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第44話:人生の転機を

『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』が無事に閉幕する。

 だが《六英傑》加賀美エリカから呼び出しをくらってしまう。


 その日の昼休み時間になる。


「こっちに来なさい、市井ライタ!」


 彼女に強引に連行されたのは校舎裏。周囲にはひと気がなく、校舎からも死角になっている場所だ。


「ええーと、エリカさん……お話をというのは、いったい何用でございますか?」


 校舎裏でおそるおそる話を切り出してみる。

 何しろこの人は《美女王ビューティー・クイーン》と呼ばれるカリスマモデル様。

 もしも気分でも害したら、学園内でのオレの立場が危うくなるのだ。


「もしかして、オレ、なにか失礼なことをしちゃいましたか?」


 心当たりがあるとしたら、ファッションショーのことで何か遺恨があるだろう。

 何しろオレは自分の表現に没頭するあまり、ショーの一部を台無しにしてしまったのだ。


 あっ、それとも。

 普段のA組でのオレの生活態度のことかも?

 《六英傑》鈴原アヤネことアヤッチに、最近、オレがよく話しかけているのが、気に食わないのかもしれない。


 ふう……とにかく、いったい何の話題だろう。相手の反応に気が気ではない。


「話とは……“ハヤトのこと”で、確認したいことがありますのよ」


「えっ? ハヤト君のこと?」


 いきなり出された予想外の名前に、オレは思わず聞き返してしまう。

 三菱ハヤト君についてとは、いったいどういうことだろう?


「以前、アナタはハヤトのことを、馬鹿にしていませんでしたか? A組に転入してきた直後の時に?」


「えっ? オレがハヤト君のことを馬鹿に⁉ まさか、そんな、ことはないよ。だって、オレは彼のことを、俳優として尊敬しているから!」


 この言葉はこの場しのぎの嘘で、お世辞ではない。

 たしかハヤト君の最初の印象は、あまり良くなかった。


 だが彼があれほど唯我独尊なオレ様だったのは、俳優業に対して本気で熱い男だったからだ。


 この事実はハヤト君と共演して知ったこと。

 彼は圧倒的な才能を持ちながらも、更に常に上を目指す向上心をもっていた。

 更に深い演技の世界に足しても、あくなき探求心を持った人だった。


 そして《六英傑》としての約束された国内での成功を、自分の意思で全て破棄。

 単身でハリウッド修行に向かう行動力の持ち主なのだ。


 その全ての事実が、同じ俳優として、同じ同性代の男として、オレは尊敬している。今では憧れさえある人物なのだ。


 決して冗談でも馬鹿になどできる相手ではない。


「その目は……なるほど、やはり、そうでしたか。ということは、先日の件はわたくしの誤解だったようですわね……『アナタがハヤトのことを馬鹿にしていたという事件』は。それならば誤解をして、これまで失礼な態度をしたことを詫びます」


 驚いたことに加賀美エリカは、いきなり頭を深く下げてきた。

 自分が今までしてきた高圧的な態度と言葉を、謝罪してきたのだ。


「ちょ、ちょっと、エリカさん⁉ 頭を上げてください! ほら、誤解させてしまったのはオレの言い方にも問題があった訳だし!」


「いえ、それはできませんわ。名門である加賀美家の一員として、間違ったことは、ちゃんと謝罪をしなければいけませんわ!」


 最初の女王様的な印象とは違い、加賀美エリカはかなり真面目で頑固な性格だった。一校に頭を上げてくれない。


 だが、このまま頭を下げさせるのはまずい。

 誰か通行人にも見られたら、オレは『あの《六英傑》の加賀美エリカを無理やり謝らせた悪漢』として学園中の悪人となってしまうからだ。


「えーと、それなら『今回のことはオレにも非があった』ということで、喧嘩両成敗ということで、手打ちにしませんか? あと、こういうのはハヤト君も喜ばないと思うので?」


「……なるほどですわ。たしかにハヤトの性格を考えたら、そうですわ」


 ヤハト君の名前を出したら、なんとかエリカさんは頭を上げてくれた。

 ふう……よかった。


 ちょっと勘違いするのが早くて、直情的なところがあるかもしれないけど、実は根は良い人なのかもしれない。


 あと、気が付いたことがある。

 オレと同じでハヤト君のことに関して、かなり過剰に反応していた。

 もしかして二人は恋人同士とかなのかな?


「いえ、違いますわ。わたくしとハヤトは従姉弟同士で、仲の良い姉弟のような関係ですわ」


「ええ……エリカさんとハヤト君が従姉弟⁉」


 まさかの血の繋がりの関係を聞いて、思わず声を出してしまう。


 あっ……でも。

 そう言われて見れば、二人とも少し顔の系統が似ているような気がする。

 目がキリッとしている感じとか、ちょっと近いかも。


「ですから、どうしてもハヤトのことを馬鹿にされると、わたくしは昔から思わずカッとしてしますの。彼は誤解されやすい性格なので」


「あっ、それはたしかに! ハヤト君は才能が凄すぎて、周りと見ている風景が違うから、どうしても誤解を与えやすいよね」


 彼は本当に才能ある俳優。

 だが《エンペラー・エンターテインメント》に所属していため、実力派俳優としては本意でない仕事もさせられていた。


 前回のように役者経験の少ない人たちと共演させられて、唯我独尊が悪い方向に印象を与えていたのだ。


 ハリウッド修行に行ってしまったハヤト君、元気にしているかな?


「そういえば、ハヤトから昨日、メールが来ていましたわ」


「えっ、ハヤト君から⁉ どんな内容ですか⁉」


 従姉弟同士ということで、連絡を取り合う仲なのだろう。

 渡米してから、どうしているのか? メールの内容がとても気になる。


「彼らしい、短い内容でしたが……こちらのメールですわ」


 エリカさんのスマートフォンで、ハヤト君から来たメールを見せてもらう。


 内容的には『ファッションショーでのライタの表現の試み、実に面白かったぞ。さすがはオレ様の好敵手だな。だがオレ様もこっちでエキストラだが仕事が決まった。さて、ここから先は、“上のステージ”に登っていくのみだ!』といった感じ。


「えええ⁉ ハヤト君もライブ配信で見ていたの⁉ 恥ずかしいけど、褒めてくれ嬉しいな……ん? あっ、あと、ハリウッドでエキストラ出演を⁉ 凄い!」


 メールの文章は短かったが、色んな情報がてんこ盛りで濃い内容だった。彼の行動している光景が目に浮かんでくる。


(そうかハヤト君、早くもエキストラ出演を手にしたのか……)


 エキストラとは通行人や群衆などの出演者のこと。

 映画やドラマで放送されるのは、ほんの一瞬だけなその他以下の役だ。


(でも、きっと……ハヤト君のことだから、これからどんどん役を掴んでいくんだろうな……)


 エキストラ役でも圧倒的な存在感を発揮して、監督やスタッフの目に留まる。


 その次の作品ではランクアップして、ドラマとかによくいる“アジア人のクラスメイト役”の座を獲得。


 更にその次の作品では、“アジア人で物語の鍵を握る人物の役”を獲得。


 そして最終的には、アジア人枠を飛び出し、本格若手演技派俳優として、助演、主演級の大抜擢をされていく。


(うん……間違いなくステップアップしていくはず、あのハヤト君なら……)


 これからの彼のたどっていく波乱万丈な俳優人生が、目を閉じても浮かんでくる。

 まるで自分のことのように胸が高まり、ワクワクが止まらない。


「エリカさん、教えてくれて本当にありがとうございます! あっ、もしも良かったら、またメールとかあったら教えてもらっていいですか⁉」


「ええ、それは構いませんわ。ですが、勘違いしてはいけません、わたくしは《六英傑》の一人であり、アナタとは商売上はライバル関係にあることを!」


「はい、もちろんです!」


 芸能界では自分以外の相手は、すべて商売敵でありライバル。特に事務所が違う者同士は、敵として考えている人もいる。


 だからその辺の線引きは、オレも気を付けているつもり。親しい中にも礼儀ありだ。


「あと……話の流れで、一つだけ忠告をしてあげますわ。“マシロ”には気を付けておいた方がいいですわ、アナタは」


「えっ? 春木田マシロ君……に?」


 まさかの忠告に思わず聞き返してしまう。

 同じ《六英傑》を名指してくるとは、いったいどういうことだろう?


「彼は《六英傑》の中でも、少し異質な存在。特にファッションショーの件で、アナタに対する興味が強くなっているようですわ」


「え? あっ……そういえば……」


 ファッションショーから立ち去るまぎわ、春木田マシロは『ボク、面白いこと思いついちゃぅった』や『次回にそれは楽しみにしておいねー』と言っていた。


 かなり曖昧な言葉だったが、エリカさんの忠告で点が繋がった。

 きっと彼は更衣室のようなプレゼントを、また考えているのかもしれない。


「彼はまるで子どものような無邪気さで、何を仕出かすか分からない“怖さ”もあります。ですから用心をしておいた方がいいわ。あと、もしも精神的に苦痛なら、誰かに相談した方が身のためですわ」


「わざわざ心配ありがとうございます。でも、大丈夫。そういうのは気にしない性格なんで!」


 オレには前世でのブラック企業勤務で会得した《パワハラ精神耐性◎》がついていた。

 また、多少の困難な精神攻撃も、表現者として糧にする《イメージ・トレーニング》能力もある。


 だから春木田マシロが仕掛けてくる策略も、“多少のこと”なら問題はないのだ。


「なるほど、その若さにそぐわない高い技術力と表現力……その何ごとにも屈しない圧倒的な精神力が、アタナの“強さの秘密”かもしれませんわね?」


「いやー、そんな風に褒められと、ちょっと照れるなー。オレはただ図々しいだけだから……あっはっは……」


 カリスマモデルの加賀美エリカに急に褒められると、やけに恥ずかしい。オレは苦笑いして誤魔化す。


 でも、なんかよく分からないけど、場の空気が良くなってきた。

 雰囲気的に彼女の話は、これで終わった感じかな?


「ふう……市井ライタ、アナタに“本題”として、聞きたいことがありますわ」


「えっ、本題⁉」


 まさかの話のもっていきかたに、思わず聞き返してしまう。


 つまり今までのハヤト君と春木田マシロの話は、すべて前置きにすぎなかったのだ。


「ふう……えーと……そのう……」


 だが加賀美エリカの様子がおかしくなってきた。

 何度も神妙そうに深呼吸して、なかなか本題を口にしてこない。


 雰囲気的に本題はかなり重要な話なのかもしれない。

 今までの話を超える大事な話とは、いったいどういう内容なんのだろう?


 もしかしたら芸能界を揺るがす事件について、とか⁉


「……市井ライタ、アナタは言いましたわよね? 『エリカさんは本当に凄い技術と表現力……輝き度も凄くて、本当にキラキラした“アイドルみたいで素敵”でした』と?」


 だが予想外の話題をエリカさん切り出す。

 内容はショーの別れぎわにした、何気ないオレの会話についてだ。


「え? うん。たしかに言いましたけど。それが何か?」


「そのことに関して……ぐ、具体的に説明をしなさい! “このわたくし”のどの部分が“アイドルみたいで素敵”で素敵だったか⁉ こんな怖い顔の女で、身長が170cmを超えている大女が、どうして“アイドルみたいで素敵”だった具体的に答えるのです⁉」


 今までの自信満々の女王様と違う声で、加賀美エリカは質問してきた。かなり勇気を出して声を出している感じに聞こえる。


 あと、質問の内容が抽象的すぎて、意図がよく分からない。


「えーと、質問の意図はよく分かりませんが……アイドルでも長身でキリッとした顔の子は、けっこういますよ?」


 だがアイドルの話をされたのなら、全力で答えるのがアイドルオタクというもの。彼女の質問に答えていく。


「えっ……? 『アイドルでも長身で怖い顔の子』もいるのです? でも、今流行りのアイドルは、小さくて可愛い系が……たとえば、アナタと一緒にいた大空チセのような子が……」


「たしかに最近のアイドルの主流は、チーちゃんみたいな“可愛い系”かもしれません。でもアイドルの流行は、常に変化しているんですよ! 長身でキリッとした顔の子の人気がでる時期も、必ずやってきます! そう、近いうちに来るんですよ!」


 今から二年後くらいしたら、アイドルの流行に新しい流れが出てくる。

 これは前世での記憶を持つオレだけが知る、確定された歴史。だから自信をもって説明をする。


「あと、エリカさんは誤解しているかもしれないけど、アイドルで大事なのは十人十色……だから色んなタイプの子がいることが、今でも重要なんです!」


 基本的にアイドルは色んなタイプが必要とされている。

 特にグループ活動が流行りの今は、コンセプトに沿った色んなタイプのアイドルが必須。


 可愛い系や王道系、お姉さま系、天然系、バラエティ系などなど。

 色んな個性的な子が集まることで、アイドルグループの魅力が相乗効果で増大していくのだ。


「だからエリカさんみたいな子でも、絶対にアイドルになれます! いえ、“あの表現力”があれば、エリカさんはトップアイドルなれますよ!」


 加賀美エリカは芸能人としての総合力は高い。

 きついウォーキングを長時間こなせる体幹と身体能力は、アイドルダンスをさせたら間違いんなく見事なステップになるだろう。


 また少しハスキー気味な彼女の声も、鍛えられた腹から出ている。アイドルソングを歌わせても、かなりハーモニーを奏でていくだろう。


 あと、女王様系の美しいビジュアルとスタイルも、アイドル業界では需要が足りていなかった要素。

 天性のスター度も高いために、アイドルグループには今後は必須な新しいタイプになるだろう。


 そして何よりも凄いこと。

 加賀美エリカは《自己美麗(じこびれい)》による表現力を有している。

 もしも、その表現力を服ではなく、“自分自身を輝かせること”に生かしたらどうなるだろうか?


 “今までにないタイプの新アイドル”が爆誕するに間違いないのだ。


「……という訳で、これらの要素からオレが断定するに、エリカさんは輝くアイドルの才能があります! これはオレが絶対に保証します!」 


 全てを言いきった。


(ふう……やっぱり楽しいな。アイドル談義は……)


 加賀美エリカをアイドルとするプロデュースしたような、なんともいえない高揚感にオレは浸る。


「……あれ?」


 だが、ふと冷静になる。

 自分の今までの言動を思い返していく。


(あっ……やってしまった……)


 大好きなアイドル談義だったので、思わず熱弁していたのだ。

 何とも言えない後悔が押し寄せてきた。


(ああ……しまった……天下のモデル様に、偉そうに説教してしまったぞ……)


 きっと加賀美エリカは怒っているに違いない。

 ……『何を訳の分からないことを言っているのですか? やっぱり気持ち悪いオタクだったのですね、この雑魚が⁉』と軽蔑されたに違いない。


 おそるおそる顔を上げて、彼女の反応を伺う。土下座の準備もしておかないと。


「こ、このわたくしに『輝くアイドルの才能がある』……『今までにないタイプのアイドルになれる』……」


 だが予想外の反応だった。

 オレの今までの言葉を胸に刻むように、彼女は繰り返し口にしていたのだ。


「幼い時から憧れていたけど、成長期がきて、諦めかけていたアイドルに……このわたくしが成れるかもしれない……」


 加賀美エリカは真剣な顔でブツブツと、何かを呟いていた。目の焦点もどこか遠くを見ている。


 こ、これは、なんかヤバそうな雰囲気だぞ。


「えーと、エリカさん? オレ、何か、失礼なことを言っちゃいましたか?」


「ふう……分かりましたわ、市井ライタ!」


 彼女はいきなりバッと顔を上げる。

 まるで『かなり強い決意を決めた』ような顔だ。


「え? エリカさん? 何が分かった、のですか?」


「よし! 今から社長に相談してきますわ! 難しい提案かもしれませんが、わたくしは強い意思で、絶対に説得してみませまわす!」


 そう意味不明な言葉を残し、加賀美エリカは下駄箱方向に向かって駆けていく。


「え? へ? エリカ……さん?」


 こうして何が起きたか理解できずに、またオレは一人呆然とするのであった。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 それから数日後のことになる。


 大手芸能事務所の《エンペラー・エンターテインメント》から、とんでもないサプライズ発表があった。


 内容は『所属する人気モデルの加賀美エリカが、アイドル部門にも参加する』ということだった。


 まさかのサプライズな内容の発表に、業界と日本中のファンが騒然となったのだ。


 ◇


「え? エリカさんがアイドルに挑戦? どういうこと⁉」


 こうしてオレの知らぬところで、多くの人の運命が幸せな方向へ変わっていくのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 熱意だけで落としたな。
[良い点] エリカ様がヒロインに昇格ですね! いや〜いいですね〜
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