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第17話 目覚め

 三年後の私と先輩が恋人でなくなった理由はわからない。

 でも私はおおかたで先輩が気変わりした――というより、気変わりをしなくなったのだと思っている。


 あの鬼部長の先輩が私に告白するなんてのがやっぱりおかしいのだ。

 恋人になったのは先輩からの告白だったとして、その前に、先輩が私を好きになったきっかけがあったはずだ。

 なにか、先輩がおかしくなるきっかけがあった。私を好きになるなんて、おかしなきっかけ。

 そのきっかけがなんのかは気になる。

 でも三年後の先輩に聞こうにも、さっき私が「友達から」と言ったせいで悲しみに暮れている。これはしばらく聞けそうになかった。


 ただ焦る必要はない。告白は卒業式なら、まだ先のことだし、なにより私はどうしても先輩に告白されたいわけじゃない。なかったらなかったで、と思う。三年後の先輩には申し訳ないけれど。


 しかしそんな呑気に受け身の気持ちでいられたのは、春の部内公演が終わるまでのことだった。


 一年生だけ、スケジュールも押していて準備期間も当初より短くなっていた。

 その割には――という言い方は不本意だけれど、自分たちのことながら最善は尽くせたと思う。


 順当に一年生たちは自分の実力を発揮できていた。

 中でも前評判を覆して、観客だった先輩方から一番注目を浴びたのが何を隠そう――私だった。


 私が演じたひょうきんな新米兵士は大好評。ヘマばかりで騎士隊長からよく怒られる役で、まあ普段の私通りと言えば私通りなのだけれども。

 舞台での立ち振る舞いや台詞、そういった技術的なところもしっかり褒められたのだ。

 OG(卒業した演劇部の先輩)から「君は才能あるよ。聞いたよ、演劇初めてまだ一ヶ月もたっていないて」と才能の原石扱いもされた。

 恥ずかしながら三年間ぬるい一人だけの演劇部経験があるので、本物の初心者ではないから、ちょっと手放しには喜べないとろもある。

 それでも「君みたいな子、ウチの劇団にちょうどほしくってさ。あ、実は卒業してから、有志で劇団をつくってね。ほとんどは大学生と社会人だけど、よかったら君も――八雲さんも今度参加してみない? 部活の方の合間でもいいからさ」という誘いまで受けてしまった。

 そうか、高校を卒業後も演劇をやることは考えていなかった。

 でも三年たったら、私も高校をを卒業して、もう演劇部では活動できない。


 憧れの先輩と同じ舞台に立ちたい。それだけを考えて一直線で来ていたから、その先までは、イメージすらできなかった。

 先輩は、卒業したらどうするんだろう。そうか、三年後の先輩に聞いたらわかるのか。どうなんだろう、たとえばこのまま、私も先輩と同じ大学を目指して――大学で同じ演劇サークルに入る。

 私と先輩は高校では一年間しか同じ舞台には立てないけれど、大学でなら二年間だ。


 いやいや、まだ私はここでも先輩と同じ舞台には立てていないのに! そんな先のことまで考えられないって!


 もちろん先輩への憧れは単に先輩個人への思いだけじゃなくて、演劇そのものへの憧れにもつながっている。

 だから先輩とは関係なく、私の演技が評価されて「ひょうきんなトラブルメーカー」みたいな役であっても認められて必要とされるならうれしいし、正直、興味はある。

 演劇部はハードワークで、練習日ばっかりだ。

 でも聞けば社会人も多い劇団の練習は、カレンダー的に見れば多くない。集まれるときに集まって、集中的に練習する。――上手いことやれば、調整できるのか?


 卒業生の人たちがやっている劇団だし、どっちにも上手いこと融通効かせてくれる気もする。

 でもでも、やっぱりまだ私には荷が重いって。


「よかったじゃない」

「え?」

「劇団に誘ってもらったって聞いたけど」


 ほうけていると、先輩に、声をかけられた。

 部内公演のあとは、一年生はそれぞれ先輩たちから感想という名のフィードバックをもらいにまわる。聞いてまわる順番にはルールがあって、簡単に言えば年功序列。古株のOGからまわって一段落し、現役の先輩たちの話をやっと聞きにいきはじめたところだった。

 とうぜん、現役の中では部長の優先度は高い。

 なので本来なら最初に聞きに行くべきなのだけれど、先に来ていた一年生で行列ができてしまっていた。

 鬼部長の先輩は、怖いけど上下関係とかしきたりみたいなことには興味がないから「わたしはいいから、先に他の先輩たちからも話を聞いてきて」と並んで待っているより効率よく話を聞いてこいと解散させた。


 というわけで、私は、憧れの先輩の話を最後まで聴けていなかった。

 実を言うと、先輩から何を言われるのかわからなくて、ちょっとだけ怖かったのだ。

 それでも他の先輩たちからの感想もすべて聞いてしまって、想像以上にほめられたことで、逆に――もしかして先輩からもほめてもらえるのでは!? とつい期待してしまって、「いや、あの鬼部長が私を褒めることなんて……」と別のこと(劇団に誘われたこと)を考えて冷静になろうとしていたのだ。


「あ、その……まあ、私みたいな、若くて常識に囚われない才能ってのは必要とされているみたいですね!」

「……」

「すみませんっ、調子に乗りましたっ! 謝るのでその冷ややかな目をやめてくださいっ」

「実際、八雲はよくがんばっている。常識はもう少し学んでほしいけど」


 先輩はいつになく優しげに微笑んだ。

 ほめられた――んだよね? あの先輩に! 褒められた!


「先輩のおかげです。全然ダメダメだったのに、指導してもらってなんとか……」


 素直によろこべばよかったのかもしれないけれど、正直な気持ちだった。私は他の一年と比べると二倍お世話になっている。


「嘘、わたしが教えた以上のことできているから。きっとセンスがあるのね」

「いや、それはその……本当に先輩のおかげで」

「あまり謙遜されても、気分が良くない」

「そういうわけじゃ……」

「くどい。……ごめんなさい、最初はあなたをあまりに才能がないド素人だと思っていたから」

「それは本当のことで、先輩には感謝を……」


 このとき私は、自分の考えが足りていないことに気づかなかった。

 たしかに私は先輩から二倍お世話になっている。でも目の前にいる鬼部長の先輩は、そんなことは知らない。

 私の成長の早さも、先輩からしたら驚いただろう。今の先輩よりも三年間経験を積んだ先輩にもマンツーマンで教えてもらっているんだ。

 二倍どころじゃ、なかったかもしれない。


 たった一ヶ月ちょっと。先輩の方がはるかに実力は上で、私なんてまだまだ素人に毛が生えたレベルだった。

 それでも先輩は想像を超えた私の成長に、指導者として部長として――自信をなくしてしまったのかもしれない。


 それから私と先輩の距離はどこか開いてしまって、以前のように罵倒されることも、必要以上に厳しくされることもなくなってしまった。


「先輩っ!! 聞いてください、先輩が私に優しいんですっ、もう理不尽に怒ってくれないんですっ!」


 三年後の先輩にメッセージで泣きついた。


『やっぱり目覚めているじゃない』


 そうじゃない――んだけど、もしかしてそうなの!? このさみしさは、心の隙間はそういうことなの!?

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