第38話:ショー会場入り
大規模ファッションショー『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の当日になる。
朝一の会場に、オレは到着した。
「おお……ここがファッションショーの会場か⁉」
早い出番の人たちのリハーサルが、すでに行われている最中だった。
華やかな会場内に入って、思わず声を出してしまう。
「いやー、すごいな……今までの現場と全然違うな、今日は?」
CMとドラマの撮影スタジオは、どちらからといえば無駄がなく、現実性を再現していた場所。
だが今日の会場は、ひと言で説明するなら“非日常感満載”だ。
きらびやかな照明と激しいBGMの共演。
ステージ上を優雅に歩く、日本人離れした体型のモデルと、先進的なデザインの衣装の数々。
まさに非日常的な空間が目の前に広がっていた。
「いやー、それにしても。こんな華やかな場、やっぱりオレはなんか場違いだよな?」
何しろ自分は生粋のアイドルオタクであり、服やファッションに気を使ったことは一度もない。
私服も毎日、同じパターンしか着ていないのだ。
あっ……同じ服を毎、と言っても、ちゃんと三着は用意している。
毎日洗濯して清潔にはしているからね。
「ふう……オレみたいな奴が出演して、本当に良かったのかな、今回は?」
冷静になり改めて、自分の場違いを実感。
まるで“渋谷のギャル店のビルに、間違って迷い込んだ時“ような気まずさを感じてしまう。
「ライタ君、控え室はあっちみたいよ」
そんな時、声をかけてくれる大人の女性がいた。
「あっ、ミサエさん。はい、分かりました!」
彼女はビンジー芸能の専務のミサエさん。最近は運転手と仮マネージャーも兼任してくれているのだ。
ん? そういえば……オレの“真マネージャー”は、いつ決まるのだろうか?
もしかしたら社長や誰かが、この件を忘れている、とか?
いやー、まさか、そんなことはないだろう。きっと、そのうち、真マネージャーが決まるはずだ。
とにかく……今は頼りになるミサエさんについていき、自分の控え室に向かうことにした。
◇
控え室にミサエさんと到着、中に入っていく。
「ん? あれ? 本当にここでいいですか、ミサエさん?」
だが中に入って、思わず確認してしまう。
何故なら入った場所は倉庫だった。
普通の控え室にあるはずの“鏡やメイク場所がない”薄暗い部屋だったのだ。
「あら? 本当ね? 案内の通りに来たのだけど、へんね?」
ミサエさんと部屋の入り口前を確認してみる。
「えっ⁉ そんな、やっぱり、ここがウチの控え室よ⁉」
だが入り口には『ビンジー芸能様 控え室』と張り紙されていた。
間違いなく、ここがオレたちの控え室なのだ。
「ど、どうして……こんな場所が、ウチに割り当てされたの⁉ これじゃ事前の話と違うわ⁉」
まさかの急な変更でもあったのだろうか?
「少し待ってね。確認して、ちゃんとした部屋を用意してもらうから!」
ミサエさんは大慌て電話をかける。
だが……相手は仕事中のようで、担当者と連絡が取れない様子だ。
「ど、どうしましょう⁉ 今からかけあってもじ、向こうも混乱しそうだし……」
「あのー、ミサエさん。オレ的には、この部屋で大丈夫です!」
今から更に変更は大変なのだろう。
だから自分は大丈夫だと伝える。
「こっちに自分の衣装と小さな置き鏡もみたいなので、平気です!」
オレは男性だから、どこでも着替えることは可能。
あと化粧もほとんど必要ないから、専用の化粧台も不要。
そのため、こんな薄暗い小さな倉庫でも問題はないのだ。
「ほ、本当に? でも、そう言ってもらえると助かるわ。それじゃ、ライタ君のリハーサルの番まで、準備をするわよ」
「はい、分かりました!」
二人で気持ちを切り替える。
ミサエさんの指示に従って、ファッションショーの準備をしていく。
「えーと、髪のセットと軽い化粧は、本番前に行うから……最初は衣装の最終チェックをしましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
本来はこうしたファッションショーの時は、専門のスタッフが衣装合わせとメイクアップをするらしい。
だがウチは予算のない弱小事務所のため、今回はミサエさんが行ってくれる方式だ。
「えーと、これを上にして……こっちが上ね……」
オレに衣装を着せながら、ミサエさんはテキパキとセッティングしていく。
かなり慣れた手つきで、ショー独特の衣装にも動じた様子はない。
もしかしたら前職か何かで、こうした経験があるのかもしれない。いつか時間があったら、ミサエさんの前職の話でも聞いてみよう。
「ふう……まずは、ここまでOKね。前回の衣装合わせの時と同じように、ちゃんとフィッティングできたわ」
プロによる事前のオレの衣装合わせチェックは、数日前に終わっていた。だから今日も安心してミサエさんも一人で行っていく。
「ん? あれ? おかしいわ? 前回の時と、この部分がかなり違うは? どうして⁉ もしかして、こっちのコレを着せないと駄目なの⁉」
だが何かハプニングが起きたのだろうか?
オレに衣装を着せながら、ミサエさんは何か困っている様子だ。
「これは確認しないとマズイわ……“こんなのは”ウチのタレントには絶対に着せられない! ちょっと、責任者のところに確認しに行ってくるから、ちょっと待っててね、ライタ君!」
「えっ? はい」
あまり良くないデザイン変更が、急にあったのだろうか。
ミサエさんは慌てて、というか、かなり怒った様子で部屋を飛び出していく。
中途半端に衣装を着せられたオレが、一人でポツンと部屋に残される。
「ミサエさんは、なんか怒っていたけど……これ、そんなに変な風にデザインが変更されたのかな? うーん、よく分からないな?」
自分の姿を確認してみたいが、部屋には小さな置き鏡しかない。
これではどうやっても確認できないので、諦めて待機することにした。
コツ……コツ……コツ……
しばらくして、廊下から人の足音が聞こえる。
もしかしたらミサエさんが戻ってきたのかな?
それにしては随分と早い戻るだけど。
「失礼するよ」
だが控え室に入ってきたのはミサエさんではなかった。
「おや? もしかしたらキミが市井ライタ君ですか?」
やってきたのは見たことがない大人の男性だった。
オレの名前を知っているみたいだけど、この人は誰だろう?
「あ、はい! おはようございます、今日はよろしくお願いいたします!」
だがオレは挨拶をする。
なぜなら芸能界では『たとえ知らない顔でも、スタッフらしい人には、新人は元気よく挨拶をしないといけない!』という業界マナーがあるからだ。
「ええ……と……」
それにしても、この人はいったい誰だろう?
かなり高級そうなスーツを、ピチッと着込んだ人だ。
撮影スタジオとかにいるスタッフとは、雰囲気がまるで違う。
たとえるなら『インテリジェンスが高く、金持で有能な切れ者の経営者』といった感じの大人の人だ。
ということは、もしかして部屋を間違えて入ってきた、今回のスポンサー関係者かな?
「……そういえば、こちらの自己紹介がまだでしたね? 私は帝原キョウスケと申します」
オレの思考を読んだかのように、相手は自己紹介してくる。
偉い身分にいそうな人なのに、かなり丁寧な口調で紳士的。
オレから見ても、かなりカッコイイ大人だ。
「あっ、わざわざありがとうございます! 改めまして自分はビンジー芸能に所属の市井ライタといいます! よろしくお願いします、“帝原”さん……?」
いつもの自己紹介を返してから、ふと、言葉を止めてしまう。
相手の苗字が、頭の中で引っかかってしまったのだ。
(帝原……帝原? あれ? どこかで聞いたことがあるぞ?)
記憶の中を探っていく。
前世のアイドル芸能ニュースで、よく見たことがあるような気がする。
いった、どこのジャンルの人だっけ? かなり大物だったような気がする。
「おや、そういえ私も所属を言い忘れていました……」
またもやオレの思考を読んだかのように、帝原さんは自分のことを口にし始める。
「ライタ君風に自己紹介するなら、私は《エンペラー・エンターテインメント》の所属……一応は代表取締役をしています」
「えっ……《エンペラー・エンターテインメント》の代表⁉ って……しゃ、社長さん、だったんですか、あなたは⁉」
まさかの大物すぎる来訪者の登場に、オレは思わず言葉を失ってしまう。
どうして超大手芸能事務所の社長が、こんなところに?
ファッションショー主催者なで超多忙なこの人が、どうしてオレみたいな無名の新人のところに?
謎は更なる謎を呼んでいく。
(あと……《エンペラー・エンターテインメント》の帝原キョウスケって……この人の名を、前世のどこかで……)
そして自分の記憶の中で“帝原キョウスケ”の名前が、まだ引っかかっていたのだ。
「さて、市井ライタ君。こうして会うのは“初めて”ですが、まずは『評価額5万円』といったところですか」
「えっ……評価額ですか……?」
先ほどの『偉い身分にいそうな人なのに、かなり丁寧な口調で紳士的でカッコイイ大人』というオレの初印象が、早くも間違っていたことに気が付く。
何故なら帝原キョウスケの視線の、“普通”ではなかったのだ
「ええ、キミには期待をしています。今回の仕事で“商品”として査定させていただきますよ、市井ライタ君」
「うっ…………」
こうしてラスボス・オーラを発する危険な男、
帝原キョウスケ社長の蛇のような恐ろしい雰囲気に、オレは飲み込まれようとしていた。




