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第13話 難航

 一週間が経って、台本が決まっていない。

 がんばるターン、がんばれていない。

 いやいや、がんばってはいるのだ。演劇部の通常の練習メニューがあって、そのあと一年で集まっていろいろと準備する時間があるのだけれど――。

 まず裏方志望が少ない!

 そりゃ演劇部に入って演劇をやろうっていうんだから、役者志望が多いのはわかる。わからない人もいるかもしれないけれど、これは「バンドやるぞ!」ってボーカルばっかり集まるのとはわけが違う。

 バンドやるぞって言って、ステージ音響や照明やりたいですって人がどれくらいいるかって話だ。いないんだよ、普通そんな人は!


 まあ不思議と演劇部で活動していると、裏方にも興味を持ち出す人というのはいるらしい。

 人手不足で仕方なくだったり、交代だったり、そういう理由でなんとなく裏方をやって、意外と相性がよくそのまま専門になってしまうとか。

 他にも、役者志望ではあったけれど上手く行かず、それでも演劇への憧れは捨てられずにせめて裏方で――というパターンである。

 しかし、私はどちらでもない。中学では私だけの演劇部で、裏方の類いも一通りこなした。でもやっぱり私が憧れるのは役者だ。舞台に立ちたい。

 それに、役者が上手くいかなかったから――いや、まだそんな成功も失敗もわからないくらいの初心者なんだけど――恋人になれないからって、せめて友人になりたいみたいな未練がましいことはしたくない。ダメならダメで、きれいさっぱいあきらめる。

 それくらいの覚悟で演劇に、役者に――そしてやっと入れた憧れの先輩がいる演劇部に入ったのだ。


 ということで、私は裏方をやるつもりはない。

 だから他のみんな、がんばってくれ! 役者と兼任できる裏方だったら私もやるから! 舞台美術とか!

 そういうスタンスでいたのだけれど、どうもそれは私だけではなく、他の一年生たちも同じようだった。そりゃそうだ。みんな、自分の都合がある。

 私だけが崇高な夢を持っているわけじゃない。

 鬼部長のしごきだって私以外の一年生にも向けられているんだ。


 だからまあ、仕方ないんだよ、役割分担が上手く行かないのは。

 もちろん、みんなある程度実力でいい役割を決めていくことには納得している。

 だから主役に始まって、出番の多い役は一年生の希望者全員でオーディションして決めることになった。

 でも肝心の脚本が決まらない。脚本が決まらないからどんな役があるかも定かではなく、オーディションもできない。

 脚本と言っても、一から新しいものを書き上げるなんて話じゃないから、適当に人数や尺がちょうどいいものを選ぶだけだ。選ぶだけなのに――決まらない。

 理由は簡単、監督と演出が決まっていないからだ。

 ついでに製作進行もいない。

 いや、製作進行なんて中高の演劇部にいるのもおかしいんだけど。


 ともかく、話をリードする人間が誰もいないのだ。

 代表者不在、探り合いのまま必要なところが全然決まっていかない。かと言って、誰かを無理矢理進行役にすることも、監督や演出みたいな舞台の重要な役どころにするわけにもいかない。


 一応で言えば、役者が監督や演出を兼任できないというわけではない。

 だからまあ、やれと言われたら私がやってもいいんだけど――いやいや、私でいいの!? ダメでしょ!!


 おそらく部内で一番実力がなく、部長に目を付けられて卓球部扱いされている私がそんな重要ポストについていいはずがない。

 だから中学からばりばり演劇部で経験を積んできている他の誰か、お願いだからやってくれ!


 と願っているうちに一週間である。

 脚本が決まらず、役割もほとんど決まらず、時間だけが過ぎていく。


「先輩っ! 助けてくださいっ!」


 泣きついたのは大見得切って「一年に任せてください」と伝えた鬼部長の先輩ではなくて、三年後の先輩の方だ。

 こっちの先輩にも『部長のアドバイスは必要ない。一年生だけでなんとかなる』とは言われているけれど、どうにもなりそうにないのだから、助けてほしい。


『助けてって言われても、わたしにできることなんて……』

「一発ですべてが解決するアドバイスとかくれないですか!?」

『そんなものない。ちゃんと話し合って、まず代表者を決めてその人に進行してもらって』

「そういうのが……ほら、今の現代っ子って責任のある役職は誰もしたがらないんですって」

『結菜は? 責任とか罰とか好きでしょ?』

「どういうイメージですか!? それ、未来の私ですか!?」


 責任はともかく、罰って。好きじゃないよ……好きじゃない。


「……いやその、言いにくいですけど、私は難しいですって。一番初心者ですし、部長からも目をつけられてますし」

『一番伸びしろがある期待星ってことじゃない。結菜ならやれる』

「そんな言い方変えられても……」

『わたしは、結菜ならできると思っている』

「……三年前の私でもですか?」

『当然』


 信じてくれるのはありがたいけれど、それだけで「はい、やります!」とは言えない。要するに、現状はチキンレースだ。一年生全員で、責任のある役割を無言で押しつけ合っている。

 だからこんな私であっても、やると言えば、みんな反対派しないだろう。

 自己紹介からやり直しと入部拒否されてもあきらめなかった私の根性を甘く見ないでほしい。誰もやらないまま時間が過ぎるよりは、まだ私の方がマシである。


「……私、やろうかな。監督でも演出でも……とにかく、話し合いの進行って言うか代表って言うか」


 そういうことで、次に一年生だけで集まったとき、早々に宣言した。

 すると。


「え、本当? 八雲さんが?」「あーでもそれなら、わたしもやってもいいかも」「わたしも、監督とかちょっと興味あったし」「脚本とかさ、全員で持ち寄って、そっから投票で決めない?」


「……え?」


 あれやこれやという間に、いろいろと決まった。

 いやいやいや、決まるのはいいんだけど!! ありがたいんだけど!! 私もやりたかったわけではないんだけど!!


 釈然としないまま解散となり、私はこのもやもやを三年後の先輩にぶつけようとしていた。しかし、メッセージを送るよりも、向こうから先に来た。


「ちょっといい? 卓球部……曲がりなりにも歓迎したから、この呼び方もおかしいか」


 ただし、鬼部長の方の先輩である。

 ようやくこちらの先輩も私の名前を呼んで――。


「ゆるキャラ下着」

「なんですかその呼び方は!?」

「一番覚えていることだったから」

「いや、それはそうですけど、ゆるキャラ下着って!?」

「わたしのゆるキャラ下着を見た人間って意味だけど」

「そうですよね!? ゆるキャラ下着って呼ばれると、私がゆるキャラ下着みたいじゃないですか!?」

「……あなた、わたしにゆるキャラの下着を履いていることは別に恥ずかしいことじゃないって言ったでしょ」

「言いましたけど!!」


 放心状態の先輩をなぐさめるために、そんなことも言った気がする。

 でもそれはゆるキャラ下着を履いていることが恥ずかしくないというだけで、ゆるキャラ下着というあだ名をつけられることを許容したわけじゃない。

 だいたい下着呼ばわりって最低のあだ名では!? セクハラなのでは!?


「冗談。……嫌なことを思い出すから、えっと八雲」

「あ、はい」


 呼ばれるのは二回目だけれど、まだ慣れない。三年後の先輩から結菜と呼ばれるのとはまた違う。ぞんざいだけど、ちゃんと私を呼んでくれている。


「春公演の調子はどう?」

「え、春公演ですか……それはまあ、その順調ですけど」

「ならよかった」


 三年後の先輩からのお願いもあったから、先輩相手に部内公演の話は避けるべきだと思っていた。

 しかし、さっきいろいろ決まって、一番問題だった脚本のこともなんとかなりそうだ。だからアドバイスを求めないのであれば、話しても大丈夫なのだろうか。

 でも急にどうして? 部の練習時間はもう終わって、私も先輩も着替えて帰るところだ。

 つまり、私に声をかけたのは偶然というよりは――待っていた?


「えっと、なんで私に聞いたんですか? もしかして、私が問題児だから!?」

「……一年の中だと、一番八雲が聞きやすかったから」

「地位が一番低いからですか!?」

「違う。他の一年は、わたしを怖がっているから」

「私だって先輩のことは怖いですよっ!!」

「面と向かってそれが言えるだけであなたは別よ」


 ……まあ、そうなのかもしれない。

 三年後の先輩効果とゆるキャラ下着のおかげだと思う。あれだけ厳しくされた後で、もうこれ以上恐れることもないというのもあるけど。

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