第111話 晴明からの便り
縁の国の頭領、平昌幸を、仙は大霊獣としての立場から上にも下にも見ていない。そうした超越的な視点で平一族が示した心からの感謝を考え、九尾の狐として独特な返し方をした。
「私は馬鹿正直で裏表がない人間は、昔から嫌いじゃないんだ。この国を治めているあんた達は、皆そうだから気に入っただけだよ。咲夜ちゃんには借りもあるしね。礼には及ばないよ」
多少つっけんどんな物言いに聞こえるが、気のいい人間に対する、仙なりの最大の好意とも受け取れる。昌幸は美しい女狐の言葉を受けて笑顔になり、
「ありがとう、仙殿。なるべく長く連理の都に留まり、あなたの絶大な力をこれからも貸して下され」
と、簡潔ながら、一騎当千の豪傑よりも頼りにしている旨を伝えた。
宮殿の広い庭は、午前中降っていた雨を受けしばらく濡れていたが、今は燦々とした夏の陽に照らされ、水濡れがどんどん蒸発している。葉の雫がしたたり落ちていた深緑の木々もすっかり乾き、蝉しぐれが庭から頻りに聞こえていた。
昌幸は一息入れ皆をリラックスさせようと、湯呑に汲まれた冷茶を手に取りごくごく飲み、
「暑かろう。皆も飲むといい」
それぞれに自分が飲んだものと同じ冷茶を勧めた。人を限定したこの小評定の前に、炊事場で働く者たちが、皆の喉が渇かないようにと気を利かせて、冷やし箱に保管された茶を汲んでくれていたのだ。幸村や桔梗、咲夜を始めとした皆は、昌幸に倣って冷茶を飲み、心と体を落ち着けることができた。それを見計らい、一時だけ間を置き、昌幸が重要な主命を絡めた本題の話を始める。
「先程の妖狐山の話に戻るのだが、咲夜たちが2つ目の国鎮めの銀杯を探す旅に出ていた時に、晴明が便りを送ってきたのだ。あり得ないことで便りを何度も見返したのだが、確かに晴明が書いたものであった。咲夜、読んでみよ」
咲夜は、一つの銀筒を昌幸の手から受け取ると、白い指でその蓋を開け、中身の書を開いて読み始めた。内容はこうである。
(多難ながら力を少しずつ増やし、目の前の課題をどうにか片付けていることと思う。あなた方は、3つ目の銀杯の在り処を知りたいはずだ。2つ目の銀杯を手に入れる運命にあるのは、卦を使い、既に知っている。また、他にも所用がある。我が庵を訪れなさい)
どうやら咲夜と竜次たちが、妖狐山に旅立って間もなくのタイミングで、宮殿にこの便りが届いていたらしい。つまり晴明は手紙を書いている時点で、竜次たちが2つ目の銀杯を手に入れるどころか、『多難』という言葉を使っていることから、結ケ原の合戦での大激闘も、定まった運命の流れとして見えていたのかもしれない。




