第91話 珊瑚の髪飾り
装飾品店の主人は、なかなか恰幅のいい青年で、若いながら貫禄がある。咲夜と共に仙も興味を示し、店先に入ってきたが、薄緑色の爽やかな着流し姿の店主は、それとなく「いらっしゃい」と言ったきり、余計なことは喋らず、銀髪姫と九尾の女狐の好きなように商品を見せていた。絶妙な距離感で客を迎え入れるその感覚は、一朝一夕に身につくものではないだろう。大したものであり、只者ではないのかもしれない。
「2人とも、どこに行ったのかと思ったら、こういうところに居たのか。へえ~、洒落た物を売ってるんだな」
港に続く大通りで童心に帰って辺りを見回していた竜次だったが、ふと気がつくと、咲夜と仙がいないのに気づいたのだろう。2人を探していた様子で、装飾品店の軒先からひょっこりと入ってきた。咲夜と仙は、商品棚に美しく並べられた宝飾品や小物に興味を惹かれており、店に姿を現した竜次をあまり気にすることなく、あれこれと商品を手にとって楽しんでいる。
恰幅のいい若店主が見守る中、咲夜と仙は様々に自分たちの感覚で品定めをし、どれかを買おうかと迷っていたが、彼女たちは丁度、同じ装飾品に強く興味を惹かれ、ある同種の品をそれぞれ手にとってじっくりと見定めている。それは、珊瑚の髪飾りであった。
「咲夜姫、仙さん。その珊瑚のやつが欲しいのかい?」
「うーん、気に入りましたけど……それなりの値段ですね。200カンですか」
「そうだねえ、買えないことはないけど、なかなかの値段だね」
この物語の最序盤で、足軽大将の役職階級である竜次の給料は、月800カンであると作者は述べた。その金額の価値は、4人家族をひと月、楽に養える程とも記述している。それと比較すると、200カンの珊瑚の髪飾りは、咲夜が言うようにそれなりの値段だと、異世界アカツキノタイラの金銭感覚的に分かる。
「ああ、金のことで迷ってたんですか。いいでしょう、俺が買ってあげよう」
「えっ! 本当にいいんですか、竜次さん!?」
「いいのかい、竜次? あんたにも、パッと払えるお金じゃないだろう?」
竜次の気前の良さが凄く嬉しいのは、咲夜と仙にとって間違いないのだが、2つ合わせて400カンである。美しくも気立てが良い2人の女から、この豪快な男は懐具合を本気で心配されてしまった。当の竜次は、そんな話に構うことなく笑って、
「いやいや、そんなに気にすることはないよ。咲夜姫にも、仙さんにも世話になってるんだ。これくらい買ってあげよう」
と、着流しの店主を呼び、明るい赤色が素晴らしい珊瑚の髪飾りを、
「2つ売ってくれ」
そう、彼らしい気風の良さで頼んだ。




