第14話 仲良し
「それはマクドナルド理論ね」
三年後の先輩に言うはずだった苦情――私が代表に立候補したら、他の一年生が急に責任のある役割を奪い合うように決めていった話をしたら、先輩は涼しげに言った。
「マクドナルド? らんらんるーのですか?」
「らんら……? ハンバーガーのあれよ、知っているでしょ」
「え、はい、知っていますけど」
有名なファストフード店で、いくら私でも名前くらい知っている。
だけど急にどうしたんだ。先輩はお腹でも空いているのか?
「話し合いで食事にどの店を選ぶか決めるとき、最初にマクドナルドを提案すると、それなら別の店がいいと他の意見が出やすくなるという話ね。だから会議が硬直したときは全員から反対される提案をするのがいいってこと」
「待ってください、それって失礼じゃないですか!?」
「そうね、マクドナルドは美味しいものね」
「じゃなくて私ですよ!! なんで、私は全員から反対される前提みたいな!!」
と怒ったけれど、現に全員から反対されたわけだ。
そもそも私だって、自分にふさわしくないとは思っていた。でも誰もやらないから、それでも立候補したっていうのに。
「…………ショックです。一年のみんなからもそこまで私ってダメに思われているんですか」
「見る目のある一年生ばかりで部長からすると安心だけど」
「なんですかっ!! 私だって……そりゃ、全然初心者ですけど……」
「まあ、八雲が動いたから話が進んだのは間違いないから」
先輩は一応、私をフォローしてくれているみたいだった。
でも先輩がパンツ見られて抜け殻になっていたときは、もっと私は励ますのに全力だったぞ。そんなスカスカなフォローじゃなくて、手厚く褒めてほしいよ。
とはいえ、だいぶ私の中にあったもやもやは霧散していった。
三年後の先輩宛ての苦情も消化して、私はただ「脚本も無事一年生だけで決められそうです」とだけ報告する。
『よかった。それで結菜の役は決まったの?』
「まだです。脚本が決まってからオーディションするので」
『あ、舞台に出る役なの?』
「え、なんですか、舞台に出る役って……逆に出ない役ってなんです?」
三年後の先輩から届くメッセージに、私は眉をひそめた。
もしかして、先輩が知っている未来では――。
「つかぬことをお聞きしますが」
『言って置くけど、もうゆるキャラの下着なんて履いていないし、持ってもいないからね』
「そうじゃなくてですね、私って……その先輩から見て三年前の私は、春の部内公演でなにしていたんですか?」
代表になれなかったことは、元からなりたかったわけではないからどうでもいい。
だけど、舞台には出たい。主役とまでは言わなくても――いや、さすがに主役が無理なのはわかっているし――なにかしらの役がほしい。
ただ初心者の私にはそれも厳しいのはわかっていた。わかっていたけれど。
『……こういうのは、聞かない方がいいんじゃない?』
「待ってください。これ、悲しい未来は聞かない方がいいって言ったときと同じ流れですよね!? だいたいさっきの舞台に出る役って聞いて驚いてたじゃないですか! やっぱり裏方なんだ!」
『わたしは、舞台に出ないからといって裏なんかじゃないと思っているの。全員が舞台に必要な存在なんんだから、表だ裏だなんて分け方……役者以外のスタッフだって重要な仕事なんだから』
「やめてくださいっ! まだ裏方に決まったわけじゃないのにそんなフォローっ!!」
三年経ってもこの人にはフォローのセンスがないみたいだ。演技力はあるくせに、こんなときばっかり白々しいことを言って。
『そうよね。その、もし結菜が発言権のある役割になっていたら、そのまま上手いこと舞台に出られるんじゃないかって思っていたから、そっちが上手く言ったのなら出られる可能性も』
「そんなつもりで私に重要な仕事をさせようと!?」
私ならできると背中を押してくれたのは、そんな打算的な――というか、それはもう、このままだとダメだとはっきり言っている。しかも。
「だからって実力以外のところで、私は役を取りたいわけじゃないんですけど……」
『まあでも、みんながやりたがっていなかった仕事を率先してやるんだから、多少そういう不公平さがあっても。演劇の世界って案外公平なように見えて不公平なものだから』
「……先輩は部長らしからぬことを言いますが、幸いにも私はなんの役割も持ってません。監督も演出も他の人に決まりました」
言わない予定だったことも結局言って、おまけに先輩の意図にも納得しきれず恨み節になってしまう。
『マクドナルド理論ね』
「全員が反対する選択肢を最初に出すやつですよね」
『あ、知っていたの』
今日聞いたばかりで二回目だった。先輩は覚えていないのか。
いや、違うか。多分、三年後の先輩は――未来が変わる前の私は責任者の立候補もしていないし、先輩とさっきみたいな会話もしていない。プロテインの話も、ゆるキャラの話もしていないんだ。
「三年前の、こっちの先輩にも同じことを言われたので」
『結菜、世界で一番売れている食べ物はマクドナルドのハンバーガーなの』
「え、なんですかそれ」
『だから、マクドナルドのハンバーガーは世界で一番美味しい。つまり、結菜も世界で一番よ』
「いや、意味わかんないですって。売れているのと美味しいの関係性もわからないです」
『わたしが結菜のこと世界で一番って言ったら、結菜もわたしのことを世界で一番って返してくれる約束』
「知らないです! こっちの私はそんな約束知らないですから!」
適当なことを言われて、けむに巻かれた気がした。かと思えば。
『知らないなら覚えて。今結菜はあなたなの』
「……いや、私はいつでも結菜ですけど」
『じゃあ、わたしのことは?』
最初の日みたいに、また無理に私から言葉を引き出そうとしてくる。
やっぱり、先輩は三年後の私と連絡が取れないから、さみしいんだろうか。一応、未来の私のことだから、少しだけ責任を感じてしまう。
仕方なく、私は先輩を甘やかすことにする。先輩も、さっきは私のことを褒めてくれていたみたいだし。
「世界で一番の先輩です」
『はい、結菜が自分の気持ちに正直になるまで三分かかりました』
「なんですか、その返しは!?」
そんな静かになるまでの時間を計測する嫌な先生みたいなことを言われたら、私の気持ちは何だったのか。だいたい、正直というより無理に言わされたのに。
ともあれ、こちらの先輩とも三年後の先輩とも、なんとなく仲良くなれている気がする。どちらも憧れの先輩だから、私としては――正直、悪くない気持ちだった。
そんな呑気な私は、これだけ大きく未来を変えることがどういう意味かなんて考えてもいなかった。





