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僕は死んだ 


俺はココナを負ぶったままトトの屋敷の裏側に回る。

小さめの裏口の扉を見つけて走り寄ると、指先で小さく叩く。

ほどなくすると、中からトトの声。扉越しのくぐもった声で俺の名を確かめてきた。


俺が返事をすると、ガコンと(かんぬき)を脱く音が響き、すっと扉があいた。

俺は頭を下げて小さなその扉をくぐった。




裏口はトトの施術部屋(せじゅつべや)に直結している。

部屋の中央には寝台。

その上には白い毛布がかけられたあの亡骸が最初に運び込まれたままの状態で横たわっていた。

トトは扉を閉めながら、渋い顔でささやく。




「もうそろそろくる頃だろうと思った。何か動きが?」

「おそらく、アラビカ公国からの追手がこの村まできている」

「追手? たしかなの?」

「それらしい会話を盗み聞きしちまったからな」



トトは裏口の(かんぬき)を固く嵌め込んだ。

そして振り返る。



「他国まで追手をよこすだなんて、この二人が重要人物というのはあながち間違ってはいなさそうね」

「ああ。それでよ、ココナが……そいつらの声を聞いた途端、錯乱しちまってな」




俺はそういいながら、動かないココナを背中から降ろして、壁際にある近くの椅子にゆっくりと座らせた。ココナは目を閉じてうなだれたまま、手すり付きの椅子にすっぽりはまり込んだ。

俺はココナの前にしゃがみこんで顔色を伺う。なんだか、その顔は青白く、少しむくんでいる。

頬をすっとぬぐうと、ひどい汗。

いや、これは、涙なのかもしれない。

俺は服の袖を伸ばして、ココナの顔を丁寧にふいてやった。




「よく耐えたな……えらいぞ、ココナ」




その時、ずきりと走る痛みで思い出した。

自分の右手をよく見るとローブの端切れを巻き付けた部分から赤黒い血が滴っている。

止血したつもりが、また傷が開いたのか。

それにしても思い出した途端に痛みを感じ始めるだなんて、ひとの心というやつは不思議なものだ。


ココナも何かを思い出さなければ、こんなにつらい思いをしなかったのかもしれない。

ココナの心の傷が、また開いてしまったのだろうか。俺のこの手の傷のように。

そう思うと、なんだかやり切れない気持ちになる。



俺の手の傷に気が付いたトトが慌てたように小さく叫ぶ。




「やだっ! どうしたのその手」

「ココナに噛まれちまってね」

「みせて」



トトはこちらに駆け寄り端切れを慎重にはがすと、俺の手をとり傷を眺める。

親指と人差し指の隙間、そこに半円に着いた歯形から再び真っ赤な血が浮き出し、川のようにれ始めている。

皮膚はめくれ上がり、その間からかすかに白いものが見えた。

トトはまじまじと傷を眺める。



「骨まで達しているわ。よく我慢してたわね」

「慌てすぎて、この傷の事なんて忘れていたよ」



トトは小さくため息をつくと、近くの棚にあった木箱を取り出し、その中から素早い手つきで薬瓶と白い布を抜き取る。そして、手際よく処置をはじめた。

簡単な消毒を済ませた後、皮膚を貼り合わせ、その上から清潔な白い布切れを巻いてくれた。

俺はその間、ぼんやりと亡骸の方を見て聞いた。




「あの亡骸は変わりないのか?」

「ええ、防腐術をしなくても、あれからもまったく腐食は進行していない。何かの魔術の効果が継続中よ。呪いの方は何かわかった?」

「ココナが何も覚えてないみたいだから、なかなか先に進まなかったが、さっき何か思い出したかもしれん。そのショックのせいか気を失っちまったが……」



トトは壁際の椅子に座りうなだれているココナに目をやる。




「ココナちゃんをしばらくここにかくまうくらいならできるけど、ウルちゃんはどうするの?」

「俺は一旦、うちに戻るよ。奴らは俺の小屋に続く道を通って、あの山を下りただろうからな。小屋が荒らされてるかもしれん、ちょっとみてくるわ」

「無理しないでよ」



トトは少しうるんだ不安げな目で俺を見つめる。




「俺は”呪いの紋章師”ウル・べリントン様だぜぇ? 心配すんなって」

「そんな怪我をしておいて、なにいってるのよ、もう」




俺が再び裏口から出ようとした瞬間。ココナの声が小さく響いた。




「ウル……まって……」




トトが振り返り、俺と同時に、ココナにのもとに駆け寄る。

俺はココナの前にしゃがみ込んで、軽く顎をもちあげて顔をよくみる。

うすく目を開いたココナはすこし笑った。




「大丈夫だよ……、それより、手、ごめんね、痛かったでしょ……」

「いてーったらないぜ。お前どこにそんな力を隠してやがったんだ」

「僕、思い出した……」

「そんな話は、今度でいいぞ」

「大丈夫……今、はな、せる。今、話したい」




ココナはそういうと、体を前に傾けて手すりをつかみ、椅子にゆっくりと座りなおした。

そして、大きく深呼吸すると、つぶやいた。



「ウル……僕、死んだ」

「ん? お前はまだ生きてるだろ」

「いいや。僕は死んだ、たしかに。それをさっき思い出したんだ。僕を殺した奴の声を聞いて、全てを思い出したんだ」




俺は後ろのトトを見あげて目を合わせた。トトは腕を組み首をかしげている。

まだ錯乱しているのだろうか。

しかし、ココナは確かな言葉で、ゆっくりと真実を話し出した。


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