第1話 Refrain・Limit・MEMORY(Ⅳ)
ゴンドラの旅も数時間が過ぎ、ようやく辿り着いた第二の至聖所は見るも無残な姿を晒していた。至聖所だけではなく街のあちこちが損壊しており、さながら戦禍の様相を見せていた。凄惨とはこの事を言うのであろう。
ゴンドラを瓦礫の街の中に停泊させて外に出て辺りを見渡してみるが、見れば見るほど憐れなものだ。瓦礫の下敷きになった者もいれば、どうにか難を逃れその命を繋ぎ止めた者もいた。その中の数人から聞いた話によると、ドクロのマークが描かれた黄金のSTが至聖所を破壊し、街を攻撃してきたという。
「黄金のST……ドクロマークとかベタ過ぎ。ま、ほぼほぼ間違い無いわね」
ベルカ・テウタ……闇に魂を堕としたか……? アイツに一体何があったってのよ。
それよりも────
「……! アスト? アストは? シン、連絡は取れたの!?」
どうか無事でいてアスト……アンタが居なくなったらアタシは……
「やっぱりアストっちの事が心配?」
ニヤニヤと底意地の悪い顔をしたクリスに絶妙なタイミングで突っ込まれたが、アタシがそう簡単に自分の気持ちをさらけ出すと思うなよ。
「……荷物持ちが居なくなるじゃない」
自分の気持ちって何よ? ダメだ……小間使い程度にしか思ってなかったハズなのに、アタシの中でアストの存在がどんどん大きくなっていく気がする。アタシ……アストの事が……いや、ないない有り得ない。
「……ま、そーゆー事にしといたげるわ。それよりも……これはいよいよヤバいんじゃない? こうなったら次の至聖所へ向かうより、どうにかしてアイツらの先回りをした方が良策じゃない?」
「その案は一考に値するかも知れないね。アスト君とは残念ながら連絡は取れなかったが、代わりに助っ人からの連絡が入ったよ」
辺りの検分を終えたシンが言う。そう言えば助っ人がどうとか言ってたわね。助っ人……何だろう、悪い予感しかしないんだけど。
アストと連絡が取れなかったのは心配だけど、アタシのパートナーを務めあげるなら多少の修羅場は自力でくぐり抜けなさいよ。じゃないと許さないんだから。
「その助っ人ってのは頼りになんの?」
「……まぁ、頼りにはなると思うよ」
「何よ、その含みを持たせた言い方は?」
「もうすぐフォールド・アウトしてくるから実際に会えば分かるよ」
フォールド・アウト? フォールド・アウトって……いや、まさかね。
嫌な予感というヤツはホントに的中率が高い。
上空に現れた宇宙船には確かに見覚えがある。
船体に描かれた犬耳女の子のワンドロメダ────アレは間違いなく『アンドロメダ銀河役所』の宇宙船だ。
「マジかぁー……よりにもよって何でアイツらなのよ……つーか、ココってアイツらの管轄外じゃないの?」
アンドロメダ銀河役所がさんかく座銀河に来るなんて越境捜査だと思うんだけど、さすがにさんかく座銀河役所が黙ってないんじゃないの?
「シン……連絡取れた助っ人ってのはリック課長だったってワケ?」
「ああ……今までの縁もあるからね。それに今回のような案件なら、彼等の力添えは頼もしいんじゃないかい?」
「むー……」
腑に落ちない様子のクリスは頬を膨らませたまま宇宙船を睨みつけている。アタシとしても色々と納得出来ない話なのだが、それ以上にどーしても気になって仕方ない事がある。
リック課長が来る、それはつまりあのメンツが揃うという事だ。くあー、アイツも居るのかぁ。
「クリス……今回の取材も荒れるわよ」
「荒れるって?」
「分かんない? アンドロメダ銀河役所の銀河民生活安全課には『ドラスティック・ガール』が居るのよ?」
目を見開いて息を呑んだクリスは頭を抱え天を仰ぐ。事の重大さに気付いたようだが、天を仰ぎ手を伸ばしてみても、その手を掴む救いの神など存在しない。そして地獄の門は音も無く開いていく。あの宇宙船のハッチが開いた瞬間からアタシ達の地獄は始まる。
「課長、あそこです」
「なんてこった……派手にやられてますね」
「データ出ました。この街の損壊率は73%、完全復興に要する期間は二十ヶ月程度と予想されます。課長、どうされます?」
ポール・チャレンジャー、ブライアン・アトランティス、ルミ・ディスカバリーの三人が先陣を切って降りてくる。次いで降りてきたのは────
「かっちょー、何かすっごい事になってますよー? あえ? あそこにいるのは……せーんぱーいっ! おっ久しぶりでーす! でもなーんでここに先輩達が……?」
ぐおっ! 速攻でこっちに気付きやがった! アイツのセンサーはどんだけ広範囲なのよ?
「エミリー! 我々は遊びに来たんじゃない、任務を忘れるな。お前はこちらの方達の護衛をしろ」
到着早々にリック・コロンビア課長に頭を小突かれたエミリー・エンデバーは、頭をさすりながら船内に戻ると、見覚えのある二人をエスコートしながら再び現れた。エミリーに促されアタシ達に気付いた二人は小走りに駆け寄ってきた。
「レイアさん、クリスさん、シンさん、お久しぶりです!」
「御無沙汰しております、皆様」
深々と丁寧にお辞儀をする、色白の素肌と肩まで伸びた黒髪によく映える朱色の瞳を持つ少女と、褐色の肌と短く刈り上げた金髪には余りにもアンバランスな純白のコックコート姿の大男がアタシ達の前に立つ。
「ミ、ミリュー……それにジェフまで!?」
「オイラもいるよ~ん♪」
「パイちゃんっ!」
ミリューの胸元からひょこっと顔を出した小さなホワイト・ドラゴンは、するりと彼女の左肩へと登り小首を傾げた。ぐぅぅ、萌え死にそう。
再会は突然に訪れる、とはよく言ったものね。今すぐにでもミリュー諸共パイちゃんを思う存分もふもふしたい欲望を抑えたアタシは、かろうじて平静を装って再会の喜びを分かち合う。
「こんな所で会うなんて思わなかったわ」
「ホントね。てゆーか、何でお役所の面々と一緒なワケ? まさか偶然、なんて事は無さそうよね?」
偶然であるハズが無い。これは必然。シンの小憎たらしいしたり顔を見れば一目瞭然だ。あの瓶底メガネめ。
しかし、そのお陰で暗く沈んでいた彼女の表情に光が差し込んだのだから敢えて追及しないでおこう。パイちゃんの姿を見るレビの心の平和を取り戻したような顔を見たら何も言えなくなるじゃない?
「シン、アンタはどこまで……いえ、アンタは一体何者なの? アンタは本物のロイス・ジャーナルのシンジロウ・ゴウトクジなの?」
いくらIQ199の人間離れした天才なのか逆にアホなのか解らないシンでも、まるで未来を見て来たかのように先取りするこの行動の正確さは有り得ない。アタシがジャーナリストじゃなくても疑いたくなる。
「ボクはボクだよ。正真正銘、本物のシンジロウ・ゴウトクジだ。レイア、君とアスト君との共通点は特異点だと言う事だが、その共通点はボクにも当て嵌る。そして……編集長とミスターにもね」
突然過ぎるカミングアウトに開いた口が塞がらない。この男は何を言っているのだ? やっぱり真正のアホなのか?




