話をアヤッチとする時間がないのだ。
まぁ、三人と話をしながらランチをするのは楽しいから、別にいいんだけど。
でも、相変わらず謎の火花がバチバチしている。オレにとってはドキドキ&ハラハラな昼食時間なのだ。
◇
(さて、今日はいよいよ……だな)
今日は今までの撮影日の中で、特別な日だった。
撮影から一週間が経ち、第一回目の選考結果が発表される日なのだ。
「よし、今日も一日頑張るか!」
だからオレもいつもより早くリゾートホテル現場に到着していた。
特に何か変わったことをする予定はないけど、興奮して早起きして現場入りしてまったのだ。
「さて。まだ早いけど、集合場所に向かうかな……ん?」
そんな時、こちらに近づいてくる人影に気が付く。
(あれは……?)
こっちに真っ直ぐ向かってきたのは三人の男性。顔は見たことがある参加者だ。
かなり怖そうな顔をしているけど、いったいどうしたのだろうか?
「おい、お前。ちょっとツラを貸せよ!」
「お前に話がある!」
「逃がさねえからな!」
「えっ……?」
こうしてオレはわけのわからないまま、誰もいない場所に拉致されてしまうのであった。




