第35話:夢のような空間
芸能科A組への転入初日、多くの困難があったが何とか回避。
友人との新しい居場所を探すため、普通科にある部室棟にやってきた。
「それじゃ、中にいる部長さんを、紹介するね!」
「なっ――――⁉」
「え――――⁉」
何故か絶句する二人を連れて、アイドル研究部の部室に入っていく。
失礼します。誰かいますか?
「ん? おお、これは“同志ライタ”ではないか。さっそく来てくれたのか?」
縦に細長い部室の中に一人でいたのは、眼鏡をかけた一人の女生徒。オレの顔を確認して、ニヤリとしている。
「はい、沢村部長! さっそく遊びに来ちゃいました! 大丈夫でしたか?」
この女性は沢村ウタコという普通科の二年生の先輩。このアイドル研究部の部長さんだ。
「もちろん大歓迎である。だが“沢村部長”などという他人行儀な呼び方は、今すぐ止めたまえ。我々は既に同じ志を共にする“同志”……“同志ウタコ”と気軽に呼びたまえ」
「あっ、そうでしたね、同志ウタコ部長」
ウタコ部長と顔を会わせるのは二回目。
一回目はオレが先日この部を偶然発見した時。その時に居合わせた部長と、アイドル談議に花が咲き、アイドル愛好家同志として認められていたのだ。
「いやー、それにしても、何度見ても、素晴らしい部室ですね、ここは……」
アイドル研究部の部室の壁や天井には、たくさんのポスターや写真が、所狭しと張られていた。
全てがアイドルのモノであり、古今東西の様々な男女アイドルで飾られているのだ。
ウタコ部長の先日の話によると、これは歴代の部員たちが残していった大事な遺産だという。
「ん? おお、この写真はもしや⁉ おお、こっちも凄い⁉」
今日も新たなるお宝を発見してしまう。
ここがアイドルオタクであるオレにとっては、まるで夢のような空間。まさに聖域と呼ぶにふさわしい絶景なのだ。
「あ、あの……ライタ君……」
「お、おい、ライタ……」
ん? あれれ?
チーちゃんとユウジは、どうして絶句して立ち尽くしているのだろう?
あっ、そうか!
二人のことを、部長のことを紹介するのを、オレが忘れていたのか。これは失念。
ちゃんと両者の間に立って紹介しないと。
「えーと、まずは……この人はアイドル研究部の部長の沢村ウタコさんで、二年生の先輩だよ」
まずはウタコ部長のことを二人に紹介する。
部長はちょっと変わった口調だけど、気さくな性格。二人もすぐに仲良くなるだろう。
「えーと、次は部長への説明ですが……こっちの金髪が天道ユウジで、この子が大空チセで、どっちもオレと同じ一年です」
ユウジは見た目が金髪で、耳ピアス穴が怖く見えるけど、性格は明るくて社交的な奴。
ちゃんと話をしたら部長とも、すぐに仲良くなれるだろう。
あと、チーちゃんの方はもっと大丈夫だろう。
何しろ見た目も小動物的に可愛いし、彼女は性格も真面目で礼儀正しいからだ。
「……という訳で、一年三人組、今日からよろしくお願いいたします、部長!」
改めて挨拶をする。
オレの直感だと、この四人なら仲良くいけそうだ。
「あ、あの……ライタ君……?」
だがチーちゃんはまだ固まったまま、何か言いたそうにしている。
あれれ? いったいどうしたのだろう?
もしかして何か欲しいアイドルのポスターとかあるのかな?
「いや……ライタ、チー嬢が言いたいのは、そのことじゃないやろ!」
「えっ? どういうこと? もしかしてアイドル研究部に入るのに反対とか?」
「いや、反対、賛成を決める前の話や! どうしてワイらがアイドル研究部に入部することになったんや⁉ 全部が超特急すぎて、ワシらは訳が分からんのや!」
ああ、なるほど、そういうことか。
そういえば二人に入部する理由を、説明していなかったな。
これはオレの失態、ちゃんと説明しないと。
「えーと、実はこの部は現在、ウタコ部長が一人しかいないんだ。だから今年中に部員を四人以上にしないと、部活から降格。部室が没収になっちゃうみたいなんだ。だからオレたち三人が入れば、部活は安泰。なおかつ部長からの提案で、この部室をいつもで自由に使えるんだよ! そうですよね、部長?」
「ああ、同志ライタ君の説明で、おおむねの過不足はない。伝統ある我が堀腰学園アイドル研究部を潰さないために、吾輩は誰でも大歓迎である! この部の活動は基本的に自由であり、入部した者は昼飯の時も放課後も、ここを自由に使いたまえ!」
「……っていう訳なんだけど、分かったかな、二人とも? これで三人の時間と空間ができるんだ!」
先日のオレはA組の昇格を決めた時、一つの大きな悩みがあった。
それは『クラスが離れてしまったら、一緒にいられる時間が減ってしまう問題』のこと。
だから『クラスが離れた後でも、放課後に“三人で一緒にいられる作戦”』をここ数日で模索していた。
そんな模索&散策していた時に偶然、見つけたのが、このアイドル研究部の存在。
すぐに部室内に突撃して、居合わせた部長とアイドル談議で意気投合。
その後の話の中で“部員不足の危機”と“居場所の必要性”の利害が一致することに気が付く。
そして二人を連れてきて、現在に至るという訳だ。
「……という訳なんだ。いいよね、二人とも?」
少し遅くなってしまったが、全ての説明は完了。
これでチーちゃんとユウジも納得してくれるはずだ。
「ライタ、そりゃ、こんな広い室内の部屋を、自由に使えるのは有りがたいが……ワイらは仮にも芸能科の生徒……普通は“芸能科の生徒は部活には入らん”やで!」
ユウジは説明をしていく。
芸能科の生徒は基本的に放課後、すぐに校舎を後にする。理由は各自の芸能活動やトレーニングを行うためだ。
そのため部活に所属するという概念が、芸能科の生徒には無いという。
だから部屋に入る前も、二人は絶句していたのだろう。
「そうだったんだ。でも、オレの放課後も、たしかに、そうかもね」
実際のところオレも放課後も、毎日けっこう忙しい。
放課後はビンジー芸能の事務所に立ち寄って、ミサエさんや社長と雑談。
あと面接会場だったトレーニング場で、一人で自主練習をしていたのだ。
「でもユウジ……放課後は毎日忙しいわけじゃないし、暇な時だけ部活動するのは、どうかな? あと、忙しい時期は昼休みだけ集まって活動するとか? たしかそれでも、いいんですよね、ウタコ部長?」
「うむ、このアイドル研究部のもっとうは『アイドルを愛する心は自由であるべき』だからな。自由に活動したまえ、諸君ら」
「だってさ、ユウジ。これでどう? もしかして、部活に入るのは、事務所的にNGとか?」
「いや……ワイはミュージシャンやから、事務所的にもぜんぜんOKや。けど、問題はチー嬢のことや。チー嬢は、現役アイドルなんやで⁉ アイドル研究部になんかに入ってもいいんか?」
「あっ! そういことか……」
ユウジに言われてハッと気が付く。
何しろチーちゃんはデビュー前とはいえ、現役のアイドルの子。
それに『現役アイドルがアイドル研究部に入部している』話など、聞いたことはない。
しまった……この問題にはオレも失念していた。
プライドを傷つけられて怒っているかもしれないチーちゃんに、ちゃんと謝らないとな。
「ごめんね、チーちゃん。オレ、気が利かなくて」
「いえ……大丈夫です、ライタ君。むしろ、この部屋は私にも“とっても凄く魅力的”です……」
だがチーちゃんは怒ってはいなかった。
むしろ目を輝かせながら、部室の展示物を見つめている。女性アイドルたちのアルバムを手に取り、目をキラキラさせていたのだ。
「えっ? チーちゃん⁉ どうしたの?」
「恥ずかしながら実は私……“アイドルの存在そのもの”が好きなんです。小さい時からTVの中のアイドルに憧れていて、それでも自分でもアイドルになりたくて……」
「あっ、そうだったんだ! チーちゃんも“アイドルに憧れタイプ”だったんだね」
アイドル志望の子の中には、昔から憧れてアイドルになる子も多い。
彼女に言われて思い出したが、前世の大空チセのインタビューで、そのことに触れた記事もあったはず。
つまりチーちゃんも生粋のアイドル愛好家なのだ。
「事務所的にも部活動のことは問題なかったはずです。なので私はこの部に入ることは、大賛成です……あと、一番の理由は……ライタ君と一緒にいる時間が増えるから……」
んっ?
最後の方はよく聞こえなかったけど、チーちゃんは顔を赤くしながら賛成してくれた。これで彼女の問題は解決できたぞ。
「という訳で、それじゃ、ユウジもいい?」
「いや、ワイも入部には反対はせん。けど、ワイは放課後は、歌と楽器の自主練が多いから、あんまり来れへんで……」
「あっ、そうか……」
前にユウジに聞いた話を思い出す。
歌や楽器の自主練習は、特殊な防音設備がないと大きな音を出せない。
そのためユウジは放課後、定期的に有料の個室を借りているという。
しかも場所が離れた所にあるために、なかなか放課後は集まれないのだ。
「やるんやったら、ワイは何事も全力でやりたいタイプなんや。もう中途半端な人生は嫌なんや……」
チャラそうに見えるユウジだが、実は責任感が強い男。名前だけの在籍をためらっているのだ。
「そうだったんだ。それは困ったな……」
あと一人、ユウジの問題を解決できたら、三人で気持ちよく入部することが可能。
でも、この問題は、どうすればいいのだろうか?
「ふむ、そちらの金髪殿はミュージシャンなのか? それなら、奥にピッタリの部屋があるぞ。見てみるか、三人とも」
――――そんな時だった。
話を黙って聞いていた部長が、いきなり立ち上がり部室の奥へ向かう。
「えっ? 奥に?」
たしかに部屋の右奥には、入り口とへ別の扉がある。
でも、どこに繋がっているのだろうか?
とりあえず案内されるまま、全員で隣の部屋に行ってみることにした。
パチッ。
部長が隣の部屋の電気をつける。
真っ暗だった部屋の全貌が、一瞬で露わになる。
「ん? これは……?」
隣の部屋は変わった形状だった。
手前には色んな機材が置かれており、まるで何かの音響機材のようだ。
あと、大きなガラスで向こう側に、また別の部屋がある。向こう側の部屋には、スタンド方のマイクしかない。
随分と変わった形状だが、何となく見たことが雰囲気。
あっ……そうだ。
これは放送室……学校によくある放送室に似ているのだ。
でも、放送室とは微妙に違う。
あと、どうして、こんなにところに放送室があるんだろう?
そんなことを考えている時だった。
「――――な、な⁉ ど、どうして防音型の収録スタジオが、こんなところにあるんや⁉」
一緒に部屋に入ったユウジが、急に叫びだす。
いったい何を、そんなに驚いているんだろう?
たしかにびっくりしたけど、普通の放送室じゃないの、ここは?
「いやいや、ライタ、何を言っているんや! これを、よーく、見てみ⁉ この機材は音響収録用の専用機材なんやで! 少し古い型かもしれんけど、これ新品で揃えたら千万円越えクラスのプロ用の機材なんやで!」
「えっ? そんなに凄いものなんだ、これは……」
ユウジに説明を受けて、改めて室内を改めて見回す。
たしかに学校によくある放送室の機材とは、違うような気がしてきた。
この感じは覚えがある。
前世でもよく動画見ていた、声優さんやミュージシャンが収録するスタジオのような感じだった。
つまりユウジのいっている防音型の収録室なのだろう、ここは。
「おお……これは、少し古いが、ちゃんと動くで……あっ、こっちのマイクもあのメーカーのプロ用や……」
雰囲気的にユウジは音響機材マニアなのだろう。室内の機材を触りながら、何やら大興奮している。
「へー、そこまで凄い設備なんだな、これは。ん? あれ? でも、どうして、そんな本格的な設備がここに?」
一番の大きな疑問だった。
何故ならアイドル研究部は部員がたった一人しかいない部。
それなのに旧型とはいえプロ仕様の収録スタジオが、部室の隣にあるのだ。
いったいどういうことですか、部長?
「それでは種明かしをしよう。これはアイドル研究部の偉大なる歴代の先輩方が、残していった遺産なのである」
「えっ? 遺産? 偉大な先輩たち、ですか?」
「うむ、そうである。その昔、規模が大きかった当時に『先輩とOBたちが旧放送室を改造して、このような形になった』と吾輩は聞いておる」
部長の説明によると、堀腰学園アイドル研究部は数十年の伝統があるという。
OBは数百人以上にわたり、メンバーもそうそうたるもの。
数年前までは芸能科の生徒も入部していた。
そのためOBの現職は多種多様に渡り、アイドルや歌手、作詞作曲家、音響会社幹部、建築会社社長などがいるという。
そんな先輩とOBたちが当時、自分たちの業界の中古品を持ち込み、旧放送室を魔改造。後輩に遺産として残していった。
お蔭で旧式とはいえ『プロ仕様でガチ装備された防音型の収録スタジオ』が、部室隣に爆誕したという。
「なるほど、そうだったんですか……アイドル研究部は本当に凄い部活だったんですね」
「そうだな。だが残念ながら現在は吾輩が一人だけで、猫に小判状態である。だから、入部者には、ここを自由に使ってもいいぞ。金髪ユウジ殿?」
音響機材を興奮しながら触っているユウジに、部長は提案する。無償で使用可能だという。
でも、そんな単純なことで、ユウジは了承するのだろうか?
「――――は、はい! 喜んで入部させていただきますわ、部長はん! こんなプロ仕様の機材をタダで使えるなんて、これから毎日がまるで夢のようやで!」
だがオレの予想は見事に、嬉しい方に外れた。
満
面の笑みで……今までオレも見たことがないような笑みで、ユウジは即答。
音響機材にほおずりする勢いで、二つ返事で答えてきたのだ。
(あっはっは……ユウジは本当に音響機材のことが好きなんだろうな。ジャンル違いだけど、その気持ちはよく分かるよ)
オレも隣のアイドルだらけの部屋にいると、自然と笑みが浮かんでくる。自分が好きなモノに囲まれることは、何よりも幸せな時間なのだ。
「えーと、ということは。これで全員の入部の意思は固まったのかな? オレはもちろん入るけど」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします、部長さん、ライタ君!」
「もちろん、ワイもや!」
これで全員の意思が確認できた。
市井ライタと大空チセ、天道ユウジの三人。
芸能科の一年生三人で、アイドル研究部に正式に入部することにしたのだ。
(ふう……ちょっと色々あったけど、これで昼休みと放課後、オレの安住の地ができたぞ!)
A組での新生活が改善されるのは、まだもう少し時間がかかりそう。
だが明日からこれで少しは気が休まりそうな状況になった。
よし。明日の昼休み時間が、今から楽しみだぞ!
◇
◇
――――だが、この時のオレは知らなかった。
翌日の昼休み時間、早くもオレに事件が起こることを。
◇
◇
翌日の昼休み時間が、ランチタイムの開始の直後のことだった。
「――――ちょっと、あんた⁉ エリカ様に失礼じゃない⁉」
「D組からきた劣等生ごときが、生意気なのよ!」
「はやくエリカ様に謝罪しなさい!」
「そこに土下座するのよ!」
A組の美女数人に……鬼の形相となった“現役モデル軍団”に、オレは包囲攻撃されるのであった。




