第109話 縁の国の方針
十分な情報が得られたことで、推測と判断が可能になった。書庫管理官に怒られないように、小声で皆が話し、得られた結論は、金熊童子を既に倒した今、他の5匹の強大な鬼たちも、封じられた鬼首が持つ妖力により、今の世に復活している可能性が高いということだった。頭領、平昌幸が考えていた最悪に近い結論だが、5匹の鬼たちの力は過小評価できない。根拠がない楽観論を持つよりずっとマシであり、できるだけ最悪のケースに身構えた方が、臨機応変な対策を採りやすい。
咲夜が代表して、便箋に、まとめた結論を書いて折りたたんだ後、それを白い指で無限の朱袋に仕舞った。超速子デスクライトを消し、地下ながら、採光の工夫がなされている天窓を見ると、書庫に入ってきた時より、日の光が強くなっているのが分かる。朝に行われた国鎮めの儀式を済ませ、それからまずまずの時間が経っていたようだ。
「十分な調査ができましたし、ここを出ましょうか。父上に報告しなければなりませんしね」
銀髪姫のリーダーシップに従い、竜次たち皆は、それぞれに調査を分担されていた資料を片付けると、入り口近くの腰掛けで、のんびりと座っている生き字引の書庫管理官に会釈をし、宮殿の地下書庫を後にした。
(改めて思う、咲夜姫は賢い。頼りになるな。まだまだ子供だと思っていたんだが)
アカツキノタイラの古語が多く混じった資料の読み方を、竜次は咲夜に教えてもらいながら調査を手伝っていた。その事と合わせ、皆をうまく取りまとめ、引っ張っていく彼女の後ろ姿を見て、大人の女性としての評価が、竜次の心の中で、可憐さと姫としての品を兼ね備えた咲夜に対し、芽生え始めた。
昌幸は評定の間に移っており、また、どこからか炊ぎ事のよい匂いがする。既に昼近くになっていたらしく、平一族は、竜次たち配下の者と、昼餉を共にするつもりだ。
「そうか、やはりお前たちもそういう見解か。私の考えと全く同じだ」
「はい。重要な情報が揃い、静かに皆で考えましたが、残り5匹の鬼の力を軽く見ることは、決してできません。最悪の場合を想定する必要があります」
昌幸、幸村、それに桔梗は、咲夜の的確で聡い進言を聞き、彼女の顔を見てそれぞれうなずく。これにより、平家と縁の国の方針は、完全なものになったと言ってよい。
「うむ。咲夜、皆の者、大昔の書を読み、よく調べてくれた。竜次、これでお前の不安も解消されてきたのではないか?」
昌幸にそう問われた竜次の顔に、残る影はほとんどなく、すっきりとした心と目をしている。それは竜次を知る、苦楽を共にしてきた皆ならば、誰しもがすぐに気づく変化であった。




