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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
再考とレクイエム
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確認と情報整理

 コニアテス中尉が運転する車両が図書館に到着するころには、先発していた同僚たちが司書らしい老婦人に話を聞いている最中だった。


「良いんですか? ここの主人はそこにいますよ?」


「ええ。無事なら」


「じゃあ、少し確認するだけなので、すぐ追いつきますから、居なくならないでくださいよ?」


「はーい、ご心配なくー!」


 その足でローガニスは図書館の裏へと歩みを進めた。

 壁面を見上げ、すべての窓が閉じられているのを確認しつつ、地面を観察する。周辺に木々も多く日陰になりやすいからか、全体的に色濃くしっとりした質感に見えた。

 そのうちの一か所を見つめながら歩み寄ると、片手だけ手袋を外して膝をついた。

 言葉どおりすぐ現れたコニアテスは土を手に取った彼に「手、汚れますよ?」子どもを相手にするような口調で注意した。しかし、ローガニスはその土を乗せた手を中尉に差し出しながら言う。


「わずかにひんやりと湿ってます」


「雨は数日降ってませんけど。水が撒かれたのでしょうか?」


「だったらもっと、こう……泥っぽいですよ。これは掘り返された土が上にかぶせられたんです」


「つまり?」


「最近、あのあたりに何か埋められたってことです。影になってますけど、踏み均されたような固さでしたし」


「確かに、こっち側なら隠すのに適してますね。図書館の出入りはそれなりにありますが裏手ですから、人目はほとんどありませんから。しかし、なぜ気づきました?」


「そこらへんの足跡やらなんやら、我々のなんです。3階から飛び降りたときに」


「それは……なかなか狂った方法をお選びになられたんですね」


 わずかに引いているコニアテスに「お褒めにあずかり光栄ですーぅ」満面の笑みで返答するなり、当該箇所の土を取り除いていく。

 突っ立ったままなのも手持ち無沙汰だったため、コニアテスも膝をついて手伝った。


「ちなみに、図書館の主人殿には聞き取りで来たんですか?」


 車内で、失踪者の母である娘とともに図書館を管理していると言っていた。つまり失踪者の祖母に当たる。立派な関係者のひとりに数えられる。

 しかし


「あくまでも任意ですよね? 協力してくれる関係者に話を聞くものだと把握していましたが」


「……わかりました、控えます。ちなみに、怪我はありませんでしたかね?」


「襲撃自体には気づかず、上階で掃除をしていたそうです。3階の本棚に傷や短刀があって驚いていたところ、我々が大勢連れてやってきたのだとか」


「警備は?」


「普段は置いていませんが、一応、自警団にも呼びかけることになりました」


「それなら安心ですね」


 ちょうどそのとき、土の中から布地が現れた。ふたりがかりですばやく地中から取りだしたそれは、直方体のものを包んでいるらしかった。コニアテスが結び目を解いて中を確認すると、ローガニスには見覚えのある装丁が姿を見せた。


「……あの婆さんが?」


「いえ。これはじーさんのほうですね」


「心当たりあるんですか」


「もうちょっとお付き合いいただけます?」


「ええ、構いませんよ。運転手ですから」


「助かります」


 図書館の主人に、無断で書類を持ち出してしまったことを謝罪したうえで明日返却する旨を伝えた。穏やかな女性の快い了承に礼を告げて暇を告げた。

 掘り出したそれを抱えながら車両に乗り込むや否や、ローガニスは


「さきほどは失礼しました。こういうの、時間とともに失われていくもんでしょう?」


「そりゃあ焦らずにいられない。ただ、それが人の心を蔑ろにしていい理由にはならない。言いたくないってのを認めてやらないと」


「そうですよね。それでも聞き出さなきゃならんこともあるわけで」


 掘り出したばかりの書籍に視線を投げながら言う。


「難儀な仕事ですね」


「本当に」


 車両は次の目的地へ向かって走り出した。






 一方、同じく車内ではメロディから襲撃について聞いて、ストラトスは顔色を悪くしていた。

「襲撃者の目的として可能性は、ふたつ。研究資料の抹消、研究を知った者の抹殺だろう。いずれか、あるいはどちらも……どうした?」


「あ、いえ、あの、襲撃というのは……あの、お怪我は」


「幸い問題ない。補佐官の機転だ」


「そ、それなら……あの、ご無事で、なによりです」


「ありがとう。それで、周辺住民の聞き込みはどうだったろう。何か情報は得られたか?」


「あ、はい。失踪者22名の関係者に話を伺ってきました。資料に記載されていた内容と大きく変わった証言はありませんでした。あ、しかし、関係者全員から聞けたわけではありません。話を聞けたのは26名です」


「朝からご苦労だった」


「いえ。ペトゥリノさんから一覧をもらいましたし、中尉も協力してくださったので」


「それで、どうだった?」


 それぞれの証言を口頭で伝えていく。都度、不明点を確認していくが、いずれも資料に残されていた内容が少し整理されたか否か程度の内容だった。


「そちらでもブランザ令息に邂逅したのか?」


「はい。話を伺いたかったのですが、強制はできなかったので今日は話を聞けませんでした」


「当人に断られては仕方あるまい」


「一応、当時、氏の証言を聴取した担当者には軽く話を聞きました」


「そんな時間あったのか?」


「はい。あの、ついてくれた方です、コニアテス中尉といいます。移動中に話してくださって」


「中尉からはどのような話を聞いた?」


「丁寧さを心掛けた、自分が証言を変えさせるように仕向けたつもりはない、と強調していました。同席と言いますか、隣室から聴取内容を聞いていたという当時の上司殿からも問題はなかったように思う、との言葉を得ました」


「監査に関係あると勘違いしたのか。ローガニスが告発されていないのだから心配はいらないだろうにな」


「えっと、はは……」


 曖昧に苦笑してまもなく、ふたりを乗せた車両はイフェスティオ子爵邸宅に到着した。

 ストラトスに鞄を代わりに持つか提案されたが、端的に断った。重かったが、図書館で持ち出してしまった書類やメリッタ老人から個人として受け取った黒塗り書籍が入っている――なんとなく、誰かに任せたくなかった。

 書類は返却するつもりだが、黒塗り書籍に至ってはこのまま放置していられない。職務に家のことを持ち込むのは避けたかったが、メテオロス領に踏み込む機会は滅多にない。この土地に置いていくわけにはいかない。

 心配してくれているのか、ストラトスはゆっくり近くを歩いてくれた。

 子爵邸で借りている一室に到着する。

 なぜか組み立てられていた〝エンディーポシ〟には不満だったが、ここで分解しなおすのはあまりにも幼い仕返しだと思って無視することにした。

 また、何もしていないのは手持ち無沙汰だったため、ローガニスが戻るまでそれぞれ事件資料を確認しなおしていた。

 メロディは図書館から持ち出してしまった書類の解読に勤しみ、ストラトスは今日の聞き込みで手に入れた情報を整理しながら理解を深める。

 しかし、聞き込みできなかった関係者の身近にいた失踪者についてどうしても情報不足に感じてしまう。そうでなくとも、例えば、ミロン・プシューケーは師匠や保養院のベアトリス夫人から話を聞けたが、二コラ・ルヴィエに関しては保養院に世話になった原因からして身内から話を聞けなかっただけではなく保養院にいた期間は短くミロン以外と関わろうとしていなかったためベアトリス夫人からもどのような人物だったのか掴めず、輪郭は曖昧なままだった。

 どうにか情報量の差を埋められないかと思案して、コニアテスに派出所からロゴスの会関連の事件の資料を持ち出せるよう手助けしてもらった。失踪と関係ある保証は無いが、今は少しでも確認不足を減らすのに尽力したかった。

 そのうちのひとつであるルヴィエ一家の事件は、15年前とはいえ、二コラを除く一家5名が心中したのだから情報量は少なくなかった。

 無関係であるだろうと思いつつ、他の事件についても確認していると


「……?」


 一枚の写真に意識が引きつけられてしまった。


「手掛かりか?」


 長時間の筆記に疲れた利き手を軽く振りながら、メロディが尋ねた。


「いえ……なんでもないです」


「そうか?」


「朝から考え事が多くて、疲れてしまったのかもしれません。すみません」


「休まないのか?」


「時間が惜しいですし、それに、もうそろそろ補佐官殿が戻ってくるかもしれませんから」


 ストラトスがそう言ってしばらくしたころ、ようやく「ただいま戻りました」と部屋に戻って来た。


「遅かったな」


「コニアテス殿と話が弾んでしまいましたもので」


 ローガニスは、中尉から聞いたアンリが姿を消したときのことについて情報を共有した。


「でも、そのときはアンリさん、見つかったんですね」


「みたいだね。でも、第三者の影はあるんじゃあないかってのが彼の見立てっぽい。実際に森に立ち入ったとき、植物がめっちゃ邪魔で迷い込む以前に奥へ行くのが難しかったし」


「その第三者は、博士の失踪に関係あるのか?」


「さあ? コニアテス殿はそこまで言ってませんでしたよ。まあ、家族3人中2人が消えたり消えかけたりしたら、何かあるんじゃあないかとは思っちゃいますよね。ああ、そうだ。閣下、その資料、返すの明日で大丈夫です。それ、何かわかりました?」


「生憎、もう少し時間がいる」


 メロディは居住まいを質して書類を軽く掲げた。


「ブランザ博士の失踪理由は、この文書だったと仮定しよう」


「決まりではないんですか。わざわざ暗号化してまで他人に読めないようにしているんですから」


「理由はひとつとは限らない。予断を避けるためだ」


「はーい、避けてまいりましょう。それで?」


「これが解読できれば、博士の探しかたを変えられるかもしれない。博士失踪直後の捜索範囲は、失踪前最後の目撃者が令息だと考えられたため時間経過を考慮してバルトロマイ全域が捜索された。数日後の証言修正によって範囲が広げられた結果バルトロマイ周辺の領土まで含めて捜索された」


「それでも見つかりませんでしたよ」


「だから、探しかたが違ったのではないか……と考えられないか? リボンを探すためにクローゼットを開けても意味が無いから衣装箱を確認する必要がある。大量の紙束から1枚の手紙を探すなら、描かれた内容よりも紙の質や大きさを確認するほうが効率が良い」


「それなら、ほかの失踪者にたいしても同じことが言えるかもしれませんね! 探しかたを変えることで盲点を解消できるなら」


「ただ、我々の権限で捜索に動員できる人員はいません。向こうの憲兵や自警団に協力を求めるとしても拘束時間に限度があります。捜索範囲は可能なかぎり狭めなければ実行すら困難ですよ。バルトロマイで見つからなかったから全国土や大陸中なんて、論う必要すらありません」


「博士の邸宅に車両は無かった。徒歩の移動には限界がある。だから、アンリ令息の証言が訂正された後も捜索範囲はバルトロマイ周辺に収まったのだろう」


「博士は有名でいらっしゃいましたし、王都や国外へ赴く機会は少なくありませんでしたから関所の役人とは顔見知りでした。名義や様相を変えただけでは気づかれないまでも役人が違和感を抱いたり記憶に残ったりしていてもおかしくありません。しかし、当時の資料にそのような記述はありませんし、まだ現役だった彼らに話を聞きましたが記憶にないとの答えでした」


「この前の連続殺人で被害者の一人はかつらをつけて荷台で移動していたということですから、秘密裏に移動することは不可能ではありませんよね。でも、人に頼んだうえで何らかも方法を用いて遠くへ移動したなら、その相手が名乗り出ないのは不自然です」


「博士の手帳で失踪当日の欄に記された、数列の意味が鍵を握るということですよね……。暗号解読、軍務か学務にでも頼みます?」


「いや。わたくしが貸しを作ると、法務が面倒なことになる」


「わかりました、避けましょう」


「幸い、同様の数列は数多く残されている。ならば博士が作ったの法則があるはずだ。それが分かれば一度に紐解ける」


「それは心強いですね」


 捜索範囲に関する資料として受け取った、イフェスティオ邸宅や鎮守の森広域を除いて色が付けられた地図を眺めながら沈思黙考する。


「再捜索を実施するとして、範囲は少なくともバルトロマイに限る」


「当時は田畑や果樹園すらひっくりかえしてますけど、繰り返します?」


「必要があれば」


「そりゃ管理者は大変ですね」


 この上司なら厭わないのだろう……ローガニスはそっと肩をすくめるに留めた。


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