第140話 特別な存在
黒曜石の玉を用いた潜在力を引き出す儀式により、竜次とあやめの心身は非常に強くなった。2人が扱う強力な刀、ドウジギリとコギツネマルが持つ力を、竜次とあやめは自分自身を段違いに鍛えたことにより、確実に制御できるようになるはずだ。刀の強さに自身が追いついていない部分が今まであったが、これでようやく刀と対等に向き合い、その本来の力を扱える実力がついたと言える。
咲夜が四象の杖を託され、竜次とあやめも黒曜石の玉と九字の印により力を引き出された。これで晴明が課した試練は全て終わったことになる。もうこの庵での用はなくなったのだが、既に夜が更けている。晴明の勧めもあり、竜次たちは庵でもう一泊した後、連理の都へ帰ることにした。
夏と初秋が入り混じった季節の変わり目である。そうした頃に天気が変わりやすいのはアカツキノタイラも同様で、未明までは晴れていたのだが今朝になると空一面を雲が覆い、日陰の村一帯に雨をもたらしていた。
「今日は雨のおかげで日陰菜に水をやらなくてよい。多少楽ができるよ」
竜次たち一行を見送るため、晴明が庵の玄関前に立っている。緑と白のコントラストが際立つ和傘を差しており、その様子が晴明の落ち着いた美丈夫さとよく合っていた。
「一息つくには良い雨ですね。晴明さん、国鎮めの銀杯の在り処を占って頂いたばかりでなく、稽古までつけて頂き大変ありがとうございました」
「私にしては珍しいことをしたわけだが、礼には及ばんよ。それにしても、あなた方はよく頑張られた。修行により、潜在能力が一定程度引き出されたわけだが……」
晴明は咲夜の丁重な礼に返す中、一旦言葉を切り、
「あの青い女鬼は強く、どういった鬼なのかもまだ詳しく分からぬ。渡り合える強さを身に付けられたとは思うが、それでもなお、油断せずよく気をつけなさい」
竜次たちを案じるアドバイスを別れ際に送った。そのやり取りを傍らで仙が見ていたのだが、大霊獣である彼女にも、晴明にとって竜次たち一行、特に竜次が特別な存在であることが、ここに来て理解できたようで、特段何も言わず赤白柄の和傘を差し、雨空の下で待っていた。
「はい! 何から何までありがとうございました、晴明さん。またいずれ、酒を酌み交わしましょう」
「そうだな。また、この庵に来なさい」
竜次からのさっぱりとした礼と別れの挨拶に晴明は笑顔で返し、仙の縮地で都に帰る一行を見送った後、静かに和傘を閉じ、白壁の広い庵へ一人入って行った。




