第18話 原因
『結菜は正直になったほうがいい。やっぱりわたしのことを愛しているし、必要だし、怒られるのが好きだって』
「待ってください! 怒られたいわけじゃないんです! ないんですけど……先輩によそよそしくされるのが……嫌なだけで……」
愛はわからないし、必要ではあるけれど、怒られるのが好きというのは認めたくない。入部初日だって心が折れかけていたところ、なんとか強い憧れの気持ちと不屈の精神で耐え抜いただけで、あれ普通の高校一年生だったら泣き出して問題になっていたかもしれないんですからね!?
しかし最近元気のなかった三年後の先輩は、水を得たようにうきうきとスタンプまで送ってきた。なんだこの人、私のことを勝手に変な人扱いしておいて。
元気を出してくれるのは、私も嬉しいけど。
「私は先輩には前みたいにしてほしいだけなんです」
『前見たいって? 今のわたしはどうなの、冷たいわけ?』
「冷たくはないです……それは、むしろ前までの方が冷たかったです」
『じゃあ、どういうこと?』
冷たくされているわけじゃない。怒られなくもなった。
冷静に今の先輩のことを考える。私にも、他の一年生に対してと同じような扱いだった。
「他の一年と、同じ感じで……」
『ふぅん、それで?』
「それでって、それだけですけど」
言い返して、おかしなことを言っていると気づく。
『結菜ももうダメな一年生じゃなくなったってことでしょ? それが普通じゃない?』
「普通……で、でも、前の先輩は、怒る以外でも……もっとこう……陰湿な……」
『素直じゃないなぁ。結菜はもう、わたしから普通の扱いをされるだけじゃ満足できないんでしょ?』
「それはっ!」
スマホを片手に、私は固まってしまう。
違うと否定しようにもできなかった。私が言っているのは、単なるわがままじゃないか。親離れしていない子どもみたいな。
「すみません、私……変なこと言っていたみたいで……」
『ううん、変なことじゃない。いいの、結菜。もっと正直になって』
「いや、本当に私は先輩から怒られたいわけじゃなくて」
『結菜も、わたしの特別でいたい。そうでしょ?』
「なっ、えっ、特別って……」
自分の部屋で一人きりだってのに、声まで出して慌てふためいた。
特別ってそんな、それは憧れの人に認められたい気持ちはある。でも特別ってそういう。
「それは、先輩は憧れの人なので……特別に思ってもらいたいっていうの、同じ演劇部員としてはありますけど」
『安心して、結菜は特別』
「演劇部員としてですけど……あと、こっちの先輩の話で」
『同じことだと思うけど? でも、結菜は三年前のわたしにももっと特別に思ってほしいんだね。うん、いいと思う、いい傾向』
ゆるキャラが誇らしげな顔のスタンプを受け取って、私は言いようのない負けた気分になる。
違うんだ。違うんだけど。
「私はただ、先輩にちょっと他の一年よりも多めに構ってもらいたくて、それで演劇も上手くなりたいから厳しめに指導してもらいたいというだけで」
『それが恋じゃなかったら、なんだって言うの』
「恋じゃないです! 普通に先輩から面倒みてもらいたい後輩ですっ」
『そういうところから、恋に繋がるものでしょ』
にやにやと鼻につく表情のゆるキャラスタンプが送られてくる。
先輩相手でなかったら怒ってしまいそうだ。
「違いますって。だいたいこれが恋って……先輩はどうだったんですか? 私のこと、入部して直ぐのころはどう思っていたんですか?」
可愛い一年生とかそんなことは前にも言っていたけれど、そういう意味ではどう思っていたのか。
この前は聞けなかった、先輩が私を好きになるまでの話だ。
三年後の先輩は、聞いてもいないのに惚気てくるので、落ち込んでいない今なら聞けば教えてくれると思った。
でも意外なことに返事までしばらくの時間がかかる。既読はついているけど、もしかして聞いちゃダメだった?
「すみません、なんか私が……正確には三年後の私ですけど、先輩に好かれているって前提みたいなことで質問してちょっと自意識過剰だったし、踏み込んだ質問だったと言いますか……」
『ああ、違うの。ちょっといろいろ考えてしまって』
「え、やっぱり私を好きになるところなんて思い出せなくて?」
たいした理由がなくても好きになることはあると聞く。先輩から私に告白したというから、なにかしらでは好きになっていたんだとは思うけど、それでも私みたいな人間だ。特に褒められるような長所もないし、なんかこう、本当に偶然みたいなことで理由なんてないのかも。
「特になかったら、それはそれていいんですけど」
『そうじゃなくて……ううん、いっぱいあって。それに、あなたの方の結菜にも最初に動画で送ったでしょ? 結菜のどこが好きかって。結菜の好きなところは、いっぱいあるから。いっぱいありすぎて、選べないくらいで』
「あ、ああーそう、ですか……」
不安になったばかりで、真っ直ぐ返ってくると照れてしまう。そんないいところあるかな、私。
「でもその、きかっけはあるわけですよね? 私のことを好きって意識するようになったきかっけが」
『結菜がわたしに怒られたこと……みたいな?』
「だから私が先輩に怒られた設定はどっから来ているんですか!?」
ニタッと意味深な笑みをゆるキャラスタンプが来て、私はおちょくられている気分になった。
『……最初って言うと、結菜は放っておけないところがあって、それで気にかけている内に……どんどん考えるようになって、それでってことになるかしら』
それから先輩の返ってきた文章を読んで、なるほど、と思う。
なるほど、あれ、これって。
「先輩、それって私がダメな一年生だったから好きになったってことですか?」
『ダメじゃない、結菜は天使』
「そうじゃなくて……え、もしかして、私ががんばって演劇部の落ちこぼれじゃなくなったから、先輩は私を好きにならなくなったってことですか!?」
憧れの人と同じ舞台に立てるように、そう努力した私は――どうやら憧れの人と恋人になれる未来を失ってしまったらしい。





