14話 突破の糸口
翌日、僕は、とある不動産会社の応接室に居た。
キツネ男たちに対抗するためのヒントを得るのが目的だ。
「よっ、唯野ひさしぶりだな。元気だったか?」
そう言って、応接室にスーツ姿の恰幅の良い男が入ってくる。
大学時代に同じゼミだった高山だ。
親友というほどではないが、学生の頃はちょくちょく飲みに行ったりする程度には仲が良い。
「そっちこそ元気でやってるみたいで安心したよ」
「まあそれなりにな」
そんな挨拶を交わしつつ向かいに座る高山。
何年かぶりなので、相応に雰囲気は変わってはいるものの、昔と変わらないくだけた口調に安心感を覚える。
「それにしても、よく俺の勤め先がわかったな」
「ネットで見かけたんだ、僕も運が良かったと思うよ」
ちょっと間をおいて、高山は合点がいった顔をする。
「ああ、例のSNSか。意外と宣伝効果あるもんだな」
僕は無言で頷いた。
本当のところは、高山をみつけたのは偶然では無い。
あの日、家に帰った僕は協力者を探して、インターネットで実名登録のSNSをさまよったのだ。
卒業アルバムから知り合いの名前を拾って、片っ端から検索にかけていく。
ビジネス寄りのSNSなので、勤務先がわかる場合も多い。
なるべくキツネ男たちの会社と無関係そうなところを探して、高山の勤めている会社に行き着いたというわけだ。
「で、さっそくなんだけど良いか?」
「まあ、のんびり昔話でもって状況じゃないみたいだしな、見せてくれ」
用件のあらましは、昨日のうちに電話で伝えてある。
奴らから今までに受け取った提案書や見積りなんかをひとまとめにしたファイルを鞄から取り出すと、そのまま高山に渡した。
「これはまた……えらいところに目をつけられたな」
会社名を見るなり溜息をもらす高山。
「僕は初めて聞く名だったんだが……有名なのか?」
「ああ、こっちの業界では手段が強引ってんで悪い方に有名だ。一般に名前が知られてないのはあれだ、こういう所は目立たない方が色々と都合が良いから、わざとそうしてるんだろう」
叩けばいくらでも埃が出るようなところは、そもそも叩かれないようにすれば良いってことか。
「とにかく中身を見てみないことには始まらないな、ちょっと時間をもらうぞ」
「ああ、頼む」
そう言ってファイルをめくり始めた高山の目が、すぐに真剣なものに変わる。
僕はその様子を固唾を飲んで見守った。
静寂に包まれた部屋の中に、わずかに聞こえてくる雑踏と、ファイルをめくる音だけが響く。
どんな小さな粗も見逃すまいとしているかのように行きつ戻りつしながらファイルを精査していた高山は、やがて難しい顔をしながら、それを机に置いた。
「どうだ?」
「提案書の方は、さすがのひと言だな。それにしても、この見積りは最初から提示してきたというのは本当か?」
「どういうことだ?」
「いやに高過ぎると思ってな」
高山は、鞄からタブレットを取り出すと、慣れた手つきで情報を呼び出し僕に見せる。
「住所はここだろ、うちで見積もるなら坪単価は大体このくらいだ、相場と比べても、そうかけ離れた額では無いと思う」
「なるほど、ずいぶん差があるな」
高山が示してくれた単価は、見積りのものより二割ほど安い。
専門の人間から見ると、奴らの提示額は大盤振る舞いのレベルらしい。
「しかも、お前らの切り崩し工作の時に、ここからさらに五割乗せたんだろう?」
「ああ、実際に見たわけではないが、そう聞いている」
「ちょっと普通じゃ考えられないなぁ」
まがりなりにもこの業界にいるこいつがそう言うんだ、今回の件は相当に異常な事なんだろう。
売るほうが吹っかけるというのは良くある話だが、買う方はより安く買いたいはずだ、相手に足元を見られた時に余力が無いと交渉が難航する場合だってあるかもしれない。
そんなリスクを負ってまで高値を提示しなければならない理由……。
「なあ、仮に提案書どおりの再開発が行われたとして、そんな高く買って、元は取れるものなのか?」
「う~ん、現状のままだと難しいんじゃないかな」
「僕としては、そこが一番わからない所なんだ、何か利益を生み出す方法があるんじゃないか?」
僕が聞きたかった核心はこれだ。
奴らの金のかけ方が異常だと感じた僕の感覚に間違いは無かった。
その点は高山と意見が一致するのを見ても明らかだ。
そして、見積りの出し方。
いきなり好条件を出す時の買い手の思惑、これは一般的に交渉を長引かせたくない時にやるやり方だ。
となると、奴らには何らかのタイムリミットがある可能性がある。
「となると……あれか……いや、でもなぁ」
高山には何か思い当たるふしがありそうなのだが、その割にはどうも歯切れが悪い。
「何かあるのか?」
「これはまだ噂レベルの話だから、あんまりあてにしないで聞いてくれよ」
「何でも良い、教えてくれ」
高山は、ちょっと迷ったように間を開け、話し始めた。
「お前の行っている工場から、そう離れていない場所に国有地があるのは知ってるか?」
「国有地?」
「ああ、今は森だか丘だかになってるところだ」
「そういえば、あるな」
実際に行ったことは無いが、確かに工場から、それらしき物が見えるのを思い出した。
なんであんな所に森があるのか不思議に思ってたんだが、そういうことだったのか。
「実は、あそこに大学を建てようという話があるらしいんだ」
「本当か? それは」
「いや、あくまでそういう噂があるってだけだ。なにしろ出所もわからないような話だからな」
もしその話が本当なら、すべて合点が行く。
規模はわからないが仮にも大学だ、生徒、職員、その家族と人の流入もかなりの物になるだろう。
当然、アパート、マンション、ショッピングセンター、まさに奴らが再開発で建てようとしている物件の需要も上がる。
それに伴って、公共交通機関が充実するようなことがあれば、地価だって高騰する。
今のうちに押さえておけば、まさに金の卵を産むというわけだ。
「となると、正式な発表がある前に土地を全て押さえておく必要があるってわけだな?」
「いや慌てるなって、発表も何も本当にやるのかどうかもわからない話だぞ?」
「そうなのか?」
「ああ、少なくてもウチでは具体的な話は何も掴んで無いはずだ」
話が振り出しに戻ってしまった気分だった。高山の歯切れが悪かったのも頷ける。
「仮にこの話が本当だったとしても、今の段階で動くのはリスクが高すぎだと思う。もし情報がガセだったら、ざっと計算してみても、俺のクビどころか会社が傾きかねないぞ」
インターネット上に記載された資本金ベースの比較では、奴らよりも高山の会社の方が規模が大きい。
高山の会社で傾くような話なら、キツネ男たちは社運をかけるレベルで動いていることになる。
「例えば、奴らがかなり高いニュースソースを持ってる可能性は無いか?」
「あの会社規模でか? ちょっと考え難いが、裏で何をやってるかわからんような所だからな……」
高山は口元に手をあてて、ちょっと考え込む。
「そうだな……お前、あの辺りで何か気が付いたことは無いか?」
「何か……とは?」
「環境省辺りの車がうろうろしてるとか、背広姿のやつらが視察に来てるとかそういうやつだ」
そういえば、あの森の近くで年配の男が何人か話しこんでいたのを見たのを思い出した。
やけにパリッとしたスーツを着てて、大会社の役員か何かみたいで、なんだろうと思ってたんだが。
「そんなことがあったのか……」
「ああ、そのときは気にも留めなかったんだが、今考えてみるとやけに違和感がある格好だったなと」
「となると、この話もまるっきりガセってわけでは無さそうだな」
やはりそうか、奴らはどこからか確約を得た上で動いているのは間違いないようだ。
どこからそんな情報を入手してるのか興味のあるところだが、今はそこを気にしている場合では無い。
「この件についての裏取りは可能か?」
「上にあげて探りを入れてもらうとして、すぐには難しいな。何かわかったら教えるよ」
「ありがとう恩に着る」
僕は高山に礼を言うと、席を立とうとした。
「あ、それから、これは俺の予想なんだが、あいつら資金的には相当無理してるぞ」
「本当か?」
「確信は無いが、バックにデカい資金源でも無けりゃ、とっくに会社が吹っ飛んでてもおかしくない。その辺をつつけば何か面白い話が出るかもしれないぞ」
これは良い話を聞いた。もし本当なら奴らのウィークポイントになりかねない話だ。
「他にも何か力になれることがあったら言ってくれ、唯野の頼みなら協力するぞ」
「ああ、ありがとう。一段落したら改めて来るよ、その時は久しぶりに一杯やるか」
「そいつは楽しみだな、ボトルはお前のオゴリでな」
「そのぐらいの礼はするよ、じゃあな」
高山と別れた僕は、そのまま自宅に帰ると、ひたすらにネットを彷徨った。
調べなければならない事は山ほどある。奴らと戦うための武器は一つでも多い方が良い。
こうして、社長からもらった二日間は、瞬く間に過ぎて行った。
休み明け、工場へと出社した僕は、さっそく社長と方針の打ち合わせをした。
僕が居なかった間もキツネ男たちは毎日通って来ていたらしい。
一人で対応していた社長は、かなり疲れた顔をしていたが、僕の話を聞くうちに、いくぶん気力が戻ったようだった。
「そういうわけで、今日も奴らが来るようなら、少し探りを入れてみようかと思います」
「わかった、頼りにしてるぞ」
「全力でやってみます」
社長には負担をかけてしまった。その分は、今度は僕が頑張る番だ。
まだ確証は無い、でも何とか尻尾を掴んでやるぞ。
「ねえ唯野さん、私にも何か手伝えることは無い?」
「昴ちゃんには、今までもたくさん助けてもらってるよ」
「でも、お父さんも唯野さんも、大変そうで見ていられないの」
昴ちゃんが、まるで掴みかかりそうな勢いで聞いてくる。
ずっと奔走している社長が心配なのだろう。一目でわかるほど真剣な表情だ。
「ごめんね、今は社長と僕に任せて欲しいんだ」
「でも……」
「それじゃあ、そうだな。お茶を一杯いれてもらえるかな」
「お茶?」
僕の答えが予想外だったのだろう。
昴ちゃんが、よく分からないという顔をしている。
「うん、まずは気持ちを落ち着けたいんだ。なにしろ奴らの挑発に乗って、かっとなったら思う壺だからね」
本心のところは、あまり奴らと昴ちゃんを会わせたくない。
何を言って来るか予想もつかないし、それに腹の探りあいなんてあまり見てて気分の良いものでは無い。
「それだけじゃなくて、実は僕は昴ちゃんのお茶の隠れファンなんだ」
緊張をほぐしたくて、ちょっとおどけて見せた。
いかん、慣れない事をやったせいか、昴ちゃんが目を丸くしてる。
「……うん、そうよね。わかった! とっておきのやつ淹れてくるね」
やや間を空けて、昴ちゃんが台所へと入っていく。
納得したわけでは無いのだろうが、元気に頷いてくれる。気立ての良い娘だ。
こんな人たちを一方的に踏みにじる奴らのやり方は、例え法に触れてないとしても絶対に間違っている。
『よう、なかなか評価が高けぇじゃねえか、ひょっとして惚れたか?』
(そんなんじゃないよ、良い娘だとは思うけどね)
からかい口調たっぷりの【オレ】を軽くスルーする。
昴ちゃんが悲しむ顔は見たくないとは思うが、これは好きとか嫌いとかそんな感じでは無いと思う。
(それより、ここのところ静かだったじゃないか、どうしてたんだ?)
『調べ物ばっかで、つまんねえから寝てた。で、どうだ? そろそろあのいけ好かないキツネかゴリラに一発ぶちこめそうか?』
(そろそろも何も、そんな予定は無いよ)
『ちっ、相変わらず甘えな。あんな奴らはいくら説得しようとしたってムダだぜ』
(そんなこと無いよ)
口ではそう言ってみたものの、心のどこかで【オレ】に賛同しそうになる気持ちが湧いてきているのは否定しきれない。
それでも法と根拠を持って正しさを主張すれば、奴らにだって通用する。そう信じている。
もし、奴らが手段を選ばず理不尽を押し通そうとするほど無法なら、社長や昴ちゃんを守るために、そのときは……。
「はい、唯野さんお茶です。お父さんも」
「どうもありがとう」
「お、すまんな」
社長が湯のみを受け取り、それを旨そうにすする。
「とっておきのやつよ」
ちょっと自慢げな表情の昴ちゃん。
口に広がる苦味と温かさが、ともすれば危険な方向に行ってしまいそうになる僕の思考を落ち着かせる。
やはり、そんな解決の仕方では、僕が僕自身を許せそうにない。
「しかし、お前も本当に、お茶の淹れかただけは上手いな」
「だけって、まるで私がそれしか出来ないみたいじゃない」
「まだ子どもなんだから、それで良いんだ」
「むう……」
社長の褒め方が気に入らなかった昴ちゃんが、ぷーっと頬をふくらます。
今まで張り詰めていた空気が、それでいくぶん和らいだ気がした。
これならいけそうだ。
お茶の残りを堪能しながら、僕はそんなことを考えていた。
そして、その日の昼過ぎ、奴らが律儀にやってきた。
「お、唯野はんやないですか、お久しですなぁ」
相変わらず、人を食ったようなナメた態度のキツネ男。
たかだか二日かそこらで、久しぶりも無いもんだ。
「ま、そんな怖い顔せんで、穏便に頼むわ、な?」
奴らは、まるで自分の家か何かのように勝手に応接セットまで歩いていくと、そこに腰を下ろした。
社長たちからの冷たい視線も全く意に介す様子は無い。
そういう雰囲気に慣れているのだろうが、改めて強メンタルぶりに感心する。
『あの余裕も今日までだ、吠え面かかせてやんな』
(ああ、そのつもりだ)
今にも殴りたそうにしている【オレ】だったが、今日のところは僕に譲ってくれるらしい。
奴らに対して、腹に据えかねていたのは、【オレ】も僕も同様だ。
今日はただでは帰さないぞ。
ひそかな決意を胸に、僕は奴らの向かい側に、ゆっくりと腰を下ろした。




