第50話:参加者たちの能力
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》のスタート。
男女が別れてダンスレッスンの撮影がされていく。
そんなオレの前に現れたのは、エンペラー系列のドンである帝原キョウスケだった。
「前回、キミには見事に騙されてしまいました。お礼という訳で、今回は“キミの本当の価値”を、ちゃんと見定めて……いえ、丸裸に査定してあげますよ、市井ライタ君?」
相手はアイフェスの裏ボスである危険な権力者。
「えーと、『騙された』……ですか? さ、さすが帝原社長は業界ジョークも、お上手ですね! さすがです! あっはっはっは……」
だからオレはヘイトを買わないように対応する。この危険な人には、あまり関わりたくないのだ。
「そういえば前回のファッションショーの時、アナタは“何か”したようですね? 放送事故があって、別室にいた私は確認することはできませんたが」
だが帝原キョウスケは一方的に話をしていく。
「何か……ですか」
オレは反感を買わないように、反論しないで聞いていくことにする。
「ええ、そうです。結果としてウチの春木田マシロと加賀美エリカが、貴方のことをかなり高く評価することになりました。そこで私も改めて貴方今回ここにを招待した、という訳です」
なるほど、そういうことか。
今回のアイフェスに招待したのは帝原キョウスケが重宝本人だった。
あと、話の内容から推測するに、きっかけは春木田マシロとエリカさんなのだろう。
でも『ファッションショーの時のオレを高く評価』とは、どういうことだろう? オレは特に何もしていないのだが。
とにかく今回も帝原社長から気が抜けない。
「そんな警戒した顔をしなくても大丈夫ですよ。今回の選考には私は口を出しませんから。なにしろ“この程度”のサバイバルに勝てなければ、芸能界での“商品”として価値はありませんからね」
冷酷なビジネスマンのように思えるが、帝原キョウスケの言っていることは間違ってはいない。
芸能界の世界は、本当に“ごく一部の才能がある者”しか生き残っていけないからだ。
ここにいるメジャーデビュー前のアイドルたち、彼らにも勝てなければ、芸能界では生きていけないのだ。
「……アドバイス、ありがとうございます」
「この私がアドバイスを? ええ、そうかもしれませんね、今のは。それでは期待していますよ、市井ライタ君」
そう一方的に言い残して、帝原キョウスケは立ち去っていく。
いったい何を言いたかったか、正直なところ測りかねる人だ。
だが有益な情報も一つだけ得られた。
(『今回の選考には私は口を出しません』……か)
こうしたサバイバル・オーディションでは裏の権力者の一存で、選考者が決められていく場合がある。
だが総合プロデューサーよりも力がある帝原キョウスケが、選考に口を出さないことを、本人からその言質がとれたのだ。
(つまり、上手く立ち回っていけば、オレにも選考に残っていける、ということだ!)
あの男の接近に肝を冷やしたけど、お蔭で有益な情報が得られた。
天敵系の彼との会話に、自分の神経をすり減らした甲斐があったというものだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
そんな時。ダンスレッスン会場がざわついていることに気が付く。
「……おい、帝原社長がわざわざ話をしにいった、アイツは誰なんだ⁉」
「……アイツはさっき、あの春木田マシロや加賀美エリカと話をしていた奴だぞ⁉」
「……アイツはいったい何者なんだ⁉」
どうやら大物である帝原社長と話をしていたことで、参加者とスタッフからオレが注目を浴びしていたらしい。
業界でもトップクラスの権力者が、わざわざ挨拶にいく無名のオタク系アイドル……たしかに誰がどう見ても違和感しかない。
「……ちっ……」
ん?
そんな中、一人だけ違う反応をしている参加者に、気が付く。
それは《六英傑》の一人の春木田マシロだった。
「……アイツ……キョウスケさんと……」
彼は爪を噛みながら、オレのことを睨んできた。
今まで天使のような危険な笑みではなく、感情を露わにした顔だ。
(えっ……どういうこと?)
疑問に思って見直そうとするが、すでに春木田マシロは別の方向を見ていた。あれでは確認はできない。
(“あのマシロ君”が、あんな痛烈な表情をするなんて……どうして?)
でも一瞬だったたから、もしかしたらオレの見間違いだった可能性もある。あまり気にしないでおこう。
「……えーと、それでは次のグループのダンスレッスンを始めます!」
そんなざわつきの中、男子グループのダンスレッスンは続いていく。
たとえハプニングが起きようとも、リアリティー系の撮影は止まらないのだ。
(ふう……色々あったけど、とりあえずオレも、番組に集中していこう!)
帝原社長や春木田マシロ。今回は、危険で不確定な人物がいる。
だが、そんな中でオレがやれるのは『できる限りサバイバル・オーディションに生き残っていくこと』だけだ。
他の参加者のダンスレッスンを観察して、集中して情報収集していくことにした。
(ふむふむ……なるほど。ダンスのレベルはこんな感じか……)
全員のダンスを見終えて、ある程度のレベルは判別できた。
今回の参加者は次のように、大きく2段階のレベルに分けられる感じだ。
――――◇――――
《今回参加している下位&中位グループの平均値》
ダンス技術:D+
歌唱技術:?(歌はまだ聞いてないから不明)
表現力:D
ビジュアル:B-
アピール力:C-
天性のスター度:D+
☆総合力:C
◇
《今回の中で上位グループなアイドルの平均値》
ダンス技術:C+
歌唱技術:?(歌はまだ聞いてないから不明)
表現力:C-
ビジュアル:B-
アピール力:B-
天性のスター度:C+
☆総合力:B-
――――◇――――
オレ目線では、こんな感じの評価になる。
上位グループの人たちはビジュアル良いだけはなく、ちゃんとアピール度や表現力も高めだ。
総合力も高く、彼はおそらくは最終選考までは残っていくだろう。
一方で下位&中位グループの人たちは、ビジュアル的な見た目は良いが、アピール度と表現力が高くない。
おそらくは地道な基礎レッスンを、今まで彼らは積んでこなかったのだろう。
そのため最終選考までは残れない可能性が高い。
(でも、さすが全国から集められた原石たち。全体的にレベルは高いな……そんな中でも、マシロ君……春木田マシロは別格だな……)
前回はモデルとしての彼の力しか、評価できなかった。
だが今回は彼のダンスレッスンを目にして、アイドルとして次のように評価ができた。
――――◇――――
《春木田マシロ》※アイドルとして
ダンス技術:A-
歌唱技術:?(歌はまだ聞いてないから不明)
表現力:A-
ビジュアル:A
アピール力:A-
天性のスター度:A
☆総合力:A
称号:《六英傑》、《天使王子》
固有能力:???
――――◇――――
アイドルとしての春木田マシロの能力は、ダントツに飛びぬけている。
まだ歌唱技術や固有能力は不明だが、それを抜きにしてもトップクラスだ。
(さすがは《六英傑》の一人だな。特にあのダンス技術や表現力は、凄いな……)
アイドルとしての技術は簡単には身につかない。地道な鍛錬と努力が必要になる。
つまり春木田マシロはアイドルとして見せていない、地道な努力をしてきた顔もあるのだ。
(きっと今まで見せないように、努力してきたのだろうな……)
普段の彼は天真爛漫な笑顔が武器。
だが、彼は客の前の笑顔でいるために、白鳥のように水面下では汗臭く努力してきた男なのだ。
(春木田マシロ……予想以上に強敵だな……)
努力もできる天才を前にして、オレはつばを飲んでしまう。
相手があまりにも大きすぎる存在ということを、改めて認識してしまったのだ。
(ふう……とりあえず、落ちつこう。オレが目標はマシロ君を倒すことではない。自分は生き残る策を、冷静に考えていこう……)
人は強大すぎる天才を目の前にすると、自分を見失ってしまう。
だからオレは深呼吸をして、気持ちを切り替えていく。
アイドルオタクとして心は熱く、頭は常にクールでいこう。
(よし、気持ちの切り替えはできた。あとは自分の能力を客観視して、策を練ろう……)
――――◇――――
《市井ライタ(高校一年生夏)》
※アイドルとして
ダンス技術:D+
歌唱技術:D
表現力:D+
ビジュアル:F
アピール力:E+
天性のスター度:F
☆総合力:E+
※自分のことなので《客観視》に阻害補正有り
――――◇――――
こうして客観視して見ると分かることがある。
ビンジー芸能のオーディションを受けた時より、技術や表現力が少しだけ成長している。
これはCM撮影やドラマ撮影、モデルの経験をしたお蔭だ。
だが相変わらず芸能人としての総合力は酷い。
特にビジュアルと、天性のスター度は最底辺。
何しろ“ビジュアル”と“天性のスター度”の二つは、生まれ持った“先天性”な要因が大きいから。努力では改善しにくいのだ。
(さて、こんな低い中でも、唯一の頼りになるのは“表現力”だけか……)
オレの総合力は間違いなく、参加者の中でもビリな存在だ。
だが現実のアイドルの世界は、戦闘系のゲームとは違う。総合力が高い者が、必ずしも売れていく世界ではないのだ。
(オレは表現力を上手く使って、なんとかやりくりするしかないな!)
アイドル業界では時には個性的な人物も売れていく。
だからオレも表現力も生かしていければ、サバイバルに生き残っていける可能性もあるのだ。
(まずは今週末の第一回目の選考に向けて……頑張って表現していくか!)
こうして自分の目標を新たに明確にする。
ちょうど、男子のダンスレッスンの時間も終了。
ホテル本館の昼食会場に、オレたち男子組は向かっていくのであった。
◇
オレは昼食会場に移動していく。
「ん? ここは、どこだ?」
だが気が付くと、一人になっていた。
トイレに寄ったら、皆とはぐれて迷子になってしまったのだ。
「ええと……あっちかな?」
人がいそうな方向に、とりあえず進んでいく。
まだ11時30分なので、多少迷っても昼食時間には間に合うだろう。
「ん? この音楽は……?」
そんな時、廊下の奥からリズミカルな音が聞こえてきた。
オレの足は自然とそちらに流れていく。
「あっ……ここは……女子のダンスレッスン場か」
たどり着いた先は、女性陣がダンスレッスンを受けている会場。女性陣はまだレッスン中だった。
「どんな感じなのかな、こっちは?」
ちょうど空いている扉の隙間から、こっそりと中を見学してみる。不審者とだと思われないように、隠密モードも発動しておく。
「おお、凄い! 女性陣もみんな、頑張っているぞ! すごい……みんな、キラキラして、誰もが輝いているな……」
アイドルが一生懸命に頑張っている姿は、世界中のどんな宝石よりも光り眩しい。
三度の飯よりもアイドルが好きなオレは、思わず見惚れてしまう。
(おや、次のグループの番になるぞ……えっ? あ、あの三人は⁉)
見覚えの三人がダンスの準備を始める。
まさかの組み合わせに、オレは思わず声を上げそうになる。
(あれは……アヤッチ……チーちゃん……エリカさんの三人⁉)
鈴原アヤネと大空チセ、加賀美エリカの三人が、同じグループで踊ろうとしていた。
まさに神のイタズラとしか言いようがない、すごい偶然だ。
(あの三人……アイドルとしてダンスする……いったい、どういう感じになるんだ、この勝負⁉)
こうして顔見知りの三人のダンスを、オレは全力で見守ることにした。




