第155話 阿吽の形相
騒々しく虫たちが喚き続ける中に、時折、山鳩のユーモラスで独特な鳴き声が聞こえてくる。その愛嬌がある鳥の声は、ちょうど3体のオーガが現れた方向から、将兵たちそれぞれの耳に伝わってきているようだ。
人間の勘なのか何かはわからないが、竜次は咲夜の方を向いて無言で示し合わせた。どうやら咲夜以下の将兵たちは、皆、竜次と同じ思いであったらしく、山鳩の鳴き声に導かれるように、その方向へ探索の手を広げていく。慎重に辺りを観察しながら足を進めていたが、程なくして竜次たちは、思わず立ち止まって見上げてしまうくらい、威圧感と迫力を漂わせている、ある遺物? いや、遺跡にたどり着いた。
「これは……朽ち果てかけておるが、なんと見事な仁王像じゃ! 山蝉、川蝉が遺したものであろうのう」
守綱は阿吽の形相で向かい合い立ち並ぶ2体の仁王像に、甚く感嘆している。なるほど、髭を撫でながらじっと見ている守綱が言うように、この楠の大木で作られた仁王像は、ほぼ朽ち果ててはいる。しかし、カッと双眸を見開き、2体の像が立つ間に通る魔を寸分たりとも見逃さぬという、仁王像に課せられた使命感は揺るぎなく、咲夜たち以下の将兵に凄まじく伝わってきた。
「凄い力強さの仁王像ですね。山蝉、川蝉……聞いたことがあります。大昔の縁の国にいた、高名な仏師兄弟でしたね」
「咲夜様はご存知でしたか。仁王島に渡る途中、竜次と守綱には話をしたのですが、その仏師兄弟が2体の仁王像を、その昔に作り置き、島に蔓延っていたオーガたちを封じ込めたそうです。伝承は本当だったのですなあ」
咲夜と与一も、重要な歴史の一部を垣間見たような感慨を覚えているが、今は遺跡見物をしている場合ではない。
「咲夜姫、与一さん。仁王像に感心するのもいいんですが、この2体の朽ちた像は、ほぼ霊力を失ってる感じがしますよ。この島から金熊童子がオーガの大軍を連れて攻めてきたのは、その封印が解けたということじゃないんですか?」
「そういうことだろうな。だが、この仁王島は、今ほとんどもぬけの殻になっておる。全てに近いオーガの兵力を費やして、結の町を攻め取りに来たというわけだろうが、ここが伝承にある鬼たちの封印地ならば、まだ何かがあるはずだな」
与一は竜次と話し、考えをまとめた後、周りにいる将兵たちにもう一段深く探索を行うよう指示し、自身も手勢を連れて、辺りを再び注意深く見回し始めた。
森林に響く夏虫と秋虫の騒々しさは変わらないが、山鳩の特徴的な鳴き声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。




