第34話:ありがたい存在
芸能科A組への転入当日となる。
A組での新生活は、予想以上に多くの困難が待ちかまえていた。
(ふう……よし、あと60秒で、昼休み時間か……)
なんとか午前中をオレは乗り切ろうしている。朝の挨拶の時は、本当に不安で胸が一杯だった。
(午前中は長く感じたけど、なんとかなりそうだな……)
授業中は基本的に教師がいるので、クラスメイトはオレに辛辣に絡んでくることは出来ない。
また危険な休み時間は、前世で培った“陰キャモード”を発動。チャイムと当時に男子トイレに逃げ込む作戦をとっていた。
そのためクラスメイトの誰とも関わることになく、何とか午前中を乗り切ることが出来たのだ。
だが、そのためアヤッチこと鈴原アヤネと、一言も話しことは叶わなかった。今後に何とか彼女と接する作戦を考えないとな。
(あと、30秒で昼休みか……あれ? でも、昼休み時間は、どうしよう?)
堀腰学園の昼休み時間は、ちょっと長めで一時間もある。
さすがに“陰キャモード”で男子トイレ作戦も、一時間も隠れているのは不可能だろう。
かといって、辛辣&完全無視コンボの教室内で、たった一人で弁当を食べるのも心臓に悪い。
それらなら学食でランチをするか?
A組の生徒になった今なら、カースト制度な雰囲気な学食もオレは利用可能だろう。
(いや……それは、もっとキツイな……)
食堂には《六英傑》と取り巻きが、昼食時に常に固まっている。
あの特殊で重々しい雰囲気の中に飛び込むことは、オレにとって『北極の海の中に裸で一時間滞在すること』に同義だろう。
あと、あの天使のような笑みだけ、どこか怖いオーラの春木田マシロも、間違いなくオレに変に絡んでくるだろう。
とにかく教室内にも食堂にも、オレの安住の場所はないのだ。
(ということは……オレに残された選択肢は“一つ”しかない!)
キンコーン♪ カンコーン♪
そんな時、昼休み時間のチャイムが鳴り響く。
教師が挨拶をして、生徒たちは昼食タイムとなるのだ。
(“隠密モード”発動!)
直後、オレは前世で培ったスキルを発動。
弁当を持てってA組の教室を脱出、そのまま校舎裏へと向かう。
◇
「ふう……やっぱり、ここは落ち着くな」
校舎裏についてひと息つく。
ここは教室からの死角になっているから、芸能科の生徒からも見つからない場所。
まさにオレにとって安住の昼食の場所なのだ。
「さて、ここなら、一人で静かに一時間潰せるな」
前世から孤独な状態には慣れている。
厄介な雰囲気な教室で食べるより、孤独でも一人で静かに弁当を食べた方が何倍もマシだろう。
「ふう……あれれ? でも、なんか寂しいような気がしてきたぞ? もしかして、オレは弱くなったのかな?」
ふと、急に寂しくなってしまう。
オレは前世では考えられないほど多くの人たちと、今世では関わってきた。芸能科の人たちや事務所の人たちなど。
そのため一人で弁当を食べることが、急に寂しくなってしまったのだろう。
ふう……正直なところ、誰から一緒に話をしながら、楽しく弁当を食べたいものだ。
――――そんな寂しさに、押し潰されそうになった時だった。
「ん?」
人の気配を感じる。
誰かがこの安住の校舎裏にやってくるのだ。
こんな辺ぴな所に、いったい誰が来るのだろう?
「ラ、ライタ君!」
「ようやく、追いついたで、ライタ!」
「えええ⁉ チーちゃん⁉ それにユウジも⁉」
いきなりやってきたのはチーちゃんこと大空チセと、金髪のユウジ、D組時代の友人たちだった。
どうして二人が、ここに? しかも二人とも弁当を持って、どうして?
「ライタ君のことが心配になったので、昼休み時間にA組に行こうしたら……凄い勢いで駆けていく、ライタ君を見かけたんです」
「どうせ、お前のことやから、ここに来るってはずや。それで追ってきたわけや!」
ああ、なるほど、そういうことだったのか。
最悪なタイミングでA組に編入したオレのことを、二人とも心配してくれていたのだ。
「どうせ、最初は気まずいんやら? せやから、一緒にメシどうや?」
「よ、よかったら、しばらくの間、私たちと一緒にお弁当を食べませんか、ライタ君?」
更に昼食時の弁当を、校舎裏に集まって食べることを、二人は提案してくれる。
「えっ⁉ 二人とも……本当にありがとう……こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
『故郷と友は遠くにありて、想うもの』という言葉があったような気がする。
クラスが離れたことで、二人の優しさと心遣いに、今となって気が付く。
本当に嬉しい心遣いだ。
「それじゃ……」
「「「いただきます!」」」
感謝した後、三人で昼食会を開始。
食事をしながら、A組での今朝の出来ごとを話していく。
「……という訳で、予想以上にA組での反応はバチバチだったんだ。あと、天使みたいな美少年に、いきなり挨拶されてさ。名前はたしか……春木田……マシロ、君かな?」
「なんやて⁉ 春木田マシロってあの《六英傑》に、いきなり絡めれたんか⁉」
「うん、そうみたいだね」
ユウジは芸能科の情報通。
驚いているということは、もちろん彼のことも知っているのだろう。
そういえば春木田マシロ君は、どういうジャンルの芸能人なんだろう?
三菱ハヤト君とは違う種類だけど、同じように凄いオーラを発していたけど。
「お前は、あの春木田マシロ……《天使王子》を知らんのか⁉」
「えっ? 《天使王子》……?」
「その春木田マシロの二つ名や! 奴は今、日本の新人の中で……いや、若手の中でもトップクラスのアイドルなんやぞ!」
「ええええっ⁉ 春木田マシロ君って、アイドルだったの⁉」
まさかの情報に、思わず言葉を失ってしまう。
「あっ……でも、《天使王子》か……」
同時に納得もする。
彼の中性的な顔立ちと、発するオーラの全て。客観的に見たら、まさに男性アイドルの理想的な形の一つとも言えるのだ。
「そうか……彼はアイドルだったのか……」
「まったく……相変わらずライタは、よく分からなん奴やな? 芸能科におる奴で、春木田マシロのことを知らない生徒は、お前しかおらんで?」
「そうですよ、ライタ君! あの春木田マシロ君ですよ!」
「あっはっは……勉強不足で面目ない、二人とも」
オレには女性アイドルの知識しかない。しかも女性アイドルの中でも、ややジャンルの偏りもある方だ。
ちなみに演技や芸の勉強は、今世では幼い時から“見て”学んできた。
だがオレが“見てきた”のは彼らの演技やダンス、歌など、表現や技術の部分だけ。
そのため今世でも女性アイドル以外は、ほとんど芸能人の名前は知らない。
つまり今回のように、男性アイドルや女優、歌手など、他のジャンルの芸能人の知識は皆無。“女性アイドル特化型オタク”なのだ。
「まったく、ライタは凄いんだか、抜けているんだか、よう分からんやっちゃなー。まぁ、おもろいから、ワイは好きやけどな」
「そうですね。そのアンバランスさが、ライタ君の魅力だと私は思います!」
「ありがとう。でも、これからは、もう少し勉強していくね」
何しろ今までのアマチュアレベルのD組とは違い、A組はほぼセミプロ集団しかいない。
中には既に芸能界で表舞台にたっている者もいるのだ。
だから女性アイドル以外の知識も、人並みに身につけた方がいいのだろう。
相手の名前と顔、ジャンルを覚えるのは、人付き合いの最低限のマナーだろうし。
「二人ともありがとう。やっぱり友だちと話すことが出来るのは、気持ちがサッパリするね!」
「私でよかったら、いつでも声をかけてください。ライタ君のためなら、たとえ火の中水の中でも、すぐに駆けつけますから」
「ワイもいつでも誘ってくれて、ええで。でも、まぁ、実際のところ、ワイらにはもう少し室内で、ゆっくりできる場所が欲しいかもな?」
ユウジが心配そうに空を見上げる。
先ほどまで晴天だった空が、急に雨雲が押し寄せてきていたのだ。
天気のいい日は、この校舎裏でランチ会を開ける。
だが天気が悪い日や、寒い時季は、この校舎裏は使えないだろう。三人の雑談会に早くも問題が発してしたのだ。
「あっ、そのことなんだけど……実はオレに良いアイデアがあるんだ! 放課後に少し時間ある、二人とも?」
「えっ? はい、私は大丈夫ですが」
「ワイも大丈夫やで。でも、いいアイデアってなんや?」
「ふっふっふっ……それは後でのお楽しみさ! それじゃ、放課後にD組に迎えにいくね!」
こうして次に再会する約束をして、楽しいランチタイムはあっという間に終わる。
◇
その後の午後の授業も、午前と同じようにオレは対応していく。
キンコーン♪ カンコーン♪
授業の終了のチャイムが、無事に鳴り響く。
「みなさん、さようなら!」
オレは午前と同じように、隠密モードを発動してA組を脱出。
「お待たせ、二人とも!」
そのままユウジとチーちゃんを、D組に迎えにいく。
「さぁ、こっちだよ、二人とも!」
二人を引率して、校舎内を移動していく。
向かう先は、渡り廊下の向こう側だ。
「おい、ライタ。どこまで連れていくつもりや? というか、こっちは“普通科”やで? もしかして迷子になったんか?」
堀腰学園には芸能科以外にも、何個か科がある。
普通科はその一つ。渡り廊下を挟んで、少し離れた場所にあった。芸能科の生徒は、普通は用事がない場所だ。
「大丈夫、こっちで間違いないよ! オレが案内した部屋は、普通科にあるんだ!」
「えっ? 普通科に、来たことがあるんですか、ライタ君?」
「うん、ちょっと前に探検に来たんだ! あっ、見えた、あそこだよ!」
そんなことを説明している内に、目的の場所に到着。
放課後だというのに、誰もひと気がない場所だ。
「ん? この辺って、もしや……?」
「うん、そうだよ、ユウジ。ここは堀腰学園の“部室”がある場所だよ」
堀腰学園には、運動系と文化系の部活クラブが沢山ある。
そして入部は校則的に“どこの科”の生徒でも可能だった。
「お待たせ……ここがオススメの“聖域”だよ!」
目的の部屋の前に到着。
扉の部活名を書いた看板を、オレは誇らしげに指さす。
「聖域、ってなんのことや? ん? ここは“アイドル”……“研究部”? なんや、ここは? もしかしてライタ、お前……」
「うん、ここは《堀腰学園アイドル研究部》の部室だよ! ここに三人で入部しようよ!」
「なっ――――⁉」
「え――――⁉」
「それじゃ、中にいる部長さんを、紹介するね!」
こうして絶句したままの二人を連れて、オレはアイドル研究部の部室に意気揚々と入っていく。




