第18話:本格始動
アヤッチのいるA組に登るため、一年以内の特別昇格をすることを決意する。
決意の炎を燃やしたまま放課後、オレはビンジー芸能にやってきた。
「……という訳で、一年以内にA組に特別昇格するために、なんか仕事をください、社長!」
事務所にはちょうど豪徳寺社長がいた。
今回のいきさつを簡単に説明して、オレに芸能人としての仕事がないか聞いてみる。もちろん逆行転生のことは誰にも内緒だ。
「ちょ、ちょっと、ライタ君⁉ あなた、何を言っているの⁉」
だが答えてきたのは、事務所にいた専務のミサエさん。目を見開いて何やら驚いている。
いったいどうしたのだろう?
「今の話を聞いていたけど、『一年以内に“地上波ゴールデンタイム・レギュラー出演”や“日本オリコンランキング一位”できるような仕事がしたい!』って、どう意味なの⁉ あなたは、まだデビューもしていない無名中の無名なのよ⁉」
なるほど、そのことに驚いているのか。これはオレの言葉不足が招いた誤解。もう少し詳しく説明をしないと。
「はい、ミサエさん。自分が無名な新人なことは自覚しています。なので、もちろん“新人らしく段階を踏んでステップアップ”していくつもりです。ですから計画的に仕事をしていくつもりです。その最終段階で、具体的には今年の末までに、一年以内に“地上波ゴールデンタイム・レギュラー出演”か“日本オリコンランキング一位”の仕事ができるようになればOKです」
アヤッチこと鈴原アヤネの今世での亡くなる日は、来年の3月14日。その前になんとしてもA組に昇格したいのだ。
「『新人らしく段階を踏んでステップアップ』『計画的に』って……な、何を言っているの、ライタ君⁉ そんな計画は例えるなら『階段を10段飛ばしで屋上まで上がっていくようなもの』……いえ、『高速エレベーターで一気にスカイツリーの展望室にいくようなもの』なのよ⁉」
「えっ? そうなんですか?」
アイドル以外の芸能界については、オレは正直なところ情報にうとい。そのためミサエさんが驚いている理由が、まだ理解できずにいたのだ。
でも彼女は芸能事務所のプロ。もしかしてオレの計画は“絵に描いた餅”で、達成不可能な計画なのだろうか?
「ガッハッハ……そうか、やる気を出してくれたのか、ライタ!」
そんな時だった。
ずっと無言だった強面の男性、豪徳寺社長が口を開く。豪快に笑いながら、何やら嬉しそうにしている。
「よし、それならこのオレ様に任せておけ! 一年以内にゴールデンタイムの番組に立たせてやるぞ!」
「おお、本当ですか社長⁉ ありがとうございます!」
まさか社長に太鼓判を押してもらえるとは、思ってもみなかった。
豪徳寺社長の手腕はよく分からないが、業界内ではけっこうな人物らしい。金髪の友人ユウジも認めていたくらいなので、期待はできそうだ。
「ちょ、ちょっと社長⁉ いいんですか……⁉」
そんな中、ミサエさんが社長と何やら話を始める。
真面目そうな話なので、内容は聞かないでおく。
「そんな安請け合いしていいんですか⁉ たしかにライタ君は才能がある子かもしれないけど、芸能界は才能だけ売れない世界なことは、社長もご存知はずです! むしろライタ君は長期的な育成ビジョンで売り出していくべきです!」
「そうだな、たしかにミサエちゃんの言っていることも一理ある。だがライタみたいな奴は、定石で売り出していこうとすれば、逆に遠回りになるぜ。だから少し荒っぽい方法でいった方が、上手くいくもんだぜ、こういう時は?」
「少し荒っぽい方法、って……もう、わかりました。私は責任を持ちませんよ! はぁ……どうして私はこんな人に付いてきたんだろう……」
「ありがとうな、ミサエちゃん!」
何やら両者の話はまとまったようだ。
ミサエさんは呆れ顔をしているけど、しぶしぶ了承している。雰囲気的にこういうのうは、毎度のやりとりなのだろう。
話がまとまって、豪徳寺社長がオレに視線を向けてくる。
「……という訳で、ライタ、さっそくだが明日、一発目の仕事に入るぞ。集合場所は朝一に事務所に集合だ。学校には連絡しておく」
「明日の朝一に⁉ ありがとうございます!」
明日は学校のある平日。
だが堀腰学園の芸能科の生徒は仕事が入れば、授業を公休として休むことが可能だった。
校則的に休んだ日の宿題を後日、提出する必要がある。だが前世の知識があるオレは、高校程度の宿題は朝飯前で問題はないのだ。
「社長、ありがとうございます! それでは失礼します!」
具体的な仕事の内容は、明日の現場に付いてから説明があるという。
用事が済んだことだし、オレは事務所を後にして廊下にでる。
「ライタ君……」
「ん? あっ、チーちゃん⁉」
後ろから声をかけられて思い出す。そういえば学園からここまで、チーちゃんこと大空チセと一緒に来ていたのだ。
「ライタ君は……A組を目指すんですか?」
「えっ? ああ、うん、そうだね……恥ずかしながら」
社長との会話に夢中になって気がつかなったけど、チーちゃんもずっと話を聞いていたらしい。
「ライタ君がA組を急に目指そうと決意したのって、もしかして、昨日の廊下で話をしていた《六英傑》の《超新星》の人……鈴原アヤネさんがいるからですか?」
「えっ……チーちゃん⁉ ど、どうして、そう思ったの⁉」
まさかの指摘に心臓が止まりそうになる。もしかして転生者であることがバレていたのだろうか?
「昨日のライタ君を見て、そう思いました。あと……“女の勘”です」
「あっ、そうだったんだ……」
転生者であることはバレてはいなかったようだ。
ふう……よかった。
それにしても昨日のやり取りをみて、推測されていたのか。
そういえば、あの時はチーちゃんも近くにいたんだった。だからオレの意欲が急変したことに、チーちゃんも気が付いのだろう。
ん?
でも“女の勘”って、どういう意味だろう?
“女の勘”はラノベとだと、好意がある男性や彼氏にしか働かない能力、だったような気がするけど?
とにかく上手く誤魔化せて一安心だ。
「ライタ君……鈴原アヤネさんのことが、好きなんですか?」
だが更なる爆弾が投下される。チーちゃんから爆弾質問をされてしまう
「えっ、えっ、ち、違うよ! だって、ほら、オレは転校してきたばかりだから、そんな訳ないよ!」
異性の子から『〇〇さんのこと好きなの?』なんて質問は、前世を含めて一度もされたことはない。
どう答えていいか正解が分からず、混乱しながらドギマギ答えてしまう。
「な、なんというか……あの子は凄くキラキラして、“アイドル的な推し”として見ている、って感じだよ⁉」
自分が転生者であることがバレないように、必死で彼女の質問に答える。
オレは嘘が下手ですぐにバレてしまうの。なるべく嘘は言わずに、誤魔化して説明していく。
「“アイドル的な推し”……そうなんだ……あの子が……」
何やらチーちゃんはブツブツ言いながら、思いつめた表情になる。こんな彼女の顔は、出会ってから初めて見る。
「ふう……分かりました、ライタ君」
そしてチーちゃんは顔を上げる。何かを強い覚悟を決めたような顔だ。
いったいどうしたのだろうか?
「私もなってみせます。いつかライタ君の“推しのアイドル”に……“あの子”に負けないような輝くアイドルに……絶対に!」
「えっ? ちーちゃん? ん?」
よく聞こえなかったが、チーちゃんは何やら強い決意を表明していた。
前世で彼女がトップアイドルだった時でも見せたことがないような、強い意思で瞳から発していた。
いったい何が起きて、どうなっているんだ? 混乱したままオレは対応できずにいた。
「私も、社長に相談していきます! 今後の私の芸能活動について!」
「えっ? うん、わかった。それじゃ、またね?」
強固な意思を燃え上がらせたまま、チーちゃんは事務所に戻っていく。よく理解できていないオレは、見送ることしかできない。
しばらくすると事務所の中から、ミサエさんの悲鳴が聞こえてきた。
何やら『ちょっと、チセちゃん⁉ あなたまで何を突拍子もないことを言い出すの⁉』『ガッハッハ……面白そうだな!』そんな風な、ミサエさんと社長の声が微かに聞こえてきた気がする。
だが個人的な話みたいなので、オレは聞かずに事務所を後にすることにした。
(ちーちゃん、いったいどうしたんだろう? でも、とにかく明日は芸能人としての初仕事だ! 頑張らないとな!)
そんな期待を胸にしたまま、翌日になるのであった。
◇
翌日になる。
指示されたとおり、朝一で事務所に向かう。
「おう、よく来たな、ライタ! それじゃ、早速、撮影現場に向かうぞ」
「えっ? はい、よろしくお願いいたします」
よく分からないまま、事務所の車に乗せられる。
車はワンボックスで、どう見ても作業用の車。しかも運転者は社長自らだ。
うっ……うちの事務所は本当に弱小なことを実感する。
あと、専務のミサエさんまで同行しているのは、どうしてだろう?
でも素人であるオレは従うしかない。社長の運転で撮影現場に連れていかれるのであった。
(これから仕事か……どんな仕事場なんだろうか?)
アイドルオタク知識を知っているのは、撮影スタジオという場所はかなり大規模なところ、だということ。
どんなに小さな現場でも、カメラマンや照明係、音声係りなど、最低でも10名規模で動いているという。
(今日の撮影スタジオは、どんなところなんだろう? 何の撮影なんだろう? 楽しみだな!)
そんな期待を胸にしていると、車は停車する。
いつの間にか撮影スタジオに到着したのだ。
「ここだ。中に入るぞ」
慣れた感じの社長に連れられて、オレもスタジオの中に入っていく。
薄暗い雑居ビルの二階、一番奥の部屋だった。
(えっ……ここって……撮影スタジオなの⁉)
中に入って、思わず声を出しそうになる。
何故ならスタジオにいたスタッフは、たった一人しかいなかったのだ。
(どういうことだ、これは?)
こうして多くの疑問を残ったまま、オレの初仕事は始まるのであった。




