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第23話:特殊な現場の理由

 ネット配信の“学園ドラマ”の出演が決まる。

 撮影現場の蔭で共演者にイジメられていたのは、チーちゃんこと大空チセだった。


「あの子は、チーちゃん⁉ どうして、ここに⁉」


 まさかの少女の姿を発見して、思わず大きな声を出してしまう。

 何故なら彼女はアイドル志望。前世でもデビュー前に彼女が、学園ドラマに出た記憶はないのだ。


「えっ……ラ、ライタ君⁉」


 思わず大きな声を出してしまったことで、チーちゃんに気がつかれてしまう。目を大きく見開いて、かなり驚きながらオレを見てくる。


「あん? なんだ、お前は?」

「いきなり入ってきてお前、パンピーか?」


 更にイジメている人たちからも、注目を浴びる。

 オタクっぽい外見から、“撮影現場に侵入した一般人”と勘違いされてしまう。


 まずい……このままで警備員に通報されてしまう。ちゃんと自分の身の潔白を証明しないと。


「おはようございます! 申し遅れましたが自分は、ビンジー芸能に所属している市井ライタと申します!」


 初対面の共演者たちに、業界挨拶で自己紹介をする。これで不審者ないことは証明されたはずだ。


「……ああん? ビンジー芸能……だって、どこだ、そこ?」

「……そういえば、かなり弱小のところじゃない?」

「……なんで、そんな雑魚事務所の奴がまたきたの?」

「……そのオタクっぽい見た目だと、“あの役”の代じゃくじゃない?」

「……ああ、そういうことか。今回は何日もつか、また賭けようぜ」

「……きゃっはっは……ウケる」


 出演者たちは蔑んだ視線を向けながら、オレのことを嘲笑してきた。

 先ほどの控え室と同じように、弱小事務所のことを明らかに見下しているのだ。


「えーと、自分は途中からの撮影参加となり、不勉強なところもあるかと思いますが、今日はよろしくお願いいたします!」


 だがオレの心が折れることはない。

 ビンジー芸能が弱小事務所なことは事実だし、自分がオタクっぽい外見なことも事実。更に元気よく挨拶をかえす。


「はぁ、なんだコイツ、頭おかしいのかよ?」

「おい、雑魚オタク野郎、お前も覚えておけよ!」

「この現場ではハヤト様とオレたちには、逆らわない方が身のためだってな!」


 オレが空気を読めずに乱入したことで、今までチーちゃんに向けられた増悪感情“ヘイト”が全てオレに向けられる。


「おいおい、あんまり脅したら、せっかくの新しいオモチャ君が、また逃げちゃうぜ!」

「そうだな! はっはっは……」

「ねぇ、それよりも、お腹空いたから、こんな変な奴は放っておいて、ロケ弁を食べに行こうよ?」

「そうだな、こんな雑魚に構っても、時間の無駄だしな」


 先ほどのまでの緊迫した場の空気が、オレの挨拶で白けていた。出演者たちは撮影教室を出ていく。


 教室に残るのはオレとチーちゃんだけになる。これでようやく二人話ができる環境になった。


「ライタ君、助けてくれて、ありがとうございます……」


「えっ、助けた? ああ、そう意味か」


 結果として連中のヘイトがオレに向けられたことで、彼女を助けたことになるだろう。特にそんなつもりはなかったのだが。

 でもチーちゃんの立場が少しは改善されて、オレも嬉しい。


「あっ、そうだ! ねぇ、どうしてこんなドラマの現場にいるの⁉」


 今一番気になる問を訪ねてみる。

 どうしてアイドル志望の彼女が、ドラマの仕事を受けているのだろう?


「実は社長に、アイドル以外の色んな仕事をお願いしたんです……」


 小さなビンジー芸能では、アイドル部門と女優部門は垣根があまりない。本人の希望さえあれば、色んなジャンルの仕事にもチャレンジ可能だった。


 チーちゃんは自分で豪徳寺社長に希望を出して、今回のドラマの仕事が決まっていたという。


「なるほど、そうだったんだね」


 チーちゃんとは同じ事務所で、学園ではクラスメイトの関係。だが彼女の今回の話は知らなった。


「今まで教えていないで、ごめんなさい、ライタ君……」


「うんうん、気にしないでよ、チーちゃん。だって、うちは芸能科だから仕方がないよ」


 堀腰学園内では『お互いの今の仕事内容は、クラス内でも口に出さない』ことが良識とされていた。

 理由は『芸能界では作品の守秘義務が厳しく世界だから』だ。


 何しろ今はSNSなどで、誰でも情報発進できてしまう時代。

 事前にキャスティングの情報漏えい“お漏らし”があったら、作品の視聴率や売り上げにも悪影響を及ぼす。

 そのため公式発表があるまでは、たとえクラスメイトでも漏らしてはいけないのだ。


 今回のチーちゃんが今回の仕事のことを、オレに言ってないことは、むしろ正解だった。


「今も撮影していたってことは、チーちゃんはけっこう前から参加していたのだ?」


「はい、前々回から参加していました。ドラマの主人公のクラスメイトのチョイ役ですが……」


「チョイ役でも凄いよ! なにせアイドル志望のチーちゃんが、勉強のために演技の仕事にもチャレンジしているんだから! 本当に凄い頑張り屋さんだね!」


 表現力が大事なアイドル業にとって、女優の経験は必ずプラスとなるだろう。

 前世以上に努力しているアイドル大空チセに、思わず感動してしまう。


(ん? あれ? でも、どうして“チーちゃんは急に女優の勉強もする気”になったのだろうか?)


 感動しながら、ふと疑問に思う。

 前世では彼女は根っからのアイドル意識の持ち主だった。そんな彼女の意識を変えるほど、いったい何が今世で大きな影響を与えたのだろう?


「ありがとうございます、ライタ君……でも今の私はまだアイドルとして、女性としても“あの子”には全然敵わない……」


 ん?

 チーちゃんが強い意思を込めながら、何か覚悟を口にしている。


「だからライタ君の近くにいるために、私はもっと成長しないといけないの……」


 でもプライベートそうなことなので、あまりちゃんと聞かないでおく。


 とにかく今世の大空チセは、前世以上の進化をしているのだ。アイドルオタクとして、これ以上嬉しいことはない。


「あっ、そういえば。今は休憩時間みたいだから、お昼しながら現場の雰囲気を、教えてもらっていかな? オレ、代役で撮影途中参加組だからさー」


「えっ? はい、私でよければ。それじゃ……控え室は人が多いので、あっちの静かなところで、どうですか」


「了解!」


 先ほど控え室に戻ったら、またチャライ感じの共演者たちが沢山いる。


 チーちゃんの案内で、誰もいない大道具置き場に移動。

 ここなら二人でゆっくりと話せそうだ。


「改めてなんだけど、ここはどんな間の現場なの?」


 一番聞きたことは、出演者たちが異様に『俳優が少ない』こと。予算の少ないネット配信のドラマとはいえ、ここまで異様な雰囲気はないはずだ。


「ここだけの話ですが、豪徳寺社長から事前に聞いた話では、今回のドラマは少し特殊な環境らしいです……」


「えっ、特殊な環境?」


「はい。何でも製作には“主演の事務所”が大きく関わっているとか。だから系列のモデルや男性アイドルの人がコネで選ばれている……みたいです。私はよく業界のことは分かりませんが」


「ん? 主演の人の事務所の? ああ、そういうことか」


 チーちゃんの説明で、今回の違和感の理由を察する。

 なるほど、そういうことだったのか。


(今回の主演は《六英傑》の一人である《天才俳優(ジーニアス・アクター)》三菱ハヤト……つまり《エンペラー・エンターテインメント》が今回のドラマの裏にいる、ということか)


 《エンペラー・エンターテインメント》は業界でも最大級の規模を有する総合芸能事務所。

 その権力は番組の製作にも介入にできるほど強力だった。


 “いち芸能事務所が作品を牛耳るっている”……豪徳寺社長とミサエさんが言っていたように、今回は“特殊な作品”なのだ。


 それにしても一つの芸能事務所が牛耳るいびつな作品は、どうなってしまうんだ?


「あっ、そういえばチーちゃん、今回のドラマの台本って持っている?」


「えっ? はい、もちろん持ち歩いています……はい、これです」


 チーちゃんから台本を貸してもらい、表紙の作品タイトルを見てみる。これで少しは作品の情報が分かるかもしれない。


(作品名は……『裏切り地獄教室』……か。んん? ああ、これってたしか、人気漫画の映画化したやつだな)


 作品名を確認して、前世の記憶が浮かんできや。

『裏切り地獄教室』……映画版は観たことがないが、前世での評判を思い出してきた。

 公開後に、どういった評価が下された作品か? だんだん記憶がよみがえってくる。


(えーと、『裏切り地獄教室』の映画版の評判は……『《エンペラー・エンターテインメント》が、新人宣伝のためだけに作ったクソ映画』……だったよな、たしか?)


 前世での映画版『裏切り地獄教室』の前評判は、そこそこだった。

 出演者は顔が良くて、名前もそこそこ売れている人がほとんどだったからだ。


 だが公開直後の評価は散々なものだった。

 何故なら出演者の大半が、顔だけの素人モデルと男性アイドルだけの、大根役者だけ。

 原作の内容をぶち壊してしまったのだ。


 結果として映画公開後、漫画派のファンからはネットで総批判をくらう。漫画原作の先生にまで批判が飛び火して、先生はノイローゼになったはず。


 前世で映画版『裏切り地獄教室』が残した結果は、出演者したモデルや男性アイドルたちに箔をつけた、くらいだろう。


(なるほど……だから今回の共演者は、ほとんど《エンペラー・エンターテインメント》が売り出したい連中の集まり、なんだろうな)


 《エンペラー・エンターテインメント》にはモデルや男性アイドル事業にも力を入れている。

 今回のドラマは視聴率や興行収入など、最初からアテにしていない。

 彼ら新人の経歴に箔をつけさせるための“捨て番組”にすぎないのだ。


「そうか……今回の作品は『裏切り地獄教室』か……そういうことか」


 改めて今回の撮影現場の特殊な環境に、改めて実感する。ミサエさんが危惧してくれたように、予想以上に大変そうな現場だ。


「えっ……? も、もしかして、ライタ君、今回の作品名を知らずに、現場に来たんですか?」


 信じられないようなモノを見るように、チーちゃんは目を見開いて驚かれてきた。


「あ、うん、そうだよ。ほら、演技に入り込むために、余計な情報は一つでも少ない方がいいから、作品名はあまり観ないようにしているんだ、オレは」


 作品のタイトル名やあらすじは、時には余計な先入観を与えてしまう。

 特にオレは自分の役に没頭したい性格。そのためタイトルを確認しないで、今日は現場入りしていたのだ。


「『演技に入り込むために、余計な情報は一つでも少ない方がいい』……そうだったんですね、流石はライタ君です!」


「いやー、褒められることじゃないよ、たぶん」


 オレの演技スタイルは独学で自己流。チーちゃんは尊敬の眼差しで見てくるが、他人にはおすすめはできない。


「演技といえば、そういえば、チーちゃんはどんな役なの?」


「私の役は主人公のクラスメイトで“花子”という役名です」


「“花子”役……か。えーと、今回の作品での立ち位置はたしか……」


「あまり良い表現ではないですが、ライタ君の役と同じ『主人公とクラスメイトから蔑まれる役』で最終的には死ぬ役です……」


「ああ、そうか、なるほどね!」


『裏切り地獄教室』は学園ドラマを銘打っているが、その本質は実は『学園デスゲーム物』だ。


 ストーリーを簡単に説明すると、

『表面上は平和だったクラスが、ある日突然、デスゲームの場となる。クラスメイトと仲間が次々と殺され、死んでいくなか、主人公は生き残りをかけて戦っていく』

 という作品。


 そんな中でも今回のオレとチーちゃんの役は、作品でもクラス内の“汚れ嫌われ役”だ。


(オレたちが嫌われ役……なるほど、だからビンジー芸能から作品に潜り込めたのか)


 超大手の《エンペラー・エンターテインメント》にとしては、自分のタレントに汚れ役を演じさえる訳にいかない。

 そのため他に配役を回し、弱小事務所であるビンジー芸能から、オレとチーちゃんが入ることができたのだ。


「ですから、少し言いにくいのですが、私やライタ君へは、かなり風当たりは強いと思います……」


 チーちゃんが泣きそうな顔が、これまで二週間の彼女の苦労を現していた。


 彼女がイジメられていたのは、さっきが初めてではない。若く未熟なタレントたちは、スタッフの見えないところで、陰湿なイジメをいたのだろう。


「特にさっきの雰囲気だと、たぶん私の代わりに、今度はライタ君が標的になっちゃうかも……ごめんなさい、ライタ君……」


 チーちゃんは申し訳なそうに、更に悲しみに落ちていく。このままで大粒の涙がこぼれ落ちてしまう。


 これはマズイ!


「チーちゃん、元気をだして! オレって芸能科でも、そういうのは気にしないタイプじゃん? だから。ほら、今もこんな風に笑えるから、元気出してよ!」


 チーちゃんを元気づけるために、オレは急遽“凄く変な顔”をする。

 これは今世の演技トレーニングの中で身につけた顔芸の一つ。名付けて『変なくにょくにょマン』を演じる。


「えっ? えっ⁉ ぷっぷっぷ……ご、ごめんなさい、笑っちゃって……でもライタ君の顔があんまりにも面白くて……」


「いやいや、こういう時は笑ってくれた方が、オレも助かるよ!」


「えっ……『笑った方が助かる』……?」


「うん、もちろんさ! だってチーちゃんには笑顔の方が、良く似合うからね! 悲しい顔をするのは『俳優として演技する時』だけで十分さ!」


「私には……『笑顔が良く似合う』……『悲しい顔をするのは俳優として演技する時』だけ……はい、分かりました、ライタ君!」


 チーちゃんに笑顔が戻る。


 これは前世でトップアイドル時代、彼女がいつも見せていた笑顔。


 ――――いや、前世の大空チセですら見せていなかった、更に輝いている眩しい笑顔だった。


(良かった、チーちゃんに元気が戻って)


 正直なところ、どうして彼女がこんなにも前世以上の笑顔になっているか、オレには理由は分からない。

 だが推しの一人が急成長して瞬間に立ちあえて、アイドルオタクとして何よりも嬉しい。


「ライタ君……」


 ……そんな温かい雰囲気の時だった。


「……出演者の皆さん、そろそろシーンBの20の撮影となります! 該当者の方は、《2年3組の教室スタジオ》に集合してください!」


 スタッフの指示の声が、廊下に響き渡る。

 いつの間にか休憩時間が終わり、午後の撮影が始まるのだ。


「ん? シーンB20……ああ、オレの出番があるな。いかないと」


 頭の中にある“自分用の台本”を確認する。

 いよいよドラマの初撮影の出番がきたのだ。


「出番はないけど、私も見学に行っていいですか?」


「えっ、うん。もちろん大丈夫だよ! それなら一緒にいこう」


 チーちゃんに見学されるのは、少し恥ずかしいが、嬉しくもある。

 二人で次の撮影今日教室に移動していく。


(えーと、B20のシーンは……)


 移動しながら頭の中の台本を、詳しく検索。

 どんな場面で、どんな共演者がいるか、どんどん思い出していく。


(ん? シーンBの20って、たしか……)


 共演者の名前が思い出し、“とあること”に気が付く。

 今回オレは“ある人物”と共演しなくてはいけないのだ。


 ――――そんなことを気がついた時だった。


「……おい、そこをどけよ!」


 後ろから、いきなり罵声を浴びせられる。いつの間にか数員の集団が移動してきていたのだ。


「邪魔なんだよ、この雑魚オタク野郎が!」

「ヤハト様がお通りなんだよ!」


 振り向くとそこにいたのは、先ほどチーちゃんをイジメていた連中。

 《エンペラー・エンターテインメント》系列の子会社事務所に所属している人たちだ。


「あっ、すみません。どうぞ……」


 ここで争っても意味が無い。すぐに道を譲る。


(ん……『ヤハト様がお通り』だって?)


 そんな時、移動してくる集団の後方にいた人物……一人だけオーラを発している男性がいることに、気が付く。


(あれは……三菱ハヤト。今作品の主役で、次のシーンでオレの共演者……か)


 シーンBの20は『オレが演じる汚れ役と、主人公である三菱ハヤトが初めて絡む場面』。

 初ドラマの初シーンで、いきなりの因縁の《六英傑》の一人との共演だったのだ。


「……ん?」


 しまった!

 三菱ハヤトと視線が合ってしまった。


「何をガン付けているんだ、そこのオタク雑魚がぁ⁉」


 こうして《天才俳優(ジーニアス・アクター)》三菱ハヤトと撮影現場で対峙するのであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヤハトさまのお通りだぁと言っていますが、ハヤト様ではないでしょうか
[気になる点] ヤハト様がお通りなんだよ! (ん……『ヤハト様がお通り』だって?) ハヤトがヤハトになってました。
[一言] チーちゃん?の笑い方で「ぷっぷっぷっ」じゃ印象が悪いから「ぷっ、あはは」が良いかなと思いました。これでも印象が悪いかもしれないですが「今までの主人公たちをバカにする笑い声が「ぷっぷっぷっ」だ…
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