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第37話:接近計画

 ファッションショー『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の出演の招待状がきた。

 オレはモデルとして参加することを決意する。


「……あら、ライタ君? おはよう」

「あっ、ミサエさん、おはようございます!」


 その話がちょうど終わった時、専務のミサエさんが部屋に入ってきた。今日も知的な眼鏡をかけて、“できる大人女性”風なファッションだ。


「ん? 社長……もしかしたら『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の話を、ライタ君にしたんですか? やっぱり断ることになりそうですよね、今回の件は? よかったら、私の方でお断りの電話をしておきますわ」


 オレたちの話の雰囲気を察したのだろう。

 ミサエさんはスマートフォンを取り出して、どこかに電話をかけようとする。


「おいおい、ミサエちゃん、ストップだ。ライタの奴は今回の件を、即答で了承したぞ」


「えっ⁉ えっ、了承した、ですか⁉ どういうことなの、ライタ君⁉ 仕事の内容は、ちゃんと話は聞いたの⁉」


 察した雰囲気を間違えて、ミサエさんは電話をかける手を慌てて止める。

 そのままオレに凄い形相で詰め寄ってきた。


「はい、もちろんです! ファッションショーにモデルとして参加する、ですよね? 初めてのジャンルですが、理解はしています」


「それなら、どうして了承したの⁉ あなたは俳優として今は大事な時期なのよ⁉ モデルは『ただ歩けばいい』とか簡単な内容じゃないのよ⁉ かなり特殊な仕事で、しかもライタ君にはデメリットがあるかもしれないのよ⁉」


 ここまでミサエさんが興奮しているのは、オレのことを心配しているのだろう。


「そうなんですか? でも、それでも是非とも参加したいです! 初めてのジャンルですが全力でさせていただきます!」


 だが今回のファッションショーは、オレにとって何よりも大事な仕事。アヤッチこと鈴原アヤネと共演できるかもしれない大チャンスなのだ。


 どんなに大変でデメリットがあろうとも、絶対に怯む訳にはいかないのだ。


「ラ、ライタ君、どうして、そんなに強い意思で⁉ も、もう、社長からも説得してくださいよ! 今のライタ君は俳優として大事な時期で、仕事は慎重に選んでいくべきです! 社長も前に、そう言っていたじゃないですか⁉」


 オレへの説得は無理だと諦めたのだろう。ミサエさんは豪徳寺社長に矛先を変える。


「そうだな……たしかにライタは俳優として普通に仕事を選んでいけば、かなり上まで進めるかもしれん。だが、こいつは“普通”じゃないし、場合は底が見えね奴だ。だからチャレンジさせるのも面白いじゃないか、ミサエちゃん?」


「でも社長、今回の招待状は普通じゃないんですよ? エンペラーの“あの社長”からの直接の招待状なんですよ? いったい何が待ちかまえているのか……心配じゃないんですか、社長は?」


「たしかに“奴”の腹は、オレにも読めねぇ。だが、逆にライタのことも、奴には測りかねまい。まぁ、当時はオレたちも付いていくから、何とかなるだろう、ミサエちゃん?」


「まったく、もう、社長はそうやって……それなら分かりました。ライタ君は参加で、先方に返事しておきますから……」


 ミサエさんは何やら頬を膨らせているが、どうやら二人の話はまとまった様子。

 どうやらオレは『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』に参加できるのだろう。

 本当によかった。


「本当に良かった、という顔を、そこでしないで、ライタ君! 何しろ開催日までは、日が少ないから、キミも急いで準備をしていくのよ! 指定された衣装の調整をしに行ったり、ウォーキングの自主レッスンと、当日のリハーサルとか……本当に忙しくなるだから!」


「はい、分かりました! 今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」


 モデルの仕事をするのは初めてのこと。有能な専務であるミサエさんに当日まで従っていくことにした。


(あとの用意は……あっ、そうだ! アヤッチも参加するか、事前に調べておかないとな……)


 こうして色々バタバタしながらも、この日の事務所での仕事は順調に進んでいくのであった。


 ◇


 それから日が経つ。

 今日は“絶好の日”となりそうだった。


(よし、今日はチャンス日だぞ!)


 朝一の教室の状況を確認して、思わず心の中でガッツポーズ。

 何故なら今日は《六英傑》と取り巻きが少なく、アヤッチは登校日しているのだ。


 つまり『アヤッチに一番接近できる確率』が一番高い日。

 ファッションショーに彼女も参加できるか、確認できるかもしれないのだ。


(さて。どのタイミングで聞いてみようかな? 昼休み時間が一番長いけど、彼女は学食に行っちゃうからな……よし、やっぱり朝一の、今しかないな!)


 ちょう今、アヤッチが座っている席の周囲には、誰も取り巻きがいない状況。

 まさに最強のタイミングであり、オレが近づいても咎めてくる邪魔がいないのだ。


(よし、いくぞ……秘技“偶然よそおい”発動!)


 “偶然よそおい”はオレが編み出した必殺技の一つ。


 簡単に説明するなら

『トイレに行く時に。あっ、しまった、招待状が落ちちゃった。あっ、鈴原さん拾ってくれてありがとう。あれ、もしかして鈴原さんも、この仕事に参加するの? 凄い奇遇だね!』

 という技である。


 この一連の行動と会話を、今世で培った演技力をフル発動することで、ごく自然に相手のスケジュールを確認できるのだ。


(オレの演技力など、素人に毛が生えた程度かもしれない……でも、今だけは“自分自身の限界”を超えるんだ、市井ライタよ!)


 前回の初ドラマの撮影現場でも、出さなかったほどの集中力を高めていく。


 秘技“偶然よそおい”を発動して、一人で本を読んでいるアヤッチに近づいていく。

 よし……今だ!


「ああ、しまった……大事な仕事の手紙を、落としちゃったぞ? どこだろう?」


 作戦とおり、アヤッチの目の前に招待状をひらりと落とす。

 自分でも驚くほどの、最高のタイミングと落下位置だ。


「……?」


 予想通り、アヤッチは落ちてきた招待状に気が付く。首を傾げている。


「これ、落とした」


 普段はポワーっとしてアヤッチだが、彼女が心優しいことは、オレの中では周知の事実。

 アヤッチは優しく拾った招待状を、オレに手渡してくれる。


「あ、ありがとう! いやー、大事な仕事のファッションショーの招待状だから、拾ってくれてありがとう!」


「ファッションショーの仕事? これウチの事務所のロゴ?」


 招待状には《エンペラー・エンターテインメント》のロゴがプリントされていた。

 所属しているアヤッチが、それに反応する。


 よし。ここまでは計算とおり、完璧な流れでいっているぞ。


(うっ……近くで見る、アヤッチは……)


 だが計算外のトラブルが起きてしまう。

 起きたのはオレ自身だった。


(ああ……アヤッチは、やっぱり可愛いな……最推しアイドルの間近で見る制服姿は……あああ……いいな……)


 あまりにアヤッチが可愛すぎて、オレは硬直状態に。

 押しが尊過ぎて、限界化の状態になってしまったのだ。


「? どうしたの?」


 あっ、これはマズイ。

 明らかに変な行動をしているオレのことを、アヤッチが怪しんでいる。


 早くシナリオ通りに話を続けなければ。


「う、うん、大丈夫だよ! これ、拾ってくれてありがとう! 実はこの『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』にモデルと参加することになったんだ。あれ? もしかしてアヤッチに参加したりする? もしも、そうだとしたら、凄い奇遇だね、オレたち!」


 あっ……まずい。

 あまりの限界化の状態だったので、シナリオ外のことまで一気に口走ってしまった!

 オタク特有の悪いクセが出てしまったのだ。


「“アヤッチ”……? わたしのこと?」


 しかも興奮して“アヤッチ”なんて、慣れしい呼び方をオレはしてしまった。

 明らかに不思議がっている。急いで誤魔化さないと。


「あっ――――⁉ えええ、そう、そう。ほら、鈴原アヤネさんだから、“アヤッチ”というのが呼びやいすかなーと思って。ほら、語呂もいいし、もしもアヤッチがステージに立った時に、観客も『アヤッチぃい!』って、呼びやすいかなーと、思ってさ! あっはっはっ……」


 だが興奮状態の今のオレは、更なる墓穴掘り始めてしまう。

 まるでアイドルオタクのように次々と語り始めたのだ


 いや……オレがアイドルオタクなのは本当なので、何もおかしいことではないのだが。


 とにかく。

 これでは逆効果で、アヤッチに更に怪しまれてしまうに違いない。


 下手したら『こいつ、馴れ馴れしい、キモい』と烙印を押されて、オレは一生嫌われてしまうかもしれないのだ。


「“アヤッチ”……初めて呼ばれたけど、なぜか、すごく、しっくりくる……」


 だが予想は見事に外れる。

 いや、良い方に外れてくれたと言った方が正確。


「アヤッチ、いいかも、お気に入り」


 なんと、彼女は口もとに笑みを浮かべてくれたのだ。


 “あの普段は無表情のアヤッチ”が、口元だけとはいえ、笑って喜んでくれたのだ!


「そ、そ、そっかー、それはよかった。あっ、オレは市井ライタといって、好きなように呼んでちょうだい! “ライライ”でも、なんでも、呼びやすいようにさ!」


 だが今は計画の真っ最中。自分ごときの喜びを、表に出している訳にはいかない。


 そういえば、面等向かってしていなかった自己紹介を、急いで行う。


(ん? あっ……ヤバイ……⁉)


 またもや、やってしまった。

 前世でのオレのアイドル仲間でのニックネームである“ライライ”を、またもや焦って口走ってしまったのだ。


「“ライライ”? わかった、ライライ、よろしく」


「う、うん、こちらこそ!」」


 だが、またもや予想は見事に外れる。

 何故か少し嬉しそうに、アヤッチはオレの名前を呼んでくれたのだ。


「ライライ……これも初めて呼ぶけど、なぜか、しっくりくる。どうして?」


 まるで前世でのアヤッチの地下ライブ後の握手会で、彼女が『ライライ、また会いに来てくれた』と呼んでもらえたように、また今世でもニックネームを呼んでくれたのだ。


(おぉおおおおおぉおおおお――――)


 もはや、この興奮状態の感情は、言葉では説明できない。きっと芥川賞作家でも描写はできないだろう。


 それほどまでの臨界感情。

 オレはこのまま死んでもいい、とさえ錯覚してしまう極限状態に陥ってしまう。


「あっ。あと、そのファッションショー、わたしも出る」


「――――えっ? えっ、そうなんだ⁉ す、すごい奇遇だね! 当日はよろしくね!」


 アヤッチからの返事で、なんとか我に返る。


 わずかに残った精神力を振り絞り、精一杯で返事をしてシナリオを進めていく。


(そっか! やっぱりアヤッチもー『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』に参加するのか! これは嬉しいな……今日は人生の中でも最高の一日だぞ!)


 今日の出来ごと。


 その1:今世で初めて、アヤッチとの近い会話ができた。


 その2:ショーの当日は同じ職場で、一日ずっと一緒にいられることが確定した。


 まさに今世での運を全て使い果たしたような、幸運と奇跡が連続で起きてくれたのだ。


 ああ……神様。

 できたら、このまま地球上の時間が止まって、幸せな時間が永劫に続けてくださいませ。


 ――――だが『地球上の時間は止まることなんてなく、しかも幸せな時間な永劫には続かない』のが、世の常だった。



「あれれ? 珍しい組み合わせだねー?」


 オレの幸せな時間は、教室に入ってきた人物によって、終焉を告げられたのだ。


「ねぇ、見て、エリカさん。アヤカっちと、ライタっち一緒にいるよ? これは何かありそうだね?」


 やってきたのは《六英傑》の二人だった。


 一人目は、怪しげな天使の笑みのアイドル、《天使王子(エンジェル・スマイル)》春木田マシロ。


「……市井ライタ……キサマはぁ……」


 そして二人目は、絶世の美形の顔を怒りに染めていく《美女王ビューティー・クイーン》の加賀美エリカ。


 この二人の六英傑は、なんと今日は休みではなかった。

 スケジュールが変更になり、ギリギリの登校してきたのだ。


 本当に最悪なタイミングで、危険な二人が登場した、といっても過言ではない。


「あれれれ? それって、『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の招待状じゃん? やっぱりライタっちが参加するっていう情報は、本当だったんね?」


 しかも手に持っていた招待状の存在を、彼らに知られてしまう。


 ん? でも、オレが参加する情報って、なんのことだ?


「ねぇ、ライタっち。それにはボクたちも参加から、よろしくー。当日は“楽しいパーティー”になりそうだね、エリカさん?」


 そして不幸と不運は更に続いていく。


「ええ……そうですわね。当日は、市井ライタ……あなたに正義の鉄槌をくだしてさしあげますわ!」


 不敵な笑みを浮かべる危険な天才アイドルと、復讐鬼と化したプロ美女モデル。

 彼らも同じショーに参加するのだ。


(そ、そんな……アヤッチだけじゃなくて、この二人も⁉)



 こうして波乱しか起きそうにないイベント。

『トウキョー・ガールズ&ボーイズ・コレクション』の当日がやってくるのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 前髪を貫こうがイケメンを押し出そうが、どちらに転んでも周囲の度肝を抜いてそれに気付かないライタ 自分の魅力や実力に周囲が気付くより自分で気付くほうが難易度高そうな天然ライタくんが好きだw
[一言] 我流を貫いてきたライタなのだから、「僕のこだわりなんです!」と髪を弄らせず前髪長男で活躍してくれるはず。 ここまできたら、髪を切ったらイケメンあるあるは無しで、最後まで見た目は悪いけど演技…
[良い点] さすがにファッションモデルでは、何があっても見た目を十分に映えさせないといけないですからね。一部とは言え、ライタのイケメンも世に出てしまう、と。 楽しみです。
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