第47話:強い決意
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の招待状がきた。
オレはアイドルとして参加することを決意する。
「ねぇ、ライタ君、この仕事がどういう内容か、本当に分かっているの⁉」
だが専務であるミサエさんは、まだ説得を諦めていない。凄い形相で詰め寄ってきた。
「はい、もちろん知っています! 昨年のアイ・フェスも見ていました! というか、ここ数年分の放送は、全て見ていています! だからどんな内容なのか、もちろん知っています!」
アイ・フェスは今まで夏に三回開催されてきたイベント。
アイドルオタクとして、もちろん前世と今世で見逃したことは一度もない。
「それは視聴者として知っている、だけの意味でしょう? 業界的にアイ・フェスは撮影の拘束が長期間に渡る、色々大変な仕事なのよ? あと、ウチのような事務所から参加するタレントは……正直なところ露出度が極端に低いから、割に合わない仕事なのよ?」
アイ・フェスはちょっと特殊な手法の番組+アイドル・フェスだ。
実務としての仕事効率の低さを、ミサエさんはデメリットとして説明してくる。
「オレは視聴者でしたが、そのことも何となく気が付いています。でも……それでも、参加したいんです! どうしても!」
だが今回のアイ・フェスは、今世のオレにとって何よりも大事な仕事。
なぜならアイ・フェスは《エンペラー・エンターテインメント》が主催で、所属している若手のアイドルはほぼ全員参加していた。
撮影期間は長期に渡るため。アヤッチこと鈴原アヤネと距離を近くする最大チャンス。
どんなに大変でデメリットがあろうとも、絶対に怯む訳にはいかないのだ。
「うっ……前回のファッションショー以上に、ライタ君の気迫が凄い⁉ あっ……社長⁉ ちょうどいいところに!」
ミサエさんが何かの気迫に怯んでいた時だった。
「ん? どうした、お前ら?」
事務所に入ってきたのは強面で大柄な男性……ミサエさんの上司である豪徳寺社長だ。
「聞いてください、社長! ライタ君ったら、例のアイドル・フェスの件、乗り気満々なんですよ! 江戸監督からの舞台の話も、断る勢いなんですよ!」
「は、はーん、なるほど、そういうことか。なるほど、あのアイドル・フェスを受けるのか……」
ミサエさんから報告を受けて、社長はアゴに手をやる。
前回のファッションショーの時、社長はオレの味方をしてくれた。
「……それは困ったな」
だが今回はミサエさん側につく雰囲気だ。
「なぁ、ライタ、冷静になって聞いてくれ。この招待状からは、プンプン嫌な匂いがしかしねえ……間違いなくキョウスケの陰謀の匂いがするんだ?」
前回のファッションショーの控え室のやり取りを思い出す。
“キョウスケ”とは《エンペラー・エンターテインメント》の社長である帝原キョウスケのこと。
豪徳寺社長とは何らかの過去の因縁がある関係の人だ。
「だから、ライタ……悪いことは言わねえ。今回ばかりは考えなおさねぇか? お前がアイドルを好きなら、他のアイドルとの仕事を、とってきてやるからよ?」
いつもは豪快に笑って、何でも許可してくれる社長。だが今は珍しく眉間にしわを寄せている。
それほどまでに今回の招待状は、業界的には危険な罠があるのだ。
帝原キョウスケの陰謀によって、“オレが芸能界から干される危険性”もあるのだろう。
「そうだったんですか……ご心配かけて、本当に申し訳ありません。でもごめんなさい、社長! オレは絶対に仕事を、何としてでも受けたいんです!」
だがオレは1ミリたりとも怯むことはない。
なぜなら今世でのオレの目的は、順調な芸能人生を送ることではない。
『アヤッチこと鈴原アヤネの不遇の死を防ぐ』ことが、全てにおいて優先されているのだ。
「どんな陰謀や罠が待ちかまえているとしても、構いません! だとしたらオレは必ず、それを乗り越えてきます……たとえ全身全霊を賭けてでも!」
相手の陰謀によって、オレの芸能人生が終わろうとしても構わない。
アヤッチを助けるためなら今世のオレは、自分の命さえ惜しくはないのだ。
「ライタ……お前、その目は……⁉」
いつもは何事にも動じない社長の表情が、変化していく。
オレの決意の言葉を着て、明らかに驚いていた。
「マジか。このオレ様が、こんなガキに気圧されるなんてよ。まったく歳は取りたくねぇな……ふう……」
そして何かを悟ったように、深いため息をつく。
「……仕方ねえな。参加を許可してやるぜ」
「えっ⁉ 本当ですか⁉」
そして社長は口元に笑みを浮かべながら、許可の言葉を発する。
まさかの言葉に、オレは思わず声を上げてしまう。
「しゃ、社長⁉ どうして、あんなに反対していたのに⁉」
だがミサエさんは納得できていない。
社長と話は続けていく。
「すまねぇな、ミサエちゃん。オレ、こう目のガキに昔から弱くてよ」
「社長⁉ そんなことを、また! 今回のことは“ライタ君のタレント人生”がかかっているかもしれないですよ⁉」」
「ああ……たしかに今回は危険と陰謀が盛りだくさんな気配がする。けど……コイツなら何とかしてくれそうな気がするんだ?」
「えっ……⁉ それは……」
「なぁ、ミサエちゃんなら、分かるだろう?」
「まったく……もう、また社長はそうやって、人をおだてて……」
社長の何かの一言に、ミサエさんの深く息を吐く。
「ふう……それなら分かりました。ライタ君は参加で、先方に返事しておきます! もう、どうなっても私は知らないですからね!」
「悪いね、ミサエちゃん! 愛してるぜ!」
ミサエさんは何やら頬を膨らせているが、どうやら二人の話はまとまった様子。
どうやらオレは《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》に参加できるのだろう。
本当に嬉しいことだ。
「ライタ君、なにを『本当に嬉しい』っていう顔で、浮かれているんですか⁉」
「あっ、はい。浮かれていました。すみません」
「まったく、もう……この《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》は事前スケジュールがハードなんだから、今日から急いで準備をしていくわよ!」
「は、はい!」
最初は反対していたミサエさんだが、今は仕事モードに入っていた。
こうして気持ちの切り替えをしてくれるのは、本当に有り難いことだ。
「返事は歯切れよく『はい!』でしょ! まったく今日からは本当に、忙しくなるわ……先方やレーベルとの事前の打ち合わせとか、ライタ君の歌とダンスのレッスンとか……覚悟しておきなさい、ライタ君!」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
こうして紆余曲折ありながらも、事務所からは快く《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》に送りだしてもらえることになった。
◇
それから数日後。
(おお、今日はアヤッチが登校しているぞ⁉)
朝一の教室について、思わず声を出しそうになる。
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の参加の有無を、アヤッチに確認できるチャンスが到来したのだ。
(前回と同じような感じで、今回も何気なく聞かないとな。よし、いくぞ……秘技“偶然よそおい”発動!)
“偶然よそおい”は前回も使用したオレの必殺技の一つ。
簡単に説明するなら
『トイレに行くふりをして、あっ、しまった、招待状が落ちちゃった。あっ、鈴原さん拾ってくれてありがとう。あれ、もしかして鈴原さんも、この仕事に参加するの? 凄い奇遇だね!』
という技だ。
この一連の行動と会話で、ごく自然に相手のスケジュールを確認できるのだ。
(まずは……取り巻き軍団の死角から、アヤッチにこうして近づいて……)
何とか彼女の近くまで接近することに成功。
あとは招待状を自然に落とすだけ。
「あっ、ライライだ。ライライも、アイ・フェスに参加する?」
だが今回は作戦が失敗。
なんと落とす前に、アヤッチから話かけてきたのだ。
「――――ええええ⁉ うん。うん! そうだなんだ!」
思わぬ展開に、オレは動揺しながら返事をする。
おかげで用意してきた台本のセリフが飛んでしまった。頭が真っ白になり混乱してしまう。
「わたしも、参加する。楽しみ、だね?」
またもやアヤッチが話を進めてくる。
しかもアイ・フェスに参加するという。
「――――えっ? えっ、そうなんだ⁉ す、すごい奇遇だね! そうだね! 楽しみだね!」
予想外の連続に衝撃を受ける。でもおかげで、なんとか我に返ることができた。
(そうか……やっぱりアヤッチもアイ・フェスに参加するのか! 予想はしていたけど、これはマジで嬉しいな……)
アイ・フェフの長期的なイベントで、撮影は夏休み期間に行われる。
つまり夏休みもアヤッチと一緒にいられるのだ。
いや……A組にいると時はとは比べ物ならない距離で、オレは彼女に接近できるのだ。
(アヤッチと夏休みを過ごせる……ああああ……本当に良かった! 今日は今世の中で……いや、前世と今世を合わせて、一番にハッピーな最高の一日だぞ!)
まさに全人生の運を全て使い果たしたような、幸運が起きてくれた。
天にも昇る気持ちになる。
ああ……神様。
逆行転生させてくれて、本当にありがとうございます!
――――だが『確率は収束する』ように『幸運と不幸も収束していく法則』が、世の中には何故かあった。
つまり大きな幸運が続いた後は、必ず不幸も訪れるのだ。
「あれれ?」
今回の“不幸の主”が教室に、入ってきた。
「なんか嬉しそうだね、ライっち?」
やってきたのは《六英傑》の一人。
怪しげな天使の笑みのアイドル、《天使王子》春木田マシロだ。
「もしかして、アイ・フェス参加の話をしていたのかなー?」
前回と同じく最悪なタイミングで、危険な男が登場。
しかも今回もオレの手にする招待状の存在を、彼らに知られてしまった。
「……うん、そうだよ!」
だが今回のオレは動揺することはない。
何故ならアイ・フェスに春木田マシロが参加することも、オレは予測していたからだ。
「招待状をありがとうね……マシロ君?」
いや……今回の彼は招く側。
招待状がオレに届いたことに関して、この春木田マシロも一枚絡んでいるに違いないのだ。
「若輩者ですが、今回も全力で頑張らせていただきます!」
だからオレはすでに覚悟を決めていた。
どんな妨害や障害があろうとも、必ず自分の責務をまっとうすると決めていたのだ。
「その顔は……。へぇ……やっぱり、ライっちは本当に面白いね。でも、今回のイベントは“ボクの得意分野”で、“ボクたちの庭”なんだよ、知ってた? 夏休みの一ヶ月間を、“楽しいパーティー”にしようね♪」
こうして不敵な笑みを浮かべる天才アイドルと、危険な権力者の帝原が待ちかまえる敵主催のイベント、
一ヶ月におよぶ《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の初日がやってくるのであった。




