第46話:新たなるチャンス
第三章 開幕です。
よろしくお願いします
金髪の友人ユウジに新曲のインスピレーションを与えてから、日が経つ。
オレは順調な日々を過ごしていた。
「さて、今日も頑張るか!」
今朝も最寄り駅を降りて、学園に一人で歩いていく。
「あっ、ユウジ、おはよう!」
ちょうど、ユウジの姿を発見。声をかけて駆け寄る。
「おっ、ライタ。おっす」
今はクラスが分かれているので嬉しい出会い。二人で話をしながら学園に向かうことにした。
「そういえば、ユウジの新曲、けっこう良い感じ、みたいだね?」
先日のオレの鼻歌をアレンジした曲は、彼のユーチューブチャンネルで発表されていた。
公開されてまだ数日しか経っていないが、うなぎ登りで再生数が伸びているのだ。
「ああ、これもライタの全てライタのお蔭や! ありがとうな!」
「いやいや、そんなに感謝されても……だって、かなりアレンジされているから、やっぱりユウジの才能だよ、今回のことは!」
完成した曲は“アイ・プロ”OPは別もの。たしかにインスピレーションは受けているが、ユウジのオリジナル曲に仕上がっていたのだ。
「そう言ってもらえると、ワイも嬉しいのぅ。あと、ここだけの話、ダイレクト・メッセージで業界関係者から、連絡が何件も来ているんや」
「えっ? 業界関係者からメッセージが⁉」
「ああ、そうや。このまま上手くいったら、もしかしたら、どこかの大手レーベルにも聞いてもらえるかもしれへん!」
「それは凄い! いやー、今後も楽しみだね……きっとユウジなら上手くいくよ!」
アレンジ曲を聞いて実感したが、ユウジには音楽の才能があるような気がする。
あと、音楽業界では、たった一曲がネットでバズッただけで、一気に人気者になっていくクリエイターもいる。
もしかしたらオレたちの中で、一番早く有名人になるのは、ユウジの可能性もあるかもしれない。
そう考えたら、自分のことのようにワクワクしてきた。
「もしも大手レーベルから声がかかったら、一番でライタに報告するで!」
「うん、ありがとう。でも、公式発表がされてからで大丈夫だよ、オレは」
基本的にオレは何事も『公式発表されるまで待つ派』。
アイドルの情報もネットなどの噂やネタバレは、事前に見ないようにしているのだ。
「了解。でもワイは噂が三度の飯よりも好きやから、ライタにもなんか動きがあったら、すぐに話してくれ?」
「うん、わかった。まぁ……オレは今のところは、大きな仕事の予定はない、かな? 最近はゆっくりな毎日だし」
先日のファッションショー以降、特に事務所からは仕事の話は聞いていない。
そのためオレの最近のスケジュールは次のような感じ。
――――◇――――
・平日は学園に通学して、真面目に勉強
↓
・放課後はアイドル研究部で部活 or 事務所のレッスン場でレッスン
↓
・帰宅後は家でアイドル動画の鑑賞と自主練
※土日祝日はアイドル動画の鑑賞と自主練に、丸一日を費やせる幸せな時間
――――◇――――
こんな感じの一日のローテーションなのだ。
「なるほど、そうなんや。でも、ライタほどの奴なら、もっと俳優やモデルの仕事がありそうなイメージやけどな? 事務所に仕事を増やしてもらうように、頼んだりせえへんのか?」
「うーん、そうだね、あんまり頼まないかな? ほら、仕事が多すぎると、趣味の時間が減っちゃうでしょ?」
今世のオレにとって一番大事なのは『アヤッチこと鈴原アヤネの不遇の死を防ぐ』こと。
その次に大事なのは趣味である『アイドル鑑賞と研究をする』ことだ。
芸能人としての仕事は、三番目以降にある。
というか、芸能人としての仕事は、あくまで『アヤッチの不遇の死を防ぐ』ために必要だからしているだけ。
特に有名や金持ちになることに、今世のオレは固執していないのだ。
「はぁ……まったくA組に昇格した特別生のくせに、相変わらず欲が無いというか、変な奴やなー?」
「あっはっは……なんか、申し訳ない」
「まぁ、その無欲さが、ライタの面白さでもあるからな。おっと、もう着いたか。それじゃ、また後で!」
そんな話をしていたら、いつの間にか校舎内のD組前に到着。
「うん、またね!」
D組のユウジとはここで、お別れるとなる。
「さて、今日もA組で頑張っていくか!」
A組なオレは一人で、廊下の奥に向かう。
今日も一日、エリート集団A組での生活が始まるのだ。
(今日はアヤッチはいるかな……? うーん、欠席っぽいな、これは……)
教室に入って、いきなりがっかりする。
雰囲気的に今日の鈴原アヤネは、仕事関連で休みなのだろう。
堀腰学園の芸能科では、正式な芸能活動やレッスンは、授業単位として認められている。
そのため大手事務所な生徒になるほど、段々と休みがちになるのだ。
(今日は仕方がないな……)
少し悲しい気持ちのまま席につく。
そのままホームルームと午前の授業を受けていく。
(うーん、最近のアヤッチは休みが多くて……中でも外でも、話をするチャンスが皆無だな……)
彼女はまだ正式デビュー前で、ライブ活動や握手会も行っていない。
そのためオレと彼女の接点は現在、この学園にしかない。
だがアヤッチが仕事関係で欠席してしまうと、顔を見ることするできないのだ。
(今後のアヤッチはもっと忙しくなるはず……あと、夏休みに入ったら、授業自体もなくなるし……これはマズイな……)
今世で彼女が“謎の死”をとげるのは、一年生の三月の予定だ。
このままの会えないペースでいけば、アヤッチの死を防ぐことは不可能になるだろう。
(どうにかして、もっと彼女と一緒にいれる状況は、作れないのかな? 接点……イベント……うーん、だめだ。接点が少なすぎるんだよな、オレたちは……)
まずオレたちは事務所が別々なので、放課後に顔を会わせること不可能。
あと彼女はアイドルで、オレの方は俳優業。
両者がよほど人気者にならない限り、トーク番組などの仕事でも一緒になることはないだろう。
(うーん、困ったな……ん? あっ、もうこんな時間か?)
いつの間にか、午前の授業が終わっていた。
仕方がないので昼休み時間や午後の時間も使い、問題の解決策を考えていく。
(それなら、またファッションショーの時みたいに“違うジャンル”で会う策は? うーん、それも可能性が低いし、結局は運任せだよな……)
両者には大きな壁がある。
無名な俳優であるオレと、大手所属のアイドルのである関係性。
ファッションショーの時のような奇跡は、もう二度とないかもしれない。
というか、ショーの時も結局は一緒になれなかったし。
つまり運任せは良くない。
オレ自身が何かの行動を起こさないといけないのだ。
◇
(うーん、これは困ったな……あれ、ここは?)
そんなことをずっと考えていたら、いつの間にか下校時間になっていた。
今日は部活動がないから、オレは無意識的に電車に乗っていたのだ。
(なにか策はないかなー。とりあえず事務所で、誰かに相談してみようかな?)
そう思いながらビンジー芸能に到着、事務所に顔を出す。
「おはようございます! あっ、ミサエさん!」
いつものように事務所スタッフに挨拶。運のいいことに、専務であるミサエさんもいた。
彼女なら仕事の相談に乗ってくれるだろう。
「おはよう、ライタ君。そういえば、また新しい仕事の“招待状”がきていたわ、アナタに?」
「えっ? また“招待状”ですか……」
招待状と聞いて、思わず身構えてしまう。
何故なら前回のファッションショーの時には、色んな事件に巻き込まれていたからだ。
「招待状……か。また招待状ですか……」
業界のことはあまり多くは知らないが、招待状で仕事に誘われるのは異例なのだろう。
それだけに嫌な予感しかしない。
「あら、ライタ君も、なんか気乗りしない感じ?」
「そうですね……なんか嫌な予感がします」
「そうよね……それじゃ、私のほうから先方に断っておこうかしら? 今回も明らかに“ジャンル違い”のイベントの誘いだから?」
「ジャンル違いですか……そうですね。嫌な予感しかしないですね、それは……」
前回もジャンル違いのファッションショーで、色んな事件に巻き込まれていた。
なんとか乗り切ることができたが、やっぱり畑違いの場所に足を踏み入れるのは、あまり良くないのだろう。
「断ってくれて私も嬉しいわ。なにしろライタ君は“俳優”として、これから本格的に売り出していきたいわ!」
オレのことを俳優と売り出す戦略を、ミサエさんは専務として推していた。前回のファッションショーの時は断念したため、やる気に満ちている。
「あっ、俳優業といえば……先日の江戸監督から、また推薦があるかもよ? なんでもライタ君に舞台出演の話があるかも?」
「えっ……江戸監督の推薦で、舞台ですか? なるほど、それは面白そうですね」
江戸監督は前のヘッドホンCMの撮影で、とてもお世話になった人だ。
業界はやはり人の繋がりが大事な世界なのだろう。ありがたい。
「ライタ君も今回は、舞台にも乗り気ね? それじゃ、こっちの“ジャンル違い”の招待状の方は、今すぐ断っておくわ……えーと、先方の担当者は……」
やっと俳優らしい仕事がオレに決まりそうで、ミサエさんも嬉しいのだろう。
ジャンル違いの招待状に関して、断りの電話をかける。
「……あっ、お世話になっています。こちらビンジー芸能の一之瀬です。せっかく提案して頂いた例の“アイ・フェス”の件ですが……」
……ん?
……“アイ・フェス”の件?
ミサエさんの電話の中に、気になる単語が出てきた。
前世のどこかで聞いたことがあるような略称なのだ。
「あの……ミサエさん。ちょっと、その招待状の中身を、オレに見せてもらっていいですか?」
「……えっ、どうしたの、ライタ君?」
ミサエさんは電話中だが、待っていられない。
急いで招待状を受け取り、中身を開けていく。
どうしても“アイ・フェス”の正式名称を、今すぐ確認したかったのだ。
「“アイ・フェス”……“アイ・フェス”……おお、これは、やっぱり⁉」
招待状の中身を確認して、思わず大きな声を出してしまう。
何故なら“アイ・フェス”とは、予想していたイベントの略称だったのだ。
「ミサエさん、やっぱり! これ受けます! オレ、“このフェス”に絶対に出ます!」
「えっ? ライタ君……どういうこと⁉ あっ、すみません、後ですぐにかけ直します!」
何が起きたか理解できず、ミサエさんは電話を一度切る。
「ねぇ、ライタ君、これが何の仕事か、本当に分かっているの⁉ 前回のファッションショーとは違って、ライタ君も色々と準備が大変になるのよ⁉ 俳優としての仕事が、しばらくストップしちゃうのよ⁉」
ミサエさんは予想外で、心外だったのだろう。
デメリットを何個も出して、諦めさせる勢いで迫ってきた。
「はい、デメリットがあることは理解しています! それでも……だからこそ、絶対に出たいんです! このフェスに……エンペラー・エンターテインメントが主催する《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》に、オレは参加したいんです!」
これぞまさに神の与えてくれた幸運“天啓”だった
アヤッチの所属する事務所が主催するアイドル・フェスに、オレにも招待状が来ていていたのだ。
(アヤッチ……今度こそは、必ず!)
こうして未知の領域であるアイドル・フェスに……
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》にオレは“アイドルとして”出演することを決めたのだ。




