第41話:コツのアドバイス
ファッションショー『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の本番が開演。
すでに会場内はリハーサルの何倍も賑やかになっていた。
「「「おおぉお⁉」」」
「「「きゃ――――!」」」
目当てのモデル・タレントが花道を歩くたびに、満員の観客は歓声を上げている。
普通のファッションショーではあり得ない光景だが、今回はライブ的な総合的イベント。
観客もライブ感覚で盛り上がっているのだ。
「うっ……す、すごい熱気ですね……」
そんな本番の最中、チーちゃんが声を震わせて呟いている。
着々と近づく自分の出番に、彼女はステージ裏で自信を持てずにいるのだ。
「やっぱり、モデルの人たちは、凄く堂々とウォーキングしていますね……私は本当に大丈夫なのかな……」
お祭り感覚の『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』には多種多様なタレントが参加している。
そんな中でも別格なのはファッション誌のモデルたち。堂々としたウォーキングで、目の肥えた観客をも沸かしているのだ。
(たしかに、本業のモデルっていう感じだな……)
チーちゃんを見守りながらオレも、ランウェイを歩いている若手モデルたちを見ていく。
――――◇――――
《今回参加している若手ファッション誌系モデルたち》
ウォーキング技術:C+
表現力:C-
ビジュアル:B-
スタイル:B-
天性のスター度:D+
☆総合力:C
――――◇――――
オレ的な評価は、こんな感じなる。
ちなみに各項目の評価値は最高がSで最低がF。
トレーニングを受けていないデビュー前の子は、Dでもそこそこ凄い方。Cだとけっこう凄い方になる。
そんな中でファッション誌系のモデルの総合値Cは、あまり高くない方だ。
理由としては今回のイベントは、一般的な高校・大学生をターゲットにしている。
そのため参加しているモデルは表現力やスター度よりも、外見や知名度などを重視して集めたのだろう。
日本にいるトップクラスのガチモデルの人たちとは、今回のモデルは技術や表現力が劣る感じだ。
(それでも、他の“タレント枠”とは、基礎が違う感じだな……)
当たり前のことだが、若手俳優やアイドル系の参加者は、お世辞にもウォーキング技術は高くない。
何年も基礎ウォーキングをしてきたモデルの方が、こうしたショーでは何段階も上なのだ。
(……ん? あの人、なんかすごいぞ……)
そんなタレント枠の中で、オレの目を引く存在がいた。
(あれは……春木田マシロ、か)
その人物とは因縁の《六英傑》の一人。
《天使王子》春木田マシロが、歓声を浴びながらランウェイを歩きだしたのだ。
(あの歩く技術の高さ……本当にアイドル枠なのか、あの人は……?)
春木田マシロのウォーキング技術は、オレから見ても見事なものであった。
私的な感情を抜きにして、客観的に観察してみる。
――――◇――――
《春木田マシロ》※モデルとして
ウォーキング技術:B+
表現力:A-
ビジュアル:A
スタイル:A-
天性のスター度:A
☆モデルとしての総合力:A
※アイドルとしての評価はまだ不明
――――◇――――
う……これは予想以上に凄いな。
本業がアイドルなのに、モデル参加者の能力的に軽く超えているぞ。
特に“ビジュアル”と“天性のスター性”が別次元に凄い。
スポットライトを浴びて、本物の天使ように輝いているのだ。
あと、ウォーキング技術が高いのは、おそらく体幹や身体能力が高いため。
それほど本格的なモデル・トレーニングをしなくても、そつなくウォーキングもこなしてしまうのだろう。
(この人の総合能力は、あのハヤト君と同じくらい……いや、部分的に勝っているかもしれないな……)
ちなみに前に対峙した三菱ハヤト君は
――――◇――――
《三菱ハヤト》※『裏切り地獄教室』での初期値
演技:A
表現力:B+
ビジュアル:A-
アピール力:B+
天性のスター度:A-
☆総合力:A
称号:《六英傑》、《天才俳優》
固有能力:《唯我独尊》
――――◇――――
となっていた。
これは撮影スタジオでの最初の評価なので、今のハヤト君がどう成長しているか不明。
だが現時点ででも分かっていることがある。
“ビジュアル”と:“天性のスター度”ではハヤト君よりも、春木田マシロの方が勝っているのだ。
(オーラから推測して凄いとは思っていたけど、まさかここまでとは。春木田マシロ、さすがに六英傑の一人だな。しかも本業のアイドルとして力を、まだ見せないままで、この能力なのか……)
春木田マシロの垣間見える実力の一部に、オレは思わず唾を飲み込んでしまう。
無邪気と邪鬼を併せ持つ厄介な男だが、タレントしては才能があることが間違いなのだ。
「す、すごい、春木田マシロさん……今までの人の中で、一番凄い……」
チーちゃんも衝撃を受けていた。春木田マシロの才能の一端を、目の当たりにしているのだ。
「本当に凄いアイドルの人は、何をしても、あんなにキラキラ輝くんだ……それに比べたら私なんて……」
特に彼女は大きなショックを受けていた。
同じアイドル畑の存在として、劣等感を抱いているのだろう。
かなりチーちゃんの表情が暗くなってきた。
『――――次の方!』
「あっ⁉ はい!」
そんな最悪のタイミングで、チーちゃんが呼ばれる。もうすぐ彼女がランウェイを歩く出番がやってきたのだ。
「うっ……どうしよう……」
チーちゃんからいつもの笑顔が消えていた。
春木田マシロの本格的なウォーキングを見て、彼女らしい自信を失っているのだ。
あっ……このままではマズイ。
なんとか助けてあげないと。
オレはダメ元で声をかける。
「ねぇ、チーちゃん。最初に出会った時、オレが言ったことを覚えている?」
「えっ……ライタ君? 急にどうしたんですか?」
突然のことでチーちゃんは驚ていた。意図が分かっていないのだろう。
だがオレは構わずに言葉を続ける。
「最初に出会った時、オレは言ったよね……『キミは誰にも負けないくらい、強く輝くアイドルになる子』だって……」
これはビンジー芸能のオーデションの前、廊下でイジメられていた彼女にかけた最初の言葉だ。
「もしかしたら今のチーちゃんは、モデルの技術的は未熟で、自分に自信がないかもしれない。けど『キミにアイドルとしての才能は絶対にあること』は、このオレが保証するよ!」
何度でも言うが『大空チセにトップアイドルとしての才能があること』は間違いない事実。オレが世界中の誰よりも知っている歴史なのだ。
「だからチーちゃん。あのランウェイのことを“アイドルのステージ”だと思うんだよ!」
「えっ……? ランウェイを“アイドルのステージ”に?」
チーちゃんは不思議そうに首を傾げる。まだ意図が十分に伝わっていない。
だからオレは言葉を続けていく。
「うん、そうだよ。ランウェイを歩くことは初めてでも、チーちゃんなら“アイドルのステージ”ならイメージできるでしょ⁉」
大空チセは幼い時から、アイドルに憧れてきた純粋な少女。
アイドルの映像を擦り切れるほど見て、真似して家で何回も踊ってきた子。
だから“コツ”を……『オレが幼い頃から行ってきたイメージトレーニング方法』を教えたら、きっと彼女も同じように“アイドルのステージ”をイメージできるはずなのだ。
「イメージを? はい、ライタ君の言葉を信じて、やってみます……」
チーちゃんは深呼吸して目を閉じる。
きっと幼い頃からのアイドル像を、心の中でイメージしているのだろう。
彼女の落ち込んでいた雰囲気が、だんだんと温かくなっていく。
「あれ? これは……? なんか、イメージが……“無いはずのステージ”が見えてきました、ライタ君。これは……いったい……?」
チーちゃんはイメージの世界に入ることに成功。たった一回でコツを掴むとは、さすがは大空チセ。
あとはもう少しイメージを固めていけば、次なる段階へと進めるはずだ。
「そう、それがオレも見ていた世界だよ! よし、その後は、もっと具体的なイメージをしていくんだ。たとえば『今は大空チセのライブが開演していて、お客さんも満席状態。さぁ、これから花道を華麗に笑顔で舞い歩いてくる』って、自分自身にイメージで思いこませるんだ!」
「『今から大空チセのライブで……花道を華麗に笑顔で舞い……』……あああ……これは⁉すごい……なんか、身体がフワフワ……お腹の下がポカポカしてきたよ、わたし……」
その言葉の直後だった。
チーちゃんの雰囲気が一気に変わる。
全身から目に見えないオーラ……“アイドル・オーラ”が発っせられてきたのだ。
(ああ……この感じは……トップアイドル“大空チセ”のオーラだ、これは!)
急激な変化を目の前にして、オレの全身に鳥肌が立つ。
たった一言のつたないアドバイスで、彼女のアイドル才能が一気に開花しようとしていたのだ。
「ライタ君……わたし、どこまでも飛んでいけそうです……」
「うん、飛んでいくんだ! さぁ、行くんだ! あの光の中に、ステージの花道を、華麗に笑顔で舞い歩いてくるんだ、チーちゃん!」
「はい、行ってきます、ライタ君!」
◇
――――その直後、『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の会場で一つの事件が起きる。
まずは会場内の大型スクリーンに、『大空チセ アイドル』と名前が映し出された。
「……ねぇ、大空チセって、どこの誰?」
「……さぁ、知らない。どうせコネで、出演する子でしょ?」
「……はぁ、早く、次の子にならないかな……」
まずは最初に起きたのは冷笑。
無名の新人アイドルである大空チセの名前予告に対して、観客たちが無関心と冷笑をしていたのだ。
――――だが、彼女が……大空チセが登場した瞬間、会場の雰囲気は一気に変わる。
「……えっ? えっ……?」
「……な、なに、あの子……?」
「……どうして私、こんなに、あの子から目が離せないの……?」
多くの観客は彼女に目を奪われてしまう。
しかも自分に何が起きたか分からないのだ。
無名なはずの新人アイドルに、自分自身が釘付けになってしまう。
訳が分からず混乱していたのだ。
「……すごい、あの子……キラキラしている……」
「……証明の演出なの、あれは?」
「いや、違うぞ。あれは……あの子自身が輝ているのか?」
そして目の肥えた関係者や客は、ふと気が付く。
この異常な現象の原因は、大空チセ自身……彼女の才能が魅せていることに。
「……“大空チセ”、どういう子なの⁉」
「……検索しないと⁉」
そして多くの観客とネット中継で見ていた者は、急に彼女のことを知りたがる。
無名な新人を、ダイヤの原石について、誰もが知りたがっていたのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
こうして大空チセの登場によって、『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の雰囲気は一変していた。
◇
(おおおお! さすがはチーちゃん……“あの大空チセ”だ!)
オレはステージ裏で胸を高めながら、彼女の活躍を応援。
会場内の雰囲気の高鳴りに、オレも高揚していた。
(いやー、みなさん、聞いてください! 本来の大空チセは……アイドルとしての大空チセはもっと凄いんですよ!)
誰かにこの事実と秘密を伝えたい気分。もちろん前世の歴史のことは誰にも言えないんだけど。
とにかく。早く彼女がアイドルとしてステージに立つ日が、一日でも待ち遠しい。
(チーちゃん、本当にキラキラ……素敵だよ!)
とにかく今は見守るだけしかできない。
スポットライトを浴びて輝くチーちゃんの姿を、オレは感動しながら見ていくのであった。
――――そんな感慨に浸っているオレに、近づいてくる者がいた。
「……ふーん。ねぇ、アレって、さっきライタっちが庇っていた子?」
やってきたのは、自分の番を終えたなかりの春木田マシロ。
先ほどは完全に無視していたチーちゃんのことを、なぜか意識して横目で見ている。
「うん、そうだよ。彼女はチーちゃん……大空チセだ」
「ふーん、そうか。あと、さっき、ライタっちと話した後に、あの子の“雰囲気”が急に変わった気がしたけど、なんか仕組んだの?」
「オレはそんなことはしていないよ。でも、何回でも言うけど、チーちゃんは本当に凄い子……本当に凄いアイドルになる子なんだ! だからオレがしたことは、ほんの一ミリだけの後押しをしただけさ!」
「へー、なるほど……つまり、相乗効果っていうヤツか? あの子……“大空チセ”か。一応、覚えておこうかな」
何やら春木田マシロの中で、チーちゃんの評価が変わった様子。
あと、オレに対する評価も、何故か高まったように感じる。
「相乗効果……ああ、なるほどね。よし! ライタっちのお陰で、ボク、面白いこと思いついちゃぅったかも」
「面白いこと?」
「次回にそれは楽しみにしておいねー。それじゃ、多忙なボクは、今回はここまでだから、じゃぁねー。あとはエリカさんとの対決、ライタっち、頑張ってねー♪」
そう意味深なことを言い残して、春木田マシロは立ち去っていく。おそらく次に仕事に向かうのだろう。
それにしても意味深な“次回の面白いこと”とは、どういうことだろう?
――――そんな疑問に思っていた時だった。
入れ替わるように、また別の人物がやってきくる。
「……市井ライタ。あの子……大空チセという子に、何かしかけたようですわね?」
やってきたのはもう一人の《六英傑》加賀美エリカ。
春木田マシロと同じように、オレが何か仕出かしたと、勘違いをしている。
「だが、あんなモノは……所詮は“まやかし”ですわ」
「えっ……“まやかし”?」
「ええ、そうですわ。あの子が今、大きな反応を受けているのは、あくまで『アイドルがモデルとして参加している』というギャップから起きた現象ですわ」
「ギャップ……なるほど、そうかもね」
加賀美エリカが指摘していることは、間違いではない。
人は真理的にギャップがあるストーリーに対して、大きく感動する感情がある。
今回は『無名の新人アイドル』が『モデル業』で、ギャップ差が補正かかっているのだ。
「あと、キサマらは……“モデルの本質”を分かっていませんわ?」
「えっ……モデルの本質?」
指摘されて言葉に詰まる。
モデルの本質を、そういえば考えたこともないからだ。
服を着こなして、高い技術でウォーキングする以外にも、もしかしたら何かがあるのかもしれない。
「今からこのわたくしが、それを分からせてあげまわす!」
強い言葉を言い残して、加賀美エリカはさっそうと立ち去る。
そのままスポットライトの中へ……本番中のランウェイに向かっていく。
(あっ……あれは……⁉)
こうして加賀美エリカのモデルとしての実力を
《美女王》と呼ばれるゆえんを、オレは知るのであった。




