第14話:逆境こそ糧に
金髪ミュージシャン天道ユウジに、学園の特殊な事情を聞かされた。
生徒同士が評価しているアプリで、オレ自身の評価を確認してみる。
――――◇――――
《H腰学園 芸能科生徒 評価アプリ【神ノ目】》
New!
氏名:市I ライT
クラス:一年D組
芸能ジャンル:俳優
☆総合評価:F-
芸能界実績:F
事務所力:F(ビンジー芸能)
ルックス:F
動画サイト登録者数:F
《→next》
――――◇――――
こんな感じで表示されていた。
『市I ライT』と伏せ字で書かれているが、間違いなくオレのことだ。
「うっ……これは予想以上にエゲツない評価やな。まぁ、気を悪くするなよ、ライタ」
一緒に見てユウジは気をつかってくれる。総合評価が最低ランクFの更に下の《Fマイナス》になっていたからだ。
「でも、たしかにライタは今まで芸能実績は無いし、自分の動画チャンネルが無い。そやからF評価はしゃあないけど、ビンジー芸能の評価がFなのは、本当に気にくわんな! たしかに今はパッとせんけど、あの豪徳寺さんのことやから、これからドンドン稼ぎ頭を育ていくはずなんや! せやからライタもこんな評価はあまり気にせんとけ!」
熱狂的な豪徳寺社長の信者であるユウジは、ビンジー芸能の評価に関して怒り心頭。同時にオレのことを精一杯に励ましてくる。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。オレ、ほら、落ち込んでないから」
だがオレは落ち込んではいない。たしかに予想以上だったが、特に気にしてはいない。
「なっ……こんなに辛辣な評価されても、気にしてへんのか⁉」
「うん、そうだね。ほら、だって、オレは才能がないから、この評価は妥当だと思うからね。というか逆に嬉しいかも! だって、こんなオレのことを載せて、皆が評価してくれるなんて、本当に感動だよ!」
つい先日までオレは一般人であり、ただのアイドルオタクであった。
だが、非公式とはいえ、こんな芸能人だらけのアプリの末端に、オレの名前が載っている。
末端とはいえ同じ土俵に乗れたのだ。これ以上の喜びはない。
なんだったら記念にスクショして、プリントアウトして家宝として家に飾りたいくらいだ!
「こ、こんな辛辣な評価なのに、感動って……お前は大物やな、まったく……ほんまに心臓に毛でも生えておるんやないか? はっはっは……」
予想外の反応だったのだろう。ユウジは何やら嬉しそうにオレの肩を叩いてくる。
(他人からの評価……か)
本音を言えば【神ノ目】の評価は気にならなくはない。
だがここで記載されているのは、あくまでも今までの実績や数字、外見的な評価だけ。
これまでオレはアイドルの内面や成長度など、見えない部分を推してきた。そのためこの評価項目は、そこまで大事ではないのだ。
キンコーン♪ カンコーン♪
そんな学園のことを話していると、昼休み終了10分前の鐘が鳴る。楽しいランチタイムの終了の時間がやってきたのだ。
「それじゃ、教室の戻ろうっか?」
「ああ、そうやな。あと戻る前に一言だけ、アドバイスや。午後からはクラスの連中の視線が、また微妙に変になると思うけど、あんまり気にするなよ」
ユウジが心配してくれているのは、【神ノ目】でオレ評価が最低のF-と発表されたこと。
間違いなくクラスメイトも昼休み中に、目を通している。そのためあからさまに蔑んだ目でオレを見てくる者もいるというのだ。
「あっ、そうか。心配ありがとう! でも、そういうのは慣れているから、大丈夫だと思うよ」
前世では交通事故で家族と右足を失うってしまう、壮絶な人生を送っていた。今思い返しても本当に地獄のような日々だった。
だから青臭い高校生程度の辛辣な態度など、オレのメンタルには蚊ほどのダメージは与えられないだろう。
「まったく大した男やな、お前は。それなら気軽に戻るとするか」
こうして昼休み時間が終わったので、教室に戻っていくのであった。
◇
午後の授業が始まる。
戻ってきた教室の雰囲気は、ユウジが予想していたものとなった。
チラッ、チラッ……
クラスメイトから明らかに変な視線を、オレは受けるようになったのだ。
「あいつ……ランクF-の……」
「ぷぷぷ……ウケる……」
「……近づかない方が、いいわね……」
休み時間になるとクラスメイトの反応は更に悪化。
悪意ある視線に加えて、ヒソヒソ話もされるようになった。
今のところ真っ正面に立って、絡んでくる相手はいないが、明らかに馬鹿にしている雰囲気だ。
(なんだ、この程度か……やっぱり大したことはないな。でも、これが毎日続くのは、ちょっと面倒だな。どうしよう? あっ、そうだ!)
クラスメイトから辛辣な視線を受けて、ふと思いつく。
(この視線も、オレの演技の取り込んでみよう!)
映画の登場人物や他人に共感するトレーニングを、オレは幼い時からしてきた。珍しい体験をするほど、自分の演技の経験値が増えていく鍛錬手段だ。
さっそくイメージトレーニングを試してみる。
(おお……いい感じだな、これは!)
思っていた以上に、かなりの演技イメージトレーニングとなる。これで色んな負の感情も、自分の演技に取り込んでいける。
素人丸出しのオレの演技にも、少しは幅が広がっていくはず。
(ふう……いい勉強になるな)
辛辣な態度のクラスメイトたちに、心の中で感謝する。彼らのお蔭で一段階、成長できるのだ。
あっ、そうだ。
明日からは授業中もこのイメージトレーニングを続けていこう。
何しろ前世の記憶と知識があるから、高校生程度の授業は集中しなくても理解できる。
お蔭で授業中も、高校三年間でかなり長時間を、演技のイメージトレーニングに費やしていけそうだ。
◇
キンコーン♪ カンコーン♪
そんな感じで充実した午後の授業を受けていたら、あっという間に帰りの時間となる。
芸能科は午後の授業は短いく、3時前までしかない。放課後の芸能活動を、授業単位として認めてくれているからだ。
クラスメイトたちもぞろぞろ帰宅し始める。
「さて、オレも事務所に顔をそうかな」
入所したばかりのオレは、まだ仕事が入ってない。だが事務所で今日は大事なことを確認したかった。
(今日は、本格的に“あの子”のことを……アヤッチのことを、調べないとな)
今日調査しようとしているのは、アヤッチこと鈴原アヤネの現在について。
ビンジー芸能はHP情報が脆弱なため、所属タレントページには全員分が載っていなかった。
そのため彼女がビンジー芸能に既に所属しているか、どうか? 事務所のスタッフに直接聞くしかないのだ。
今まではどうしても再オーデションや転校のことで、質問する余裕はなかった。
あと入所したてのオレが、いきなり『鈴原アヤネというアイドルは所属していますか⁉』なんて聞いたら、不審者すぎる。
だから今まで事務所での聞き込みは我慢していた。
だが今は転校も事務所に馴染んできた。ミサエさんあたりに自然と聞くことが出来るだろう。
いや……今日こそは“絶対”に聞くんだ。アヤッチがビンジー芸能に所属しているかを。
(今後はアヤッチの現状を確認していって、彼女の身辺の不審なところを原因を調べていかないとな……)
今世で一番の目標は、謎の死をとげたアヤッチを救うことだ。
救出作戦の第一段階として、同じビンジー芸能に所属することには成功している。
今後は自分の芸能活動は“適度”にしつつ、近くで彼女を守ることが行動目的となる。
(よし、頑張っていくぞ!)
そんな意気込んでいる時だった。ユウジが声をかけてくる。
「おう、ライタ。駅まで一緒に帰らへんか?」
「うん、いいよ」
最寄り駅までは一緒の帰路。途中まで一緒に帰ることにした。
二人で教室を出て、下駄箱へと向かおうとする。
「ラ、ライタ君……?」
廊下に出た時、声をかけてくる女生徒がいた。
「チ、チーちゃん⁉ どうしたの⁉」
声をかけてきたのは大空チセことチーちゃん。まるで誰かを出待ちしているかのように、オレに声をかけてきたのだ。
いったいどうしたのだろうか?
「も、もしかしたら、これから事務所に行きますか?」
「え、事務所に? うん、顔を出す予定だけど」
「そ、それなら一緒に行きませんか? 一人だと心細いので……」
「一緒に⁉ うん、もちろん喜んで同行します!」
将来のトップアイドルに頼まれたなら、断る訳にいかない。即座にOKの返事をする。
ん? でも、どうしてチーちゃんはオレなんかと一緒に行きたいんだろう?
ああ、そうか。
堀腰学園のアイドル候補生は一人移動していたら、変な人に絡まれる危険性もある。だから護衛役として任命されたのだろう。
きっとそうに違いない。
「……という訳で、ユウジもいい?」
「ああ、もちろんや。――――ん?」
そんな時、ユウジは言葉を止めて、顔つきが急に変わる。
目を細めて、廊下の奥に鋭い視線を向ける。
ん? 急にいったいどうしたんだろう?
ガヤガヤガヤ……
視線を向けると、廊下にいた生徒たちがザワつき始めていた。彼らの視線もユウジと同じ廊下の奥にある。
どうやら、向こう側からやってくる集団に、廊下中の一年生がざわついていたのだ。
(あっちはたしか……もしかして有名人な誰かが、こっちに来るのかな?)
廊下の向こう側は、D組と反対の一年A組がある。
Aクラスは学年の中でトップクラスに評価が者しか在籍できない。ユウジの話によると同じ芸能科でも、A組の人は別世界の住人だという。
(あっ……見えてきたぞ)
廊下中をざわつかせている当人たちが見えてきた。
やって来るのは数人の男女。遠目でもオーラが溢れているのが分かる。
その圧を受けてまるでモーゼの十戒のように、廊下の人が左右に割れていく。
「へぇ……どんな人たちなんだろう?」
オレたちも左右に分かれて見学することにした。
アイドルオタクとして気になるのだ。
ざわ……ざわ……
五人のオーラがある男女が、ゆっくりとこちらにやって来る。
雰囲気的にアイドルやモデル、俳優など、多種ジャンルの人たちっぽい。全員が個性的で美男美女の集団で、凄まじいオーラを発している。
どれどれ、どんな有名人なんだろう? もしかしたら知っているアイドルさんといるかな?
「ん? えっ……」
だが集団の中にいた一人の顔を見て、オレは思わず自分の目を疑ってしまう。
何故ならその子は、前世でも知っている少女なのだ。
「ア、アヤッチ……?」
彼女の名前は鈴原アヤネ……オレが前世で最推しだったアイドルだった。
あまり突然のことに胸が熱くなってくる。
(ア、アヤッチも、この堀腰学園にいたのか……凄い偶然、これは嬉しいな……)
まさかの最推しと、今世では同級生になっていた。想定外のことに感無量になる。
(そうか今世では一緒に……ん……いや、待って⁉)
だが前世の記憶を想い返し、心臓がギュッとなる。とてつもない矛盾に気がついたのだ。
(ど……“どうしてアヤッチが堀腰学園にいる”んだ⁉)
大きな矛盾……オレの記憶が確かなら『鈴原アヤネが前世で堀腰学園に在籍していた』事実はない。
――――つまり歴史が大きく変わっていたのだ。
「……?」
アヤッチと視線が合ってしまう。
マズイことに彼女は眉をひそめながら、こちらに近づいてくる。
ど、どうしよう……。




