第49話:キャラ付け
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の撮影がスタートする。
集められた出演者に対して、スタッフから説明と指示が出されていく。
「……えーと、それでは、男性の方はこちらの方に。女性の方はあちらに移動お願いします!」
アイフェスは総勢百名ものアイドルが参加する大規模の撮影。そのため基本的には男女に別れて進行していくのだ。
「チーちゃん、頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます! ライタ君も!」
同じ事務所のチーちゃんとは、今日はここでお別れとなる。互いに励まし合って、それぞれ違う場所へ移動していく。
(最初は男女別々の撮影だから、アヤッチとも一度お別れか……でも、番組的に生き残っていけば、必ずチャンスはあるはずだ!)
スタッフの説明によると、昼食場所や休憩場所は男女ともにリゾートホテルの本館。
そのため最低でも一日一回は、アヤッチの近づくチャンスもあるのだ。
あと今までの番組の展開的に。
参加者が減っていく後半になると、レッスンやイベントも男女合同で行うことも多い。
選考に残れば残るほど、アヤッチと距離を近づくことが可能なのだ。
(よし……まずは第一目標……一回目の選考に残るように、オレも頑張らないとな!)
オレの今回の最大の目的は『アヤッチと距離を近づく』こと。
そのためにある程度の選考にも、残っていく必要がある。
移動しながら、自分の目標を明確にして胸に刻んでいく。
◇
「……えーと、移動お疲れ様です……」
そんなことを決意していると、いつの間にか目的的の場所に移動していた。
ここはリゾートホテル内のホール施設、全身鏡も用意されているレッスン場のような部屋だ。
「えーと、今日のスケジュールを、詳しく説明していきます……」
アイフェスの総合プロデューサーから説明がされていく。
「これから皆さんには、ここでダンスレッスンを受けてもらいます。あと、“アイフェスとしての撮影”はすでに始まっています。リアリティーを出すために、みなさん、よろしくお願いいたします!」
ざわざわ……ざわざわ……
総合プロデューサーの説明に、男性アイドルたちは周囲を見回しざわつき始める。
「……おい、見ろよ⁉ 本当にカメラが回っているぞ?」
「……ああ、そうだな。これがリアリティー系のオーディションか……やり辛いな……」
「……たしかに。休憩時間の雑談や、トイレまで撮られるらしいからな……」
出演者たちがザワつくのも無理はない。
リアリティー系の番組には基本的に台本はなく、いきなり撮影が開始されている。
また、番組的に“演出”にも期待できず、良くも悪くも『素のままの自分』が観られてしまうのだ。
「……これは全国放送もれるか、絶対に結果を残さないとな……」
「……ああ、ビッグチャンスをものにしないとな……」
出演者たちが興奮しているように、アイフェスは地上波でも全国放送される。
メインのネット配信以外にも、地上波でも毎週二回の特集があるのだ。
そのためアイドルファンだけはなく、アイフェスは一般視聴者にも認知度も高い。
過去にもアイフェス参加をきっかけにして知名度がアップ。トップに成りあがったアイドルもいるのだ。
「……だが、全国放送だからこそ、絶対に失敗はできないな……」
「……ああ、失言や暴言だけには、気を付けないとな……」
「……炎上だけはしたくないな……」
彼らが心配しているように、全国放送されるデメリットも大きい。
番組に対する参加者の愚痴や悪態も、全国放送されてしまう危険性もある。
“ハイリスクでハイリターン”がアイフェスの魔性の魅力なのだ。
「えーと、それでは、こちらの先生の指導のもと、ダンスレッスンを開始します!」
総合プロデューサーの説明の後に、ダンスレッスンがスタートとなる。
参加者のザワつきのがあっても、番組はおかまいなく進んでいくのだ。
(リアリティー系番組で注目されての、炎上……か)
そんな中、オレは他人ごとのように落ち着いていた。
自分のダンスレッスンは順番を待ちながら、周囲を観察していく。
(でも、オレにはあんまり関係ない、かな?)
何故ならアイフェスには、総勢百名もの参加者がいる。
そんな中で注目株としてクローズアップされるのは、毎回の放送でも数名しかいない。
だから影の薄いオレは、放送されて炎上する心配がないのだ。
(この番組的にクローズアップされるのは、“2つの属性”の人だけだからな
アイフェスの愛好家として、いくつかのパターンを把握していた。
クローズアップされる人たちには、“2つの属性”のパターンがあるのだ。
(まず一つ目は、主役級の人たち……)
リアリティー系オーディション番組で人気があるのは、“最終的に合格する主人公的”なキャラクターだ。
今回の男性陣だと春木田マシロや、エンペラー系列が売り出したい新人アイドルが当てはまる。
(あとは、アクの強い“当て馬”的な人たち……もか)
もう一つの取り上げられる属性は、“当て馬”と呼ばれる人たちだ。
例えるなら『主人公的な人に、イキって絡んでくる人』や『オーディションを舐めているようなダメな奴』な人たち。
番組的に、こうした“当て馬”を主人公的な人たちが倒していくことで、視聴者は爽快感を得られていく。
そのためアイフェスではこの2つの属性を、最初はクローズアップしていく傾向にあるのだ。
……そんなことをオレが考えていると、他の出演者の一部に動きがある。
「……ダンスレッスンだって? そんなのは楽勝だろう?」
「……ああ、そうだな。オレたちを誰だと思っているんだ?」
彼らは周囲にわざと聞こえるように、イキった会話をしている。明らかに社会人としては良くない言動だ。
あれはいったい、どういうことだろう?
(あの雰囲気は……なるほど、そういうことか)
先ほど説明したように、地上波でクローズアップされるのは2種類の属性しかない。
つまり『彼らはあえてイキる“当て馬”を演じている』のだ。
炎上するリスクを承知の玉砕覚悟で、イキり役を演じ始めたのだろう。
(あえて“当て馬”を演じることで、初っ端にクローズアップされる作戦……なるほど悪くないな)
タレントである参加者にとって、最悪なケースは『一度もクローズアップされることなく、いつの間にか選考落ちしてリタイアしている』ことだ。
だから彼らは逆転の発想をチョイス。
“一回目の選考で落ちる覚悟で、一回だけでもクローズアップされる作戦”を選んだ猛者なのだ。
(なるほど賢い選択かもしれないな……ん? 他にも動きがあるな……)
彼ら動きをきっかけに、他のアイドルたちも動き出す。
ダンスレッスンや今回のサバイバルに関して、それぞれの意見を会話し始めたのだ。
(なるほど……戦いは準備前から始まっていた、ということか……)
おそらく彼らの行動と言動は、事前に計画していた作戦なのだろう。
事務所からの指示で事前にキャラ作りをしていたのだ。
「……なぁ、今回のサバイバルってさ……」
「……よし、頑張るぞぉ!」
「……緊張するよー……」
はたから見ていると彼らの中には、“痛いキャラ”にもいた。
だが番組的には、あれぐらい大げさでないと、視聴者は楽しめないのだろう。各事務所的に計算されたアイドルのキャラ設定だ。
(みんな頑張っているな……ん? あれは……春木田マシロ……か)
そんな誰もが必死で動き出した中、春木田マシロは静かにダンスレッスンの準備をしていた。
明らかに目立たない言動。
だが彼の周りには、すでに二台ものカメラが密着撮影していた。
(なるほど、主人公は足掻く必要はない、という訳か)
事務的に春木田マシロ級になれば、無理に行動する必要がないのだろう。
彼は最初ゆっくりのペースでスタート。
最終選考とライブに向けて、今後はどんどんモチベーションを上げていくのだろう。
(ん? 春木田マシロ以外にも……カメラが密着しているのか?)
他の数人の参加者に対して、やたらとカメラ・レンズが向けられている。
しかも何かと春木マシロに対して、彼らはコミュニケーションをとっていた。
(なるほど、そういうことか……“彼らが今回の主役”という訳か……)
アイフェスで最終的にライブデビューできるのは、男性二組と女性二組だけ。
つまり春木田マシロと彼ら数人は確定枠。既に男性グループは、あの一組確定しているのだろう。
(なるほど、“大人の事情”が満載な舞台裏だな……)
台本がないリアリティー系番組とはいえ、なにもコンセプトが無いと、番組も視聴者も盛り上がらない。
そのために大人たちの事前の会議によって“最終ゴール地点”は決められているのだ。
そう……男性陣の最終ゴール地点”は『春木田マシロと仲間たちが、苦難の選考を突破していき、最終日に華々しくライブデビュー!』といった感じのメインシナリオがあるのだ。
(さて、そんな大人の事情の中……オレはどう立ち回るべきか?)
ダンスレッスンしている会場を見回しがら、今後の自分の計画を立てていく。
(主人公枠はもう決まっているから入る余地は無し。では“当て馬枠”はどうだ? いや、あっちも供給過多になっているな)
キャラ被りが沢山いても、番組的にはクローズアップしてくれな。
カメラマンやプロデューサーが欲しいのは、“視聴者の望むキャラクター”。
分かりやすい個性を、大人たちは欲しているのだ。
(よし、それなら。今回の出演者の中で、“足りないキャラ性”は、なんだ?)
男性参加者の観察しながら、『スタッフが求める最適なキャラクター性』を計算していく。
(よし、分かったぞ。オレが今回演じるのはこれでいこう……“実は深い事情があってアイドルを目指すキャラ”で!)
“不遇キャラ枠”に対して、一般視聴者は感情移入する性質がある。
アイフェスでも同様であり、最終的には主人公側になれないが、ある程度の需要があるキャラ枠なのだ。
今回は“不遇キャラ枠”が足りていない状況だった。
(よし……オレは“実は深い事情があってアイドルを目指す市井ライタ”……“実は深い事情があってアイドルを目指す市井ライタ”……よし、いけるぞ……)
表現の応用で、イメージを落とし込むことに成功。
自分のキャラを設定、“実は深い事情があってアイドルを目指す市井ライタ”のオーラを発していく。
「えーと、では次のグループ、ダンスレッスンをスタートしてください!」
そんな時、オレのグループのレッスンの番になった。
十数人と共に、オレはダンスレッスンを受け始める。
(よし……オレは……“実は深い事情があってアイドルを目指す市井ライタ”だ)
キャラクターを演じながらオーラを放出。ダンスをしていく。
(……ダンスのレベルもキャラクターに合わせよう。あまり下手過ぎず……かといって、上手すぎずに、キャラクター合ったレベルでダンスだ)
自己流だがアイドル系のダンスは、幼い時から鍛錬してきた。
そのため“このレベル”のダンスなら、自分の力を調整しながら踊ることも可能なのだ。
誰がどう見ても、“実は深い事情があってアイドルを目指す市井ライタ”のオーラ発しながら、オレはダンスをしていく。
「「「……ん?」」」
そんな時だった。
カメラマンや総合プロデューサーから受ける視線が変化する。
オレのダンスを見ながら、スタッフ同士で何やら話をしていいたのだ。
(アレは……よし、エサに食らいつてくれたな)
読唇術で見てみた感じ、『ふむ、あの子は、一応撮影しておけ。もしかしたら“使える”かもしれない』と、スタッフ同士で話をしていた。
スタッフもリアリティー系の製作のプロ集団。そのためにオレのキャラクター性に気が付いてくれたのだ。
(よし、第一段階は上手くいったぞ。あと、やはり今回は、あの総合プロデューサーが決定権を握っているのか?)
スタッフの雰囲気的に、総合プロデューサーが常に中心にいた。ダンスしながらでも読み取れる人間関係だ。
(ということは、総合プロデューサーの反応を見ていけば、“番組の意図”の予想できそうだな……)
ここだけの話、オレは“権力ある大人の顔色を読む”ことが特技。
前世のブラック企業に勤めていた時に、パワハラ上司たちに囲まれていたために、自己防衛として身につけた処世術。
この“権力ある大人の顔色を読むスキル”で、オレは最悪なブラック社会人時代を生き延びることができたのだ。
まぁ……でも、高校二年生の交通事故の脳内後遺症で、前世のオレは死んじゃったけどね。
とにかく。
あの総合プロデューサーと側近さえマークしておけば、選考も少しは残れそうな予感がする。
選考にさえ残れたら、アヤッチとの距離を近づけるかもしれないのだ。
(ふう……よし、第一段階は手ごたえがあったな……)
そんな思惑の中、オレのダンスレッスンも終了。
会場の端で一人休憩タイムにはいる。
(さて……総合プロデューサーの表情の分析を、もう少ししておこうかな……ん⁉)
そんな時だった。頼みの総合プロデューサーの顔色が、急に変化する。
あれは……『自分よりも決定権のある大物』を見たかのような表情だ。
(誰を見ているんだ? ん? あっ……あの人は⁉)
総合プロデューサーに近づいていく人物、『決定権のある大物』の顔に、オレが見覚えがあった。
(あの人は……帝原キョウスケ……か)
ダンスレッスン場の登場したのは長身のスーツの男性、帝原キョウスケだった。
(そうか、あの人が……この番組の“裏ボス”か……)
今回のイベントは《エンペラー・エンターテインメント》主催であり、社長である帝原キョウスケは大きな決定権を有している。
総合プロデューサーさえも裏で動かす独裁的な決定権が、雰囲気的に彼にはあるのだろう。
(なるほど、帝原キョウスケが今回の裏ボスだったのか……あの人は危険だけど、今回のオレは大丈夫なはずだ)
前回のファッションショーの時、オレは小物の演技”で、帝原キョウスケを騙すことに成功していた。
彼は『残念ながら市井ライタ君には“平均程度の価値”しかありませんでしたから。もう少し期待はしていたのですが、二度と顔を会わせることはないでしょう』と言っていた。
つまり今回の撮影でも無価値なオレに、彼から近づいてくることはないのだ。
(あの人は本当に苦手だから、騙せて良かったな……。ん? あれ? でも、それなら、どうしてオレなんかに招待状が、また来たんだろう?)
安心しながら、ふと疑問に思う。
今回のアイフェスは《エンペラー・エンターテインメント》主催であり、帝原キョウスケは大きな決定権を有している。
つまり今回のオレの招集には、彼の意図が何かあった可能性が高いのだ。
(どういう状況なんだろう、オレは……ん?)
そんなことを考えながら一人で休憩している時。誰かが近づいてくる気配に、気が付く。
こんな会場のすみに、いったい誰だろう?
「こんにちは市井ライタ君」
「えっ――――み、帝原……さん⁉」
やってきたのは帝原キョウスケ。
総合プロデューサーに挨拶した後に、真っ直ぐにオレの所に来たのだ。
もう興味ないと断言していたはずなのに、いったいどうして?
「前回、キミには見事に騙されてしまいました。お礼という訳で、今回は“キミの本当の価値”を、ちゃんと見定めて……いえ、丸裸に査定してあげますよ、市井ライタ君?」
今度は演技で騙すことは出来そうにない。
「えっ……」
こうして蛇のような恐ろしい天敵の帝原キョウスケ社長に、オレは本格的に目を付けてしまった。




