第15話:ターニングポイント
前世での最推しアヤッチこと鈴原アヤネに、学園の廊下で遭遇する。
だが記憶が確かなら『鈴原アヤネが前世で堀腰学園に在籍していた』事実はない。
何故か歴史が大きく変わっていた。
何が起きているのか分からず混乱してしまう。
「……?」
そんな時、アヤッチと視線が合ってしまう。マズイことに彼女は眉をひそめながら、こちらに近づいてくる。
「あなた……は?」
アヤッチは目の前で止まり、ジッとオレのことを見つめてくる。
(うっ……相変わらず可愛いいすぎる……)
歴史が変わっている疑問より、今は感動の方が何倍も勝ってしまう。
なぜなら前世では“アイドル”と“ファン”という、山よりも高い身分差があった。だが今は同級生として同じ目線で、廊下で大接戦しているのだ!
「……?」
でもアヤッチは何かを不思議がっている。このままオレが黙っていたら明らかに不審者になってしまう。
どうにかしない。
「えーと、じろじろ見てごめん。オレは芸能科一年の市井ライタといいます」
自己紹介をして、まずは自分の身の潔白を証明する。同じ芸能科の生徒なら、そこまで怪しまれることはないだろう。
「市井……ライタ? どこかで会ったこと、ある、わたしと?」
アヤッチはステージ上では、エネルギッシュなパフォーマンスを発揮している。
だがステージを降りたから、こんな感じで少しポワーンとした雰囲気。これは前世と同じで、思わず嬉しくなる。
あっ、そんなことに感動しているよりも、話に答えないと。
「もちろん! 会ったことは握手会で……じゃ、なくて、オレは転校してきたばかりなんで、今日が初めてです!」
危なかった。興奮して危うく、秘密のことを口にしてしまうとこだった。
前世では彼女が地下アイドル時代の握手会で、毎回のように顔を会わせていた。そのため興奮した今は、オレの記憶が混じってしまったのだ。
気を付けて会話しないとな。
「初めて会ったばかり。たしかに、初めてみる顔。でも……なんか、どこかで……?」
オレの顔をジッと見つめながら、アヤッチはまだ不思議そうな表情をしている。
うっ……首を傾げた表情も可愛い。
こんなに元気な彼女を、間近で見れるのは死のほど嬉しい。できればこのまま幸せな時間が永遠に続いて欲しいくらいだ。
――――だが、そんな時だった。
「おい、アヤネ。早くいくぞ!」
誰から他の男が、話を遮ってくる。
彼女と一緒に歩いていた五人の内の一人、長身でホリが深いイケメンの人だ。
アヤッチとはどういう関係だろう?
「でも、ハヤト。この人、なんか、見たことがある気がする?」
「はぁ、気のせいだろう? そんな見たことがない奴は、落ちこぼれクラスの雑魚だろう? 捨てておけ!」
ハヤトと呼ばれた長身はイケメン。
だが口がかなり悪い。おそらく性格も良くはないだろう。
何故なら初対面なはずのオレのことを、『雑魚』呼ばわりしてきたからだ。
いくらアヤッチの知り合いかもしれないが、こいつは少し許せないな。思わず右手に力を入れてしまう。
「おい、待て、ライタ。コイツ等はAクラスの《六英傑》や……グッと堪えるんや……」
そんな時、オレの右腕を制してきたのは、金髪の友人ユウジ。今まで見たことがない険しい顔をしている。
というかAクラスの《六英傑》って、どういう意味だ?
「はん、何も言い返せないのか、この雑魚共が⁉ おい、アヤネ、事務所の車に早く行くぞ!」
「……うん。わかった」
仲間に腕を引っ張られ、アヤッチは行ってしまう。オレの方を不思議そうに最後の一度だけ見ていた。
《六英傑》と呼ばれた人たちは、台風のように立ち去っていく。
「「「ふう……」」」
今まで五人がいた影響で、誰もが息を殺していたのだろう。
五人がいなくなったことで、廊下にいた生徒たちは静かに息を吐きだす。時間が動き出したかのように、各自で帰路につき始める。
「アヤッチ……」
だがオレだけはまだ動けずにいた。
まるで台風が去った後のよう。いったい今世の彼女に何が起きているのか? 理解できずにいるのだ。
(どうしてアヤッチが堀腰学園にいるんだ⁉ さっきの連中とは、どういう関係なんだ⁉)
できれば今すぐにでも追いかけて、彼女と話をしたい。
だが、あの人たちから発せられるオーラでは、アヤッチに近づいて聞くのは難しいだろう。
(どうすれば彼女の情報を……あっ、そうか!)
オレには唯一の友だちであり、学園内部生の情報通……金髪の友人ユウジがいたんだ。
さっそく聞いてみよう。
「ユウジ……さっきの人たちのことを、聞いてもいい?」
「……ああ、ええで。でも、学校内は少しマズイから、駅まで歩きながら話すで」
「うん、わかった。チーちゃん……あれ?」
チーちゃんこと大空チセが、気が付くといなくなっていた。
あの五人がやってくるまでは、一緒にいたはずなのに? もしかしたら急用ができて先に事務所に帰ったのかな?
仕方がないからユウジと二人で帰ることにする。
「それじゃ、少し長いけど話をしたるで……」
こうして学園の校門を出てから、歩きながらユウジに話を聞いていくことだった。
◇
「……という訳では、あの連中は『ライジング・エンタテイメント芸能』に所属しているんや」
ユウジの話を簡潔にまとめると、次のような感じだった。
・先ほどの五人は業界最大手『エンペラー・エンタテイメント』に所属する一年生
・一年生でエンペラーに所属しているのは、あの場にいない一人を加えて全部六人だけ。全員が一年A組にいる
・六人のジャンルは別々だが、既に芸能界の一線で活躍している者がほとんどで、一年の中の特別クラスA組のなかでも更に別格。
自然と《六英傑》という畏怖の名前で呼ばれていること。
・自宅と学校、職場への送迎は事務所の専用ハイヤーで毎日行われているために、基本的に一緒に行動していること。
以上のような感じだ。
「なるほど、そういうことだったんだ」
説明を聞いて、先ほどの廊下の異常な雰囲気に、ようやく納得できる。
エンペラー・エンタテイメントは前世でも業界トップの芸能事務所。各局で視聴率を稼ぐタレントを輩出し、レギュラー番組も多数抱えていた存在だ。
また業界には『エンペラー・エンタテイメントのタレントに逆らったら、他の共演者は干されてしまう』という影の噂もあった。
そのため彼ら六人は芸能科の中でも特別に存在で、他の生徒も逆らえない雰囲気だったのだ。
「そん中でもお前に絡んでいた奴、三菱ハヤトは《天才俳優》と呼ばれる芸能人で、《六英傑》のリーダー格や。ライタも俳優志望なら、奴のことは知っているやろ?」
「三菱ハヤト……? ああ、そういえば」
フルネームを聞きながら、前世の記憶を検索。ようやく思い出すことがきできた。
(“三菱ハヤト”……たしか前世では、若い時から注目されていた俳優で、ゴールデンタイムの流行りのドラマとかに出ていた奴……だよな、たしか)
オレは基本的にアイドル以外の芸能人には興味がないから、“三菱ハヤト”ことで知っている情報はそこまで。
顔はもちろん見たことがないし、彼の出ていたドラマや映画も見たことがない。《天才俳優》という二つ名も凄すぎるな。
でもユウジの口調からすると、今世でも全国的にかなりの有名人なのだろう。
「とにかく学園内では、六英傑の連中には関わらん方が身のためや。というか、ライタ、さっきの感じだと、六英傑の一人《超新星》鈴原アヤネと知り合いやったんか?」
「《超新星》? それは知らないけど、彼女はオレの昔からの推し……じゃなくて、初対面だよ! でも、あの子は可愛いな! と思って見つめちゃったんだ!」
また危うく前世のことを口にするところだった。
というかアヤッチにも《超新星》って凄そうな二つ名が付いるのは、どういうことなんだ?
そして何より歴史では、弱小ビンジー芸能に所属するはずの彼女が、どうして業界最大手のエンペラーに既に所属しているんだ⁉
謎が多すぎる。ユウジも彼女のことを聞いてみよう。
「あの子は……どういう子なの?」
「あの鈴原アヤネっていう子の情報は、まだワイも掴んでおらん。噂によると、どこかの中学を卒業後に、エンペラーの幹部にスカウトされたらしい。まだデビューはしとらんが、エンペラー幹部の中でも、今最も推されている新人アイドルらしいで」
「え、アヤッチが……じゃなくて、さっきの子が、“あのエンペラー”の最推されている……の⁉」
ユウジの情報に、思わず声をもらしてしまう。
何故なら業界最大手エンペラーに最推しされたアイドルは、必ず業界内では大成功している。
盛大なメジャーデビューと全国ライブは当たり前な世界。
これは今までも……そして来世の未来でも確定しる事実なのだ。
(そうか……今世のアヤッチはメジャーデビューと大成功が、約束されているのか……)
形は違えども、最推しの成功が約束されている。彼女の幸せを何より願うオレとしては、ここまで嬉しいことはない。
このままだとオレが何も手伝わずとも、アヤッチは幸せな人生を歩んでいくんだ。
(今世のアヤッチ……か)
あの傲慢そうな連中と一緒にいるのは、正直なところ癪に障る。だが、このまま彼らと一緒にいた方が、彼女も幸せになるのだろう。
とにかく、今は『彼女の約束された未来の幸せ』を全力で祝おうではないか。
「ん? どうしたんや、ライタ? 嬉しそうな顔をして?」
「うんうん、何でもないよ。あっ、駅だ。それじゃ、また明日ね!」
話をしていたら、いつの間にか最寄り駅に到着。ユウジと別れて電車に乗ることにした。
(今日は事務所に……いや、寄らずに家に帰ろうかな)
オレがビンジー芸能に所属したのは、アヤッチの不遇な人生を救うため。
だが今彼女は別の幸せな人生を歩んでおり、オレが側にいる必要が無くなったのだ。
真っ直ぐ家に帰宅。
自室で今後に考えでいくことにした。
(今後はどうしよう? アヤッチを救う必要はなくなったから……オレの芸能人として仕事も“そこそこ”でいいよな?)
芸能活動を三年間は続けていく予定だ。
何しろ校則的に、芸能事務所を辞めたら、堀腰学園は芸能科から普通科に異動となってしまう。
せっかくアヤッチと同じ芸能科にいるので、卒業まではオレも芸能科に通いたい。
(アヤッチとの三年間か……)
とはいっても、最底辺のD組とA組は、天と地ほどの差があった。先ほどの廊下の雰囲気で一目瞭然だ。
だから、明日からの三年間、オレは遠くから見守ることしかできないだろう。とにかく彼女の幸せな人生を邪魔しないためには、この“何もしない三年間作戦”が最良なのだろう。
「……ん? もう、こんな時間か」
そんな風に人生計画を再編していると、いつの間には夜になっていた。
寝る準備をして床に就く。
(さて……問題は解決されていたから、寝るとするか……あれ? でも……)
目と閉じながら、ふと気になることを思い出す。
(そういえば、さっきのアヤッチ……なんか変だったような? 雰囲気が……?)
彼女は売れない前世の地下アイドルの時ですら、常にエネルギッシュに輝いていた。
どんな、どん底でも、彼女の瞳は星のようにキラキラ輝いていた。
アヤッチはどんな逆境でも決して諦めることなく、常に努力を重ねて前に進んでいた女性だった。
だからこそ懸命でエネルギッシュな彼女の姿を見て、事故でどん底にいたオレは希望を貰ったのだ。
(どうして“あんな寂し気な雰囲気”をしていたんだ?)
だが廊下で再会したアヤッチは今思いだすと、前世とは雰囲気が違っていた。上手く言葉にできないが、何かが変だったのだ。
(あれ? あれ? どういうこと……だ……うっ……)
その疑問が浮かんだ時だった。
何故かオレは急激な眠気に襲われる。
――――そしてオレは“一つの夢”を見た。
――――いや、それは夢ではなかった。
――――転生した時に陥った時と同じように、脳内に謎の現象が襲ってきたのだった。
翌朝になる。
「……はっ⁉ 朝⁉ ま、まずい……アヤッチに危険が迫っている……」
オレが見たのは予知夢なんてレベルのモノではない。
逆行転生した時と同じ現象で、例えるなら“今世の未来”を見たのだ。
その内容は、今日から約一年後の未来の日のことだった。
「このままだと『アヤッチはまた死んじゃう』……どうしよう……」
鈴原アヤネが今世でも……いや、前世よりも更に早い歳で、死にゆく運命にあることを、オレは知ってしまったのだ。




