第42話:モデルとしての表現
ファッションショー『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の本番。
《六英傑》加賀美エリカの出番がやってきた。
「うっ……あれは……⁉」
ランウェイを美麗にウォーキングしていく加賀美エリカ。
ステージ裏から見ているオレは、思わず言葉を失ってしまう。
「あれは……ただ綺麗に歩いているじゃない……?」
不思議な光景だった。
加賀美エリカが歩くたびに、彼女が着ている服に視線がいく。
絶世系の美女である彼女自身よりも、服の方が気になってしまうのだ。
これはどういうことだろう?
初めての現象を体験して、原因解明のために更に観察をしていく。
「この現象は……ああ、そうか! これは……彼女は“服を魅せるため”にウォーキングしているのか⁉」
加賀美エリカはただ華麗に歩いているだけはなかった。
ウォーキング技術と表現力、スタイルの高さをフルに使い、“服を魅せるため”に表現をしていたのだ。
自分に絶対に自信を持つ女王様的な人が、服のためにウォーキングしていた。
「す、すごい……モデルのウォーキングって……いや、モデルの仕事は、こう表現の仕方があるのか……」
まさかの事実の発見に、思わず感心してしまう。
今までオレが見みてきたのは、上辺だけのウォーキングだった。
本物のモデルの仕事を、まさに今この目で体験しているのだ。
「なるほど、だからさっきは『“モデルの本質”を分かっていませんわ』と言っていたのか……」
今、チーちゃんは出番を終えて、スタッフと共にステージ裏で消えて行った。
先ほどの彼女は見事にランウェイ上で輝いていた。
だがランウェイ上で輝いていたのは、アイドルパワーを発揮していた彼女自身だった。着ている服はサブの扱いになっていたのだ。
それに比べて加賀美エリカは自分を土台として、服を主役にしている。
つまりモデル勝負をなると、圧倒的に加賀美エリカの勝利なのだ。
「さすがは本職のモデルだな。そして六英傑の一人だな……」
私的な感情を抜きにして、客観的に観察してみる。
――――◇――――
《加賀美エリカ》
※モデルとして
ウォーキング技術:A
表現力:A-
ビジュアル:A
スタイル:A
天性のスター度:A-
☆モデルとしての総合力:A
称号:《六英傑》、《美女王》
固有能力:《自己美麗》
――――◇――――
彼女の評価は予想以上に高かった。
モデルとしての総合力は、今まで会った人物の中では圧倒的にトップクラスだ。
特に“ビジュアル”と“スタイル”の項目が別次元に高い。
またウォーキング技術が高いということは、体幹と身体能力も高いだろう。
おそらくダンスや運動をさせても、かなりレベルが高いに違いない。
ちなみに固有能力の《自己美麗》は『献身的に服や他のモノを輝かせる能力』のこと。
承認欲求が強そうな女王様的な彼女だが、実は他を輝かせる隠れた能力があるのだろう。
もちろんこれもオレがまた勝手に名付けた固有名詞だが。
(とにかく加賀美エリカ……あの子の総合能力は、ハヤト君と春木田マシロ君と同じくらいに高いな……)
初めて感じるタイプの天才に、オレは最後まで彼女のランウェイ姿を見ているのだった。
◇
加賀美エリカの出番が終わる。
ステージ裏に戻ってきた彼女は、真っ先にオレの所に向かってきた。
「ふう……見ていましたか、市井ライタ? これが“モデルの本質”ですわ!」
息を切らし、高揚しながら加賀美エリカは、胸を張ってくる。
たった数十秒のウォーキング時間だったが、全力で表現していために、ここまで体力を消費しているのだろう。
「うん……本当に凄かったよ。エリカさんの《自己美麗》の力は……」
「――――えっ⁉」
加賀美エリカは驚いているが、オレはお世辞や嘘は言っていない。
モデルとしての彼女の技術を表現力は、本当に凄かったの。
その証拠に今のオレの中には、“何とも言えない熱いモノ”が込み上げてきていた。
「い、今の言葉は……《自己美麗》……? どこかしっくりくる、この言葉は、どういう意味なのですか、市井ライタ⁉」
「あっ、ごめん。時間がきちゃったみたい」
気が付くと、スタッフから名前を呼ばれていた。
いつの間にか、オレの出番がやってきたのだ。
「ま、待ちなさい、市井ライタ⁉ ちゃんと説明しなさい⁉」
後ろで加賀美エリカが何か呼び止めてくるが、オレの耳には届いていない。
(ふう…………)
何故ならオレは“極度の集中状態”に入っていいたから。
強烈で新しい刺激を受けて、“新しい扉”を開こうとしていたからだ。
(加賀美エリカさんのウォーキング……アレは本当に凄かったな……)
ランウェイに向かいながら、オレは先ほどの光景を思い出していく。
(服を魅せる……か)
彼女は持つ技術と表現力、スタイル、全ての能力と要素を使って“一着の服”を魅せていた。
アレは本当に素敵な刺激。
こうして目を閉じても、彼女の歩く光景が目に浮かんでくる。
(よし……真似できないかもしれないけど、オレもチャレンジしてみよう。オレの今の力を使って“服を魅せる”てみよう!)
おかがで今のモチベーションは最高潮。
意を決し、ランウェイに足を踏み入れていく。
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
オレが姿を現したことで、会場からはどよめきが起きはじめる。続いて“失笑”も聞こえてきた、ような気がする。
これは春木田マシロの策略によって変更された、オレの衣装のせい。予想以上に場に合わず、観客が失笑しているのだ。
(ふう…………この服を魅せるんだ、オレよ……)
だが会場の失笑は、オレの耳には届いていない。
あまりにもウォーキング表現に集中するあまり、周囲の雑音が全てカットされていたからだ。
(この服に隠れた魅力を……イメージとして皆に伝えていくんだ……)
演技の時と似たような“白い世界”に、
自分の着ている“服の世界”に、ゆっくりと足を踏み入れていく。
(……ん? これは……声、が?)
全身全霊で集中している時、誰かの声が聞こえてきた。
(この声は誰の? ああ、そうか……服くん、キミの声なの⁉)
声を発していたのは服自身。
自分が着ている服が、何かの声を発しているのだ。
いったい何を言っているのか?
意識をかたむむけみる。
(ふむふむ……なるほど、そうか。キミは……そんなことを皆に伝えたかったんだね)
耳を傾けてみて分かった。
この服は、小さな声を……いや、強い想いのこもった叫びを、ずっとと発していたのだ。
おそらく服として完成した時から、ずっと発していた声。誰かに聞いて欲しかった言葉なのだろう。
(よし、任せて。キミの代わりに、オレが伝えてあげるよ!)
今のオレはモデルであり、服の魅力を伝えるために存在している。
だから自分の全能力を発動して、服の言葉を皆に伝えていくにした。
(みなさん、聞いてください……この服の声を!)
オレはウォーキングしながら伝えていく。
自分の持てる表現力を使い、イメージとして観客席へ飛ばしていった。
(うん……いい感じだぞ、これは……)
なんとか服の声を、観客に伝えることができた感じがする。
(あっ、そうだ。このままもっと頑張ったら、もう少し高い段階へ……もっと高い世界にいけそうだな、オレは⁉)
更に上手くいけそうな手応えがあった。表現者として新たな階段を見つけたのだ。
「――――ん? あっ⁉ あれ⁉」
――――だがタイムアップだった。
ふと気がついたら、自分のウォーキングの出番が終了していた。
ステージ裏へとオレは戻ってきていたのだ。
「ああ……もう終わりか? もう少しウォーキングしていたかったな……でも、それにしても面白い世界だったな、あそこは?」
自分の出番が終わり、ステージ裏でひとり感慨にふける。
初めてのモデル体験だったけど、おかげで“新たなる扉”と開けた感じだった。
もっと大舞台でモデルの仕事をしたら、更に高い次元に行けそうな感じだった。
「あっ……そうだ、お客さんの反応⁉」
ふと冷静になり、後ろを振り返る。
ファッションショーで一番大事なこと、観客席の反応を確認しないと。
「あっ……これは……?」
観客席の反応は、無残なものであった。
「「「…………」」」
誰もが口を開けて唖然としている。目を丸くして呆然していたのだ。
「……ねぇ……今の声って……?」
「……ええ、私も聞こえたけど。あれって、もしかして、頭の中に声が響いたの?」
「……えっ? えっ? あれって、心霊現象?」
「……あの声は何だったの?」
更に状況は悪化していく。
だんだんと観客たちはざわつき始める。誰もが微妙な顔をしていたのだ。
先ほどの加賀美エリカが出演した時の熱狂とは、天と地ほどの差の反応だった。
(ああ……これは、またやっちゃったのか、オレは……)
今回のオレのモデルの仕事は、間違いなく失敗してしまったのだろう。
あまりにも自己陶酔しすぎて、俳優の時と同じようにやってしまった状態なのだ。
その証拠にステージ裏も表している。
「「「あっ…………」」」
スタッフとモデルも唖然としていた。
何が起きたか理解できないような顔で、誰もが固まっていたのだ。
「……お、おい、今の声は、いったい何だったんだ?」
「……今のは? あっ、そうだ! 進行をしないと!」
「……そ、そうだな! おい、次のモデルを、早く!」
ようやく我に返ったスタッフのお蔭で、ようやくショーは再開される。
放送事故ギリギリの状態から、なんとか回復したのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
だがショーは再開されたが、会場の全てがまだざわついたまま。
先ほどの得体のしれない現象が、誰もが頭から離れなない状況。
異様な後遺症のままショーが続いていくのであった。
「ふう……これでモデル仕事は、もう二度とないだろうな、オレは……」
ステージ裏の奥で、ひとり反省会をする。
せっかく新しいジャンルに挑戦させてもらったのに、自分でチャンスをふいにしてしまったのだ。
「……ん?」
そんな落ち込んだオレに、誰か近づいてくる。
やってきたのは加賀美エリカだ。
「市井ライタ……先ほどの“声”は、いったい……?」
だが彼女の様子がおかしい。
まるで奇妙なモノでも見るかのように、おそるおそる声をかけてきたのだ。
しかも『声』とか、ちょっとオカルト的なことを口にしている。
「えっ? “声”?」
「ええ、そうですわ。もしかしたらアノ声は、何かの表現イメージだったのですか?」
「表現? ああ、なるほど、そういうことか!」
表現と言われて、ようやく理解する。
オレのウォーキング表現について、彼女は質問にきたのだろう。
それならちゃんと答えないと。
「さっきのは “服を魅せ方”を少し試してみたんです!」
「“服を魅せ方”を?」
「はい、そうです。自分の服の声を聞いてみて、『そのイメージを皆にも伝えたい!』と思って、自分なりに頑張ってみました!」
オレは言葉で説明するのは苦手。精一杯の語彙力で伝えていく。
「そ、そんな、バカなですわ⁉ 『服の声を聞いて、それを他の者に伝える』ですって⁉ そ、そんな馬鹿げたことが、できる訳がないですわ⁉」
やっぱりオレの説明は、上手く伝わらなかったのだろう。
「あっ……⁉ でも、そういえば、超一流の芸術家や表現者は、それと似たようなことを出来るって、聞いたこともあったわ? ということは……このわたくしですら、入り口にすら到達していないモデルの表現方法が、さっきの声の正体だったの⁉」
その証拠に、加賀美エリカは何かブツブツ呟きながら唖然としている。
その反応から推測するに、おそらくオレが行った表現は間違い。モデル業界では邪道なのだろう。
「市井ライタ……アナタは本当に“人”なのですか……⁉」
加賀美エリカは“まるで人外でも見るかのような顔”でオレのことを見てくる。
もしかしたら軽蔑されたのかもしれない。
これはまずい。ちゃんと謝罪して印象を良くしないと。
「本日は場を乱してしまって、本当に申し訳ないです。今後はウォーキングも、もっと勉強していきます」
「いえいえ、場を乱すとか、そういうレベルではありませんわ⁉ そういえば……どうしてアナタは表現力だけはなく、ウォーキング技術もあれほど高いの⁉」
なぜか急にウォーキング技術関して話題が移る。
彼女の反応からして、こっちにも何か問題があったのかもしれない。
「アナタ、もしかして、実はどこかの一流モデル事務所で、修行をしていたのですか⁉」
「えっ? いえ、モデル経験はゼロです。まぁ、歩く練習は幼い時から自己流でしていいたけど」
逆行転生のしたあの日から、オレは自己鍛錬を毎日してきた。
アヤッチと同じ芸能界に入るために、“芸能界に関する多くの技術”を小学低学年から磨いてきたのだ。
その中に“モデルとしてのウォーキング表現技術”も含まれていた。
演技や歌とダンスと並行して、“モデル鍛錬とイメージトレーニング”も連日してきたのだ。
「あっ、毎日っていっても、恥ずかしながら自己流ですけどね。あっはっは……」
十年近く一日も休まず鍛錬を積んできたが、あくまでも自己流なウォーキング鍛錬。自慢できることはないのだ。
「な、なんですって⁉ モ、モデルのトレーニングも、一日も欠かさずに⁉ 厳しいウォーキングレッスンを、そんな幼い時から⁉」
だが加賀美エリカは何やら、更に唖然としていた。
「市井ライタ……アレほどの高い技術も有する、アナタという方は……」
更に『まるで尊敬するべき相手に向けるような視線』を加賀美エリカ、敵視しているはずのオレに向けてきた。
ん? 態度が急変して、どうしたのだろう?
とにかく相手の機嫌が直ってよかった。
あとは感謝の言葉を述べて、この場を締めよう。
「今回は……今日は、本当にありがとうございました、エリカさん!」
「なっ、何をいきなりですか⁉ どうして頭を下げているの、アナタは⁉」
いきなりオレは頭を下げたのでは、加賀美エリカは戸惑っている。
これはオレのミス。ちゃんと言葉で説明しないとな。
「今日のエリカさんの“服を魅せ方”、本当に素晴らしかったです!」
「えっ……わたくしが素晴らしかった……?」
「はい、そうです! エリカさんの『自分の持てる技術と表現力を最大限に発揮して、服の魅力を最大限に輝かせる力』は……《自己美麗》は本当に素敵でした!」
「えっ……? 《自己美麗》って、そのような意味が……わたくしの『服の魅力を最大限に輝かせる力』に、そんな素敵な表現が、あったのですね……」
なんとか上手く伝えたれたのだろう。
加賀美エリカは今まで見たことがない、とても幸せそうな嬉しそうな顔をしている。
「市井ライタ……アナタという人は……」
でも頬を少し赤くしているのは、どうしてだろう?
あっ、もしかしたら。オレがまだ言葉足らずの説明不足だったのかな?
よし、それなら“オレ流”の言葉で、ちゃんと褒めておかないとな。
「いやー、エリカさんは本当に凄い技術と表現力……あと、輝き度も凄くて、本当にキラキラした“アイドルみたいで素敵”でしたよ!」
オレにとって“アイドルみたいで素敵”とは最大級の賛辞だ。
これで加賀美エリカも気持ちを落ち着かせてくれるだろう?
「な、な、な、な、な⁉ こ、このわたくしが“アイドルみたいで素敵”ですって⁉」
だが空気が一変する。
頬を赤く染めていた加賀美エリカは、急にハッとした顔になってしまう。
まるで『何かとんでもないことをオレが言ってしまった』かのような反応だ。
「えーと、エリカさん、もしかしたらオレ、何かマズイこと言ってしまいましたか?」
「う、う、う、う、うるさいですわ! もう、アタナなど、知りませんわ!」
加賀美エリカは顔を真っ赤にして、立ち去っていく。
怒ったような、驚いたような感じで、少し涙目にもなって消えていった。
「えっ……どうして……?」
何が起きたか理解できずに、オレは一人呆然とするのであった。
◇
こうして『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』は幕を下ろし、オレのモデル初仕事は無事に終わるのであった。
◇
◇
◇
◇
◇
だがこの時の市井ライタは知らなかった。
「……ほほう……あの子は? なるほど“大空チセ”という名前ですか。ふむ……アレはアイドルの原石として、“商品”と面白い。これは次の“我が箱庭”に招待するしかありませんね」
ランウェイでプチ覚醒して注目を浴びたことで、チーちゃんに危険な魔の手が忍び寄ろうとしていることに。




