第43話:ショーの後日
『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』が閉幕する。
週末が空けて、平日の登校日となる。
「いやー、色々あったけど、楽しかったな……」
通学電車から降り、学園に向かって歩きながら思い返す。
初めてのモデルとしての仕事は、予想以上に貴重な体験だったのだ。
「あと、母さんとユキにも、凄く喜んでもらえたな……」
『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』はネット動画でもライブ配信。家族もオレの出番にがぶりついて見ていた。
妹のユキはいつものように『やっぱり、お兄ちゃんが一番よね!』って妹バカな感じ。
義母も『そうね、ライタが一番ガッコ良かったわよ』と親バカぶりを、帰宅したオレに対して発揮してきたのだ。
自分の仕事のことを、家族に直接言われるのは恥ずかしい。
けど、毎回ちゃんと見てくれていることは、内心ではともて有りがたいことだ。
……そんなことを考えながら歩いている時だった。
「ライタ君! おはようございます!」
声をかけてくる女生徒がいた。
「あっ、チーちゃん。おはよう!」
満面の笑みで駆け寄ってきたのは、チーちゃんこと大空チセ。同じ芸能科に通う同級生だ。
「あっ、そういえば、チーちゃん、体調は大丈夫?」
ファッションショー当日、彼女は自分の出番の後に、ちょっと気分を悪くしていた。豪徳寺社長の車で先に帰っていたのだ。
「はい、お陰様で、このとおりに元気になりました! お医者さんの説明では、急激な疲労が原因だそうです」
「急激な疲労? ファッションショーのかな?」
「はい、そうみたいです。でも、お医者さんも不思議がっていました。『たった数十秒のウォーキングの仕事しかしていないのに、これほど疲労困憊になるは初めて見た』って……」
(あっ……そういうことか)
チーちゃんの説明を聞いて、オレには思い当たることがあった。
(間違いなく、“プチ覚醒”が原因だな……)
自信を失いかけていた彼女の出番の前、オレはちょっとした表現のコツをアドバイスした。
結果、チーちゃんは前世のトップアイドル時代のようなアイドル・オーラを発揮する。
(覚醒アイドル・オーラのエネルギー消費量に、“今のチーちゃん”がついていけなった、という訳か……)
“今の彼女”は、まだ基礎体力や経験も足りない、高校一年生時代の大空チセ。
トップアイドル時代の強烈なアイドル・オーラを出すのはキャパオーバー状態。
そのため急激なエネルギー消費に、彼女の身体が付いていかなったのだろう。
「……ライタ君に教えてもらった、“アノ感じ”……本当に気持ちよかったです。ライタ君、またコツを教えてください!」
ファッションショーのことを思い出し、チーちゃんは目をキラキラさせている。
プチ覚醒状態では脳内フェロモンが放出され、一種のハイ状態になって気持ちが良いのだ。
「……ねぇ、チーちゃん。ちょっと、お願いがあるんだけど、アノ状態になるのはしばらくは控えて欲しいかも、オレは」
だが、そんな幸せそうな彼女に、あえてオレは釘を刺す。
「えっ? ど、どうしてですか、ライタ君? せっかくアイドルとしても、なんか上手くいきそうな感じだったのに……」
いきなり釘を刺されてチーちゃんは暗い顔になる。
これはマズい。ちゃんと詳しく説明をしないと。
「オレは専門家じゃないから、上手く説明はできないけど、“アノ状態”はとんでもなく体力と精神力を消費するはず。だから基礎体力やアイドル基礎のトレーニングを積まないで、また使うと……最悪、大ケガをしてしまう危険性もあるんだ。アレは」
“最高潮事故”
これはトップアスリートや競走馬などで起こる現象の一つとされている。
あまりにも絶好調過ぎて自分の身体の安全リミッターが解除されてしまう。好タイムを残した直後に、骨折やじん帯損傷など起こしてしまう現象だ。
通説によると、一流のアイドルのライブ状態も、トップアスリート並に激しいという。
そのため今回のように未熟なうちの覚醒は、大けがをする危険性があるのだ。
「だから、ごめん。“その時がくるまで”、あのコツを教えるは、できないんだ」
チーちゃんのことは“アイドルとして本気”で推している存在。
本気で大事な存在だからこそ、こうした厳しい言葉もかけなければいけない。
これでオレが彼女に嫌われる可能性が高い、としても。
「そうだったんですか…………はい、分かりました! 今回もライタ君の言葉に従います。もっと基礎トレーニングを積んでから、またライタ君に教えてもらいます!」
だがチーちゃんは明るい顔になってくれた。
オレの思いと事情を理解した上で、地道な基礎トレーニングをすることを選んでくれたのだ。
本当に有りがたいこと。
そして、こうした素直で一生懸命な性格だからこそ、大空チセはトップアイドルになれるのだろう。
「分かってくれて、ありがとう、チーちゃん! よし、それなら校門までランニングしていこう!」
「はい! 負けないですよ、ライタ君!」
こうしてチーちゃんの“最高潮事故”問題は解決。
オレたちは笑顔で学園に駆けていくのであった。
◇
堀腰学園の生徒通用口に到着する。
「おっす、ライタ。それにチー嬢も。今日は仲良く一緒に登校やな?」
「あ、ユウジ、おはよう!」
生徒通用口で金髪の友人ユウジと、ばったり遭遇。芸能科の校舎へ、三人で話しながら歩いていく。
「そういえば、知っていたか? チー嬢、プチバズっていたみたいやで」
「えっ、チーちゃんが⁉ どうして?」
ユウジは芸能科の情報通。
チーちゃんに関して、いったいどんな噂が回っているのだろうか?
「そりゃ、ショーの影響や。なんでも、視聴者が検索していたみたいで、一時的にツイッター検索の上位50位にランクインしたらしいで」
「あっ……そういうことか」
チーちゃんは自分の出番でプチ覚醒、今の実力以上のパフォーマンスを発揮。
また『無名の新人アイドル』が『モデル業』をした、ギャップ差の補正もかかっていた。
そのため会場とネット視聴者が、あの時に一気に検索。若い人の間でちょっとした話題になっていたという。
「えっ? えっ? そうだったんですか……? ど、どうしよう……」
チーちゃんはSNSやネット情報にうとい子。そのため自分に起きていたプチバズリ現象に、気が付いていなかった。
どうすればいいか分からず、おどおどしている。
「まぁ、そんなに固くならんでもええで、チー嬢。プチバズリ、って言うても、瞬間的なもんやから。でも、まぁ、それでもクラスメイトや芸能科では……ほら、ちょっと変わるかもな?」
「ん? あっ? 本当だ……」
ユウジの言葉で、オレは周囲に視線を向け気が付く。
オレたちとすれ違う芸能科の一年生が、チーちゃんのことをチラチラ見てきていたのだ
芸能科の生徒は、業界の情報に常に敏感。
大空チセが一瞬だけプチバズリした情報を、彼らも知っていたのだ。
「なんか、嬉しいよね、チーちゃん!」
「ありがとうございます、ライタ君。で、でも、ちょっと恥ずかしいですね……」
チーちゃんは恥ずかしがっているが、オレたち的にはこれは本当に嬉しいこと。
何故なら芸能科では『芸能人として実績』がもっとも大きな評価の一つ。
今後も大きな実績を積み上げていけば、彼女も上の組に昇格が可能になるのだ。
「まぁ、高評価なチー嬢に比べて、ライタの方は……ちょっと、難儀やったな、“アレ”は?」
「うん。そうだね。アレは仕方がないね」
チーちゃんとは違い、実はオレの出番はちゃんとライブ配信されていなかったのだ。
正確に説明するなら、最初のオレが登場するシーンまでは、ちゃんと配信されていたが、会場がざわついた直後に事件が起きた。
カメラワークが切り替わる時に、『オレが画面から見切れてしまう放送事故』が起きてしまったのだ。
ミサエさんから聞いた話によると、なんでもカメラマンアングル切り替える担当者が“原因不明の変な声”を聞いたと、聞いてないとか。
急に一瞬だけスタッフたちが体調不良になり、放送事故が起きたのだ。
お蔭でショー翌日に、ビンジー芸能に詫び菓子が届いたみたいだ。
「どうしてあんな放送事故が起きたんかのう? アーカイブにも記録が残っておらへんし。とにかく今回はライタの方は、知名度も高くできへんで、残念やったのう?」
「まぁ、でも楽しかったから、オレは別に問題ないよ」
今回の仕事の一番の目的は、知名度を上げるためではない。
それに色んな初めての経験もできたので、自分としては大満足なのだ。
「まったく相変わらず、欲がないやっちゃなー。おっ、それじゃ、また昼にな」
「ライタ君、また後で!」
そんな話をしていると、いつの間にかD組前に到着していた。
「うん、部室で!」
D組な二人との歩き話は、ここまで。
昼休みにアイドル研究会の部室でランチ会の約束をして、別れる。
「さてと……」
オレは一人で廊下奥にある自分のクラス、A組へと向かう。
今日も陰キャモードで気配を完全消去。
クラスメイトからの攻撃も鍛錬の糧にして、午前中を乗り切っていこうかな。
……そんなことを思いながら、教室に入った時だった。
「ん? あっ……アヤッチ⁉」
教室に入ってすぐの所で、アヤッチこと鈴原アヤネにバッタリ遭遇。
まさかのことに思わず声を出してしまう。
「あっ、ライライ」
今回のファッションショーでの“一番の目的”は、アヤッチと近くなることだった。
「アヤッチ、仕事、休んでたけけど、大丈夫なの? どこか怪我とか病気とか⁉」
だが彼女は当日に姿を見せなかった。
ずっと心配していたオレは思わず駆け寄って、彼女に声をかけてしまう。
「うん、もう大丈夫。ライライと一緒の仕事だったのに、残念」
「――――えっ⁉ そ、それなら、ほら、また機会があったら、その時こそよろしくね!」
まさかのアヤッチから『一緒の仕できず残念』と言われてしまう。
もしかしたらオレと一緒に、彼女も仕事をしたかったのだろうか?
いや……そんな訳はない。
きっとオレの解釈違いだけど、これは嬉しい言葉。天にも昇る思いだ。
(ああ……『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』よ、ありがとう!)
この言葉一つだけで、放送事故と全ての当日の事件が、オールチャラになった。
ああ……ファッションショーに出演して、本当によかったな。
……そんな幸せ絶頂の時だった。
「……ねぇ、あんた、そこどいてよ!」
「……そうよ、アヤネさんとは、私たちが今一緒にいたのよ!」
「……ちょっとショーに出たからって、調子に乗らないでよ!」
「……そうよ! 放送事故野郎のクセに、生意気なのよ!」
アヤッチの周りにいた女生徒から、口撃を受けてしまう。
興奮していたオレは場の空気を読まずに、取り巻き軍団の中に飛び込んでいた状況だったのだ。
「あわわ。失礼しました!」
慌てて自分の席に戻っていく。
すぐさま通学鞄を机に置いて、そのまま廊下に出ることにした。
何故なら授業開始まで教室内にいるのは気まずいから。いつものように男子トイレに行って、予鈴まで時間を潰そう。
「さてと……ん?」
そう思いながら移動している時だった。
ひと気のない廊下で、更にバッタリ遭遇する。
「市井……ライタ⁉」
次に廊下で偶然、遭遇したのは加賀美エリカ。
前回、会った時、彼女は何故か動揺しながら立ち去っていった。
「あっ、エリカさん。おはようございます!」
だがオレは元気よく挨拶をする。
芸能人にとって、挨拶と気持ちの切り替えは大事なこと。
オレよりもっとプロである加賀美エリカは、きっとショーの最後のことは気にしていないだろう。
「ア、アナタに、話がありますわ! このわたくしのために、今日の昼休みに時間を作りなさい!」
だが彼女の様子がおかしい。明らかに何かを引きずっているのだ。
「えっ、でも昼休みは、オレは……」
「これは命令です! 絶対に、絶対ですわ!」
そう一方的に約束して、加賀美エリカは駆け足で立ち去っていく。
「えっ……へっ……?」
こうして訳の分からないまま、加賀美エリカと昼休みに二人きり、ひと気のない場所で話をすることになるのであった。




