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第15話 光陰

 あとあと考えると、多分ゆるキャラ下着事件のあとに「一年生に任せてほしい」と先輩に伝えたことよりも、三年後の先輩に背中を押されて私が責任者に立候補したことで一年だけでの話し合いが前に進んだことが転換点だったのだと思う。


 先輩は結局、春の部内公演がどうなっているのか心配していた。

 わざわざ一年生の話し合いが終わるのを待って、私に探りを入れてきたくらいだ。

 もしあの時まだなにも決まっていなくて、三年後の先輩から事情を聞いていなかったら間違いなく私は先輩に相談していただろう。

 それで、一番緊急性の高かった脚本選びも先輩に意見をもらっていたんじゃないか。それで先輩が案にくれた本をそのまま使って――。


 春の部内公演は一年生だけでやるのが伝統らしい。

 観客も演劇部関係者だけだから、どんなひどいものになっても自分たちだけでやりきることが大事だったのに。

 もしこれで、口を出した先輩が他の部員たちからひんしゅくを買っただけの話だったら、多分先輩も後悔していなかっただろう。

 けれど実際はそうではなく、例年よりもできの良かった部内公演が、部長である先輩の手柄のように扱われてしまった。


 別に一年生たちだって、先輩のことは恨まなかっただろう。

 でも先輩は、ずっと申し訳なく思って、三年たったあとでも後悔していた。


 だから三年前からやってきた私に頼んで、過去を変えた。

 未来でも台本が変わって、先輩の後悔はなくなった。先輩自身の記憶は変わっていないけれど、三年後の演劇部員たちの記憶は変わった。当時の一年生――私の同級生たちも、自分たちで選んだ脚本で、自分たちだけの力で部内公演をやって、ケチの付かない評価をもらったはずだろう。


 これは、いいことだと思った。

 未来を変えること自体の意味も深く考えていなかったし、私利私欲で未来を変えるってことでもないから。誰かが傷つくわけでもないし、いいことだって。


 次の一年生の集まりで脚本が決まった。特段どの本も差はないと思ったし、登場人物の数とか舞台背景の簡単さとかそういう都合の面で、一番やりやすそうなものに票が集まった。

 私は三年後の先輩からの甘やかしながらの指導と、鬼部長の先輩からのしごきの指導の二重生活のおかげで、初心者ながらめきめきと成長できていたみたいだ。


 三年後の先輩からは『舞台に出ない役』と役をもらえず裏方になると嫌な未来をネタバレされていたのだけれど、こちらの私はなんとか役にありつけていた。端役だけれど、ないよりはずっといい。初心者の私にしては、快挙だ。


 いろいろと良い方向に未来が変わっていると思っていた。先輩の後悔はなくなったし、私も元の未来よりいい未来に――。


『結菜、聞いて』

「え、どうしました先輩?」


 三年後の先輩からのメッセージはそれからも定期的に――というかほとんど毎日届いていた。

 たいていはどうでもいい内容で……というと先輩に申し訳ないのだけれど『ゆいゆいはわたしのどういうところが好き?』とか『ね、ゆいゆいはわたしに似合う服ってどういうのだと思う? どういう服着て欲しい?』とかそんなんで。


 つまり恋人である三年後の私が忙しいから、代わりにこちらの私が相手をさせられているという状態だった。

 その分私も、三年後の先輩というハイパー甘やかしてくれる存在相手にこれでもかといろいろ教わっているのだから、特に文句もなく、むしろ感謝しかないのだけれど。

 ともかく、今日もどうせそういうたいしたことない用件だと思っていた。


『結菜が大変なの』

「私はまあ、毎日大変ですけど」

『違う、こっちの結菜。わたしへの愛を素直に出せる方の結菜』

「……はぁ、そっちの私もまあ大変そうですけど」


 大学受験に失敗して、恋人との連絡も取らずに勉強ばかりしているらしい。受験勉強は高校受験でも散々やったばかりだけれど、あれは高々半年足らずだった。あれでも気がおかしくなる手前で、しかも失敗してまた一年なんて言われたら――想像もしたくない。


『結菜が、大学に通っているみたいなの』

「え? 私が、大学に? でも浪人中だったんじゃ……」

『過去が変わって、それも変わったみたい』


 実は、内心では「このままだと受験に失敗するなら今から少しずつ勉強した方がいいのでは……」と思っていたのだ。もちろん三年後の先輩から悲しい未来を聞いたからで、先輩目線では過去が変わったと言うことになるけれど。

 驚きは、そこまでなかった。

 受験に失敗する未来の私がまだ眉唾だったのもあるし、第一に。


「いいことじゃないですか、それって。え、やったー! 私、ちゃんと進学できたんですね!」


 驚きよりも喜びが勝った。


『……いいことではあるけど』

「なんですか、先輩だって嬉しいですよね? そっちの私も受験勉強しなくなったんなら……あれ、そうなるとそっちの私も先輩とは毎日メッセージのやり取りしていることになるわけですか?」

『してない』

「え、してないんですか」


 勉強で忙しいから連絡を控えていたという話で、気にする必要がなくなったのなら、恋人同士だし、以前のように頻繁に連絡を取っているはずだと思った。


「もしかして、私と連絡を取っているから……そっちの私とは連絡取れないみたいな? 通話ができなかったみたいに、同時にこっちの私とそっちの私の両方とはメッセージが送れないとか」

『……そういうのとも別で』

「じゃあ、なにかあったんですか?」


 聞きながら、もしかして――となにか予感めいたものがあった。

 つまり受験の結果と同じで、私の中では最初から納得し切れていなかったもので。


『わたしと結菜は、もう恋人ではないみたいなの。……「もう」というか、最初から付き合ってもいなかったみたいで』


 私と先輩は破局――ではなくて、そもそも付き合わない未来になってしまっているようだった。

 やっぱり、と思ってしまう。

 だって、私と先輩が恋人になるなんて、元から信じられていなかったし、どんどん今の私が好き勝手していったら、そうなるんじゃないかって薄々感じていた。

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