22話 手紙
昴ちゃんが渡してきた手紙。
あの慌てよう、どう考えてもロクな内容とは思えない。
覚悟を決めて、僕はその手紙を開いた。
そこに書かれたものを読み進めるにつれ、小刻みに手が震えてくる。
なんなんだこれは!
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昴へ
昨日は先に帰っちゃってゴメン。
家まで送れなくて寂しかっただろう?
だから代わりにこれを持ってきたよ。
ボクらの間でこんなの要らないけど一応ね。
昴は寂しがり屋さんだから。
ボクはいつでも昴を見てる。
どんなことからも昴を守れるよ。
だから、あのタダノとか言うやつと一緒にいちゃだめだ。
あいつは昴に酷いことをする気だ。
ボクにはわかる。今すぐあいつから離れるんだ。
勉強が心配ならボクが教えてあげる。
タダノの教え方じゃ何言ってるかわかんないでしょ。
下手すぎてびっくりしたよ。
ボクが教えれば大丈夫。
すぐにできるようになる。
全部任せて。
ああごめん、昴には今さら言うまでも無かったね。
そうだ、そのための場所も用意しておくよ。
二人だけの静かな場所。
楽しみに待っててね。
それじゃあまたね。
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筆跡を隠すためなのか、プリンタで印刷された文字。
内容からいっても、差出人は昨日のストーカーで間違い無い。
綴られた無機質な文字列が、ストーカー本人を体現しているようで不気味に感じる。
いったい何を考えているのか、全く理解できない。
昴ちゃんの方を見ると、ひきつったような顔で激しく首を横に振る。
やはり思い至る人物は居ないらしい。
「とにかく、これを見せて社長に相談しよう」
「……わかった」
ストーカーが後追いから更に踏み込んできたとなれば、隠し立てしている場合では無い。
社長が知らないうちに何かあったとあれば、僕はとても顔向けできそうもない。
僕は作業場に居た社長をつかまえて事情を話した。
渡された手紙を読む社長の顔が、劇的に変わっていく。
「これを送りつけてきたのは、簿記講座に通ってるやつで間違い無いんだな?」
その声から、押し殺したような社長の怒りが伝わってくる。
「はい、まだ誰かはわかってませんが……」
「そうか……やはり夜間に一人で通わせるのは良くないな」
昴ちゃんが、びくっと肩を震わせる。
残念だが、これは仕方ない。
社長か僕が迎えに行ければ良いのだが、時間的な問題もあり毎回は難しい。
しかも、相手が夜間講座に通う誰かだとしたら、教室などで何かあっても僕らには手の出しようが無い。
頑張っている昴ちゃんには申し訳ないが、こればかりは社長の判断を支持せざるを得ない。
「この件については警察に届け出た方が良いと思いますので、後で行って来ます」
「そうだな、こういうことは誠一郎くんの方が向いてそうだ。よろしく頼む。それと夜間講座はしばらく休ませる」
何も言わず、うつむく昴ちゃん。
辞めさせると言わなかったのは社長の優しさだとは思うが、それでもショックなのには間違い無いだろう。
せっかくの昴ちゃんの決心と頑張りを踏みにじったストーカーは、とても許せるものでは無い。
絶対に正体を暴いて、後悔させてやる!
だが、その気合をよそに、警察に届け出た結果は散々なものだった。
具体的な被害が出ていないうちから起訴はできない、相手が誰だかわからなくては注意喚起もできない。
あまつさえ、昴ちゃんの勘違いまたは嘘をついているのではないかまで言われ、腸が煮えくり返るような思いをした。
まずは事情を話しにと僕一人で来てよかった。
昴ちゃん本人を連れてきてたら、さらに余計な傷をつけてしまうところだ。
『しっかし警察ってのは、ほんと役に立たねえな!』
帰りの道すがら、【オレ】は怒り冷めやらぬといった感じだった。
そしてそれは、僕も同じ気持ちだ。
『お前、あんだけ言われて良く我慢したな。何度殴り散らしてやろうと思ったかわかんねえぜ』
(そりゃ僕だって我慢ならなかったさ。でも感情に任せて暴れて捕まったりして、その間にストーカーに狙われたらと思うとね)
『そりゃそうだな、今回ばかりは我慢したお前に感謝してやるぜ』
(そいつはどうも)
それはそれとして、こんな事ではとても警察が当てになるとは思えない。
自分たちでできる対策は、何でも取っていかないといけないようだ。
その日、仕事を終えて自室に戻ってきた僕は、預かってきた手紙のコピーを開いてみる。
今のままでは手がかりが少なすぎる。
かといって、これいじょう昴ちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかない。
この手紙からでも、何か糸口になるものは無いだろうか。
『相変わらず、ご苦労なこったな』
(当たり前だ、こんなの放っておけるわけないだろ)
『大事な昴ちゃんのためだしな』
(なんか引っかかる言い方だな、首を突っ込むなとでも言いたいのか?)
『逆だ。やるなら禍根を残すんじゃねぇぞ、手加減無用で徹底的にやれって言いてぇだけだ』
そんな事はわかってる。
中途半端なやり方では、昴ちゃんに危険が及ぶかもしれない。
響子の時のように、失ってから後悔するなんて、もうたくさんだ。
『わかってんな、覚悟だけは決めておくんだぜ!』
それっきり【オレ】は黙ってしまった。
いつになく真剣な口調が気になったが、今はそれより大切なことがある。
僕は改めて、開いた手紙に目を向けた。
見れば見るほど腹の立つ手紙ではあるが、今はこれを極力冷静に見なければいけない。
ストーカーはこれを直接ポストに投函することができる。
つまり、もう既に家は知られているということだ。
昴ちゃんは、ストーカーに心当たりは無いと言っていたが、実際のところは何とも言えない。
昨日の帰り道では、僕はストーカーの顔をはっきり見ていないが、これは昴ちゃんも同様だろう。
普段から仲の良い相手というのは考えにくいにしても、話くらいはしてる可能性もある。
問題は、あの夜間講座に通っている人数が思ったより多いことだ。
いつも見ていられるということは、内部の人間なのは間違いない。
だが受講生とは限らない、講師の可能性もある。
昨日は背格好しか確認できなかったが、高校生くらいになれば大人とそう変わらない。
僕より教え方が上手いか……それだけ言い切れるということは、やっぱり教える側か。
と、待てよ?
頭の中を、ちょっとした違和感がよぎる。
昴ちゃんの部屋で簿記を教えたのは一昨日が初めて、迎えに行ったのが昨日だ。
このストーカーは、僕が教えてるのをどこで知ったんだ?
昴ちゃんから直接聞けるタイミングがあるとすれば昨日の講座の間だけ。
その時に昴ちゃんが話してる可能性もあるが、それならストーカーに心当たりが無いなどという話になるだろうか?
この手紙の書き方は当てずっぽうなんかじゃない、僕が教えた事があるのを知ってる書き方だ。
言い様の無い不安が僕の胸に広がっている。
何か重要なことを見落としていて、そこにたどり着かないと大変なことになる予感。
――どこで誰が聞いているかわかりません。壁に耳ありというやつですな。
ふと頭の中にスニフの言葉が思い至る。
まさか! いや、そう考えれば合点がいく。
昴ちゃんの部屋に盗聴器が仕掛けられている!
信じたくは無いが、そう考えると手紙の内容に筋が通ってしまう。
例えば、僕の名前だ。
昴ちゃんは僕の事を下の名前で呼ぶようになった。
昨日の帰り道でもそう呼んでいた。
だが、手紙には苗字がカタカナで書かれている。
おそらくストーカーは、奥さんが僕の苗字を呼ぶ声しか聞いた事が無いんだ。
だから漢字がわからずカタカナで書かれている。
おそらくそういうことだろう。
早く知らせなきゃ!
しかし焦る気持ちとは裏腹に、時間は既に零時をとうに回っている。
電話するのですら憚られる時間だ。
杞憂であって欲しいが、どうしても疑念が拭えない。
こうしている間にもストーカーが聞き耳を立てているんじゃないかと思うと居ても立ってもいられない。
僕はせめてもと、ネットで対策を調べながら、眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、早々に工場に出向いた僕は、昨日の考えを全て社長に話した。
昴ちゃんの部屋に盗聴器が仕掛けられている可能性と根拠。
はっきりした事がわかるまでは、昴ちゃんの部屋に入らない方が望ましい事。
「事情はわかった。だが、ワシも盗聴器に関しては門外漢だ、調べては見るがすぐに答えを出すのは難しいな」
「僕も昨日いろいろ調べてみましたが、やはり専門家に聞かないと、効果的な対策は難しそうです」
「それはそうだろうな。普段から関わるような話では無いしな」
相談の末、僕は休みをもらい電気街へと赴くことになった。
盗聴器を見つけ出す探知機をさがすのが主目的だが、できれば協力者を見つけたいと思っていた。
スニフが使っていたようなトランシーバー型の機械。
昨日の夜に探してみたら、通信販売でもたくさん見つかったが、今度は逆にそれぞれの違いが全くわからない。
そもそも盗聴の手口がわからないのだから、基準も何もあったものでは無い。
「さて、どこを探したものか……」
大きな通りの左右には、CMで見るような大手の電器店、ミュージックショップにゲームショップその他いろいろ。
まるで、その大きさを競うかのように並んでいる。
どこかに入って聞いてみれば良いのかもしれないが、何と言うのだろう……店構えが垢抜け過ぎている気がする。
流行のタブレット端末でも探しに来たというならともかく、盗聴器の事など聞こうものなら、こっちが不審者扱いされそうだ。
かといって、通りをこうしてウロウロしているだけでは何も進まない。
これは予想以上に骨が折れそうだな。
そんな事を考えていた時だった。
「おや唯野さん、珍しいところで会いますな」
「……え?」
振り向いた先で、にこやかに笑っている男。
ポロシャツに丸めがねのラフな格好に、大きな黒い肩掛けカバンをしょっている。
見覚えが無いな、どこで会ったんだろう。
「……えっと」
「わかりませんか? スニフですよ」
「え?」
僕は、さすがに驚きを隠せなかった。
「どうしたんです? キツネにつままれたような顔をしてますな」
「え? ああ、すみません。前と随分印象が違うなって」
前にウチに突然訪問してきた時には、落ち着いた初老の紳士のイメージだったが、その面影は全く無い。
髪にも白いものが混ざっていないし、化粧でもしているのか顔の皺も前より少ない気がする。
ぱっと見でも十歳くらいは若く見える。
同じ人間が、ここまで変われるものなのかと感心した。
「ええ、いつも同じ印象だと、姿を憶えられて色々とやりにくいのです。似合いますかな?」
スニフは、丸めがねをクイっと動かしてみせる。
相変わらず食えない男だ。
寺島圭司の件もあって、普段ならあまり会いたい相手では無いが、今は話が別だ。
実際に探知機を使っていたスニフなら、盗聴器に詳しいかもしれないし、最低でも買った店を聞くことくらいはできるだろう。
「ところで、何か困りごとですかな?」
「どうしてそれを?」
不意をつかれた質問に、思わず聞き返してしまう。
しまったと思ったが、もう遅い。
「いえ、歩き方が自信無さげに見えましてな。何か迷ってるのかと思いましたが、見込み違いでしたかな?」
職業柄だろうか、細かいところに良く気づく。
ならここは素直に相談すべきだろう。
「実は盗聴器を仕掛けられている疑いがありまして」
「それはまた。以前お伺いした後のお話ですかな?」
「いえ、場所はウチでは無くて」
「では、職場ですかな?」
「そんなとこです」
僕は曖昧に言葉を濁す。
できればスニフには情報だけを貰い、実際に社長の自宅には来てほしくはない。
「それで、以前お使いになってたような探知機を扱ってる店は無いかと探していたところです」
「そうですか、それは災難でしたな」
顎に手をあてて、ちょっと考え込むスニフ。
「そうですな、それなら近くに丁度良い店があります。たぶん唯野さんなら大丈夫でしょう。ご案内しますかな?」
「本当ですか、それは助かります」
ちょっと気になる言い回しではあるが、スニフが口利きをしてくれるというなら渡りに船だ。
「それでは早速まいりますかな。こちらです」
僕は、どんな店なのか若干の不安を抱きつつも、スニフの後に従った。




