第142話 先手中の先手
「本当に日陰の村まで行って帰ってきたのだな? 軍馬を使わず仙殿の縮地で向かったとは聞いていたが、それにしても便利過ぎる法術だな。魂消たぞ」
昌幸、桔梗、幸村の平一族は、咲夜たちのあまりにも早い旅からの帰りに甚く驚き、謁見の間に一行を通しておいてなお、信じられないという顔を咲夜や竜次たちに向けている。
「縮地の法術は本当に瞬間移動なんだよ。馬で10日かかるところだろうが、私が知っているところなら一瞬で着く」
「仙さんの言う通りです。私たちは日陰の村で晴明さんに会い、3つ目の国鎮めの銀杯の在り処を占ってもらい、他の所用も済ませて戻りました。所用の内容は、私と竜次さん、それにあやめの、戦いにおける潜在能力を引き出す修行でした。晴明さんと仙さんのお陰で修行をそれぞれ成し遂げ、都へ帰還しました」
昌幸は驚いた顔で緩んでいたが、咲夜が主命の成果報告を始めると緊張感を取り戻し、引き締まった顔でうなずきながら聞き、咲夜たち一行が完璧以上に主命を成し遂げたことをよく理解した。
「うむ! 皆、よくやった! 考えていた上々の首尾を越えた成果じゃ! それにお前たちがここまで早く主命を達成するとは、夢にも思っていなかったぞ。これなら先手中の先手で次の行動に移れる」
咲夜、竜次、あやめ、仙の能力と努力により、頭の中で描いていた計画が全て上手く進んでいる手応えを、昌幸と幸村は若干興奮した様子で心に感じていた。しかし、好事魔多し。スムーズに何事もなくことが動いている時ほど、致命的なミスが起こるものだ。昌幸はそれを思い出し、縁の国の最高責任者として、もう一段顔と気を引き締めた。
「ありがとうございます、父上。ただ、先手中の先手の行動とはなんでしょう?」
「うむ、それを伝えねばならぬな。評定の間に移り、詳しい話をしよう。幸村、桔梗、手配をしてくれ」
咲夜が可愛らしく『先手中の先手』について小首を傾げて聞くのに、緊張感と威厳を保ちながらも父として笑顔を見せ、そう答えると、傍に座る幸村と桔梗に評定の準備を命じた。これは平一族内で事前に打ち合わせをしていたのだろう。
「はい、かしこまりました」
「かしこまりました。炊事の者に支度をするよう伝えます」
幸村と桔梗は昌幸の命に従い静かにその場を立つと、侍従たちや炊事場に指示を与えるため、謁見の間から別の場所へ向かった。
朱色の大宮殿の庭に、菊の葉をついばんで遊ぶ八咫烏が一羽、平一族とその家臣たちの様子を見守るように、いつの間にか飛来している。




