第33話:新たなる場所
今話より第二部となります。
よろしくお願いいたします。
芸能科A組への転入当日となる。
だが緊張して、今朝はバタバタ。寝坊してしまった。
「ふう……なんとか間に合ったぞ……」
なんとか遅刻ギリギリの時間で、校舎に滑りこむ。先生が来るまであと数分しかない。
もはや誰もいないA組の廊下の前で、呼吸を整える。
(さて、いよいよ“あのA組”に入っていくのか……よし! 最初の印象は三年間を決める、という言葉があるから、今回も元気よく挨拶をしよう!)
芸能科に転校してきた時と同じように。いや、それ以上の気合いを入れ、教室の扉を開ける。
教室の中を見回す前に、すぐさま朝一の挨拶をする。
「A組の皆さん、おはようございます! D組から編入してきた、市井ライタと申します! みなさんよろしくお願いいたします!」
頭を深く下げて、全員に聞こえるように挨拶をする。
これ以上ないくらい“高校生らしい元気な挨拶”ができたぞ。
し――――ん
だが教室内は、気まずいほど静まり返っていた。
ああ、これは……。
もしかしたら、またオレは滑ってしまったのだろうか?
(いや……この雰囲気は? もしかしたらデマのせいで、こうなっているのかな?)
先日の掲示板以降。
芸能科には『D組の最低野郎の市井ライタが、三菱ハヤト様を陰謀で退所と転校、国外追放に追い込んだ。そして制度を悪用して自分はA組に昇格する』という悪質なデマが流れていた。
《エンペラー・エンターテインメント》がハヤト君のハリウッド留学のことを公式発表したため、『国外追放した罪状デマ』もオレには追加されていたのだ。
(うっ……この視線は……転校してきた時と同じ。いや、あの時の数倍の辛辣だな……)
おそるおそる教室内を見回して、自分に突き刺さる視線に気が付く。
ジロり……ジロり……
A組の多くの人たちは、無言でオレのことを見ていた。厳しい視線ばかり。
怒り、憎しみ、恨み、 嫉み、攻撃性……そんな負の感情のオンパレードだ。
(うっ……怖いな、この雰囲気は……)
ここはD組とは比べものにならないレベルの美男美女そろいの組。その分だけ辛辣になっている彼らの表情に、恐怖すら感じてしまう。
「「「…………」」」
あと、クラス内には別の感情もあった。オレに一切視線すら向けてこない人たちも多いのだ。
彼らは最初から興味無さそうに、視線すらこっちに向けていない。つまり完全無視状態の攻撃だ。
――――辛辣な視線&完全無視
うっ……なんだ、この超気まずい連続攻撃は⁉
今回は意を決して、自分から進んでA組の荒波に飛び込んできた。
けど、このままで早くもオレの心は折れてしまいそうだ。
ああ……チーちゃんとユウジの笑顔が、早くも恋しくなってしまったよ。
とにかく誰でもいいから、この流れを変えて、助けて欲しい。
A組内で顔見知りを、必死で探していく。
(あっ……そうだ。アヤッチなら!)
アヤッチこと鈴原アヤネとは、D組の時も何度か話したことがある。
……といっても廊下でひと言二言だけだったが、可能性はゼロではないはずだ。
じ――――
だがアヤッチは不思議そうな視線で、オレのことを見ていただけ。
ああ……この雰囲気では、助け舟を出してはくれなさそうだ。
(あわわ……他に誰か……あっ、そうだ! それならドラマで共演した人たちは⁉)
先日のドラマ版『裏切り地獄教室』で撮影時、A組の数人……ハヤト君の取り巻き人と共演していた。
一応は共演仲間になるので、もしかしたら助け舟を出してくれるのでは?
ジロ! チッ! クソッ!
だが彼らの反応は、今までの中で最悪だった。『キサマのせいでオレたちのハヤト様が!』と、まるで親の仇でも向けるような殺気を放っていたのだ。
彼らはヘルプマンどころか、逆にヒットマン状態だった。
(あわあわわ……だ、誰か……誰でもいいから、助けて……)
――――そう絶望に陥った時。
パチ、パチ、パチ♪
誰か一人が、拍手をして歓迎してくれた。場の雰囲気を変えてくれたのだ。
おおおお、マジですか⁉
まさかの拍手で歓迎してくれた人がいた、だと⁉
これは本当に、嬉しい。
あっ……もしかしたらA組には、オレの隠れ同志でもいるのかな⁉ アイドルオタク仲間とか?
とにかく、いったいどんな人が、助けてくれたのだろう?
拍手の方に視線を向けてみる。
「――――ようこそA組に、市井ライタ君!」
拍手をしてくれたのは、一人の男子生徒だった。
満面の笑みでオレに近づいてくる。
「市井ライタ君だから……今日からは“ライっち”って呼んでもいいかな?」
「えっ? はい、もちろんです!」
やけに距離感が近い人で、軽い呼び方をしてくる人だった。
でも辛辣&無視の孤独の中にいたオレにとっては、まさに救世主様だ。
なんとでも好きなような、お呼びください。
(いやー、本当にいい人がA組にもいるんだな……あと、それにしても、この人は凄い美少年だな……)
間近で目にして、思わす感心する。
救世主様の身長はそれほど高くなく、体格も華奢な方だが、顔が整っており美男子だ。
女の子のようにまつ毛が長くて、肌が透き通り中性的な雰囲気がある。
ひと言で比喩するなら『まる天使のような美少年』だろう。
あと、全身からは何ともいえない芸能人オーラも発している。きっと凄い才能を持った人なのだろう。
(ん? あれ、このオーラは? この人、どこかで見たことがあるぞ……?)
オーラの感じに、ふと覚えがあった。
でもA組の男子では、オレが知っている人はほとんどいないはず。
他にいるとしたら……たしか……
「あっ、こっちの自己紹介が、まだだったね」
思い出そうとした瞬間、向こうから自己紹介をしてきた。
「ボクは春木田マシロっていうんだ。一応は《エンペラー・エンターテインメント》っていう事務所に所属しているんだけどさ!」
「えっ……」
まさかの事実に言葉を失う。
気さくに声をかけてきたのは《エンペラー・エンターテインメント》の人だったのだ。
そしてハヤト君が抜けた今、A組に《エンペラー・エンターテインメント》の人は“たった五人”にしかいない。
つまり、この人の正体は……
「あれれ? もしかしたらボクの顔を知らなかったのかな? そう《六英傑》なんて呼ばれている一人だよ!」
「っ……」
予想は的中、思わず言葉を失ってしまう。相手は芸能科1年のエリート集団《六英傑》の一人だったのだ。
(そういえば……この感じのオーラの人もいたな……)
《六英傑》は廊下や食堂で、何度か見たことがある。
だが、オレはいつもアヤッチのことしか見ていないので、他の人の顔を認知していなかった。
情報通のユウジと離れ離れになった今、オレの情報不足が露呈してしまったのだ。
(ん? で、でも、どうして、六英傑の人が、オレに助け舟を⁉)
まさか一番の敵視してくるはずの相手が、向こうから逆に接近してくるとは思ってもみなかった。
混乱したままオレは立ちつくしてしまう。
「ライっち、これからボクといっぱい“遊んで”いこうよ! これからは楽しくなりそうだね、ボクたちは! あっはっはっは……!」
春木田マシロの笑いが教室に響き渡る。
笑い声も天使の鈴のように澄んでいた。
(うっ……“この人”の笑い声は……)
だが目の前にいたオレだけは、なんとも言えない悪寒を感じていた。
背筋に冷たいモノが走り、全身の危険信号が警報を鳴り響かせていたのだ。
――――『こいつは危険な人だ』という警報を。
キンコーン♪ カンコーン♪
そんな時、助け舟のように、朝の開始の予鈴が鳴り響く。
「……よーし、それじゃ、朝のホームルームを始めるぞ」
担任がやってきて授業が始まる。
笑みの危険な美少年から、なんとか解放されたのだ。
(春木田マシロ……あと、このA組の状況……オレは本当にやっていけるんだろうか⁉)
こうして多くの不安を抱えたまま、A組での危険な新生活は幕を開けるのであった。




