第185話 神授の宿小屋
卦にそう出ていたのをそのまま皆に伝えたのだろうが、竜次たち一行は、なぜ暁の国へ最初に行くのか、もう少し詳しい理由を晴明から聞きたかった。しかしながら当の陰陽師は、茶をゆっくりすするばかりで軽く占った結果について、それだけしか話そうとしない。
(理由を聞いてはいけないのかもしれない)
晴明が黙して語らないのは、陰陽道において複雑な因果律の乱れが生じ、竜次たちと共に歩む運命が変化するのを、最小限に抑えるためなのかもしれない。竜次、咲夜、あやめ、仙の4人は、それに近い思いをそれぞれ巡らし、晴明に占いの詳細を聞くことができずにいた。着流し姿でいる陰陽師の方を向き、囲炉裏端に座る皆の間に、一時の静寂が流れる。
「連理の都から見れば、日陰の村も国の随分東に位置するが、暁の国は日陰の村から更に遠く、相当な距離を東へ進み、国境を越えなければならぬ。そこでだ」
居間に静寂が走っている間に湯呑の茶を全て飲み終えた晴明は、そう話すと、おもむろに立ち上がり、庵の物置へ無駄のない動きで歩いて行った。程なくして陰陽師が持ってきたのは、奥行きと幅が広い、やや大きな桐の箱である。
「あんたとは付き合いが古いが、初めて見るねえ? なんだい? その箱は?」
「ふふふ、私のとっておきだよ。まあ、見てくれ」
お気に入りの玩具を友達に見せる子どものような笑顔を、無邪気に端正な顔へ表している晴明は、桐の箱を開け、中身を竜次たちに見せた。その中にはジオラマのような小屋の模型が入っており、強い法力……というより何か神々しい力を、総二階に作られた模型から皆は感じ取った。
「とても精巧に作られてるけど、どっからどう見ても小屋の模型だな? ただ、特別な力を感じる」
「やはり分かるか、竜次殿。これは神授の宿小屋という宝具でな、開けた場所で使うと模型の小屋が大きくなり、大人6~7人は泊まれる大きさになる。どこでも休める非常に便利な宝具だ。竜次殿が気づいた通り、アカツキノタイラで信仰されている神の力が宿っている」
にわかには信じられないことを晴明は言っているが、最強の陰陽師が持ってきたとっておきである。間違いなく説明は本当なのだろう。何より竜次たち一行は皆、神授の宿小屋が放つ神力を肌で感じ取れている。
「暁の国に着くまで長旅になる。道中で宿が取れないところもあるだろうが、この宝具があれば疲れ知らずの快適な旅になるぞ」
強い神力が込められた宝具であるため、竜次、あやめ、仙が持つ無限の青袋に神授の宿小屋は入らず、咲夜が腰に下げている無限の朱袋にしか、収めることはできない。道具の制限としてはそれだけで、これからの旅が一変する便利さを持った宝具と言えよう。




