第32話【閑話】三菱ハヤト視点
《三菱ハヤトの視点》
これはハリウッド修行に行くことを、三菱ハヤトが事務所に報告した直後の話である。
「……ということでオレ様はハリウッドに行かせてもらうぞ!」
彼の所属していた《エンペラー・エンターテインメント》は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
何故なら彼は普通の所属タレントではない。
《天才俳優》と呼ばれた才人であり、事務所がこれから全力で売り出そうとしていた英傑の一人なのだ。
マネージャーや幹部の全員が、必死で止めようとする。
「……分かりました。ハヤト君の意思は尊重しましょう。その代わり彼には系列の事務所に移籍。勉強留学ということで、マスコミには発表しておきましょう」
だが事務所社長の鶴の一声で、三菱ハヤトの留学は許可された。
《エンペラー・エンターテインメント》において社長の決定は絶対的。
これ以降、社員や幹部でも三菱ハヤトに苦言を申せる者はいなくなった。
◇
だが、そんな退所直前の三菱ハヤトに、苦言を直接言う者たちがいた。
彼らは同年代で事務所に所属したいた者……通称《六英傑》と呼ばれる者たちだ。
「ねぇ、ハヤト……どうして、あんたほどの男が、そんな馬鹿のことをするの⁉ 今からでも遅くないから、社長に謝ってきなよ⁉」
そう感情を露わにしているのは長身の美少女、《美女王》と呼ばれている“加賀美エリカ”。
《六英傑》の中でも彼女が認めていた一人の三菱ハヤト、その奇行に対して納得がいってないのだ。
「ねぇ、エリカさん。もう諦めてもいいじゃない? だってハヤトっち本人決めたことなんだし? もう六英傑じゃない彼のことは、ボクらには関係ないでしょ? あっはっはっは……」
天使のようの笑みを浮かべながら、そう毒づいているのは華奢な美少年。
《天使王子》と呼ばれている“春木田マシロ”。
前々から《六英傑》の中でも厄介だった三菱ハヤト、彼がいなくなることを喜んでいた。
「オレもハヤトには失望したぞ。もはやキサマのような愚か者は、我ら《六英傑》の一員だとも思わん。勝手にハリウッドでも、どこでものたれ死んでいろ!」
そう失望の厳しい言葉を出しているのは、屈強な体格で眼光の鋭い男。
事務所の特別室に今いる六人の中で、もっとも王者としてオーラを放っている者だ。
「まぁまぁ……三人とも、あんまりハヤトを責めないであげてください。彼にも事情があるのでしょう。あっ、そういえば……たしか『裏切り地獄教室』に出演してから、ハヤトが少しおかしくなったような気もします?」
そう仲裁しているのは丸い眼鏡をかけた長身の男。
柔らかい口調だが、その細い目の奥からは、彼の本心を覗くことはできない。
「あのD組の人……市井ライタっていう人と共演してから、ハヤトの色と音が、少し変わった気がする?」
そう呟くのは、少しポワっとした雰囲気の少女。
《超新星》と呼ばれている鈴原アヤネ。
三菱ハヤトの変化の違和感に、六英傑の中で唯一気がついていたのだ。
「その市井なんとかって、誰よ? そんな名も知られていないD組の雑魚に、どうして《六英傑》のハヤトが、ここまで影響を受けなきゃいけないのよ⁉ そんな馬鹿なことある訳でないしょ⁉」
「エリカさんの言っているとおりですよ、アヤカっち。ボクたち六英傑は誰よりもエリートじゃなきゃいけないんですよ? あっ、でもハヤトっちは、もう六英傑じゃないから関係ないか、今の話は? あっはっは……」
鈴原アヤネの言葉に反応したのは、《美女王》加賀美エリカと、《天使王子》春木田マシロの二人。
鈴原アヤネ以外はドラマ版『裏切り地獄教室』を見ていないため、ライタの存在すら今も認知していないのだ。
――――そんな時だった。
腕組したままずっと責められて続けていた男が、静かに口を開く。
「諸君ら、聞くがいい。この天才であるオレ様がハリウッドに行くのは、一人の“男”に出会ったからだ。このオレ様をもってしても、今の奴には敵わないからな」
「「「なっ⁉」」」
まさかの元六英傑の言葉の言葉に、何人かが声を上げる。
何故なら、この唯我独尊な《天才俳優》が、今まで他人を認めたことは一もない。
まして“男”として認める者が出現するとは、夢にも思っていなかったのだ。
「そしてお前たちも、近いうちに知ることになるだろう……市井ライタという男の大きさをな! それでは、さらばだ、諸君!」
そして三菱ハヤトは嵐のように事務所を立ち去っていく。
事務所の用意するセレモニーを全て拒否して、すぐさまハリウッド修行へと出発していくのであった。
◇
「あのハヤトが認めた……“男”ですって? そんなのこと、このわたくしは絶対に認めないわ!」
「へぇ……面白そうな話だったな。市井ライタっていう名前だっけ? 雑魚っぽい名前だけど、面白いオモチャが見つかったかもね、これで? あっはっはっは……!」
残された六英傑の五人の中、《美女王》加賀美エリカと、《天使王子》春木田マシロ。
A組に特別昇格してくるライタに対して、この二人は早くも強い感情を露わにするのであった。




