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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
再考とレクイエム
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解消できないもの

 いつものようにメロディの合図で〝φ(ファイ)〟が始められた。


「まずは国内外で同様の事案が見られるかどうか……わたくしの記憶になるかぎりでも確認しなおしたかぎりでも見つけられなかったのだが、どうだろう?」


 待ち構えていたように「あなたが把握してなければ存在しないも同然では?」すかさず茶々を入れる補佐官の顔面に、シリルが紙束の資料を叩きつけた。豆挽きを完了して、粉に少量の湯を掛けて放置している途中、手隙らしかった。が、若干早口で報告する。


「単独ではなく、ある地域で短期間に連続した失踪のことですよね? 閣下の不在時にストラトスの提案を受けて各領内の憲兵所へ電話して確認させたところ、該当すると思われる事案は見受けられないとの返答でした」


「わたくしの不在というと?」


「春麗祭前後の数日間です。こちらの資料には記載しましたので詳細はお読みください。失踪事件という意味であれば、未解決はいくつも有りましたが自分には規則性が掴めませんでした。参考までに地図に印をつけましたので、ご確認ください。解決済の事件については、監禁や殺人が関係しているものばかりでしたね。あるいは、未成年の家出ですね。数日後には帰宅しています」


「だよなー、未解決ってなるとなー」


 考察用掲示板にまとめられた22名分の簡潔な情報……ベルナール・ラウルト、シャンタル・サヴィニャック、ニノン・ロア、ニコラ・ルヴィエ、エレオノール・ヴィーユ、ソランジュ・モンソロン、ロザリー・ソニエール……聞き馴染みの薄い名前が見受けられる一方、まぎれもなく国民である。また、いずれも、ブランザ博士とは異なり、失踪の前兆は見られなかったという。だからこそ先日の〝φ(ファイ)〟では失踪可能性の列挙が難航した。


「失踪がおよそ2年間に集中したのが偶然とは思えませんし、イフェスティオ子爵夫人の失踪を最後にして10年近く経過しようとしていることにも理由があるでしょうけれど、すべての失踪者に該当する共通点は居住地域の他に何も上げられませんね。国内で同様の事案もありませんし。国外のほうも探します?」


「星暦元年から1000年間を担当してくれるなら」


「お断りです、やりません」


「国内に無いなら国外も遠くないうちに確認しておかねばなるまい。なに、手分けすればひとり200年もない」


「わかりました、出張から数か月しても解決の見込みが無ければ取りくみましょう。でなければやりません。さ、話変えましょう、話。何が気になります?」


「祠についてだな。先日、調べると誰かが」


「あ、はい! 僕です、調べました!」


 勢いづけて遮ってしまったティルクーリは仕出かしたことを後悔するように表情を強張らせたが、メロディは軽く首をかしげて先を促した。


「あの、はいっ……祠に関して、3つ補足があります。

 ひとつめは、1675年9月に完成したのですが、一度頓挫しかけています。あの地域を管理している先代子爵の死亡と、そのわずか6日後の先代子爵夫人の失踪ーー彼女が最後の失踪者ですねーー資金を出したのが子爵家だったため難航しかけたようです。すぐに子爵令息が引き継ぎ致命的にはならなかったものの、完成予定には間に合わなかったようです。

 ふたつめは、場所ですね。鎮守の森を進んだところに設置されています」

「鎮守の森というのは進入禁止ではないのか? メテオロス領近隣の保護森林区域だろう?」

「そこまで奥まっていなければ足を踏み入れることは可能だそうです。祠は、森の外から目視できる位置で、それで、立てるときも大規模な工程は踏まれてません」


「祠もそれほど大きいものではありませんから、可能だったのでしょう」


 シリルはカハヴィを淹れたカップをメロディに差しだしながら補足した。


「そうです、はい。あの、一番高い場所でも1.5メートルに満たないです」


「わたくしの目線よりも若干高いのかしら」つぶやきながら祠の大きさを想像する。「0.1メートルを若干とおっしゃるなら、そうですね」補佐官の指摘には、ひと睨みした。


「ああ、メテオロス領近隣の保護森林区域といえば『眠りの紅花』の舞台ではないかと言われているところですよね。新緑祭でも進入禁止にされている、あのあたり」


 明らかに話題を逸らそうとした結果だろうが、『紅花』は史実との関連が高いだけでなく未だ失踪したツェツィーリエ皇女は未発見である。失踪者が未発見ならば……戯れに軽く考察するのも悪くないかもしれない。


「ある国の姫の誕生の祝いに王侯貴族や国民だけでなく懇意にしている魔女や魔法使いたちが城を訪れたのだったな」


「しかし、ある魔女にだけ吉報と招待が届かなかった」全員にカハヴィをいきわたらせ終えたシリルがティーカップを傾けながら続ける。


「なぜ届かなかったのだろう?」


「手違いでは? 知りませんけど」


 たった今しがた城内の侍女から受けとったミルクをカハヴィに注ぎながらローガニスは言う。


「史実に近いとはいえ、魔女や魔法使いが登場していますよね」ツァフィリオはカハヴィで喉を潤してから「実在するものですか、物語の中だけではなくて」意見する。


「そうだな。考えるのはそこからかしら。あなたはどう考える?」


「え、自分ですか?」


「そう。どこから物語でどこから史実だろう?」


「それは……姫が消えたというのは史実だとしても、ほかのはまるっきり虚構だと思います。ただ誰かが勝手に物語に現実を重ねようとしただけだと。ティルクーリとストラトス、は」


 その先の言葉が続けられなかったのは、カハヴィを飲みなれていなかったらしいふたりがひっそりと苦みに悶えていたからだった。ローガニスが苦笑しながら「そうやって飲むもんじゃあねえんだよ。一定数の味覚がおかしいやつらが何もいれずに飲んでるの。わかったか?」ふたりのティーカップにそれぞれミルクを加える。

 回復するまで口をきけそうにないふたりを待ちながら、メロディは掲示物を見つめる。


 1675年は激動らしい……3の月21日にブランザ博士の失踪。7の月16日には西方の悲劇から1年の節目であり、このときには当代メテオロス公爵が受勲と爵位継承を果たした。8の月23日にメロディの母が星の御許へ還り、当代イフェスティオ子爵の父親が8の月に自殺、その後を追うようにさいごの失踪者である子爵夫人が姿を消した。

 これらをすべて繋げて考えて良いのか。


「出張は閣下と自分とストラトス、待機はシリル、ツァフィリオ、ティルクーリってことで間違いありませんよね?」


「あ……ああ。それで構わない」


 その後。

 シリルとストラトスは当時の城内の騒ぎの様子は史実であり姫は消えたのではなく暗殺された可能性を示唆して、ティルクーリは魔女や魔法使いを当時の特権階級だったのではないかと考察し、ローガニスは「案外すべて事実かもしれませんよ?」とお茶を濁した。


 端的に〝φ(ファイ)〟の終了を告げると、メロディはさっさと執務室へ下がった。

 職務室に残った室員たちは自らの仕事へと戻って行く。

 

「シリル先輩、あの、すみません。言い出したのは自分なのに、ぜんぜん電話できてなくて」


「ああ、いいよ。気にしなくても。イーレクトゥロア男爵のやつで行き詰ってただろ? それよりも、おい――」ミルクの容器を侍女に返した補佐官に対して「――本当に出張当日伝えるのか?」


 呆れ気味に尋ねた。


「我らが情報官殿はそれでも問題が生じるような能力設定じゃあないんでね。えーっと、帰ってくるのが26だから、夜、空いてる?」


「27以降にしとけよ」


「そしたら来てくれんの?」


「行かない。寝る前のマヤに読み聞かせができなくなる」


 最初から答えを知っていた彼は「知ってた」と、笑った。

 一方。

 執務室のソファーに体を沈め、メロディは『氷結双山』の最後の一行を読み上げる。


「永遠の命を手に入れて、永く生きる中では愛する者を見送るばかり……最後には世を儚み巌窟に溶けた……」


(死すべきときに死ねない苦しみを知って、どこへ行こうというのかしら)


 大切に生きて、捨てるべきときに捨てられるように――貴族の矜持として研鑽を重ねてきた。

 人生が長いか短いか未だわからないが、あらゆることを学び、知らないことをひとつも無くすには……世界を識るには短すぎるだろうことは察している。しかし、『氷結双山』の、少女のような容姿の女は自らを終わらせた。自らの意思で手に入れた永遠の命を、自らの意思で捨てたのだ。


「どうしても意思は謎めいている」


 だからこそ、主人公の思考が……何を思っての行動だったのか、理解できなかった。

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