24話 ゆくえ
ジンの店で買った商品を手に工場に戻ると、待ちかねた様子で社長がやって来た。
「おお、誠一郎くん。モノは見つかったか?」
「ええ、運の良いことに知人に会いまして、腕の確かなお店を紹介してもらえました」
スニフを知人と言っても良いのかは少々疑問だし、会ったばかりのジンの腕前は良く分からないが、わざわざ細かく説明するまでも無い話だ。
早速、僕と社長は昴ちゃんの部屋に向かった。
用心のために、僕が出かけている間は昴ちゃんには部屋に入らずに奥さんと一緒に居てもらっている。
「それが探知機なのか?」
「ええ、盗聴器に近づけると音が変わるんだそうです」
僕が、やや覚束ない手つきでスイッチを入れると、探知機が一定の高さの音を出し始めた。
喧騒の無い静かな部屋のせいか、店で聞いたより音が大きくて耳障りだな。
アンテナをしっかりと向けながら部屋を歩き回ってみる。
さほど広い部屋では無いので、反応する距離は十分なのだが、念には念だ。
物陰や電源の集まってそうな場所は特に慎重に探ってみた。
だが、昴ちゃんの部屋で反応のある場所は無かった。
「どうだ、見つかりそうか?」
「……いえ、まだです」
どういうことだ?
ストーカーが最初に送りつけてきた手紙には、僕が昴ちゃんの勉強を見ていた事が書かれていた。
実際に聞いていなければ、とても書けない内容だ。
もし聞いてないのであれば、どうとでも取れるような曖昧な書き方をするはずだ。
奴は必ずどこかで聞いていたはずなんだ。
根拠は無いながら、この探知機で見つけられると思っていた僕は、ちょっと焦っていた。
念のため隣の部屋や廊下まで確認してみたが、やはり盗聴器は発見できなかった。
おかしい、僕と昴ちゃんの会話が聞こえる場所と考えれば、部屋の中かその周辺しかありえない。
となると、電源に偽装するような一般的な盗聴器では無いのかもしれない。
そういえば、盗聴器には遠隔操作でオンオフを切り替えられる物もあるらしい。
オフの時はマイクも切れているため、探知機には反応しない。
インターネットを使って指示もできるそうで、そうなると電源とインターネットを備えた機器なら何でもあり得るから性質が悪い。
ジンも、この手の発見は難しいと言っていた。
できれば専門家に任せたいところではあるが、困ったことに信頼できるツテが無い。
調査にかこつけて別な盗聴器を仕掛けていく詐欺のような業者もいるらしい。
できれば不安要素のある第三者を家に入れるのは避けたい。
そういう意味では、スニフやジンも信用には値しない。
どう考えても八方塞がりだ。
一方的に、こんな理不尽を強いてくるストーカーに腸が煮えくり返る。
『あのストーカー野郎! 次に見かけたらタダじゃおかねぇぞ!』
(もちろんだ! こんな事がまかり通ってたまるか!)
見つけられるものなら、今すぐにでもストーカーを捕まえて後悔させてやりたい。
だが、それができない以上、熱くなっては相手の思うつぼだ。
叫びだしたくなる程の怒りを無理やり抑え付けて、深呼吸で気持ちを落ち着ける。
「今のところ見つかりませんが、手紙の内容からいっても、この部屋周辺にはあるはずです。時間を変えて調べていけば見つかる可能性は高いと思います」
「わかった。ワシも何か気づいたら報告する。力を合わせて頑張ろう」
「はい、よろしくお願いします」
こうして僕は、一日に何度も探知機を手に盗聴器を捜し歩いた。
昴ちゃんは、ストーカーの恐怖とプレッシャーで外に出たがらず、奥さんの傍を離れようとしないらしい。
もうすぐ春休みなので学校も休んでもらっているが、いつまでもこのままというわけにもいかない。
何としても新学期が始まる前には解決したいが、今の所その見通しは立っていない。
せめてもの救いは、あの手紙以来ストーカーが目立った行動を起こしていないことだ。
今のうちに何とかしなければ、いつストーカーに付け込まれるか……。
相手はどこから昴ちゃんを盗み聞きしているか、わからない。
部屋に戻って来ない昴ちゃんに業を煮やしたストーカーが何をやるか予測もつかない。
(くそっ! なんで見つからないんだ!)
『そもそも、盗聴器なんて無かったりしてな』
(ここでの会話を盗み聞きしてないのに、あの手紙が書けるわけないだろ! ちょっと黙ってろ!)
いまは【オレ】の戯言に構ってる余裕は無いんだ。
事は一刻を争うんだ、ふざけてる場合か。
もし僕の不手際で昴ちゃんを危険に晒すことになったらと思うと、居ても立ってもいられない。
焦燥だけが募り、何の成果も出ない。
そんなある日のこと。
「そういえば誠一郎くん、次の休みは暇か?」
工場内での仕事中、社長が思い出したように聞いてきた。
「ええ、盗聴器を早く見つけないといけませんので、そちらに時間を使うつもりでした」
「そっちも頼みたいんだが、今回は別件でな」
別件? 何を呑気な事をいってるんだ?
それとも、他に心配事でもあるのだろうか。
「別件と言っても、まったく無関係では無いんだが……ここなら話しても大丈夫だと思うか?」
「ストーカーの狙いは昴ちゃんですから、工場内には盗聴器は無いと思います。仕掛けるにもリスクがあるでしょうから」
「なら大丈夫そうだな……実は、昴のことなんだが、最近どんどん元気が無くなっていくのが心配でな」
「そうですね、ちょっとやつれたようにも見えます」
「ああ、食事の量も減ってるようでな」
あの活発で明るい昴ちゃんが塞ぎ込んでいるのは、僕でも見るに堪えない。
ましてや父親となれば尚更だろうと思う。
「それで、リフレッシュになればと思って、こんな物を用意したんだ」
社長は懐のポケットから、旅行券の入った封筒を取り出した。
昼間は観光牧場でショーや乗馬体験、乳製品作りなんかが楽しめて、夜は近場の温泉ホテルに泊まるプランのようだ。
「少しでも昴に元気を出してほしくてな。どうだろうか?」
このまま家に閉じこもりっぱなしでは、昴ちゃんのストレスはたまる一方だ。
だが、ストーカーが自宅まで知ってるのでは、近場を散歩や買い物というのも不安がある。
そう考えると、一時的にでもストーカーの手の届かない場所に行くのは良いかもしれない。
安心できるところで家族水入らずなら、昴ちゃんのストレスもやわらぐのではないだろうか。
「わかりました、でしたら旅行の日は自宅で調べものでもしてますね」
「何を言っとるんだ? 誠一郎くんも来るんだよ。暇かと聞いたろう?」
「……え? 僕もですか?」
慌てて予約の控え用紙を確認してみると、確かに人数が四人になっていた。
「てっきり家族旅行なのかと」
「それもそうなんだが、君も最近頑張りすぎだ。その様子ではロクに寝ていないんだろう? 見ればわかる」
「いえ、心配でとても寝てる暇なんて……」
「社員の体調管理も社長の仕事だ。それに、その方が昴も喜ぶと思ったんだが、ワシの見立て違いかな?」
そこまで心配をかけていたとは、焦りのあまり自分を見失っていたようだ。
申し訳ない気分で一杯になる。
思考が鈍くなっては、ストーカーに出し抜かれる。
休息も時には必要だ。
しかもそれで昴ちゃんが元気になるというなら、一肌脱ぐのも吝かでは無い。
「お邪魔で無いようでしたら、喜んでご一緒します。それで参加費の方は……」
「そっちは気にするな、ボーナス代わりとでも思ってくれ。誠一郎くんには色々面倒かけてるからな」
「ありがとうございます。そういうことでしたら遠慮なく」
「もちろんワシにも付き合ってもらうからな」
社長がグラスをあおる仕草をしながら、満足そうに頷いた。
これは当日は忙しくなりそうだ。
でもこんな時だけど、ちょっと楽しみだな。
その後もストーカーに目立った動きが無いまま、出発の日がやってきた。
僕は、移動用にレンタルしてきた車の運転席に座る。
最初はあまり気乗りしない様子だった昴ちゃんも、安心できる空間に居ることで、徐々に元気を取り戻してきている。
せめて、この旅行中だけでもストーカーの事を忘れて楽しんでくれると良いなと思う。
車を走らせること数時間。
僕らは最初の目的地のレジャー施設に到着した。
「うわあ、広~い」
車を降りた昴ちゃんが歓声を上げる。
目の前には料金所も兼ねた木の門が建っていて、その向こうは見渡す限りの広場だ。
季節はまだちょっと早いようだが、時期が良ければ一面緑の絨毯なんだろうな。
「アトラクションも色々あるし、向こうは森になっててアスレチックコースもあるそうだよ」
「すごいすごい! 誠一郎さん、早く行こう!」
「慌てなくても、時間はたくさんあるよ」
もう待ちきれないと言わんばかりの昴ちゃんに手を引かれて、僕らは片っ端からアトラクションを見て回った。
あっという間にお昼になり、小休止を兼ねて施設内のレストハウスでご飯を食べていた時だった。
「昴ちゃん、きょろきょろしてどうしたの? 探し物?」
「うん、どこかにスマホの充電器ないかなって」
バッテリーが心許ないのかな?
そういえば、カウンターの近くで有料充電器のコーナーを見た気がするな。
「向こうにあったはずだよ。一緒に行こうか」
「うん」
社長に一言ことわりを入れてから、昴ちゃんのスマホを充電しに行く。
「これで大丈夫だね。さて、午後からはどこ行きたい?」
「う~ん……そういえば、アスレチックがあるんですよね?」
事前に見ておいたパンフでは、ここの売りになってるとか書いてあったな。
「ああ、僕も良く知らないけど、結構大きいって話だよ」
「じゃあ、そこ行ってみたいです!」
昴ちゃんって、身体を動かす方が好きなんだな。
思い切り運動している間は余計な事は考えずに済むし、丁度良いかもしれない。
それなら僕も負けてはいられないな。
一応、社長と奥さんも誘ってみたが、案の定断わられてしまったので、午後からは二手に分かれることになった。
二人にはのんびりショーなんかを楽しんでもらって、その間にアスレチックへと向かった僕らは……へとへとになって帰ってきて社長に大いに笑われることになった。
「なんだ誠一郎くん、だらしないぞ」
「いや~、あそこまで本格的なやつだとは思いませんでした……」
アスレチックだけ別料金なのは不思議に思ったんだけど、入ってみたら、それも納得の大きさだった。
大学時代から今も時々ジムに通ってるし何とかなるかと思ったが、甘く見過ぎていた。
「そんなに笑うなら、お父さんも挑戦してみてよ。すっごいんだから!」
「残念だが、今日は時間も遅いからな」
「もう! さっきは断わったくせに!」
気が付くと、もう日が沈みかけていた。
昴ちゃんは満足したのか、久しぶりに心からの笑顔を見せている。
「まあそれだけ運動したなら温泉も飯も格別だろう。さあ、ホテルへ移動するぞ」
こうして、僕らは今夜泊まるホテルへと移動した。
到着したホテルは、落ち着いた雰囲気のそこそこ大きなところだった。
今はシーズンオフなのもあり、人もほとんど居ない。
あまり人目を気にせずに休めて良いかもしれない。
部屋の方は、さすがに全員一緒というわけにはいかないので、ツインを二部屋とってある。
夕食までは、まだ時間があるということだったので、僕は昼間の汗を流したくて温泉に向かった。
「おおっ!」
思わず声が出るくらい、温泉施設は充実していた。
内湯から始まって、露天、サウナ、うたせ湯などなど。
雰囲気も悪く無い。どれから行くか迷うな。
まろやかなお湯と広い浴槽、昼間の疲れが抜けていくのを感じて思わずため息が出る。
こんな所を響子に見られたら、オジサンくさいと笑われてしまうな。
そういえば響子もアクティブな遊びが好きで、出かける時は温泉より遊園地って方だった。
どちらにしろ、こんなレジャーは縁が無かったかもしれないな。
両手を大きく上げて、思い切り伸びをする。
浴場は今のところ僕一人のようで、貸しきり状態だ。
たまには、こんな贅沢も良いもんだな。
そうして、たっぷりと温泉を堪能した僕は、部屋に戻る途中で昴ちゃんとばったり出くわした。
「あれ? 誠一郎さんもお風呂でした?」
「え? ああ、昴ちゃんも?」
「はい、ちょうど今でてきた所です。立派なお風呂でしたね」
並んで歩きながら、にこにこ上機嫌の昴ちゃん。
アスレチックと温泉で、だいぶ良い気分転換になったみたいだな。
これなら社長も頑張った甲斐もあろうというものだ。
「あの……どうかしました?」
「え? あ、何でもないんだ……浴衣似合ってるなって思って」
危ない危ない、元気になったねなんて言ったら、ストーカーの事を思い出させてしまう。
せっかく楽しんでるみたいなのに、水を差すわけにはいかないな。
「き、急にどうしたんですか」
「ごめん……いきなりだとビックリさせちゃうね」
「いえ……ありがとうございます」
お風呂上りで上気していた昴ちゃんの頬がさらに赤くなった。
照れながら、小さな声でお礼を言う。
こういう純真な所は本当に良い子で可愛いなと思う。大切に育てられたんだろうな。
「あ、それじゃまた夕食の時に」
「そうだね、それじゃ」
部屋に戻る昴ちゃんを見送った後、僕も自分の部屋に戻った。
その後、時間を見計らって皆で夕食を取り、今は部屋で社長とビールを酌み交わしている。
「昴ちゃん、楽しんでるみたいで良かったですね」
「ああ、娘の落ち込んだ顔は見るに忍びないものだからな。誠一郎くんも無理に付き合わせてすまなかったな」
「とんでもない! 僕が望んでご一緒させていただいてるんです。むしろ感謝してますよ」
「そうかそうか、それなら良かった」
社長とその家族には感謝してもしきれない。
最近は響子の事を思い出しても身が引き裂かれるような辛さは無くなった。
忘れたわけでは無いし、冷めたわけでも無い、それでも辛さを飲み込んだ上で前に進めるようになったんだと思う。
もし僕が一人のままだったら、今でも悲しみや辛さに捕らわれたままだったかもしれない。
「ところで誠一郎くん、仕事は辛くないか?」
二人ともだいぶ酔いが回ってきたころ。
ふと社長がそんなことを聞いてきた。
「そうですね……最初は慣れない所もあって大変でしたが、今は楽しいです」
「そう言ってもらえると、ワシも安心だ」
「急にどうしたんですか?」
「いやな、ここだけの話だが、ワシもそろそろ後継者の事を考えなければならんと思ってな」
社長は、ちょっと肩を落とし気味にして、小さなため息をついた。
無理もない。
家族経営特有の忙しさがある所に持ってきて、ついこの間までキツネ男たちとやり合ってたんだ。
心労で弱気になるのも仕方ない。
「希望を言うなら、ワシは誠一郎くんにあの工場を継いでもらえないかと思っとる。キミは筋も良いし、何より真っすぐだ。昴のやつも大層キミに懐いとるし、婿養子として来てもらえたらと最近よく考えるようになった」
あまりの話に、僕は驚いた。
家族のように、どころか本当の家族になってくれと言われているのだ。
ありがたい話だ。
だが、昴ちゃんの事を考えると、僕の思いをきちんと伝えておく必要がある。
「そこまで買っていただいて光栄です。でも今の僕にはそのお話を受ける資格がありません」
「資格とはまた、大げさな話だな。何か事情でもあるのか?」
「はい、こうして社長のお世話になるきっかけの話です」
もしかしたら、女々しい奴と思われるかもしれない。
今まで培ってきた信頼を失うかもしれない。
それでも昴ちゃんの想いを裏切ることはできない。
例え、受け入れることができなかったとしても。
「僕には将来を誓い合った相手が居ました。ですがそれは叶うことなく不幸な事故で彼女はこの世を去りました」
社長が息を呑むのがわかった。
二人の間の空気が一気に重くなる。
「彼女を守れなかった、僕はその後悔を未だ振り切れずに居ます」
社長は頷きながら、黙って話を聞いていてくれる。
酔いは醒め、僕は顔を上げて真剣な目で社長を見た。
「昴ちゃんは親想いで素直で、とても良い子です。婚約者の、響子の事を引きずってる僕が正面から向かい合えなければ、いずれ彼女を傷つけてしまうでしょう。だから……」
その先は言葉にならなかった……。
しばしの沈黙。
やがて社長が手に持ったビール缶を置いて、大きく息を吐き出した。
「誠一郎くん……キミは真面目だな」
社長が、小さくふっと表情を緩めた。
「最初に見た時に、キミのような男がウチに来るのは相当な事情があるんだろうと思って何も聞かなかった。それでもこうしてキチンと話をしてくれた。辛いだろうに勇気のある行動だと思う」
穏やかで優しい社長の声が、僕の心に染み渡ってくる。
僕は、泣くのを我慢するだけで精一杯だった。
「その上でワシや昴の事を真剣に考えてくれている。やはり後継者はキミしか居ないと確信した。結論は急がん、じっくり考えて決意が固まったなら、またこうして話そうじゃないか」
社長がビール缶を掲げた。
「わかりました。その時は必ず」
僕も社長に倣う。
かつんと小さな音を立てたそれは、信頼の証のように感じられた。
翌朝。
すっかり深酒をして眠りこけていた僕は、昴ちゃんからの電話で叩き起こされた。
「もう! まだ寝てたんですか? 朝ごはんの時間終わっちゃいますよ!」
重たい頭に、元気な声が刺さるようだが、自分が悪いだけに何も言えない。
今朝は早く起きて、もう一回お風呂と思ってたんだが、すっかりアテが外れてしまった。
そんなこんなで大慌てで朝食を取った僕らは車に荷物を積んで帰路へついた。
「お家……帰らないといけないんだよね。当たり前だよね……」
帰りの道すがら、昴ちゃんがぽつりとそう漏らす。
家に戻れば、またストーカーが何かしてくるかもしれない。
できることなら、ずっと手の届かない所に居させてあげたいが、それも難しい。
「なにを弱気な声を出しとるんだ。心配せんでも誠一郎くんが何とかしてくれる! なあ?」
「え? ええ、もちろんですよ! なんなら縛り上げて土下座させてやりましょう!」
「ワシが許す! 思い切り後悔させてやれ!」
僕と社長は、昴ちゃんを励まそうと元気な声を上げる。
昨日の事もあって、ちょっと社長と距離感が近くなったような気もするな。
「そう……だよね、誠一郎さんは地上げ屋もやっつけちゃったんだもんね」
「だから、昴は何も心配いらんぞ」
「そうだね。塞ぎ込んでばっかりじゃ、がっかりされちゃう」
怖いだろうに、それでも僕を信じて前向きになろうとしてくれてる。
この信頼は絶対に裏切れない。
早く昴ちゃんをストーカーから解放してあげたい。何か良い手は無いものか。
ハンドルを握る手に思わず力がこもる。
「ねえ誠一郎さん、私も何か手伝えること無い?」
「え? 僕は昴ちゃんがいつも通りなのが一番嬉しいし、それ以上は無理しなくても大丈夫だよ」
「う~ん、でもそれだと役に立ってないって言うか、私は誠一郎さんの隣にふさわしくなりたいなって」
むしろ、僕の方が昴ちゃんにふさわしくないと言う話を昨日したばかりなのに。
思わず苦笑がもれる。
「そっか、じゃあ何かあったら遠慮なくお願いしようかな」
「任せて! 頑張るから!」
昴ちゃんが、何か吹っ切れたような笑顔を浮かべた。
あまり危険な目には会って欲しくないけど、積極的に協力してもらえるのもありがたい。
きっと突破口を見つけて、ストーカーのやつを引きずり出してやる!
「あ、お父さん。スマホの充電ケーブル取ってくれる?」
「ああ、これで良いか?」
社長は車のシガーソケット充電器から伸びるケーブルを後部座席の昴ちゃんに渡した。
「あら、また充電必要なの?」
「うん……」
そういえば、昨日のレストハウスでも充電器探してたな。
奥さんの口ぶりだと、かなり頻繁にスマホの充電してるみたいだけど。
「昴ちゃんのスマホ、機種古いの?」
「そんなことないですよ、まだ一年くらいだと思いますけど」
「じゃあゲームか映画でも見るとか?」
「それも無いですね、普通に電話する以外では、チャットとか少しやるくらいなんですけど……」
使い方はガラケーと殆ど変わらないのか。
それにしては、やけにバッテリーの減りが早い気がする。
どうも引っかかるが、その正体が何なのか良くわからない。
戻ったら、少し調べてみる必要があるかもしれないな。
気になる所ではあったが、今はそれ以上は話題にせず、他愛ない話をしているうちに車は社長の家へと到着した。
みんなが車から降りて、それぞれの荷物を運んでいる時だった。
ふと、社長がポストの郵便物を素早くポケットにねじ込むのが視界に入った。
何の変哲も無いように見えた普通の白封筒。
とても嫌な予感がする。
社長が一瞬見せた険しい表情がそれを裏付けているようだ。
「社長……今の手紙はもしかして……」
「見られてたか。誠一郎くん、工場の方へ行こうか」
「わかりました」
奥さんに一声かけて、僕らは工場へと移動する。
事務所のソファに腰かけ、社長がポケットから封筒を取り出した。
宛名は……無かった……。
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昴へ
ボクを置いていくなんて酷いじゃないか。
昴はちゃんと家に残っててくれなきゃ。
いやごめん、ちゃんとわかってるよ。
あのタダノってやつに無理やり連れていかれたんだろ。
昴は優しいから断れなかったんだよね。
ちゃんとわかってるよ。
あいつは、ほんとにわかってないな。
あんなところ、うるさくってかなわない。
昴の可愛い声が聞こえないじゃないか。
それにあんな人の多いところはダメだ。
昴は優しくて可愛いんだから、攫われるかもしれないだろ。
しかもアスレチックなんて、昴が怪我でもしたらどうするんだ。
まったく無責任極まりない男だ。
ボクだったら誰も居ないところに二人きりで行くのに。
制服姿も私服姿も、浴衣姿だって、ボクだけのものだ。
ボクはかわいい昴を誰にも見せたく無いんだ。
ほんとは外にも出したくない。
ずっと家の中で大切にするんだ。
ぬいぐるみが一杯の可愛い部屋。
ボクは昴だけを見て。
昴もボクだけを見るんだ。
大好きな昴。
なぜ会いに行ってはいけないんだろう。
でもきっともうすぐだ。
必ず迎えに行くからね。
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手紙を持つ社長の手が、わなわなと震えている。
「なんだこれは!」
叩きつけるような勢いでシュレッダーに手紙を押し込む。
無機質な作動音と共に、手紙は意味を為さない紙片と化していった。
保管しておけば証拠にできるのだが、社長の気持ちを慮ると、とてもそんな気にはなれない。
それにしても、この手紙……。
頭の片隅に、妙な違和感が引っかかった。
何か付け入る隙がある。僕の勘がそう告げている気がした。
気を落ち着けて、改めて文面を思い出してみる。
最初の手紙は、僕と昴ちゃんの会話を聞いていた……。
それで盗聴器は昴ちゃんの部屋周辺にあると読んだんだ。
そして、今度の手紙……。
家に居ないだけではなく、旅行も、どこに行ったのかも、浴衣の話ですら筒抜けになっている。
つまり……。
「……社長」
「どうした?」
「盗聴器の場所がわかりました」
「本当かっ!」
この手紙には、昴ちゃんがどんな場所に行ったのかが、はっきりと書かれている。
それは、盗聴器が旅行に持って行った物に限定されることを意味している。
そして、やけにバッテリーの減りが速い昴ちゃんのスマホ。
最近、アプリか何かを入れていれば、ほぼこれに間違い無い。
「よしわかった、さっそく確認に行こう」
僕と社長は、家に戻って荷物の片づけをしている昴ちゃんを呼び止めた。
「え? アプリ? スマホの?」
「そう、何か心当たり無い?」
僕の質問に、昴ちゃんは人差し指を頬に当てて考える。
「そういえば、ちょっと前に友達に勧められたやつ入れたかも」
「どんなの?」
「写真とか撮った時に、そこにフレームつけたり絵とか文字とか書いて可愛くするやつ知りません?」
見たことは無いが、プリクラみたいな物だろうか?
女の子ウケしそうなネタだし、隠れ蓑にはうってつけだな。
「昴ちゃん、最近よくスマホの充電してるでしょ? バッテリーの減りが早くなったのって、そのアプリ入れてからだったりしない?」
「あ! そういえばそうかも」
やはり間違い無さそうだ。
僕と社長は、無言で小さく頷き合う。
「昴ちゃん、慌てないで聞いてほしいんだ」
「急に改まって……どうしたんですか?」
「ストーカーが盗聴している話は前にしたと思うんだけど、どうやらそれが、昴ちゃんのスマホを通じてみたいなんだ」
驚いた表情の昴ちゃんが、慌ててポケットからスマホを取り出す。
今まで使っていなかったはずのスマホが、明々(あかあか)と画面を表示させている。
おそらく、仕込まれた盗聴用のアプリは、ストーカー側の指示でスリープを解除して周りの音を拾う仕組みなのだろう。
頻繁にスリープが解除されていれば、バッテリーの減りが早いのも当たり前だ。
「もしかして、私がこれを入れちゃったせいで……」
「昴ちゃんのせいじゃないよ、落ち着いて。でも、これはそのままにはしておけない」
「どうしたら良いの?」
「うまく解除できれば良いんだけど、僕では難しいから初期化するか、スマホ自体を交換するか……」
社長とも相談して、昴ちゃんのスマホは本体を交換することになった。
最低限の電話帳やアドレス帳だけを引き継いて、写真や受け取ったメールなんかも全て前のスマホごと破棄する。
これで、万が一にも盗聴アプリは新しいスマホに移ることは無いだろう。
他の手口で複数の盗聴器を仕掛けるというのは、リスクの観点から考え難いし、これでひとまずは解決と考えて構わないと思う。
昴ちゃんが入れた例のアプリについても聞いてみたが、教えてくれたのは仲の良い女の子の友達らしい。
その子も流行ってるからというだけの理由で入れてみただけで、誰が配布してるのか等はわからないらしい。
結局、ストーカーの正体は未だ掴めないまま、決して油断はできない。
しかもスマホが盗聴器だったことで、新たな懸念もある。
旅行から帰る時に昴ちゃんが言っていた、僕の隣にふさわしくなりたいという、あの言葉を盗聴されていたかどうかだ。
もし聞かれていたなら、逆上して強硬手段に出る可能性がある。
不法侵入、誘拐、暴行……。
起こってしまってからでは遅い。
なんとか昴ちゃんに危険が無い方法で、ストーカー本人を引きずり出せないものだろうか。
決定的な手が打てず、一週間ほどが経過していった。
その間、昴ちゃんには一人での外出を控えてもらっている。
盗聴器が見破られたのは既にわかっているはずなのに、ストーカーが何のアクションも起こさないのは逆に不気味だ。
春休みが終われば、昴ちゃんは学校に行かねばならない。
僕らの焦りを他所に、じりじりと時間だけが過ぎて行く。
『それにしても、こうも何も無えと、暇で仕方ねえな』
工場の事務所で作業中に、【オレ】が大あくびをしながら、ぼやく。
(まるで、何か起きて欲しいみたいに聞こえるぞ)
『聞こえるも何も、そう言ってんだよ。どうせあの野郎は諦めてるわけ無え、ならとっとと何かやらかしてくれた方が捕まえるのも簡単だ。違うか?』
痛い所を突いてくる。
ストーカーに何か動きがあれば、昴ちゃんに害が及ぶ可能性は高い。
だが、そのままどっちつかずの状況が続けば、消耗で参るのはこっちだ。
昴ちゃんを心配している一方で、ストーカーのアクションを待っている矛盾した自分が居ることに気づかされる。
「誠一郎くん、ちょっと良いか?」
社長が事務所に入ってきた。
沈鬱な表情が刻まれた社長、手には白い封筒を持っている。
『言ってみるもんだな、これで何か変わるかもしれねぇぜ』
(不謹慎だな、ちょっと黙ってろ)
『へいへい』
僕は、応接ソファに座った社長の向かい側に座る。
「また手紙ですか?」
「ああ、またポストに入っていた。中は見ていないが、間違い無いだろう」
テーブルの上に宛名の無い封筒を放りだす。
「中を確認しても?」
「そうしてくれ、ワシが見たらまた破り捨ててしまいそうだ」
封筒を手に取る。
ん? 今回は手紙だけじゃないな。
開けてみると、ころんと小さな棒状の物が転がり出てきた。
「USBメモリ?」
パソコンなんかでデータを保管する時に使う物だ。
中身はなんだろう? 手紙をわざわざデータにする意味は無いだろうから、声か……はたまた写真か……
「ちょっとノートパソコンを持ってきます」
僕は仕事で使っているノートパソコンを持ってきてテーブルに置いた。
ウイルスの心配もあるので、インターネットは念のため切っておく。
さて、中から一体何が出てくるのか……。
僕は、パソコンのUSBスロットに接続して、中身を開いてみた。




