第7話 突入
演劇部に入ってから三日目、昨日の練習は途中からになってしまったので最初からちゃんと参加できるのはやっとのことだ。
数日の間に、憧れの先輩(鬼部長の方)と仲良くなるという重大な使命がある。
しかし三年後の先輩からアドバイスをもらっているとはいえ、練習に身が入っていなければ演劇部員として認められず好かれるどころではない。
――先輩はきっと、真面目で練習熱心な努力家の私を好きになるはずだ!
いやいや、好きというのは、恋人というわけではなく。
後輩として、純粋に。
私は先輩を、演劇をする人間として尊敬して好いているのだ。
同じように、演劇をする人間として認めてもらいたいし、好いてもらいたい。
だから三年後の先輩の願い出なくても、親しくなることには異論はない。むしろ望むところだ。
今日は体育館が使えない日で空き教室での練習であったから、ずっしりと基礎練習をつまされた。とはいえ、体力には自信がある。技術はまだまだでも、筋トレくらいなら――はい、あの人たち全員腹筋が化物みたいに鍛えられていました。私のぷにぷにしたお腹では、根性だけでは立ち向かえませんでした。
全身がぷるぷると子鹿のように震えている。
明日起きたら、ベッドから出られないんじゃないだろうか。早く帰って休みたいくらいだけれど、そういうわけにはいかない。
私は着替えもせず、先輩に話せるタイミングをうかがっている。
少し移動すれば更衣室もあるのだけれど、半分くらいの部員は部室で着替える。とはいえ、あまり広くないので上級生の場所という雰囲気があった。
当然新入部員の一年はいそいそと更衣室に移動するのだけれど、私は部室の入り口で待機している。着替えているところに押しかけるのは迷惑だろうし、出てきたところで話かけよう。
何人かの先輩が先に部室を出ていき、体操服姿のまま突っ立っている私をじろじろ見ていた。心配そうに声をかけようとしてくれた人もいたけれど「あっ」と私の顔を見て、目線を逸らす。
なんで!? って、多分、鬼部長にさっそく目を付けられた問題児の一年生だと覚えられているのだろう。今日も「疲れた演技だけは上手いのね? もう限界そうに見えるけど、まだ半分も終わってないから……無理なら練習はもう抜けていいけど?」と大きな氷塊にぶつかるような目にあった。沈没するかと思ったよ!
もちろん「全然余裕です!」と威勢よく返したけれど、筋トレのフォームが悪いとか、汗をかきすぎだとか、ヨダレをたらすなとか怒られた。
あと何人かが「あ、卓球部の」と呟いていたのも気になる。え、定着しているの? それっていじめじゃないですか先輩方?
しばらく待っていて、ほとんどの先輩たちが部室から出て行った。――あれ、先輩は? 鬼部長の先輩は?
頭の中で出ていった人数を思い出しながら数える。うん、先輩以外は全員出て行っている。
先輩はどうして出てこない? 私が見逃して、いつの間にか部室はもぬけのから? ――もしかしたら、先輩が中で倒れているとか?
練習のハードさ、さすがに慣れているだろうけれど、部長ということで今までにない気疲れもあっただろう。それで着替えたあと少し部室で休むつもりがそのまま――他の部員たちは既に帰った後で誰にも気づかれず――!!
「先輩っ!?」
もし誰もいないならそれで一安心だし。私はそう思って、万が一にも先輩になにかあったらと部室のドアを開けた。
「なっ!? …………なにかしら?」
先輩はまだいた。
倒れていない。ちゃんと立っている。着替えている最中だったみたいで、ちょうどジャージの下に着ていた白いシャツを脱ごうとしているところだった。
白くて細いお腹が露わになって、シャツを持った腕は交差して脇の上まで持ち上がっている。白く引き締まった細いお腹もがあわらになって、下着と脇もシャツの合間からのぞいていた。
「す、すみません、官能的なポーズの最中にっ!!」
「着替えていただけ……それでなに? 退部届ならそこに置いておいて」
「違います! 先輩に話したいことがあるんですが……外で待っていたんですけど、中々出てこなかったので……その心配になりまして」
「わたしはあなたが心配。卓球部でもうまくやっていけるか」
「卓球部のみなさんとは同じ体育館を使う間柄として仲良くやっていきますっ! 演劇部員としてっ!」
「そう、ならこれからはどんなときにもノックしてから入って来て」
なんだか、いつもより私を攻め立てる言葉の切れ味が悪い。着替えを見られて恥ずかしかったのか、頬を赤くしているように見えた。
肌が白いせいで、わずかな変化も目立つ。別に同性なんだから、そんなに恥ずかしがらなくても。私が急に入って来たのは、悪かったと思うけど。
先輩はいそいそとシャツをまた卸した。私がいるので着替えは中断らしい。
「それで、用は? ろくな内容でなかったら、怒るけど」
「えっ、いやその……」
着衣が正常になったのか、先輩はいつもの鋭い目つきで私をにらむ。
まずいな、作戦を始める前から好感度が下がっている気がする。





