第40話:ステージ裏
ファッションショーの総合リハーサルの時間がきた。
出演者のオレたちは、ステージ裏へと移動していく。
「ごめんなさい、ライタ君。やっぱり今日は、その衣装になったみたい。スタッフにクレームを言ったんでけど、どうしても駄目だったの……」
合流して同行している専務ミサエさんが、申し訳なさそうに説明してきた。
数日前の衣装合わせ時のオレのデザインが、今日になって急遽変更されていた事件についてだ。
ちなみに今のオレの着ている服を、ひと言で説明するなら『かなり奇妙な感じのデザイン』……まるで滑稽な道化師のような感じになったのだ。
「いえいえ、気にしないでください。別にこれは、これで味があるので」
だが大丈夫だとミサエさんを安心させる。
これは嘘でも虚勢もでもない。
何故なら自分は基本的に服には固執しないから。
アイドルオタクにとって大事なのは外見よりも、“アイドルを推す”という熱い魂なのだ。
あと、私服に金を使う余裕がったら、アイドルグッツを買った方が何百倍も有益なのだ。
「そう言ってもらえると助かるわ。それじゃ、リハーサル、頑張ってね。観客席で見ておくわ。チセも頑張ってね」
ここから先の区画は、モデル出演者とスタッフしか入れない。
同じく出演者のチーちゃんと二人きり。話をしながらステージ裏に向かう。
「いやー、それにしても、チーちゃんも参加して、ビックリしたよ」
「驚かせて、ごめんさい、ライタ君。実は一昨日に急に決まったので、私もまだ実感がないです」
なんでも今回は出演者一人が、急病で欠席。そのため体型の似ていたチーちゃんに急遽、声がかかったという。
「一応、基本的なウォーキングレッスンは済ませてきましたけど、すごく不安です……」
「きっと大丈夫だよ! 今回のそれほど本格的なショーじゃないみたいだから!」
ミサエさんの説明によると『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』は、パリで行わるような本格的なファッションショーではないという。
今回のを一言で説明するなら『若年向けのカジュアルなファッションショー』。
ファッションショー以外にも、ライブやトークなど色んなことをコンテンツとしているという。
そのため出演者は雑誌人気のモデルだけはなく、若手の俳優やアイドル、タレント、歌手なども参加する。
来場者本職のモデルを見に来るのではなく、あくまでイベントとしてファッション・ライブを楽しみに来る感じ。
つまりチーちゃんが本物志向のモデル・ウォーキングをする必要はないのだ。
「そ、そうだったんですか⁉ それなら一安心です。教えてくれて、ありがとうございます、ライタ君!」
おそらく急遽の代役ということで、何も知らずにバタバタで参加したのだろう。
説明を聞いて、不安そうにチーちゃんにようやく笑顔が戻る。これでリハーサルと本番もなんかなりそうだ。
「ん? この先が舞台裏みたいだね」
話をしていたら、ステージ裏に到着する。
「あっ……す、すごい人の数ですね、ここ……」
「おお、これは凄い……」
ステージ裏の光景に、二人で思わず言葉を失う。
凄まじい数の出演者とスタッフたちで、現場はごった返していたのだ。
そんな中で特に目立っているのは、きらびやか衣装を着た女性出演者たち。
彼女たちは若手のモデルやアイドルなどのタレントたちだ。
「いやー、ウチの芸能科も賑やかだけど、ここはもっと凄いね」
「そうですね。みんな綺麗すぎて……緊張してしまいます……」
高校生しかいない芸能科とは違い、ここには大人のモデルやタレントも多い。
若手出演が主体のショーといえ、芸能科とは違う大人感が溢れていた。
「ん? チーちゃん、あっちがオレたちの待機場所みたいだよ」
「はい、分かりました」
スタッフに案内されて待機場所に移動する。
これから始まる総合リハーサル、自分たちの番を待つことにした。
「いやー、それにしてもスタッフの数も凄くて、本格的だな、こっちは……」
先ほどまでいた自分の控え室は、スタイリストも誰もいない小さな物置だった。
それに比べたら、ここは別世界、メイクや衣装の多くのスタッフが作業しているのだ。
(でも、どうして……。今回は控え室が倉庫になったり、衣装デザインが急遽変更になったんだろう?)
事前の予定では、もっとちゃんとした控え室と衣装が、オレに割り当てられていた。
チーちゃんは普通の衣装と控え室みたいなので、オレだけ急に変更されていたのだ。
(……ということは何か“裏”があるのかな? 帝原社長が、とか? いや、それはないな)
帝原社長は控え室を見回して『どうして、こんな狭い倉庫が、市井ライタ君の控え室になったのでしょうね?』と知らない顔で言っていた。
あと、“あの普通じゃない人”は、そんな小さな姑息な嫌がらせはしてこないだろう。
やるとしたら、もっと大胆かつ、大掛かりな戦略をしてくるだろう。
(ということは今回のは……オレを個人的にターゲットにしている奴が……ガキのような陰湿な嫌がらせをしてくる奴の仕業かな? ん?)
――――そんなことを推理している時だった。
二人の男女がこっちに近づいてくることに、気が付く。
「あれれ? ライタっち、じゃん!」
やってきたのは《六英傑》の二人。
今日も《天使王子》を浮べているが、危険な笑みの春木田マシロ。
「市井ライタ……か」
あと、《美女王》の美しい顔をしかめている、加賀美エリカの二人だった。
ん? アヤッチこと鈴原アヤネは? 彼女の姿はまだ見えない。
「……おはようございます! 今日はよろしくお願いよろしくお願いいたします!」
友好的な相手ではないが、オレは挨拶をすぐにする。どんな相手でも、業界的では挨拶が大事なのだ。
「んー? ライタっち、随分と元気いいね? あれ? もしかしたら、ボクが特別に用意してあげた“プレゼント”を気にいってくれたのかな?」
「プレゼント……?」
春木田マシロの言葉の内容には覚えがない。プレゼントとは、いったい何のことだろう?
「あれ? もしかして気が付いてないの? プレゼントって、その素敵な衣装と控え室のことだよ。ボクがスタッフにお願いして、特別に用意してあげたのさ!」
ああ……なるほど。そういうことだったのか。
衣装と控え室を変更した犯人は、春木田マシロだったのだ。
「ねぇ、その新デザインは、どう? テンション上がるでしょ⁉ でも、そんなデザインじゃ、せっかくのファッションショーで、ライタっちの知名度を上げるのは、もう無理だよね、きっと? あっはっは……」
目的はおそらく嫌がらせ。
あと、困る相手の反応を見て、子どものように喜びたいだけなのだろう。
「マシロ……貴方は、また、そんな姑息なことを?」
「だって、エリカさんも、ライタっちのことを怒っていたじゃん? だからボクが代わりにプレゼントしてあげたのさ!」
「……まったく、余計なことを……」
二人のやり取りから推測するに、今回の件は春木田マシロの単独犯行なのだろう。
加賀美エリカはノータッチ。逆に自由奔放な春木田マシロに、どちからといえば手を焼いしている様子だ。
「ねぇ? 今の気分は、どんな感じ、ライタっち⁉ せっかく手に入れたチャンスなのに、逆に道化としてコケにされる本番を、もうすぐ迎える気分は、どう⁉」
同じ《六英傑》の中でも、春木田マシロは異質な存在なのだろう。無邪気と悪意で攻撃してくる。
本当に厄介な奴だ。
「……今回は個室の控え室まで用意してもらって、なおかつ、衣装まで気を使ってもらって、本当ありがとうございます!」
だがオレは怒ることはしない。むしろ頭を下げて感謝の意を述べていく
「モデルとして、タレントして未熟だけど、本日は精一杯、頑張らせてもらいます!」
何故なら“この程度の嫌がらせ”など、オレにはダメージが皆無だから。
(ふう……やはり高校レベルのイジメだな……)
前世のブラック企業に勤めていた時には、取引相手から受けた陰湿なパワハラ攻撃を受けていた。
あの時の方が何倍も強烈で大変だった。
だから春木田マシロからの嫌がらせを受けても、オレの精神的なダメージを与えていないのだ。
「あら? これは一本取られたわね、マシロ?」
「うーん、そうだね、エリカさん。でも、本番ではライタっちは冷笑を浴びるから、あとは、それを楽しみしておくよ! あっはっは……!」
与えたダメージがゼロでも、二人は意に介していない。六英傑はメンタルまで強いのだろう。
――――そんな感じで、オレたちの会話の間が空いた時だった。
「お、おはようございます! ビンジー芸能所属で芸能科の大空チセと申します!」
チーちゃんも二人に挨拶をする。話しかけるタイミングを、ずっと待っていたのだろう。
「ホ、本日はよろしくお願いいたします、春木田マシロさん! 加賀美エリカさん!」
そういえば、この若手トップの二人は、チーちゃんにとっては憧れの存在だった。
かなり緊張しながらも、頑張って自己紹介をしている。
「……ん? ライタっちとボクの話に割って入ってくる、この図々しい子、誰? エリカさん、知ってる?」
だがチーちゃんの健気な勇気は、無残にも切り捨てられてしまう。
「いえ、知りませんわ。芸能科といっても、D組の生徒じゃなくて?」
「あっはっは……ビンジー芸能所属なら、普通はD組のだからね! ねぇ、頼むから、今度から雑魚は入ってこないでくれるかな? ボクたちが白けるから?」
二人はチーちゃんのこと蔑んできたのだ。
特に春木田マシロは激しく口撃する。天使のような笑顔の中に、本当に馬鹿にした悪意があった。
「うっ……す、すみませんでした……」
慣れないショーの現場で、いきなり憧れの二人から口撃をくらう。
チーちゃんは急に気持ちが落ち込んでしまう。今にも泣きだしそうな顔だ。
「あのう、二人とも……」
だからチーちゃんをかばう様に、オレは一歩前に前進。
いや……勝手に身体が動いた。
大切な人を馬鹿にされて、勝手に身体と口が動いたのだ!
「この子は……チーちゃんは、今はたしかにD組で、芸能人として実績も小さい。けど……本当に凄い才能を持った子なんです!」
大空チセは、誰よりも熱いアイドル魂を持った子。それを言葉にしていく。
「チーちゃんはいつか……いや、数年後には必ず武道館を満員にして、そして日本中を笑顔と熱気に包んでいくアイドルなんだ!」
これはオレの妄想でも願望でもなく、前世で確定して事実。
だからオレは絶対的な自信で伝える。
いや……『大空チセを雑魚扱いするな!』と心の中で叫びながら、二人にぶつけた。
「「――――っ⁉」」
直後、春木田マシロと加賀美エリカは言葉を失ってしまう。
まるで『一瞬だけ“とんでもない圧”受けて身体が硬直した』のような様子だ。
(あっ、これはマズイ⁉)
このままでは大手に所属している六英傑を、敵に回してしまう。
オレは慌てて力を抜く。
よし……これで友好的な関係を構築できるだろうか?
「ふう……へぇ、やっぱり、ハヤト君を倒した力……『ライタっちの実力は偽物もじゃなかった』という訳だね、今のは⁉ あっはっは……これからは、もっと大掛かりで強力なプレゼントを用意しなとね!」
「ふう……今のが“市井ライタ”か……なるほど。お前には、もしかしたら俳優として才能があるかもしれない。ですが今日はファッションショー、私たちモデルでの独断場ですわ!」
だが『時すでにおそし』状態だった。
二人ともやけにオレのことを認めていている。同時に今まで以上に戦意と殺意を高めていた。
「プロとして本番では、貴方に徹底的に思い知らせてあげます! 見ていなさい、市井ライタ!」
特に加賀美エリカの戦意は、今までは比べものにならないレベル。若手トップモデルとしての全力で、宣戦布告してきたのだ。
(ああ……これは、やってしまったかもしれない……)
◇
その事件の後、総合リハーサルが始まった。
オレは無難なウオーキングで、なんとかリハーサルを終える。
六英傑も二人もリハーサルでは大人しい。おそらく本番で何を狙っているのだろう。
◇
そして本番の直前、今回の“一番の不幸”にオレは気が付く。
(ああ……やっぱり、アヤッチがいないぞ⁉)
なんと一番の目的であるアヤッチの姿が、会場のどこにもないのだ。
理由は不明だが、もしかしたら急遽欠席なのかもしれない。
彼女は大丈夫だろうか?
だが今は心配をしている余裕はない。何故なら本番の時間がきてしまったからだ。
「市井ライタ……見ていなさい……アナタに、本当の“モデルの力”というものを分からせてあげますわ!」
それに加賀美エリカの圧力が、更に凄くなっていたから。
鋭い殺気のような圧を、ステージ裏でオレに向けてくるのだ。
(うっ……こんな雰囲気で、オレ、大丈夫かな……)
こうして満員御礼の観客で埋まったファッションショー本番
《美女王》加賀美エリカとのモデル対決が、開演するのであった。




