第22話:新しい現場
次なる仕事、ネット配信の“学園ドラマ”の出演が決まった。
仕事の話をミサエさんから聞いてから、日が経つ。
いよいよ仕事当時となる。
「ライタ君、ここが今回の撮影スタジオよ」
専務のミサエさんが運転するワンボックスに乗せられて、前回と同じように撮影現場に到着。
場所は都心からそんなに遠くない、開けた場所だ。
「おお! ここが今回の仕事場……ん? あれは、高校? 校舎そのまま撮影スタジオなんすか、ここか?」
ワンボックスから降りて気が付く。
やってきたのは“ザ・高校”といった外観の建物。だが生徒が通っている様子はなく、普通の校舎とは少し雰囲気が違う。
ここはなんだろう?
「ここは廃校になった校舎を、そのまま撮影スタジオとして貸し出している場所なのよ、ライタ君」
業界に詳しいミサエさんが、建物を説明してくれる。
「なるほど、そういうことですか」
校舎丸ごとの撮影は、日本のドラマなどで使用頻度が高い。
だが普通の学校の校舎を借りるのは、曜日や時間の制約が厳しい。
そのためこうした廃校を丸ごと撮影スタジオした場所に需要があるのだろう。学園モノの撮影が多い日本ならでは文化なのかもしれない。
「それじゃ、ライタ君。あっちが関係者入り口みたいだから、移動しましょう」
「あっ、はい。分かりました」
オレにはまだ専門のマネージャーが付いていない。専務であるミサエさんに同行してもらう。
今回はミサエさんが頼りしていますよ。
「そういえばミサエさん、今回のドラマでオレは、オーディションは無かったですよね?」
移動しながら、ふとした疑問を聞いてみる。
ドラマの出演者を選ぶ時は、事前にオーディションがあるのが普通。だが今回のオレはいきなり出演が決まって、現場にやってきている。
なにか事情でもあるのだろうか?
「うーん、そうね。今回のドラマはちょっと特殊な方式だから、出演者は誰もオーディションを受けていないわ」
「えっ? 特殊な方式……ですか?」
「分かりやすく説明するなら、推薦で集められた、っていう感じね。ちなみに今回は急に出演者の一人が体調不良になって降板。江戸監督からライタ君への推薦があって、今回はウチの事務所に声がかかったのよ」
「あの江戸監督が、オレを推薦した……ですか?」
まさかの名前が出てきて、思わず聞き返してしまう。
たしかに前回のCMで一緒に仕事はしたけど、気に入られるような会話をした記憶はない。
それどころか、たった1分程度の撮影を1回しかしていない仲なのだ。
「そうよ、あの江戸監督からよ。“ライタ君の演技は規格外すぎ”て私は判断できないけど、江戸監督はかなり気に入っているみたいよ」
「なるほど、そうだったんですね。それは有りがたいですね!」
芸能界で一番大事なのは『人と人の繋がり』、またの名を“コネ”だと言われている。
たった一回の短い仕事でも評価してくれた江戸監督に、心の中で感謝しておく。
正直なところ、どうしてそんなに高く評価されているかは分からない。
けど監督の顔に泥を塗らないように、今回の仕事は頑張らないとな!
「……あのね、ライタ君。そんなに気合が入っている時に水を差すようなんだけど、今回の撮影現場は普通のドラマとは違うから……あまり意気込み過ぎて、ガッカリしないでね」
「え……どういうことですか?」
「それは……撮影が始まったら、キミだったら分かると思うわ。あっ、そこの入り口よ」
話をしていたら入り口に到着していた。教員用の玄関が、そのまま撮影者の入り口となっている。
入ってすぐの空き教室に『スタッフルーム』と張り紙があり、スタッフらしき人たちもいた。
今は昼前で、すでに午前中の撮影が行われている最中なのだろう。
「それじゃ、私は監督さんたちに挨拶にいってくるから、ここから先は一人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です。では、いってきます!」
ミサエさんの注意喚起は気になるけど、指定された集合時間は迫っていた。
オレは気持ちを切り替えて、靴を履き替えて校舎の中に入っていく。
スタッフの控え室前にそのまま直行。
よし、今回は本格的なドラマの撮影だ。
気合を入れて挨拶をしよう。
「おはようございます! ビンジー芸能に所属している市井ライタです! 今日はよろしくお願いいたします!」
芸能界では昔からの風習で、朝に限らず昼でも真夜中でもあいさつは「おはようございます」。
スタッフルームにいた全員に聞こえるように、オレは気合いを入れて挨拶をする。
「「「…………」」」
全員の視線がオレに向けられる。
だが誰からも返事はない。
むしろ奇妙な雰囲気になる、室内はシーンと静まり返ってしまう。
あっ……まずい。
転校当日と同じように、勇み足でやってしまった感がある。
「あ……⁉ ビンジー芸能の市井ライタ君ね。よく来てくれました」
そんな中で少し間を置き、一人だけ反応してくれた男性がいた。
「自分は今回のアシスタントプロデューサーの冬樹です。今日からよろしくお願いいたします。ちなみに出演者はあっちの控え室です」
駆け寄って声をかけてれくれたのは、アシスタントプロデューサーの冬樹さん。
“アシスタントプロデューサー”はたしか撮影現場で出演者のアテンドや、撮影スケジュールの調整をする担当者だ。
撮影現場で出演者がスムーズに撮影に臨めるように準備してくれる存在。冬樹さんは三十代前半の見える、やたら頭の低い男性だ。
「あっちが出演者控え室ですか。はい、分かりました!」
「ず、随分と元気だね……あの気難しい江戸監督が急に推薦してきた代役だから、どんな子かと思ったけど……はぁ……」
冬樹さんは何やらブツブツ言いながら、困ったような表情で見てきた。
もしかしたらオレの声が大きすぎで、他の教室で撮影中なのかもしれない。今後はもう少し気を付けた方がいいかもしれないな。
そんなことを思いながら指定された場所に移動していく。
空き教室の前には『出演者控え室B』と張り紙ある。中には若い男女が何人いた。
よし。またちゃんと挨拶をしていこう。
「おはようございます! ビンジー芸能に所属している市井ライタと申します。今日はよろしくお願いいたします!」
先ほどの失敗を糧に、ワントーン音量を下げて業界挨拶をする。これで今度は反応してくれるだろう。
「「「…………」」」
だが共演者から返事はない。先ほどの同じように無言の反応だった。
いや……よく聞くと、無言ではなかった。
「……ねぇ、ビンジー芸能って、聞いたことある?」
「……ほら、たしか弱小のところじゃない」
「……はぁ、まったく雑魚がまた来たのか」
「……でもパッとしない奴だから、パシリ係りにはちょうどいんじゃねぇ?」
「……きゃっはっは……ウケる」
若い出演者たちはスマートフォンをいじりながら、冷たい視線を向けてくる。グループごとに別れながら、オレのことを嘲笑してきた。
(うっ……やっぱり、こんな反応なのか……また)
芸能界では事務所の力関係はかなり重要な要素。若い人たちは、ここまで陰湿な雰囲気を向けてくるのだ。
(まぁ……でも、これは想定していたことだ。あまり気にしで頑張るか!)
陰湿な雰囲気は、芸能科の日々の暮らしで慣れていた。今回も共演者からの辛辣な態度は、逆に自分の演技の糧としてプラスにしていくつもりだ。
無名な新人のオレは反論などしない。自分の出番で全力を尽くして、作品に貢献するしかないのだ。
気持ち入れ替えたところで控え室を見回す。
(それにしても流石芸能界の現場……若くてイケメンで綺麗な人が多いな)
今回は学園ドラマなために、出演者たちはオレと同じ十代くらいが多い。全員がモデルのような整った顔立ちをしている。
女性はモデルのような雰囲気で、男性はモデルと若手アイドルが多い雰囲気。もしかしたら有名な人もいるのかもしれない。
でもオレは女性アイドル専門オタクの知識しかないなので、申し訳ないが誰のことも知らないが。
(……ん? なんだ、これは?)
控え室を見回して、何か違和感を察する。
なんというか……出演者の雰囲気が、なんか変なのだ?
(あれ……この人たちって、もしかして俳優や女優じゃない……ぞ⁉)
待機している出演者たちは、生粋の俳優たちではなかった。おそらく本業はモデルや男性アイドル、そういった畑違いない。
上手く説明はできないが“オレの直感”がそう告げていたのだ。
(えっ? これって、どういうこと? 今回はドラマの撮影なのに、俳優の人がいない?)
まさかの違和感の原因に、一人で混乱してしまう。明らかに場違いな中に、オレは放り込まれた状況なのだ。
(あっ……そうだ。さっきのアシスタントプロデューサーの冬樹さんに、こっそり聞いてみようかな)
まだ自分の出番はなさそう。事情を聞くため廊下に出ていく。
「えーと、午前の撮影は、これで以上になります。あと、時間調整のために、出演者の皆さんはこれから休憩に入ってください!」
廊下にスタッフの大きな声が響く。
雰囲気的に別の教室での撮影が、たった今が終わったところなのだろう。出演者は休憩タイムだと指示がある。
ざわ……ざわ……
休憩時間となり、撮影教室からスタッフが沢山でてきた。おそらくあそこで今まで撮影していたのだろう。
(ドラマの撮影現場か……どんな感じなんだろう?)
撮影が終わったばかりの教室に、興味がひかれて向かう。中をこっそりと覗き込む。
大人のスタッフは既に別の場所へ移動後。残っているのは数員の若い出演者だけだ。
(あの人たちが他の出演者なのか……ん? あれ……なにか怒られている人がいるぞ?)
教室に残っていたのは、制服を着た数員の若者。その中でも“一人の女の子”が、数員の男女に怒られている最中だった。
「……お前のようなドンくさい素人のおかげ、こっちが迷惑しているのよ!」
「……まったくこれだから弱小事務所の奴は使えないわね!」
「……ハヤト様に金輪際、迷惑をかけるんじゃねえぞ、このクズが!」
うわ……かなり険悪は雰囲気だ。
状況的に一人の少女は、数人の共演者からイジメに近い仕打ちを受けている。
(これは流石に度過ぎて、あの女の子が可哀想だな……えっ、あの子は⁉)
イジメられている少女の顔を見て、思わず声を出しそうになる。何故なら顔見知りだったかからだ。
「あの子は、チーちゃん⁉ どうして、ここに⁉」
共演者にイジメられていたのはクラスメイトの少女、チーちゃんこと大空チセだった。
でも彼女はアイドル志望であり、どうしてこんなところでドラマの撮影をしているんだ⁉




