第12話 歓迎
三年後の先輩からメッセージが届いてから一週間くらい。
いたことがないのでよくわからないけれど、恋人同士だったらいくら勉強に集中しないとっていっても連絡の一つや二つするものなんじゃないだろうか。
恋人はいたことがないけれど、友達とだってしばらく連絡取っていないと寂しい。特に私は、ちょっと無理して進学したから、中学時代の友達はだいたい別の高校で、親友のみさぽだって――。
そういえば、みさぽに高校入学してから連絡してなかった。
「みさぽ、久しぶり。元気してる? 高校どう?」
『ゆいさん、久しぶりー! 元気だよー。高校はあれだね、勉強する場所だね。びっくり』
「知らないと思うけど、中学も勉強する場所だったんだよ」
『驚きだ』
メッセージを送ると、直ぐにいつも通りのみさぽが返ってくる。
そのまんまだ。安心した。
『でも、ゆいさんは勉強のために高校行ったわけじゃないでしょ? どうなの? ちゃんと会えた?』
「え、会えたって」
『好きな先輩、いるんでしょ? どうだった? もしかして、もう告白とかした?』
「会えたけど、好きって言うか憧れの先輩ね」
みさぽには文化祭で素敵な先輩に一目惚れして、この高校を選んだと言っていた。
だから誤解しているんだろう。
「告白って、そういうのじゃないんだって」
『でも付き合いたいんじゃないの? 憧れでしょ?』
「いや、憧れの人ってそういうのじゃないって」
そうメッセージを返しながら、しかし三年後には恋人らしいということが頭を離れない。
でも、それは少なくとも今の話ではないし、未来もそうと決まったわけではない。
『付き合いたいとか、ないんだ?』
「ないよ。今のところ」
『今のところ?』
「他意はないです」
みさぽは親友なので、未来の話をしてもいいかもしれない。
でもさすがにことがことなので、メッセージで済ませるというのは避けたかった。みさぽは親友なのでよくわかる。「未来からメッセージ? ゆいさんすごいですーSFですねー!」と素知らぬ返答をしながらも内心では「え、この人大丈夫? 距離取った方がいい?」と考えるようなところがある。
せめて顔を見られるときがいい。
みさぽは親友なので、顔を見て話せば、荒唐無稽な話でも信じてくれるかもしれない。
そうだ、週末にでも――と、強豪演劇部に土日休みなんて概念はない。しばしば公演が近づくと週七日寝ているときと授業があるとき以外は練習時間になると鬼部長の先輩から入部の際に伝えられていた。
十分な脅し文句で、私の自己紹介を何度もやり直させたのと同じで、生半可な気持ちで入部するなということだ。
私の覚悟は十分。
入部して間もないけれど、春の部内公演までは一ヶ月ほど。覚悟を持って入部したからには、新入りだからと甘えたことも言っていられない。土曜日も当然練習日で、三年後の先輩からの話ではここで春の部内公演の話が本格的に始まるらしい。
一年の中で役割を決めて、一年だけで舞台を成立させる。
そう身構えて土曜日の部活に参加したのだけれど――。
「……歓迎会?」
「演劇部の新入部員のね、卓球部」
「相変わらずそのあだ名歓迎されていないですっ!!」
教室一つを貸し切って、軽いパーティーが開かれていた。
あれ、聞いていた話と違う。いや、聞いていなかっただけ? それよりも、先輩だ。こちらの先輩はいつも通り私に冷たいけれど。
昨日のことは、プロテインとゆるキャラで打ち解けたことも、そのあとのアクシデントで放心していたこともなかったことになっている?
「えっと……もう復活したんですか?」
「くっ! わかった。なんて呼んでほしいの? ……厄日様?」
「脅して、様付けで呼んでほしいわけじゃないですっ! しかも私は八雲ですっ!」
「はいはい。いい? 過去はもうどうしょうもならない。わたしはあの日、いくつか大きな失敗をした。でもそんなことを後悔しても仕方がない」
「それは、まあ、そうですけど」
ゆるキャラのパンツを見られて正気を失っていた人とは思えない、凜々しい先輩がそこにいる。
元気になってくれたなら、私としても良かった。
「……先輩は、後悔とかしないんですか?」
「もちろん、どんなことでも」
堂々としている。今日はちゃんと普通の下着なんだろうか。
「八雲、改めて――いや、初めてかな。演劇部への入部を歓迎するよ」
「はい、初めてですね。……でも、ありがとうございます」
歓迎会を通して、一年生たちとも他の先輩達とも交流できた。
鬼部長に目を付けられたやばい一年生というレッテルがしっかり貼り付いている私は、みんなからちょっと距離を取られていて辛かったけれど、それでも部の仲間としての最低限の交流はできたと思う。
歓迎会の最後に、春の部内公演の話があった。
一年生たちで話し合って、ちゃんと舞台をひとつ完成させること。
なにかあれば先輩たちは手を貸すが、本当に困ったときだけにすること。
よし、三年後の先輩の願いを叶えるためにも、ここからは私たち一年生ががんばるターンだ。





