第20話:反響
撮影から二週間が経ち、事務所に顔を出す。
待ち構えていたのは大慌てしている専務のミサエさんだった。
「あああ、ライタ君⁉ 聞いてよ! あのCMが、今とんでもないことになっているのよ⁉」
えっ……初仕事のネットCMが、大変なことになっている?
もしかしたらオレの演技は大失敗。何か問題を起こしてしてしまったのだろうか?
「ど、どういうことですか、ミサエさん? もしかしたらオレ、何かの損害賠償を⁉」
芸能界では守秘義務など、色んな仕事の契約書が存在している。
その中でも厳しいと知られているのは、CM出演者の契約書。
CM出演者が不倫や薬物などで法を犯した時に、莫大な損出賠償金を請求される話も少なくないのだ。
「すみません、ミサエさん……今回の賠償金は一生をかけても支払っていきます!」
CMの損害金額は数千万、時には数億の単位もなるという。
いくら今回がマイナーなヘッドフォンメーカーのCMとはいえ、数百万以上の損害賠償は覚悟しておかねばならない。
「えっ? なにを言っているの? そういう“とんでもない”じゃないのよ、今回は逆よ!」
「へっ……逆? どういう意味ですか?」
「説明するのもアレだから、とりあえずこの数値を見てちょうだい!」
急かされて見せられたのは、彼女のパソコンの画面。
表示されていたのは日本最大手の動画サイト、“ユーチューベ”のアナリティクスの画面だった。
“アナリティクス”というのは自分のチャンネルや動画の統計情報を、確認できる機能だ。
具体的には自分の動画の、“視聴回数”や“ユーザー層”などが正確に確認できる。
アイドルオタクとしてネット鑑賞を趣味としていたオレには見慣れた画面だ。
「えーと、これは先日のCMのアナリティクスですね……」
表示されていたのは先日のヘッドフォンメーカー、ユーチュー公式チャンネルのデータだった。
おそらくクライアントから送られてきたスクショデータだろう。
機密情報もありそうなので、まだあまりガン見しないでおく。
「これがどうしたんですか? もしかしたら“5秒スキップ”連発で……“爆死”したとかですか?」
TVのCMとは違い、ユーチューベのCMは少し特殊。
強制的に見せられるCMは5秒間だけで、“スキップ”で飛ばすことも可能なのだ。
一般的に“5秒スキップ”された率が高いCMは、ネット業界ではインパクトが薄い失敗作“爆死”されているのだ。
おそらく今回のオレの初仕事も、あり得ないくらいに高い率で“5秒スキップ”されて、爆死認定をされてしまったに違いない。
「な、何を見ているのよ、ライタ君! この“非スキップ率”の項目を見てよ!」
「えっ……非スキップ率の項目ですか? ん……92%?」
初めて見る高い数値が記載されていた。
でも高そうに見えるけど、実際のところどうなのだろうか?
あっ、もしかしたら業界CMでは、これは低い方なの可能性もある。だから喜ばないでおこう。
「な、何を言っているの、ライタ君⁉ 92%なんて高打率は今まで見たことがないわよ!」
「えっ、そうなんですか? それは嬉しいですね。有りがたいですね」
なるほど業界でも高い率だったのか。一安心する。
これもきっと、映像クリエイターの江戸監督のお蔭。監督が上手く編集してくれたので、視聴者に刺さったのだろう。
心の中でもダンディーな監督に感謝しておく。
「ちょ、ちょっと、ライタ君、どうして、そんな他人事なのよ⁉ あと、こっちの数字も凄いのよ!」
「えーと、これはCM単体の視聴回数ですか……」
ユーチューベの視聴回数は、よく知られている数値。
再生回数が多いことは、コンテンツの人気が高く、チャンネルの収益にも繋がっているのだ。
そのためオレも推しのアイドル公式チャンネルを、毎日のようにエンドレス再生している。
今回の場合は、自分のCMの再生回数を確認してみる。
「ん? CM動画本編の再生回数……92万再生……か。ちなみにこれは、業界的にはどうなんですか?」
数字を見ても、いまいち判断できない。ミサエさんに確認してみる。
「な、なに、その冷めた反応は⁉ あの予算のマイナーCMなら、千回を超えたら御の字。一万再生を超えたら、かなりのヒットなの! つまり公開1週間でちょっとしか流していないCMが、92万再生もしているのは、とんでもい大ヒットなのよ⁉」
「なるほど、そうなんですね」
ミサエさんに説明されて、少しだけ実感する。
今回のCMは低予算のために、それほど多くの回数はCMとして流れていない。
だがCMの好評だったために、切り抜きサイトが作られて、それがバズっているのだろう。
結果としてヘッドフォンメーカーの公式チャンネルのCMの再生数が、こうして爆上がりしているのだ。
ようやく事態を把握できた。
「ず、随分とまた冷めているのね、ライタ君⁉ あと、こっちのメールも見てちょうだい! CMのお蔭で、あのヘッドフォンの注文が増加して、生産が追いつてないみたいなのよ!」
「おお、そうなんですか。たしかに、あれは良い品だから、嬉しいですね」
実は撮影した翌日、撮影に使ったヘッドフォンを献品として貰っていた。家で実際に使ってみたところ、本当に音質が良い品だった。
アイドルオタクであるオレは音質にもこだわっている。良質なヘッドフォンが評価されたことは、正直な気持ち嬉しい。
「いやー、これもすべて江戸監督のお蔭ですね」
「たしかに、そうかもしれないけど、バズってるのと、売れている一番の理由はライタ君なのよ!」
「へっ? オレですか?」
「そうなのよ! あのCMの件でメーカーに一番多い問い合わせは、“あなた自身”のことなのよ⁉」
「どういうことですか?」
「一番多いのは主演者への質問なのよ!」
今回のCMはコンセプト的に、顔が映らないように撮影されていた。実際に顔が映っていたのは、オレの鼻から下の部分だけだ。
あと全身も後ろ姿だけ。公式ページのクレジットにも、演者の名前などは一切載っていない。
ミサエさんの説明によると、質問のほとんどは『CMの子は誰ですか⁉』と『CMの子は少女に見えるけど、男性にも見える、でもやっぱり少女にも見える。いったいどっちなんですか⁉』という感じらしい。
メーカーの分析によると『最初の五秒だけで、主演者が不思議な魅力のインパクを与えたためにCMがバズっている』と書かれているのだ。
「なるほど、そういうことなんです。なんか恥ずかしいですね」
一応はプロの芸能人だが、まだ芸能人であることに慣れていない。
自分の初仕事が多くの人の目に触れられて、嬉しくも有り、恥ずかしくもある。
「あっ、もしかして、オレの名前の公式発表とかありますか、今後は?」
「残念ながら、ないわ。メーカー側からも『主演はビンジー芸能所属の俳優です』って公式発表したいらしいけど、ウチの社長から断っているのよ。社長いわく、何か広告戦略があるみたいだけど、私も歯がゆいわ……せっかくウチの事務所とライタ君を宣伝する絶好の機会なのに」
なるほど、そういうことか。
今回はあえて出演者の名前は発表しない、豪徳寺社長の戦略なのか。
何しろ今のネットの世界では、“謎”にすることが逆にバズり要素になる場合もある。
おそらくは社長もあえて演者の名前を出さないことで、今後も拡散させる戦略なのだろう。
「せっかくのチャンスなのに、ごめんね、ライタ君……」
「いえ、オレは大丈夫です。マネージメントは事務所に一任しているので」
オレはアイドルオタクだが、業界の経営戦略に関しては素人。だから今回のことも社長に一任だ。
……というか、正直な気持ち、ちょっとだけホッとしている。
何しろいきなり初仕事がバズってしまい、顔バレがするのが少し怖かったのだ。
今はまだ家の近所や学校では、ちゃんと芸能人であると認識されてはいない。
できれば段階を踏んでから、メディアには露出していきたいのだ。
「そうなのね……そこまで事務所を信じてもらえると、こっちも助かるわ。あとライタ君、仕事用の口座も早めに作って、教えてちょうだい」
「えっ、はい。ん……あれ?」
仕事用の口座はギャラの振り込みに使われる。でも最初の説明では実際に使うのは、もう少し後でもいいはず。
何か急ぐ事情ができたのだろうか?
「CM撮影の契約書にも書いてあったと思うけど、今回のCMは“基本ギャラ+出来高払い”なのよ。だから今の再生数とヘッドフォンの爆売れの感じだと、かなりの追加金がウチに支払いになるわ。だからライタ君にも特別ギャラがふり込みなるのよ」
「なるほど、そういうことなんですね」
今の時代は色んなギャラ支払い形態がある。今回は基本ギャラに、既定の回数を超えた再生数に応じて、メーカーから追加のボーナス的な支払いがあるらしい。
「家に帰ったら、父に伝えておきます」
今の自分は未成年者なので、通帳関係は父親に任せている。
ちなみに今回のオレへの基本撮影ギャラは“一桁万円”ぐらいだったので、特別ギャラも同じくらいだろう。
あまり期待しないでおく。
「ふう……こんなに凄いことが起きているのに、ライタ君はあんまり実感していないわね?」
「いやー、そうですね。正直なところ実感はゼロですね」
「やっぱりね。でも今後は私生活も気を付けてね。予想以上の反響になっていきそうだから」
「はい、分かりました。口にチャックをして気を付けていきます!」
今回のCMの主演は、市井ライタであることは、事務所スタッフでも口外しない。
豪徳寺社長の戦略の従い、オレも家族や友達にも言わないでおくことする。
(まっ……でも92万再生って、いっても、日本人口から比較したら、ごく少数の人しか見ていないから、オレの周りでは見ていない人がほとんだろうな)
そんな感じ楽観的に事務所を後にする。
◇
◇
――――だが数日後、オレの予想は見事に外れてしまう。
いつものように登校した学園の様子がおかしいのだ。
「おい、ライタ! お前、あの噂のCMを見たか⁉」
「へっ、なんのCM、ユウジ?」
「あのヘッドフォンのCMに決まっているやろう! この芸能界でも話題で持ち切りなんやで⁉」
朝一の教室、金髪の友人ユウジからの話で実感する。
本人が知らない間に、とんてもなく大きな反響になっていたのだ。




