第45話:曲のインスピレーション
『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』が閉幕してから、日が経つ。
オレは今日も芸能科のA組で、平和な一日を過ごしていた。
「ふむふむ……なるほど……」
授業中は真面目に授業に参加……しているフリをしながら、タレントしてのイメージ・トレーニングをしていく。
(ふう……よし、今度は、このイメージを!)
先日、ファッションショーの経験も糧にして、“新しい表現の扉”を開けるトレーニングを、最近は特に取り組んでいた。
ちなみ前世の記憶があるから、今世では授業内容は聞かなくても大丈夫。成績も悪くはないだろう。
キンコーン♪ カンコーン♪
あと、休み時間は、陰キャモードを発動して退避。
《六英傑》とクラスメイトとは接触しないようにしていた。
本当はアヤッチと仲良くなりたいが、取り巻き軍団がいつも邪魔をしてくる。
仲良くなるためには、また同じ仕事場になる必要がありそう。次の作戦を模索していかないとな。
――――こんな感じで、オレのA組での毎日は順調な感じに進んでいく。
◇
キンコーン♪ カンコーン♪
授業の終了の鐘が鳴る。
帰りのホームルームを終えて、生徒は帰宅の時間だ。
「みなさん、お先に失礼します!」
A組はホームルーム時間が少し長引いてしまった。
オレは終了と同時に、ダッシュでA組を脱出。
なぜなら今日は大事な用事があるからだ。
「おはようございます!」
普通科棟にあるアイドル研究会の部室に、ダッシュで入っていく。
今日は放課後の部活動がある日なのだ。
「あっ、ウタコ部長おはようございます!」
「うむ、おはよう」
部室内に先にいたのはウタコ部長。
眼鏡をかけた二年の女生徒で、アイドル研究部の部長だ。
「相変わらず、同志ライタは元気だな?」
「あっはっは……すみません、今日の部活動が楽しみで仕方がなかったので!」
部長はアイドル愛好家の仲間であり、“同志”と呼んでくるちょっと変わった人だ。
「その気持ちは分からなくないではない。吾輩も同じだからな」
部長はかなり厨二病的な感じで、俗にいう残念美人さんだ。
「そうですよね! 部活動の日は、本当に楽しみですよね!」
オレが部活動できるのは、週に二、三回くらいだけ。他の日は事務所で自主トレーニングを行うからだ。
そのため数少ない部活動のできる日は、楽しみで仕方がないのだ。
「そういえば、同志ライタはもう耳にしたか? 《エンペラー・エンターテインメント》のモデル加賀美エリカが、アイドル芸能部にも参加することを?」
「あっ、はい。昼休み時間にユウジから聞きました! あのエリカさんがアイドル活動もするなんて、本当にビックリしました……」
「そうか、貴殿は一年A組で同じクラスだったな。個人的に《エンペラー・エンターテインメント》はあまり好きではないが、アイドル部門にも力を入れるなら、今後は括目していくしかないな」
「そうですね。アイドル業界が盛り上がるなら、事務所の好き嫌いは、もったいないですよね!」
アイドル研究部の活動は、特に細かく決まっていない。
こうして部員同士でアイドル談義をするだけでも、立派な活動になるのだ。
「あと、同志ライタは、この新しいアイドルグループもの情報知っているか? 地方発だが、かなり将来有望だぞ?」
「ええ⁉ 見せてください⁉ おお、これは個性的で、可愛い! これは楽しみですね!」
部室には高速ネットに繋がったパソコンや、各種アイドル誌が常備されている。
アイドルオタクであるオレにとって、まさに夢のような空間なのだ。
「おはようございます、部長、ライタ君!」
「あっ、チーちゃん、おはよう!」
少し遅れて、チーちゃんこと大空チセも部室に入ってくる。
今日は彼女も部活動に参加できる日なのだ。
ちなみに今はもう午後だけど、みんなの挨拶が『おはよう』なのは訳がある。
オレが思わず使っていたら、アイドル研究部のみんなも使うようになったのだ。
「あの……部長。先日の件ですが、この衣装のラフ画を、もう一回、見てもらっていいですか?」
チーちゃんはスケッチブックを取り出し、部長に確認してもらう。
なにやら彼女が自分で描いたような、アイドルのステージ衣装だ。
「もちろん、何度でも構わないぞ。どれどれ……ふむ。このスカートの部分は、もう少し、こんな感じでもいいのは?」
「ああ、なるほど! すごく可愛くなりました! ありがとうございます、部長!」
部長はスケッチに追加で、サラサラと描いていく。
遠目のオレから見ても、まるでプロのような作画能力だ。
「ウタコ部長、めちゃくちゃ絵が上手くないですか⁉ どうして、そんなに上手いんですか⁉ プロみたいじゃないですか⁉」
あまりの上手さに思わず口を挟んでしまう。
「ふむ、この程度の作画能力など、古のオタク女子には必須のスキルだからな。特に吾輩には、歳上の漫画好きな姉がいたからのう」
なるほど、女子の世界はそういうものなのか。
あと部長にはお姉さんがいたのは初耳だ。いったいどういう人だろう。
「お前たちはアイドルオタクのくせに、アイドルの二次創作を履修してこなかったのか?」
「二次創作ですか……オレは、絵とか文章は苦手なので、もっぱら観る専です」
アイドルオタクには色んな嗜好で楽しむ人がいる。オレは二次創作には触れずに生きていきた派だ。
「わ、私も絵は苦手です。でも“アイドルの二次創作”って、どういう意味ですか、部長?」
「ふむ、チセ嬢は興味があるのか? それなら吾輩の秘伝のBL本を、今度貸してしんぜよう」
「ん? びーえる本……?」
チーちゃんは首を傾げている。初めて聞く単語なのだろう。
「ああ――――部長! チーちゃんは、本物のアイドルなんで、そんなことを教えないでください!」
オレは慌てて二人の間に立ちはだかる。
天使のようなアイドルになるチーちゃんを、危険な沼に触らせる訳にはいかないのだ。
「ああ、これは失言だったな。たしかにチセ嬢には、まだ早かったかもな。はっはっは……」
ウタコ部長は笑ってごまかしている。
ふう……危なったか。
それに部長は腐女子な一面もあったのか。
オレは個人の趣味に関して口は挟まないが、チーちゃんに関しては別。今後も要注意しておかないと。
「ふう……あれ? そういえば、そのスケッチブックって、チーちゃん、もしかして?」
「はい! 実はアイドルと本格的に動き出すので、ミサエさんから衣装の案を出すように言われていたんです!」
「おお、やっぱり⁉ デビューか……それは凄い!」
前世ではトップアイドルになった大空チセの、今世でのアイドル・デビュー。
自分のことのように胸が熱くなってきた。
「でも、デビューといっても、まだ“マイナー・デビュー”の準備なだけで、そんなに凄くはないですよ、ライタ君」
チーちゃん恥ずかしがって説明しているように、“マイナー・デビュー”と“メジャーデビュー”は大きく違う。
この時代で一般的に言われている“メジャーデビュー”の定義は次のように感じ。
――――◇――――
《アイドル・メジャーデビュー》とは
・専門プロデューサーが付いて、アーティストとしてのブランドがプロデュースされている。
・レコーディングなどの音楽原盤を自費ではなく、メーカーやプロダクションが制作をする。
・TV出演や店舗展開、配信、LIVEなど一般ユーザーが認知できるプロモーションがある。
・アーティストとしてCDや配信の売上で、関係者の収入源を確保されている。
――――◇――――
この時代では、これらの要点が全て実行されて、はじめてメジャーデビューとされていた。
弱小事務所に所属するチーちゃんは、今回はここまで大規模には準備されていない。
つまり彼女は最初マイナー・デビューすることになったのだ。
「マイナーでも、デビューはデビューだよ! むしろ、楽しみだよ、オレ的には!」
オレは基本的にメジャーもマイナーも区別しない派。
むしろマイナーアイドルには夢が詰まっている分だけ、心がわくわくするのだ。
(いやー、今世ではチーちゃんは、どんな感じで最初はデビューするのかな⁉ グループかソロか? いやー、楽しみだな!)
公式発表されていないことは、本人に聞かいないのが芸能科でのマナー。
だから今回もオレは、あえて聞かずに見守ることにした。
ギー、バタン。
……そんな話をしている時、部室の奥の扉が開く。誰かが入ってきた。
「ん? お前らも来とったんかい?」
新たに部室に入ってきたのは金髪の友人ユウジ。
「あ、ユウジ、おはよう! そっちの部屋に先に来ていたんだね?」
ユウジが出てきた扉、アイドル研究部の奥隣には、防音型の収録ルームがある。
「ああ、そうやな。今は新曲を練っている大事な時やからな!」
ミュージシャンである彼は、先に部室に来て音楽活動をしていたという。
もしかして時間的にD組のホームルームはサボったのかもしれない。自由なユウジらしい行動だ。
「大事な時期なんだね……ところで、そっちのスタジオの使い心地はどう?」
「ああ、最高やで! さすがは各専門家が残してくれたスタジオや!」
アイドル研究部の隣には元放送室……OBと先輩たちがプロ仕様に魔改造したスタジオがある。
オレたちが入部してからは、ミュージシャンのユウジが主に使う場所。
彼は自分のパソコンや機器、楽器を持ち込んで、放課後に自分用のスタジオとして使っていたのだ。
「あの機材なら、ライタとチー嬢の歌も、かなり高水準で収録できるで。よかったら、一曲歌ってみるか?」
「うん、ありがとう。でもチーちゃんはともかく、オレは歌を収録する予定はないかな……」
今のオレは俳優部門に所属しているから、歌を収録する仕事は基本的にない。
まぁ……歌とダンスの自主トレーニングは、今でも家で一応はしているけど。
「そうなんやな? それじゃ、ワイは、ここで気分転換させらもうで。ふう……」
いつもは明るいユウジが、急に深いため息をつく。
何やら思いつめた表情だ。
「ん? どうしたの? もしかして、調子が悪いの?」
防音スタジオから出てきた後の、この表情。音楽活動でも何かあったのだろか。
「まぁ、そんなことや。実は今、新曲を書いているんやけど、なんか、ピンとこんのや……」
「そうなんだ。シンガーソングライターも色々と大変なんだね」
ユウジは自分で作詞作曲、ベースも弾いて歌うシンガーソングライターだ。
「ああ、そうやな。次の新曲の反響が良かったら、大手レーベルに入るチャンスなんやけどな……」
“音楽レーベル”を簡単に説明するなら、音源の販売と管理、音源のプロモーションを行う会社だ。
一方の“音楽事務所”は、アーティストのスケジュール管理、メディア系への売込みを行う会社のこと。
「そっか……なかなか音楽活動も難しんだね? ユウジのチャンネルは、順調そうなイメージだけど?」
「まぁ、今の音楽配信スタイルも悪くはないが、やっぱりミュージシャンは大手レーベルに所属してなんぼやからな」
ユウジは中堅どころの芸能事務所に所属はしているが、音楽レーベルに関してはマイナー状態。
主に自分のチャンネルで音楽を配信しているスタイルで、ステップアップのために新曲に力を入れていたのだ。
「そうだったんだね。ちなみに、次の曲はどんな感じなの?」
「一応は、こう感じのイメージや。ちょっとロックな感じで、いこうと思っておるんやけど……」
「へー、こんな感じで、作詞作曲しているんだね……」
ユウジの書いた曲のイメージや歌詞を見て、オレは感心する。
なるほど作詞作曲はこうして作る方法もあるんだ。
(壮大でロックな感じか……そういえば“アイ・プロ”のオープニングも、そんな感じだったな……)
前世で見ていたアイドル・アニメを、ふと思い出す。
あまり音楽には詳しくないが、あのアニメ第一期のオープニング曲がロック調だったのだ。
(“アイ・プロ”のOP……懐かしいな……神曲だったな、アレは……)
懐かしみながら目を閉じて、思わず鼻歌で歌ってしまう。
曲と作品のイメージが、本当にマッチしていた神曲だったのだ。
しかも“アイ・プロ”はアニメ自体も一般市民に人気となった。
最終的、アニメ曲として異例のレコード大賞も獲得、OP曲は国民的に大人気の曲になったのだ。
(ああ……やっぱり神曲だな……懐かしいな……)
……そんなことを思い出しながら、鼻歌を歌い終えた時だった。
「――――お、おい、ラ、ライタ⁉ 今の曲は⁉」
歌い終えて目を開けると、ユウジが驚愕した顔で見ている。
なんか“凄くインスピレーションを受けた顔”をしていた。
いったいどうしたのだろうか?
「ライタ、今の曲は……アレは誰かの曲なのか⁉ それともお前のオリジナル曲⁉」
「えっ? えーと、これは……」
“アイ・プロ”のアニメが放送されるのは、今から三年後の未来。
つまり現時点では“存在していない曲”だ。
「まぁ……一応はオレのオリジナル曲かな、今は?」
前世のことは誰も言えないので、オリジナル曲と誤魔化しておく。
それにしても、どうしてユウジはここまで興奮しているのだろう?
「オリジナル曲やて⁉ それなら、ライタ、頼む! その曲にビビっきたんや! アレンジしたいから、ワイに曲を提供してくれんか⁉」
「え? 曲の提供⁉」
まさかのお願いの驚いてしまう。
いや、たしかに神曲だから、インスピレーションを受けるのはあり得るけど。
でも、いくらアレンジするっていっても、著作権的に問題はないのかな?
あっ……そのそも“現時点では存在していない曲”だから、著作権は発生しないのか、今回は。
「頼む、ライタ! 一生のお願いや! もちろん使用料金も払うから!」
「うーん、そんなに頼まれたら。まぁ、アレンジするなら自由に使っていいよ、ユウジ。あと、謝礼はいらないから」
仕方がないからアレンジを許可する。
あと、原曲のまま使うのは禁止しておく。三年後に“アイ・プロ”のOPが無くなると困るからだ。
「おおお! ほんまに、ありがとうな、ライタ! 恩にきるで! よし、アレンジを頑張るでぇええ!」
そう熱く言い残し、ユウジは収録スタジオに飛び込んでいく。
音楽家としてかなり大きなインスピレーションを、本当に受けたような感じ。あんな熱いユウジは初めてみた。
(ふう……どうアレンジされるのか、楽しみだな……)
◇
◇
◇
◇
それから、しばらく日が経った“別の話”である。
金髪の友人ユウジが、なんと大手音楽レーベルに所属することが決定したのだ。
動画チャンネルでユウジの新曲がバズって、大注目を浴びてスカウトを受けたという。
「サンキューなライタ! お前のお蔭で、ワイにも道が開けたでぇえ! 作曲の印税も必ず払うからな!」
「ありがとう……? でも、ほら、オレは鼻歌を歌っただけで、ユウジもかなりアレンジしていから、ユウジの実力だよ、今回のことは……」
そう……バズった曲は、オレが何気なく鼻歌を歌ったモノが原曲。
でも前世の“アイ・プロ”大OPとは、かなりアレンジされているので、はっきと言って別物だ。
あくまでインスピレーションを受けて作られたオリジナル曲なので、未来の著作権的には問題はないだろう。
(ふう……これからユウジの前では、鼻歌は歌わないようにしないとな……)
でも著作権は怖いから、今後は気をつけていくことにした。
◇
◇
◇
――――だが、この時のオレは知らなかった。
「……ん? この天道ユウジというミュージシャンの新曲の、この感じは⁉ おお、これは凄い! 新しいインスピレーションが浮かんできたぞ!」
「……この人の曲は? まるで少し未来から来たような曲調は……!? よし、インスピレーションが浮かんできたぞ!」
「……おお、これは⁉」
だが時にすでに遅し。
オレは自分の知らぬところでユウジを介して、多くのミュージシャンに既に影響を与えていたことを。
おかげで音楽業界の歴史が少し変わり、結果として多くの人の運命が幸せな方向へ向かっていたことを。




