第115話 三吉
一緒に結の町から連理の都に来て別れたのが数日前だったが、善兵衛は竜次の来訪に気づくと、
「おう! 来てくれたか!」
器用に振るっていた鎚を止め、満面の笑顔で竜次に近づき、再会の固い握手を交わした。そんな2人の様子をじっと見ている、白ひげを蓄えた年季の入った職人が、いつの間にか彼らのすぐ傍に立っていた。この職人工房は大きく分けて2部屋あり、物珍しそうに竜次と善兵衛を眺めている老翁の職人は、どうやら奥の部屋から出てきたようだ。
「この若いのが、お前が言ってた竜次ってやつか。まあまあの面構えだな。何もねえところだが、それでも構わねえならゆっくりしてきな」
職人らしくぶっきらぼうに挨拶すると、老翁の熟練職人は、それっきり奥の部屋に引っ込んで、来客の竜次に構わず自分の仕事に戻ってしまった。善兵衛は一部始終を見て少しばかり苦笑している。
「すまねえなあ。さっきのは変わった爺さんに見えるかも知れねえが、俺の親方でな。三吉という人だ。昔は甲種甲冑装備を作れる、都随一の職人だったんだが、年を取りすぎて甲冑を作る体力が無くなっちまったんだ。今は都の人たちの包丁、それに鋤や鍬なんかの農具をボチボチ作ってるよ」
「そうだったのか。いや、俺はああいう爺さん好きだよ。俺もちょっと前まで金属で物を作る仕事をしてたんだ。懐かしい気がしたよ」
竜次の意外な返答に、善兵衛は少しばかり驚き言葉を止めたが、顎に手を当てもう一度竜次を見直し、何やら納得したようだ。
「そういうことか。だからか。竜次さん、あんたとは結の町で初めて会ったわけだが、俺と同じ匂いがちょっとするなと思ってたんだよ。偏屈な三吉親方もその匂いを嗅ぎ取ったんだろうな。めったに人を褒めない親方が、あんたの面構えに感心してた。三吉親方が初対面で人を気に入るなんてそうそうないぜ」
善兵衛に思いの外、感心され、竜次は面映ゆかったが、腕のいい職人たちに認めてもらえたことがとても嬉しく、いい笑顔を返している。更に聞くと、この職人工房の主である三吉は、本当に偏屈者らしく、人付き合いをなかなかせず、自分が何処に住んでいるかも特定の人にしか明かしていないそうだ。それもあって、宮殿に向けて竜次宛に手紙を出す形でしか、善兵衛の『つて』である工房の場所を明かせなかったわけだ。
「ありがてえなあ。ものづくりをしていた頃、熟練工の先輩たちに助けられてたのを思い出すよ。それはそうと……」
竜次が目を向けてじっと見つめているのは、善兵衛が調整していた甲種甲冑装備だ。それは黒光りの重厚なオーラを放ちながら、作業台の上に載っている。




