第1話 Orbital・LAGRANGE・POINT(Ⅰ)
第五の至聖所がまだ無事である事を祈りつつ、アスト達との合流地点へと向かうアタシ達。アストが元気でやっている事は朗報だったが、あのケイとかいう小生意気なヤサ男の存在は不愉快極まりない。人の事を親の敵みたいに言ってくれちゃって、ホント頭にきちゃうわ。会ったら文句の一つ二つ三つでも言ってやるんだから……っていう腹積もりだったのだが。
紆余曲折の末に辿り着いた第五の至聖所にアスト達の姿は無く、代わりに見知った顔が嬉しそうに手招いていた。
「待ってたわよン♪ でも、ちょーっと遅かったかしらね」
「ピカちゃん!? なんでここに……」
「ま、そういう細かい事はナシナシ。それよりも、早くあの子達を追わないと取り返しのつかない事になりかねないわよ」
色々と聞きたいところだが、どうやら事は一刻を争う様相を見せているらしい。しかし、どうしても確かめなくてはならない事がある。
それを同時にこなすためには、この先ピカちゃんにもご同伴願う事が理想的だ。交渉事はあまり得意ではないけれど、背に腹は代えられない。
「アタシの理想を通すなら、ピカちゃんにもアタシ達と一緒に来てもらいたいんだけど……それは可能かしら?」
ほんの僅か数秒だけ視線を逸らしたピカちゃんは、顎に人差し指を押し当て何事かを思案する。そして、目を細めて「うふっ」とシンの顔を見た。
おそらくはシンの背筋に空寒いモノが走ったのだろう、ぶるっと肩を震わせ両手で二の腕あたりをさすっていた。
「レイア、ボクには嫌な予感しかしないのだが……」
「あら、そう。それはアタシにとっては朗報ね」
「ワタシ達に隠し事をしていた罰を受ける時が来たってワケね」
「罰って……」
はぁ、と重いため息を吐き観念したシンは、アタシの提案を快く受け入れてくれたピカちゃんに文字通り手を引かれてリック達の待つ宇宙船の中へと消えていった。
アタシ達も戻ろうとしたその矢先、突如として空間に歪が生じた。
この光景には見覚えがある。
忘れようにも忘れられない、消せない記憶。それは悪夢と言い換えてもいい。禍々しくも思える極彩色の光を伴って発現したゲート。そこから姿を現したのは……
「ふふ……久しぶり、と挨拶した方が良いのかな?」
「フェイ……!」
まるで生気を感じられないその眼差しに肌が粟立つ。一体何を企んでいるのか、その目からは何も読み取れない。
このタイミングで何故アタシの前に現れたのかは分からないけど、何だか因縁めいてきた事には嫌悪感に似た感情を覚えてしまう。
「会いたいような会いたくないような……いや、ここで会えたのはラッキーかもね」
「ラッキー……? 僕に会えた事が、かい?」
「ワタシは会いたくなかったけどね」
クリスがどう思おうが、アタシにとっては僥倖だ。なにせ、こちらには奴に抗う力がある。STが3機もあれば、いくらフェイが人外魔境の域に達していようとも、そう簡単に死ぬ事はないだろう。お役所頼みなのが悔やまれるところだけど、そこはまぁ、せいぜいアタシの後ろ盾となってもらおう。
アタシの直感なのだが、自称を『僕』と言ったコイツは本物のフェイである可能性が高い。ゆっくりインタビューが出来るかもしれないこのチャンスを逃す手はない。
「まあ、この場で君達を殺す事など造作もない事だけど……君、今あの艦の中にいる仲間を呼んだよね?」
「く……」
「アレは……アンドロメダ銀河役所の艦か。君達があの連中と手を組んでいるのはロキで見たからねぇ。ま、彼等に来てもらっても構わないんだけど、こう見えて僕は面倒事が嫌いなんだよね。スムーズに、スマートに物事が進む方が効率的でいいと思わないかい?」
「あら意外。アンタも効率厨ってワケ? ワタシもレイアもそうなんだけど……?」
クリスがこちらに目配せで合図を送る。ここでフェイとの会話を長引かせればリック達が態勢を整える時間を作れる、つまりアタシ達は囮役というわけだ。
憎らしい程に機転の利くフェイ相手には、果たしてどれほどの時間を作れるか、ジャーナリストとしての腕の見せどころね。
「アンタの言う事には同意するわ……アタシ達を瞬殺出来るって事も含めてね。でも、アタシ達も遊びでここまで来たわけじゃないのよね。なーんにも知らずに死んでくってのも悔しいじゃな
い? せめて冥土の土産話の一つや二つは欲しいところだわ」
「うーん……君達が知ったところでどうなるものでもないと思うんだけどね」
ふてぶてしさに拍車がかかった物言いにほんの少し、そう、ほんのすこぉしだけ苛立ちを覚えたが、ここは大人の対応というモノを見せてあげようじゃないの。
「そこを何とかしてこそアンタの株が上がるってモンじゃない? 知らない仲でもないんだし、アンタの……いえ、貴方の事も知りたいわ。もちろん、記事にはしないし。これは単純にアタシの知的好奇心を満たすだけの行動。貴方が……フェイという人間が何者なのか、何を望んでいるのか、話せる範囲で構わないから是非聞かせてもらえないかしら?」
遅延工作……というにはあまりにもお粗末な行為だが、それでも数分は稼げただろう。
フェイの事は事実、気になる点がいくつかある。ま、こんな美味しいネタを記事にしないなんて事は天地がひっくり返っても有り得ない事だが。
やがてこちらの意図に気付いたフェイは、アタシとクリスの顔を交互に見るなりその口角を歪ませた。
「まったく……ジャーナリストっていう人種はみんなそうなのかい? 往生際が悪くて嫌になるね。とは言え、時間稼ぎをして彼らをここに呼んだとしても結果は何も変わらないのだから、今回ばかりは君達に花を持たせるよ。それで、この僕に何を聞きたいんだい?」
ひとまず瞬殺ルートへのフラグはへし折る事が出来たか。聞きたい事はいくつか、いや、いくつ『も』あるのだが、コイツがその全てにいちいち答えてくれるとは思えないので、どうしても聞きたい事をひとつ。
「惑星ロキで出会った貴方がこの惑星にいる理由とは……?」
「それを聞くのかい? じゃあ、何故君達はこのヤハウェにいるんだい?」
自分で考えろ、って事か。どこまでも食えない男ね。こういう男は絶対に女に嫌われるタイプだ。少なくともアタシは無理。しかし、ビジネスチャンスを逃すのはもっと嫌だ。
「何故って言われても……アタシ達は聖櫃の秘密を解き明かすために来たんだけど?」
「聖櫃……ねぇ。そんな物にどれほどの価値があるのやら」
「どういう意味なワケ?」
「君達は、この惑星が何故『ヤハウェ』と名付けられたか知りたくはないのかな?」
ヤハウェ……確か超古代の唯一神の名がそれだったと記憶しているが、いくら至聖所があると言っても、超高層ビル群が並び立つこの惑星にはおよそ似つかわしくないネーミングである。やはりこの惑星には何かある、アタシの確信はさらに強まる。
「ここはね、全ての始まりの地なんだよ」




