23話 目的
スニフは賑やかな表通りを外れ、細い裏道へと入り込んでいく。
たちまち辺りは様相を変え、薄暗く雑然とした印象を見せた。
道端に無造作に転がるゴミやら何やらに足を取られないよう気をつけて後を追う。
「さあ、着きましたよ」
スニフに案内されて到着したのは古びた電気店だった。
店構え自体はそこそこ大きく見える。
だが、所狭しと並べられた収納ボックスや用途不明の機械などが店外にまではみ出しており、言われなければとても開いているように見えない。
一般家電を扱うような表通りの店とは、全くの別物だということが一目でわかる。
「えっと……ごめんください」
スニフに促されて、おそるおそる店の中に入ってみる。
ロクに掃除もしていないであろう、埃と油の匂い。
社長の工場にある倉庫も最初はこんな感じだったな。
「誰だお前は。うちは一見さんお断りだ、さっさと帰んな」
きょろきょろと辺りを見回していると、不意に店の奥から声をかけられた。
薄汚れたカウンターの後ろに、髭面の中年男が座っている。
他に人の気配も無いし、おそらく店主なのだろう。
手元の小さな機械に見たことも無いような工具を差し込んでいじりまわしている。
目線はそこから全く動かず、こちらを見ようともしない。
「唯野さんが困ってますよ、話くらいは聞いてあげたらどうですかな」
「ん? なんだスニフの知り合いか。それを早く言え、まったく」
スニフの声で、店主がようやく顔を上げた。
ぱさぱさの茶の長髪にひげは伸び放題、そしてド派手な柄のTシャツに袖なしのGジャン。
まさに胡散臭いが服を着て歩いているような男だ。
「ジンさん、せっかくのお客さんなんだから、もっと大事にしないと」
「そんなもん俺の勝手だ。それに、いくらスニフが連れてきたと言っても、こいつが客かどうかは俺が決める」
ジンと呼ばれた店主が、ギロリとこちらを睨む。
『ナメられんじゃねぇぜ!』
(もちろんだ!)
こういう場面で気圧されれば、相手の思うつぼだ。
そんなことは【オレ】に言われるまでも無い。
僕は弱気になりそうな自分を叱咤して、ジンを正面から睨み返した。
無言で睨みあう……と、不意にジンが表情を緩めた。
「ツラの割に良い根性持ってんな兄ちゃん、気に入ったぜ」
ジンが楽しそうに笑う。
するとイメージががらりと変わり、とても親しみやすい顔になった。
不思議な人だ。
「さすがスニフが連れてくるだけあるってとこか。兄ちゃん唯野って言ったか、ウチに何の用だ?」
良かった、ひとまず話は聞いてくれるらしい。
「仕掛けられた盗聴器を発見する物が欲しいのですが」
「発見器だぁ? そんなもんネットでもごろごろ売ってんだろ」
ジンが呆れ半分、失望半分の顔でこっちを見た。
一体なにを期待してたんだろう。
「そうなんですが、僕には盗聴器もそれを見つけ出す知識もありません。それを教えてくれる、信頼できる人から買いたいと思いまして」
僕は、そう言って頭を下げる。
専門の知識は専門家に聞くのが一番だ。
そこにプライドやら何やらは関係無い。
「ちっ! 仕方ねえな」
「そんなこと言って、ジンさんその手の話とか好きでしょう。頼られて嬉しいのでは無いですかな?」
「うるせえな、余計なこと言うんじゃねえよ!」
ジンはカウンターから立ち上がり、棚に並んだ収納箱をゴソゴソとやり始める。
やがて両手にあれやこれやと、機械を持ってきてカウンターに並べた。
「取り急ぎ、いまウチにあるのは、こんなもんだな」
並べられているのは、ほとんど用途のわからない物ばかりだ。
パッケージも無く、どれも無骨な印象だ。
「いいか、説明は一度だけだ。聞き逃したり忘れたりしても俺は知らねぇからな」
「わかりました、よろしくお願いします」
僕はメモを取るために、手帳とペンを取り出す。
大事なことは紙に書き付けておくのは、学生の頃からの習慣みたいなものだ。
「まずは、こいつが一般的に入手の簡単な盗聴器だ」
ジンはカウンターに並べた物の一つを取り上げた。
一見すると、電源を分配する時に使う何の変哲も無いテーブルタップに見える。
「盗聴器ってな簡単に言うとマイクで拾った音声を電波で飛ばしてる。当たり前だが電源が要るんだ。中にゃあバッテリで動くやつもあるんだが、こっちの方が面倒が無え」
「バッテリが切れる度に充電するくらいなら、最初から電源に偽装する方が早いということですね」
「お、理解が早えな、その通りだ」
そういった類の話はネットにも載っていた。
聞きたいのは、それらを探知する仕組みだ。
ここを知ることは、発見器の信頼性を見定めることに直結する。
「しかもコイツは、普通のテーブルタップとしても使える。わかってなきゃまずバレねぇ」
ジンは、テーブルタップを壁面の電源に接続した。
「これだけで盗聴器は作動状態になる」
次に、別な機械を手に取る。
今度のは手持ちサイズで黒い箱型、先端にアンテナが付いていた。
「でな、こいつが発見器だ。電源を入れると音が鳴るんだが、盗聴器が近くなると……」
ジンがさっきのテーブルタップにアンテナを近づけると、一定だった音が高くて耳障りな音に変化した。
「こんな感じで音が変わる。さっき盗聴器にはマイクが付いてるって説明したが、あれに反応してハウリング音を出してんだ。範囲はまぁ……だいたい二、三メートルといったところだな」
ジンは、発見器のスイッチを切ると、それをそのまま僕にポンと放ってよこした。
「そいつを売ってやる。ところで聞き忘れてたが、仕掛けられた部屋ってのは一戸建てか? それともマンションか?」
「一戸建ての二階の部屋です」
「ほお……」
ジンがイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべる。
「そうか、なら良いことを教えてやる。この手の盗聴器は電波を拾える範囲が決まっててな、余程強力なもんじゃなきゃせいぜい三十メートル前後だ」
「意外と狭いんですね」
「ああ、だからマンションなんかだと隣や上下の部屋に犯人が陣取ってることも珍しくねえ。戸建ての二階なら、多分すぐ近くにデバガメ野郎がうろついてるぜ」
昨日みたストーカーが家の周りをうろついてる……。
想像するだけで背筋が寒くなるな。
「それと、電源偽装には壁のコンセント自体に仕掛けるやつもある。こいつの特徴は……」
その後も盗聴の手口から体験談、疑う場所などなど注意点を色々と教わった。
一通りレクチャーを受けて時計を見ると、もう昼に近い。
実に二時間近くも話していたらしい。
「興味深いお話を色々ありがとうございました、とても参考になりました」
「ああ困った時はまた来な。こんだけ熱心に聞いてくれるんなら、相談くらいは乗ってやるぜ。それと、コイツはサービスだ」
ジンはカウンターの下から小さな機械を取り出すと、僕の手に押し付ける。
「これは……CCDカメラですか?」
「そうだ、無線でパソコンに画像を送る仕組みで、暗視モードもついてる」
暗視モード……ということは、昴ちゃんの部屋辺りから外に向けて取り付けたら、夜でもストーカーの姿を映せるってことか。
うまくいったら証拠にもなるし、これは使えるかもしれないな。
「何から何まですみません」
「気にすんな、こっちも好きでやってんだ」
僕は礼を言うと、スニフと共に店を出た。
「お役に立ちましたかな」
「ええ、助かりました。いつも力になってもらってばかりで申し訳ありません」
少々値は張ったが、良さそうな発見器も手に入った。
何より、手口や対策なんかの知識を仕入れられたのが大きい。
「ジンさんも、唯野さんの事をだいぶ気に入っていたようですな」
「そうなんですか?」
「ええ、ジンさんはああいう話をできる人が好きなんですが、また来いまで言う相手は珍しいですからな」
どこを気に入ってもらったのかはわからないが、心強い相談相手ができたのはありがたい。
「おや、もうこんな時間ですか。せっかくですからお昼でも一緒にどうですかな?」
スニフが腕時計を見て、そんなことを言い出す。
早く戻りたいところではあったが、この誘いを無下にするのは、あまりにも失礼というものだ。
「そうですね、時間も丁度良いし。今日のお礼に僕が奢りますよ」
「それはありがたい。では私の行きつけにご案内しますかな」
スニフと連れ立って訪れたのは、ちょっと大きめの蕎麦屋だった。
小上がりの個室に案内されて、向かい合わせで座る。
入ってきた襖を閉めると、他の部屋の話は聞こえない。
意外と防音がしっかりしているようだ。
それぞれ注文した蕎麦をすすりながら、何てことの無い世間話に興じる。
さすが行きつけにするだけあり、味はなかなか悪くない。
「そういえば今回のストーカーの件、プレシャス・スタッフは関係ありませんかな?」
そんな中で、ふとスニフが疑問を口にした。
考えてもみなかった可能性だ。
ゴリラ男は、例の地上げの件で僕に恨みを持っていると聞いている。
ただ、以前に見たストーカーの体格は似ても似つかないスタイルだし、キツネ男のように裏で糸を引くタイプにも見えない。
可能性は低そうだ。
「確信はありませんが、今のところは関係ないように思えますね」
「そうですか……」
スニフは、ちょっと落胆している様子だ。
関係があるようなら、また手掛かりがつかめるとでも考えていたのだろうか。
「ところで、何故そんなにプレシャス・スタッフにこだわるんです? あ、話しにくい事なら無理に聞こうとは思いませんが」
なんとなく気まずい沈黙が流れた。
聞いてはいけない質問だったか。
スニフの目に、ちょっと迷っているような気配がある。
「唯野さん……いずれお話しようと思っていたのですが、沢渡響子さんの件です」
「何か……ご存じなのですか?」
「ええ、失礼とは思いましたが、唯野さんの事も少々調べさせていただいてまして」
やはりこの件か。
スニフが寺島圭司の関係者であれば、事故の被害者から僕に行きつくのは道理だ。
そして、このタイミングでこの話題が出てくるということは、轢き逃げ事件とプレシャス・スタッフが無関係では無いと考えている。
余計な虎の尾を踏んでしまった感はあるが、僕としてもスニフがどこまで掴んでいるのか知っておく必要がある。
「黙って調べられるのは、正直あまり良い気はしませんね」
「申し訳ありません、私自身にも無関係ではありませんでしたので」
「事故の事は辛いので、あまり思い出したくないのですが」
「それも承知の上で、都合の良い話だとは私も思っていますが……」
スニフが申し訳無さそうな顔をしているが、本心からかどうかはわからない。
僕もどこまで話して良いか迷ってもいる。
「響子さんを轢き逃げした相手ですが、寺島……ええと何と言いましたかな」
「圭司ですか?」
「……やはり思った通り、名前をご存じなのですな」
しまった!
色々考え過ぎていたせいで、注意が散漫になっていたらしい。
つい釣られて答えてしまってから致命的なミスに思い至る。
スニフが、あの全てを見通すような目で見据えていた。
何て初歩的な……プレシャス・スタッフからメールが来るまで僕自身も名前を知らなかったというのに。
「寺島圭司は事故のときまだ未成年で一般には名前を公開していません。これは被害者遺族も例外で無いのは既に裏を取ってあります」
僕はもう、内心冷や汗をかきながら、どう言い逃れするか、そればかりを考えていた。
「ですが、私は唯野さんを糾弾するためにこんな話をしているのではありません。私は息子のために真実を知りたいだけなのです」
「え? するとあなたは……」
「はい、寺島圭司は私の息子です」
【オレ】の見立ては間違っていなかったらしい。
「寺島圭司は……息子は逮捕された後、いくらもしないうちに獄中死したと連絡があり、火葬済みのわずかな遺骨が戻ってきたのみでした」
それはそうだろう。
あの狂った世界で遺族の恨みを一身に受けた寺島圭司。
最後の記憶は無いが、どんな状態だったかなど容易に想像できる。
「念のため、しかるべき所に調べてもらいましたが、本人の物で間違いないという結果が知れただけでした」
スニフの悔しそうな顔には同情はできる。
自分の大切な人を亡くす悲しさは、僕自身がイヤというほど味わったからだ。
だが、だからこそ僕がこの手で殺しましたなどと実の父親相手に言えるわけが無い。
「原因もわからず、不審に思った私は調査を続け、ようやく息子の身柄がプレシャス・スタッフに引き渡されたことを掴みました」
あんな危険な橋を渡っているのだ、そう簡単に尻尾を掴ませるような真似はしないはずだ。
むしろ、そこまで突き止めたスニフの手腕と人脈が並外れているということだ。
「ですが、そこから先は全くわかりません。唯野さん……もし何かご存じなら教えていただけないでしょうか」
そこには、底知れない能力を持ったフリージャーナリストは居らず、ただ息子の死を悼む父親の姿だけがあった。
力になりたい。そう思った。
だが、全てを話してしまっても良いものだろうか。
もしスニフが真実を暴こうと動けば、その前にプレシャス・スタッフは躊躇なく手を下す。
どこから情報が漏れたのかわかれば、僕もただでは済まないだろう。
『そこまでしてやる義理なんてあんのか? 相手は響子を轢き逃げした相手の父親だぞ』
(それでもスニフに罪は無いだろ)
『バカ言うな。こいつがきちんと息子の手綱を締めてれば響子は死なずに死んだのかもしれないんだぞ! お人好しもいい加減にしろ!』
僕の脳裏に、倒れた響子が、逃げ去る車が、そして縛られた寺島圭司がフラッシュバックする。
【オレ】が言っているのは、しょせん可能性の話にすぎない。
しかし、どうしても「もしかしたら」を拭い去る事ができない。
「息子が響子さんを轢き逃げしたのは許されることではありません。ですがこんな私刑のような無法がまかり通っても良いものでしょうか。きちんと罪を償う機会も与えられずに……」
「待ってください。罪を償う……とはどういうことでしょう?」
スニフの言葉が、僕のざらついた感情を逆なでする。
それでは、響子をはねてそのまま逃げたのは無法ではないとでも言うつもりか。
響子は死んだんだ。それを一体どう償うというんだ。
「それは……きちんと法に則って反省を促し……」
「それで罪は無くなるんですか? 響子を殺した男は何年か刑務所で暮らして何事も無かったように社会に戻っていく。残された者はそれで救われますか? 法に従えば何でも許されるんですか?」
返答に詰まるスニフ。
いまスニフを責めたって何も変わらない。
それでも、僕は自身の辛さをぶつけずにはいられなかった。
「息子さんを亡くされた無念は僕も理解できます。ですが、僕の大切な人に理不尽な思いを強いた相手を黙って許せるほど寛大でもありません」
これ以上は話す事は無いと、僕は伝票を手に席を立つ。
スニフは俯いたまま、まるで彫像のようにそこから動けないでいた。
「協力していただいた事には感謝していますが、これが僕の正直な気持ちです。感情的になってしまったことは謝ります」
そう言い残して店を出る。
大切な人を失う悲しみは、他ならぬ僕が一番理解できる。
だからこそ、寺島圭司もスニフも許す気には到底なれなかった。
『あんな野郎はその場で殴り散らしてやれば良かったんだ。お前にはその権利があると思うぜ』
(いや、スニフがああしたかったのは理解できる。でも、それを許せないと思う一方で心強い協力者だとも考えていたんだ。そんな都合の良い僕に殴る資格なんか無いよ)
『そうか……』
(なんだ珍しいな。なぐさめてるのか?)
『どうとでも受け取ってくれ』
(そうか、ありがとう)
『ああ……』
【オレ】は、いつも僕の欲しいと思う言葉をくれる。
僕の中に居る、もう一人の自分。
最初は、【オレ】の粗暴さに嫌悪感さえ覚えた。
だが、今はどうだ。
【オレ】の存在が僕の支えにすらなっている。
こいつは一体何者なんだろうか……。
僕は頭を振って、まとわりつく疑問を振り払う。
今は考えに耽っている場合では無い。
昴ちゃんを、あのストーカーから守らなければ。
僕は気持ちを新たに、その場を後にした。




